第110話 Rising 中編
ジッポン北朝の首都中京。
1000年以上昔、秋津洲を支配する連合王国から、八州島に島流しに合った非主流派一族の王子が、ニョルズ神の加護のもと、100余国に分かれて争い合っていたジッポン諸国と種族を平定し、天帝として即位したの地が、中京の始まりである。
時代が下り、秋津洲を二分した原丙合戦を経て、エルゾ島のエルゾ族を討伐する目的で設立された、サムライと言う軍事集団の中で、最も力があると言われた原氏族の東條家が、権力闘争に明け暮れる公家と弱体化した天帝家から、秋津洲の実権を握ると、秋津洲の相原国釜倉に武家政権の幕府を設立。
その後は東條幕府の力も弱まり、天帝家の権威が復権するも、100年前に天帝家が南北に分かれる。
初代天帝が生れた地である、八州の日宇雅の国に南朝首都の西都政権が勃興後、群雄割拠の戦国の世を迎えているのがこのジッポンの現状。
この西都政権にも、釜倉幕府にも、中京天帝家にも影響力を及ぼしているのが、如流頭教の神社勢力。
元は天帝家が統治する以前の、ジッポン連合王国主流派の王家がルーツであるが、国譲りを経て天帝家と密接な関係を保ち続けるも、陰からジッポンの歴史をコントロールしてきた。
北朝の中京に神宮を設け、そこの宮司を司るのが第100代宮司の賢如。
幼き北朝天帝を陰から操り、ジッポンの内戦を陰からコントロールする、いわば黒幕で、やや尖った耳を持ち、黒い瞳、黒髪を剃髪した青白い肌を紅白の装束に身を包んだ、身長160センチに満たぬ齢30の小柄な小男という印象であるが、ジッポン一の大魔導士と言われる。
彼は、香を焚きながら神ニョルズに祈祷を捧げていた。
ニョルズに感謝を伝える祭りの山車を蔑ろにし、歴史ある聖徳神社を消滅させるなど、神に背く織部国の織部憲長ことイワネツの抹殺を祈祷する、呪詛とも言えるような禍々しい祈禱だった。
この賢如に報告しに現れた、大神官が片膝を突きニョルズへの祈りの言葉を口にすると、祈祷中の賢如が耳を傾ける。
「賢如様、水晶玉からの報告によると、東條幕府連合軍が潰走状態。これより抹殺計画は、いろは案からちりぬ案に変更されると……」
「なんや? 使えへんなー東條幕府。おサムライはんらも、存外大したことないのう。ちりぬ案は領内で一揆を起こさせて織部ごと滅ぼす案やろ? うまくいくとええなー。このジッポンに如流頭の祝福あらんことを」
「ははー、如流頭の御心のままに」
桶知多間の丘陵では、イワネツと交戦するトールが困惑している。
――こいつ人間か? 俺も人間と変わらぬ身になって、神通力も魔力も膂力も弱体化しているとはいえ、なぜ死なぬ? いかに勇者とは言えおかしいぞ?
