第101話 今日の日はさようなら
「あのークロヌスさん」
「なあに? エリーちゃんの妹ちゃん」
「私、マリーって言います。あなたは人間の事は好きだって言ってましたが、そのー、最上級神時代のあなたはどんな事を?」
先生は言っていた。
嘘や誤魔化してる相手は目でわかると。
私も賭博場で、そういった人を見た。
そして胆力も培った。
こいつが私達にとって、いやこの世界の人間社会にとって脅威なのかどうか、今この場で見極める。
「そうねークロノスって呼ばれてた時、あたしは殺してしまったお父様の力を受け継ぎ、数多の宇宙創造や生命体の管理をしてたわ。色んな生き物から知恵者が出たのも覚えている。他ならぬ創造神や、あたしやガイアの母様もそれを望んでいたから」
えーと、何それ?
今はオカマだけど、このクロヌスはなんかもう、スケールとか格がちがう本当の神様だったんだ。
「当時、創造神の命令でルシファーって大天使長が関わった計画。数多の次元世界で、私達神に姿を似せて作った生き物がいたけど、それが貴方達人間よ。あたしは、彼らの事を愛おしく思って、我が子のように可愛がった。男神だった私に、その時初めて母性が芽生えたの。人間達は、黄金時代とも言っていたっけ」
「そうなんですか?」
「ええ、けど人間はただ可愛がるだけじゃダメなの。時には厳しくしないと、いい子には育たない。神も人間も、育てる時に親が甘やかし過ぎるとダメになっちゃう。その結果、可愛い人間達は自立した大人になりきれず、目立った発展もせず、ワガママな子達ばかりになった。そんな悲しい思いを私はした」
このクロヌス、本当に悲しげな表情をして、ハンカチで目を覆い、昔を思い出していたようだった。
彼……いや彼女が本当に、人間達を愛していたのは、おそらく嘘はない。
「だから、人間達を救う存在と制度をあたしは当時作ったの。それが……勇者とか救世主って制度だったかしら? 候補の人間に試練を与えて、人類の発展と神の権威を高めるための概念。ま、昔の話よーん。今のあたしは父殺しや大乱起こした大逆の罪神だし」
この目の前にいるオカマの神が、勇者という制度を作った!?
だとしたら、この神は親族とか神々の勢力争いに敗れただけで、人間の事をきちんと考えてる、どっちかというと善神?
「息子達は、あたしを最上級神殺し、父殺しの罪で、死罪を望んでた。けど、あたしの助命を願ったのが、あたしが可愛がってあげた人間達だったの。あたしの息子達は、こういうのもなんだけど、人間達の扱いが下手で、雑だったし。間に入ってきた創造神は、本来なら死罪になるあたしに、人間に慕われた神って事で無期刑を言い渡した……そういう話よ」
それが本当だとしたら、私がいた地球とか、お世辞にもいい世界とは言えなかったから、このオカマ神が統治すればいいんじゃないかなー、割とマジで。
「それで、貴方達の目的はなあに?」
「それは……この世界へ酷い事を企んでいるオーディンから……」
「うぐっ、げっほ、げっほ」
デリンジャーが膝をつき、苦しそうに咳をするが、これは……吐血!?
ダメだ、もはや時間的な猶予もない。
私が考えている、プランを実行する時!
「デリンジャーは、私達の大事な仲間です。あなたの傍にずっといられると、私達の目的である世界の救済や、より良い世の中が遠のいちゃうんです」
「ふ〜ん、あっそう。で?」
やっぱり怖い……このオカマ。
私を見る瞳の色が一気に陰鬱になって、まるで暗い宇宙空間にうっすら光り輝く、土星のような、人間とは全然違う瞳の色をしてるし。
しかし今は早くデリンジャーと、命が尽きかけてるレスターの体をなんとか治療しなきゃダメ。
「私、まだかろうじて魔力が残ってる状況です。彼とその仲間は、私が治してみせます。けどもしも私が、そこの彼女を救えなかった場合は……」
「皆まで言わねえでいい、マリー。クロヌスだっけ? 俺はローズ・デリンジャー・ギャング団共同リーダーの、彼女の力を信じる。もしダメだったら、俺の仲間を頼むよ。俺がオカマやる羽目になっても、あいつが救えれば……俺は……それでいい!」
デリンジャー……。
「リーダーがそう言うなら」
「ああ、ジョンはこういう奴だ」
「頼むよ、神様。ネルソンは仲間だ」
「アンナのやつ、こっちでもジョンを煩わせやがって、しょうがねえ女だ」
クロヌスは私たちをじっと見つめ、そして微笑んだ。
「いいわ、せっかく人間がここまで言ったんだしー、私とて神。見守ってあげる」
やはり、こいつは私達に敵意はない。
そしてあるのは、私達への興味の眼差し。
失敗すれば、デリンジャーが敵の手に落ちる事になるけど、誰も死ぬわけじゃないし、次は負けないように対策を先生と整えた上で、なんとかすればいい。
そしてこのクロヌスが、人間を愛していて悪の神ではないということも、わかったのが大きな収穫。
状況次第で、私達の話を聞いてくれる可能性が今後もあるかもしれないからだ。
クロヌスへの協力を取り付けた私は、レスターとデリンジャーの前に立つ。
レスターの方は大量に出血して、胸に手を触れると心臓が動いてないし、瞼を開けても目に光が感じられない。
蘇生や回復魔法は、先生やロバートさんが得意分野で、神への祈りを霊的なエネルギーに変えて、傷を治したりする神霊魔法は、地球でも稀に使い手が出るらしいし、私の世界にもこういった回復魔法は、神に信仰心があれば使える人もいる。
例えば、英雄ジークやフレイアを信仰してた、今は死んじゃったフレドリッヒだったり、ここにいる私と同様、新たな神として迎え入れた、光の神様のヘイムダルを信仰するフランソワの精鋭騎士団。
「回復魔法を行います! デリンジャーやレスターとアンナを、私達の手で回復させましょう」
「了解!」
私達は手をかざして、魔力を集中させる。
そして、実を言うと私、今まで回復魔法を使えた事がなかった。
私に適性がないのか、信仰心がないのかはわからないが、もし回復が使えたら龍さんの怪我とか治せたのにって思ったけど、今はヴァルキリー状態で、光の神様の鎧に身を包んでいる状態だから、もしかしたら使えるかもってステータス確認したら、生命力回復の魔法が一つだけあった。
「神様、光の神様、どうか私達にこの人達を治す力をお与えください」
私が騎士団と一緒に祈り始めると、デリンジャーとレスターの体が白いオーラに覆われて、全身の傷やお腹の傷が治り始める。
だが、レスターの胸のあたりを触れても心臓が動いてない。
どうしよう、心肺停止状態って事だわこれ。
こういう時は確か、ジローが龍さんを助けたみたいに……保健体育でやり方は知ってるけど……でもやるっきゃない。
私は、レスターのアゴを上に向けて唇を重ねて息を吹き込むけど、うまく息が肺に入ってるかわからない。
それと、心臓マッサージ。
どうやってやればいいか、いまいち思い出せないけど、とりあえず連続で胸の中央を押すけど、いまいち反応が無くて、私の胸の動機も早くなってきて。
焦って来て、どうしよう、このままじゃ私は目の前の人を救えない。
「動いて、動いてよ! あなた、何のために生まれ変わったの!? 彼に会いたかったら、この世界に生まれ変わったんでしょ! 動いてよ!」
ダメだ、全然心臓が動く気配はない。
これじゃあ、目の前で人が死んで、デリンジャーはあのオカマのものにされちゃう……。
「電気ショックだ」
先生がいつのまにか目を覚まして、オカマに抱えながら私をじっと見据えて、呟くように言った。
「AED、自動体外式除細動器の応用だ。服脱がせて右手と左手で、心臓の位置を挟むように手を置いて、天界魔法を応用して電気ショックしてみろ。終わったら、体重かけてア●パンマンのマーチで心臓マッサージしろ。回復魔法をかけながらだ。肋骨折れても構いやしねえ、生きてりゃ治る」
私は先生に言われた通り、レスターのボロボロの上着とブラウスを脱がせて、おそらくアンナの趣味だろうか、私も作ってもらったけど、まだまだこの世界では珍しいブラジャーしてる。
「おう、いい形のパイオツじゃねえか。本当は、ブラも邪魔だが構いやしねえ、やれ」
私は先生に言われた通り、心臓に魔力の電気を流し、●ンパンマンのマーチで心臓マッサージを行った。
「げっほ、げっほ」
やった、息を吹き返した。
そして魔力が切れた私は、元のドレス姿に戻り、ヴァルキリー状態が解除される。
「すげえぜ、マリー。ネルソンを、アンナを甦らせてくれて、ありがとう。それとすまねえシミーズ」
私は、クロヌスの方を向く。
心なしか彼……いや彼女って言ったらいいのかな?
優しい顔になってるような気がするが……。
「見事だわエリーちゃんの妹ちゃん、マリーちゃんって言ったっけ? 約束ね、そこの彼には手を出さない。そのかわり……アースラちゃん? あんた、この子がやってる時、口出ししたでしょ? 責任持ってあんたが私の彼氏になってくんない?」
ちょ!?