「来いよ、神野郎! お前強いんだろ!? 俺は……この悲しい世界を救うと決めた! この俺を殺せるものなら殺してみろおおおおお、くそったれ野郎!」
全身血塗れのイワネツは、トールのみぞおちにストレートパンチを繰り出し、組みついて大外刈りを仕掛けるイワネツだが、足をかけてもトールの体はビクともせず、逆に電流を流されて、身動き出来ないようにされる。
「ならば死ねい!」
体格で遥かに勝るトールは、右手でイワネツの顔面を覆うように鷲掴みにすると、文字通り万力で締め上げるようなアイアンクローを繰り出した。
しかしやはり違和感をトールは感じる。
普通の人間相手なら、力を込めて握っただけで頭が粉々に破裂するのにと思い、電流をイワネツに流し込む。
「ぐおおおおおおおおお!」
イワネツの目や耳、鼻から沸騰した血液が流れて、口から泡状の唾液が出てきたのに、トールは不快感を覚えて、頭を掴んだまま持ち上げると、そのまま地面に叩きつけた。
「くたばれ!」
電子の光を纏い、光速のスタンピングでイワネツの体を何度も踵で踏み抜くが、違和感が拭えない。
「ち、ちび人間が! わらわの勇者が……せっかく改心して世界を救ってくれるって言った、わらわの勇者が死んじゃう!」
「あら〜、やはりあなた神の気がしたから、そうなのね。大丈夫よ、アレは……多分死なないわーん」
「え!?」
自分は神界法により、神の力を無くした筈だと思ったヘルは、驚きの顔でクロヌスをみやると、ヘルにニコリと笑い、イワネツの中にいる何者かの話をする。
「彼は、あたしの記憶が正しければ、指定3類。あたし達、当時の神々や大天使長も手も出せなかった、魔界史上最強最悪の大悪魔がいた。それが魔神も恐れる十二夜叉大将軍。なんて名前なのか、昔のことすぎて忘れちゃったけど」
「え!? そ、そんな筈ないのだわ。奴は地球世界のソ連という国で生まれた、史上最悪の暴力団だった筈だわさ」
十二夜叉大将軍とは、かつて魔界で最強最悪とも言われ、夜叉の名を持つ魔族の祖の一人とも言われた名前である。
「そう? けどあたしの見立てに間違いないわ。かつて魔神討伐で名を馳せた、司法神の一族にして、対悪魔最強の闘神とも呼ばれたアースラって子もいたけど。あたしが知る限り、彼が討伐出来なかった唯一の大悪魔ねーん。あたしが最上級神だった時代、魔界で消息不明になって、もしかしたら消滅したって言われたけど、何故か肉体は人間になってるようねーん」
「そんな、あのチビ人間が……人間じゃない……」
「チビ? んー、あなた神として未熟なのねー? 体が大きい小さいじゃないの、魂の内に秘めたるエネルギーの大小で物を見なきゃだめよーん。創造神と私達の母世代はかつて、自分の姿に似せて人間って制度を作ろうとしたけど、うまい具合に調整効かなくて、その過程でエネルギー溢れる生命体を生み出してしまったのねーん。それが、最初期に現れた原初の神と言われる巨神、時代が下って巨人とも呼ばれたわ」
元は原初の巨神の一人であり、ティターンと呼ばれたクロヌスは巨人についての話をヘルに伝える。
なぜならば、彼女も巨人一族の血を引いていると、本能的に思ったからだった。
「ぶっちゃけていうと、目の前のトールって子も巨人の一族なんだけど、創造神は彼らを、まあ私も含めてだけど、うまーく調整かけて、目的の人間って呼ばれる魂の器と肉体を作りたかったのねー。これを側近の大天使長ルシファーと色々やってたわけ」
「それが巨人と人間の始まり……かしら?」
「うん、そう。巨人から新しい神と今の人間を生み出すというのも方法の一つだったけど、一方では生物の進化を促す知恵の実とか、色んなアプローチの仕方をしてたの。直で創造神からアドバイス聞いてたあたしも覚えてるわ。もっとも大天使長ルシファーは、創造神よりも頭の出来がある意味良かったから、それが混乱を生むってのも理解してたっぽいけどねーん。まあ、だから、いざという時の指定4類なんて分類も、ニブルヘルなんかも用意されてたんだろうけど」
ヘルは、目の前のクロヌスが何を言ってるのか、何を伝えたいのかが、いまいち今の自分には理解できない事柄が多かったので、必死にメモを取る。