デリンジャーが助かったと思ったら、今度はこのオカマのターゲットが先生になった。
「あ? なんだテメーこの野郎。なんで俺がオカマやんなきゃならねんだよ、ふざけんな馬鹿野郎」
先生が力を解放して全力を出してるようだけど、全然ビクともしてない。
やばいよこいつ、私達が今まで出会った敵の中で最強。
あのシヴァ神とおんなじくらい、とんでもない力だし、ステータスも本気出した先生みたいに、なんかバグってって文字化けしてるし、ハンパじゃない。
そして先生が敵に捕らわれたら、それこそ私達の世界救済が……。
「そういえば、マリーちゃんだっけ? あなた、オーディンがどうのってさっき言おうとしたけど、どういう事かしら? ロキちゃんに聞いても、情報漏れしたらやばいでしょって言われて、今はアタシに計画教えないって意地悪されてるんだけど」
「それは……」
私は、オーディンの目論見と、今までの経緯についてもクロヌスに話した。
「は? 何それ? そりゃあ、神が人間をどう扱おうかってのはそれは神の特権として、認められてるわよ。それに、人間が目指す世界の方向性や社会構成については、ある一定の自治権をその世界の人間達は持ってるのね。けど、自分達の神域のみの利益だけで、人間を争わせて魂を弄んで全部糧にするなんて、そんなの神じゃないでしょ? ふざけてんのそれ? 最上級神でしょ、あの子?」
「なんだテメー、おかま野郎のくせに。一丁前の事抜かして……」
「黙ってろ小僧!! ぶち殺すぞ!!」
まるで世界がビリビリと振動するような声で、クロヌスは先生を一喝した。
怒ってるんだこのクロヌスは。
人間を弄ぶ行為や、魂を冒涜するような企てに。
「あ、ごめんなさいねー大きな声出して。神ってのはね、自分達が生み出したり創造神から任された世界は、責任をもって対応するってのが原理原則なの。そして、生み出された生命に対しては、私達の想いや心を伝えてあげて、世界を発展させて尊敬を集め、智を与えられし生き物の信仰心を得るから、私達は神と名乗っていられるのねー。それができねえのは、邪神って形でぶっ殺すのが神の掟なの。だから私は邪神になりつつあった父神を殺した……。当時大天使長だったルシファーから、創造神に許可を取らず父神殺しして、人間に与するのはおかしいって批難されたけどね」
やはりこのクロヌスという神は、善神なんだ。
昔の行いで刑務所のような世界に囚われていたけど、世界や生命と人間を本当に愛している。
「生み出された生命や、魂は、神が最後まで面倒を見てあげなきゃダメなの。魂を高めて、神々を補佐させ、成長した魂を新たな神や菩薩、天使として最終的に迎えるのが人間と言う存在なのよ。そして時には厳しく、時には優しくしてあげなきゃ、人間の魂は成長しない。それが人間に与えられた役目、人生とも言われるもの。それは神聖にして侵すべからず、人間と神の掟……それを何で最上級神ともあろうものが、原理原則を破ってるのよ!」
夜なのに、クロヌスの背中に後光が差したように光輝いた。
外見はオカマなのに、神々しいようなこの光、本当の神様なんだ。
「……おみそれしやした。糞生意気な物言い、謝罪いたしやす。あなたは、どうやら本当に神の中の神、最上級神に相応しきお心をお持ちのようですクロヌス神」
先生は、クロヌスに抱えられたまま魔王状態を解除して頭を下げた。
「そう、じゃああなたは私の彼になる……」
「それはできやせん! あたしの生殺与奪を握る親は冥界におわす閻魔大王唯一人。たとえ創造神様だろうが、あたしは親分の意向を何よりも最優先する。それがアタシの人間としての、マサヨシの生き方でござんす」
「何それ? 閻魔大王? そんな神なんていたかしら? それにあんた、アースラじゃないの? その纏うオーラ、まさしく正義と審判の司法神の一族。あたしと交流があったアフラ・マズダーの異名を持つミスラの系譜じゃなかったの? 何が何だかわからないわ」
そうか、このクロヌスは刑務所に入ってたから、元大魔王だった閻魔大王様や、神だった大昔の先生が闇落ちして、魔界の大魔王として君臨していた話を知らないし、その大魔王が人間になって、生まれ変わりを繰り返して生まれた、先生の生き方も知らないんだ。
「まあ、いいわ。じゃあ、あたしのおちんち●ランド開園する前に、オーディンを懲らしめなきゃダメって事、よくわかったわ。いたいけなショタやイケメンたちの魂を勝手に弄ぶなんて、私が許せない。ロキちゃんにその辺話してあげる。けどね……」
あ、クロヌスがまたハンカチを口に咥え出して、体をクネクネさせてる。