「けど、そういった神の意図から外れる知的生命体や魂たちもいてねーん。神の世界を滅ぼす可能性があるってことで、ルシファーがこれらを集めた世界を作ったの、魔界って言われる。その魔界の中でも、魔族達から信仰を集めてある意味では神よりも力を強めた存在を魔神と言ったりもしたわ。けど、それとは違って……」
クロヌスの話の途中、力なく横たわるイワネツの体が光を放ち、黒髪がチャクラの影響で真っ赤に光り輝き、白い肌が青白さを増す。
「やはりねーん、肉体は人間だけど、追いつめられて魂が肉体を変質し始めたわーん。あなたの神の力も合わさって、勇者という名の逸脱者が生まれようとしてる」
「逸脱者!?」
「勇者って制度は、対象の人間に試練を与えながら、人類の発展と神の威光を高める制度。人間界で解決できない問題を、神が祝福した人間に力を与え解決させる。けど、人間の勇者でも強力なのに、十二夜叉大将軍なんかに祝福すると……多分だけど神も魔も人を超えた逸脱者になるかもしれないわ。それで、あなたは神として何を望むの? この世界に、勇者に」
「わらわが、勇者に望む事は……」
その時、クロヌスの大胸筋に挟んだ水晶玉が振動し、大きく胸が空いたドレスから取り出す。
「あ・た・し。どうしたの~んエリーちゃん? んー、あー、そういう事? また、めんどくさい事してくれるわね~セトも。うん、わかったわ、いったん戻る。じゃあねー、うら若き女神ちゃん」
クロヌスはヘルに右目でウインクすると、うっすら東の空が赤く染まり、レイリー散乱効果による、濃い青をした西の空の彼方に消えていった。
「くっ、なんだこの形態変化は。まるでかつての魔界の悪魔のようだ。目を覚ます前に殺すか」
イワネツの変異にトールは薄気味悪さを覚えて、魔力をチャージして消滅させようとすると、クロヌスの魔法で回復したヒデヨシや、犬千代達織部兵がイワネツの盾になるため駆け寄って来た。
「やらせねえ! 俺はもう二度と目の前で、親分をやらせはしねえぞ。バケモンめ!」
「我らの親方は、この国、いやオレ達が生まれ変わって生きて来たジッポンの希望! 彼を死なせるもんか! クズ野郎」
織部の兵達が次々と手と手を繋ぎ合わせ、人間の鎖を作ってイワネツを守護するが、トールはなぜ悪魔を人間が庇うのか理解出来ない。
「鬱陶しいぞ人間共! 化物はこいつだっ! 俺は神だぞ!」
目の前の兵達を、電子の光の魔法で吹き飛ばそうとした時、ヘルがトールの前に立ち塞がり、両手を広げる。
ヘルは、この織部で様々な人間達と出会った。
罪人ばかり相手にしていた彼女にとっては、何よりも得難い美しい日々。
乱世と呼ばれたこの世界のジッポンの地で、秋の収穫を終えて一家で食卓を囲むかまどの家々から立ち上る煙を。
前世の地球世界で傷を負った者達がこの世界の無常を嘆き、より良き社会にするために苦心する姿を。
子供達が笑い、自身の手を引いて一緒に遊興に興じたことも、老若男女が茶屋や酒屋で人々が談笑する輪に加わった事もあり、この織部を好きになっていた。
「なんのつもりだ! 死ぬぞ! 俺は上級神として被疑者死亡と言う事にして、冥界に送ってやってもいいんだぞ?」
トールの脅しに屈せず、逆に彼女は睨み返す。
「やらせないのだわ上級神トール!! あんたが今からしようとしてるのは、大罪だわさ! この織部の人間達とわらわの勇者はやらせない!」
ヘルは、当初オーディンの目論見、ニュートピアの混沌化の思惑を知らず、魔族出身だった女神が自身の勇者と世界を救った事で、上級神に出世したのを疎ましく思っていた。
自分の方が、神として長い間ずっと活動していたのに、大逆神の娘として生まれた事で、冥界に押し込められ、他の女神達のように世界を救った事がない。
罪人の魂の審判以外は、自身の館のエーリューズニルに閉じ籠り、召使いとして与えられた双子の兄妹以外、自分の相手をする者もおらず、生まれた時から呪縛のように、腐臭を放つ半身を香水を振りかけて匂いをごまかした強烈な刺激臭で、男神も寄り付かず恋をした事もなかった。
今まで底辺にいた筈の魔族出身の女神が、まるで普通の乙女のするように、頬を染めながら楽しそうに自身の勇者と冥界のカフェで談笑している姿に、嫉妬心も覚えていた。
だから、彼女は勇者を欲しがった。
そして、彼女の今の想いは……。
「負けるなあああああチビ人間! 勇者イワネツ! この悲しくも美しいこの世界の救済を!」
その時、人ならざる姿に変異しながら、イワネツの漆黒の瞳に光が宿り、襟骨の下に入る盗賊の星の入れ墨が、さらに輝きを増し、金銀浄瑠璃を纏ったような、煌びやかな装束を身に纏って立ち上がった。
「き、貴様……やはり人間じゃない! しかもその姿、古の伝説で記された大悪魔の……」
「Давай!!」
トールが言い終わる前に、イワネツの振りかぶった拳が顔面に直撃し、あまりの威力で空中で一回転して地面にたたきつけられる。
「うるせえよヘルのガキが、言われなくてもわかっている。俺は俺の織部を、ジッポンを、世界を救う! どんな手を使っても、多くの人々の喜びの為に俺は俺の力を使う! そんでよ、おい、立てよ? ゴミ野郎、立てっ!!!」
イワネツはトールの両肩を掴み、引き起こすと顔面に頭突きをくらわせ、その威力にたまらずトールはイワネツから間合いを取って、地面に落ちていた神器ミョルニルを拾い、振りかぶるように構える。
「神野郎! お前が神であるならば信念を述べろ! この俺が納得するような、信念を持って俺と戦え! お前の信念はなんだ!?」
イワネツが神々も恐怖するような、凶悪な容貌でトールを睨みつけ問う。
神であるならば、己の力と信念を見せて見ろと、神としての意思を示せと。
「人間に擬態した悪魔風情がこの俺に信念を問うなどおこがましい! 俺は最強の闘神トール!! 我が信念を問うならば、己の力をこの俺に証明しろおおおおおおおお!」
トールは体を素粒子の電子と化して、神器のミョルニルを光の速度の遠心力でイワネツの頬を、渾身の力を込めて打ち抜くも、頬にハンマーが当たったまま微動だにしないイワネツは、左手でトールの右手首を掴んだ。
「お前っ! 俺は信念を見せろと言った! 神野郎のくせになんだその女々しい攻撃は! 信念のない攻撃など、世界最強の盗賊たる俺に通用しねえっ!」
イワネツは打撃したトールの右手を左手で引き込み、彼の体を自身まで引き寄せると、反転して自身の右手をトールのわきの下に入れて、左足を瞬時に寄せながら前屈みの体制をとり、体ごと空中で一回転するような、一本背負いを繰り出した。
大人と子供ほど対格差がある相手から剛よく柔を制するよう投げられたことで、絶対強者だったトールのプライドが粉みじんにされたかのように粉砕される。
イワネツとトールは地面に倒れ込んだまま、神の槌であるミョルニルを離さないトールの右手に、イワネツが足を絡みつけて腕挫十字固で腕をへし折った。
上腕骨が折られ、何が何だか理解出来ず、呆気に取られたトールに、さらにイワネツは腕を締め上げて、腕の腱や神経、筋肉や血管までもズタズタになるように締め上げていく。
トール本来の状態であったならば、さしたるダメージではなく、瞬時に回復可能だったが、人間の肉体に落とされた彼にとっては、深刻な大ダメージである。
「ぎゃああああああああああああああああ!」
イワネツは固めた関節技を解き、痛みで悶絶するトールを、見下ろすように睨みつけた。
「利き腕を盗ませてもらった。神野郎、もう一度問う。お前の信念とは何だ?」
「つ、強さだ! 俺は戦で誰よりも強くあれと、神の中たる神、我らが父、オーディンに……」
イワネツは、トールの答えに失望して舌打ちすると、仰向けになって右腕を抑えるトールの体を、力を込めて思いっきり蹴飛ばす。
「俺より弱いくせに何をほざきやがる!」
「ウボァ」
あまりの蹴りの威力にトールの体が宙を浮き、肋骨が何本も折れて、肝臓が損傷する。
「人間を殺す事が神の強さか!? 人間を見守り、信仰や尊敬を集めるのが神じゃねえのかっ! お前のような身勝手な奴が神と名乗っていやがるから、ソ連や、このジッポンも!」
宙に浮いたトールに、イワネツは両手を組み、振り下ろすような一撃、ダブルスレッジハンマーを繰り出すと、トールの胸あたりにヒットし、胸骨にヒビが入り、地面に叩きつけられた。
「モラルも規律もねえ一部のゴミ野郎に、多くの人々が蔑ろにされてるんだ! くそったれの役立たずが偉そうにするな! このクソボケがあああああ!」
横たわるトールに、トドメの攻撃をイワネツが繰り出そうとした時だった。
トールの救援にやってきた、ワルキューレの中でも、最強の戦闘能力を持つスルーズが、突如として現れ、イワネツに頭突きをくらわして吹き飛ばした。
「てめえ化物! お前、誰の親父に手を出してんだい! ぶっ殺すぞ!」
そして、エイラの転移魔法で桶知多間に舞い降りたブリュンヒルデが、目の前のイワネツを見て、トール神を圧倒する化物であると認識する。
「スルーズ、私が許可します。あなたの父であり、私の兄であるトール上級神を救出するため、狂戦士化し、対象の排除を。そして女神ヘル、あなたを拘束しろと我らが父、オーディンの命令です」
「おう! ぶっ殺してやるぜ、ワルキューレ最強のあたしがよお! ヴァルハラへ昇天した戦士達のエネルギーよ! このあたしスルーズに狂戦士ベルセルクの力を!」
漆黒のエネルギーが、スルーズに宿るとビキニアーマーが弾け飛び、露出度が高いビキニ状の下着姿となり、碧眼の瞳が怪しく光り輝く。
「エイラ、トール上級神をアースガルズに連れ帰るのです。この化物は、私とスルーズで打ち倒す!」
「了解、お姉さま」
イワネツは、目の前に現れたワルキューレ達の姿に呆気に取られたが、自分と敵対状況にあるのを理解する。
「この俺をなめやがって、女共! 俺は女を殺したことはねえが、殴る事なんざ朝飯前なんだぞ! どこのどいつか知らんが、わからせてやった後、犯して売女にしてやろうか!? 雌犬共!」
激昂するイワネツに、狂戦士化して歪んだ笑みを浮かべるスルーズが、腰を落としてレスリングの左構えを取った。
「ハッハー! やれるもんならやってみろ! ヘナチン野郎!」
両者が一気に間合いを詰め、お互いの頭突きがぶつかり合い、右手と左手、左手と右手で組み合う手4つの状況となった。
一方、織部勝鬨城の天守閣にて、イワネツが総大将今田元網を一騎討で破り、諸国連合軍との戦に勝利したとの報を聞いた織部家臣団は歓喜に沸く。
「イワネツ様が総大将を討ち取られたぞ!」
「長年の仇敵、副将軍家今田公を撃破したとあれば、もはや勝ったも同然」
「左様、あとは幕府将軍東條めらと戦後処理をどうするか」
鬼髭こと柴木勝英を筆頭とする家臣団が浮かれる中、戦場より戻ったフクロウと呼ばれる滝本一雅は警戒を解かず、何とも言えない嫌な予感、前世で特高警察の捜査官だった勘が働き、戦で手傷を負い、治療中であった配下の忍者達を呼び寄せる。
「名護矢の城下町を警戒せよ。神社勢力と名だたる忍衆がこの戦に参戦している以上、油断できん」
「了解、フクロウ様」
彼の予感は悪い意味で的中し、夜明け前の名護矢城下町のあちこちで火の手が上がり、商店で打ち壊しが頻発して、勝利に浮かれる家臣団に冷水を浴びせるような報告も入る。
「正体不明の敵勢力が桶多知間に出現! イワネツ様抗戦なるも、劣勢! 劣勢!」
「な、なんじゃと!? 後詰を、はよう救援を!」
柴木は気が動転し、フクロウに向けて通信する。
「フクロウ! イワネツ様が窮地じゃ! 後詰に、救援に向かうのじゃ」
「鬼髭殿、現在城下町は騒乱状態、おそらくは神社勢力に繋がる忍びの仕業。くそ、誰が敵なのか領民なのか判断つかぬ! これでは我らが守らねばならぬ名護矢の町が、領民たちが」
非対称戦とも呼ばれるゲリラ戦の最も厄介なところは、建造物や遮蔽物が障害になることで、機動力を持つ、織部軍の戦車や鵺と言った奇獣が扱いずらく、出会い頭に近接戦闘が頻発し、攻撃側は待ち伏せを仕掛けやすく、平原で行われる戦場とは様相が全く異なる。
また、敵側の忍びが町人一揆を装い、誰が戦闘員で誰が非戦闘員なのかも判別が難しく、流動的な対応を迫られ、守るべき領民もいるために徹底的な殲滅戦を仕掛けられない点が挙げられる。
これに手をこまねいていると、領民に扮して一揆勢に偽装した忍者達に、城が急襲される可能性もあり、それだけは阻止しようとフクロウは忍術と言う名の魔法を駆使し、市街戦の指揮を執った。
「な!? なんじゃとおおお! 相わかった! ワシが救援に行く! 者ども、桶知多間に救援を! ワシの具足を持って来い!!」
「冷静になるのです、鬼髭殿。守るべき城の防備を固めるのが先決」
自身と共に桶知多間に向かうよう、侍大将や兵に指令を飛ばそうとした鬼髭を、鶏のニックネームを持つ丹羽が着物の裾を引っ張り引き留める。
「先代の憲秀様亡き後は、イワネツ様あっての織部じゃ! ええい、放さぬか! 銭勘定しかできぬ算盤サムライが!」
「なんたる暴言! 鬼髭と呼ばれ義に厚く人望ある柴木殿にあっても、それはあまりにも過ぎたる侮辱! 今の発言を撤回いたせ!」
「左様、今の物言い! 撤回すべきじゃ!」
柴木に憤慨する丹羽に、家老衆の佐々木も糾弾に加わった。
指揮系統を司る幹部連の家臣団が混乱する中、兵に連れられて黒い肌の異人と呼ばれる、ロマーノ連合王国大使にして、アントニオ・デ・ラツィーオ侯爵が、水晶玉を両手に持ち、歓喜の涙を流しながら現れる。
「なんじゃ!? 今は軍議中ゆえ、大使殿はこの場から控えられよ!」
柴木がアントニオに詰め寄ると、天守閣の外を指さす。
「ミナサン、ワタシの主君ガ、ジロー・ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロ王太子サマがキュウエンニ……コノ国ヲ助ケルタメ、ソラカラ」
覚えたての片言のジッポン語でアントニオは柴木に告げると、上空からけたたましいエンジン音のジェット推進と魔力推進を組み合わせた漆黒の空飛ぶガンシップが、薄暗い群青色から、黎明の暁の空の色に変わる瞬間に姿を現し、柴木は思わず仰け反って腰を抜かしそうになる。
ガンシップ内部では、旧ノルド帝国ことスカンザ共同体を取り仕切る、異世界ヤクザ極悪組主力の面々が出撃体制を整え、若頭のハイエルフ、ブロンドが、翻訳機能付きイヤホンスピーカーとマイクが内蔵されたサングラスを、ジローに手渡した。
「金城の叔父さん、うちの姐さんが作った翻訳アイテムです」
「やっさ、船んマイク繋げー」
サングラスをかけたジローが、ドワーフ達が用意した大型マイクの前に立つ。
「聞こえるかああああ、ぽってかすー共! ナーロッパ諸国連合、マリー同盟所属のジロー・ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロやん! くぬ織部は俺ぁの盟友、イワネツこと織部憲長の国! 手ぇだす馬鹿はたっ殺すどおおおおおおおおおおお!」
マイクのスピーカーがハウリングを起こし、キーンと鳴り、名護矢城下町に展開していた神社勢力の神官と忍者集団が、何事かと一斉に上空のガンシップを見て、船が空を飛ぶ光景に理解が追い付かずに困惑した。
「叔父貴、城のすぐ下の町が燃えてて騒いでる奴ら見つけた。船のドワーフ興行全員、喧嘩できる」
「エルフ連合も準備できています」
「おう、調子乗ってる外道らたっくるせー」
ガンシップから、エルフ達が風の魔法で空を飛び、ドワーフ達がパラシュート降下して、フクロウの忍者軍団の加勢に入り、織部家家臣団全員が城の天守閣から見える空飛ぶ船に平伏する。
「我が友達ーどこやん?」
「ははー! ここより10里ほど北に向かった半島のそばの平原でございまする! 正体不明の敵と交戦中でござる!」
柴木の返答をマイクで拾い、ジローは新しい装備品のベヒモスフィストをはめて、両拳をぶつけ合わせて、手になじんでるかを確認した。
柔軟性があり、物理防御と魔法防御が極めて高い、魔獣ベヒモスの皮を加工した逸品。
エルフとドワーフの最新素材技術で、中にアダマンタイトの金属粉を内封して内側は吸着性に富む、攻撃と防御に優れた多目的グローブであり、大精霊の加護により力とすばやさをアップさせる効果を持つ。
「やっさー、すりじゃあ喧嘩しにいくさぁ!」
ジッポンの地に、誰よりも義理堅く強さと優しさを兼ね備えた英雄が舞い降りた。
後編に続きます