「あたし、イケメンが欲しいのよーん。女の子もかわいいけど、やっぱりあたし好みのイケメンな彼が欲しいのー! ロキちゃん、あたしをあしらって触れさせてもくれないし!」
善神だけど、やっぱりこのオカマめんどくさいなあ。
あ、先生がめっちゃ悪い顔をしてにやりと笑ってるけど、何を考えてるんだろう……。
「そうですかい。例えば、クロヌス様の好みの男ってどんな感じで?」
「そうねー、背はそんなに高くないショタッ子が理想ね。それで、これは難しいと思うけどあたしが接しても全然おっけーな感じで丈夫で、適度に男らしくて色白が好みかしら? 顔立ちが整ってればなおいいわー」
先生がにやにやしてる……。
悪い事だ。
あれは悪い事を考えてる先生の顔。
「なるほど、わかりやした。でしたら、相応しい男を紹介しやすぜ? この世界の東の果てに、クロヌス様が求めるイケメンがいやしてね、なんかクロヌス様が作った勇者制度で選ばれた、イワネツって野郎なんですけど、条件にぴったりだと思うんですがいかがでしょう?」
ちょ、いや、ちょ……。
えええええええええええ。
あのロシアンマフィアの怖い人を、差し出したよこの人。
酷すぎるんですけど。
いくら地球最悪の犯罪者でも、その仕打ちはあんまりすぎる。
「何それ、あなたその子を知ってるの?」
「ええ、昔の前世でね。顔の造りはアタシの前世で写真でしかわかりやせんが、歳とっててもロシアなスラブのイケメンでしたぜ? そんで、この世界で転生してて、肌がピッチピチの若いイケメンですわ。背は低いが、頑丈な体してますぜ。あと、少しばかりの心づけというか、後払いでいいんで、そこのマリーに紹介料を支払ってくだされば、あたしは何も言いやせん」
……人身売買だ。
これ、ヤクザな人身売買だ。
本人の知らない間に、売り飛ばされてる例のアレだよ。
「しょうがないわねーん、それで手を打ってあげるわ。じゃあ、あんたのとこの元気いいイケメンを離してあげる」
クロヌスの手から、先生とジローが解放されると、先生は私に寄ってきて耳元でささやいた。
「よう、俺の冥界魔法でネルソンって野郎を地獄に送り返す。親分の命令だし、それにあのオカマをこっち側に付ける絵図を今からやるぞ」
私は先生に頷き、デリンジャーの方を見ると彼はこちらの意図を理解したのか、小さくうなずいた。
「ネルソン、前世でサツと撃ちあいした時みてえに、また体に風穴開けられたみてえだが……この世界でもおめえは……おめえ、俺……裏切り者って言って……俺……」
デリンジャーは、レスターを見るとうな垂れて泣き始め、その周囲に騎士団達が集まる。
「ああ、リーダー。俺は、おめえを見れて満足だ……思い残すことはもうねえ。それに俺はおめえの嫌いな人殺し、送ってくれ、みんなと……。なあ、みんな! 俺達のリーダーを頼むぜ!」
前世でデリンジャーギャング団だった騎士団達も、レスターに向いて被ったハット帽を目深に指でいじって……涙を見せないようにしていた。
「デリンジャー、おめえ最後にこいつになんか言ってやれよ」
「うぅ……うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
先生が歩み寄ると、デリンジャーは、目頭を押さえて泣き崩れてたから、先生は思いっきりデリンジャーの胸倉を掴んで睨みつけた。
「しゃんとしろこの野郎! おめえの仲間が懲役に戻るんだぞ! おめえそれでも俺が惚れた、デリンジャーギャング団の頭か馬鹿野郎! おめえが仕切るんだろこの野郎っ!」
「俺は、うおおおおおおおおおお!」
そう、デリンジャーはこういう人だ。
仲間を誰よりも大事にしてて、仲間のためならば誰よりも怒り、誰よりも悲しみ、そしてみんなを守ってくれて、みんなが彼の事を大好きになる、不殺の精神を持つ私達のリーダー。
すると、先生の前にレスターが先生の前に立つ。
その顔は、歴戦のギャングの顔から仲間を思いやる、優し気な顔つきになってる。
「おう、レスター・ジョージ・ギリス、またの名をネルソン。おめえわかってんよな? 兄弟分のロバートの言った通りよ、おめえまた地獄行って懲役で罪を償え。ギャングだろうがヤクザだろうが、やった事の責任とんのが世の道理だろ? そうだよな?」
「そうだな、この世界のデリンジャーギャング団よ、別れの歌をリクエストだ。A-Tisket, A-Tasketとか、cheek to cheekみてえな、ポップな明るい曲じゃなくてよ、少しだけ、しんみりするようなリーダーの心情にあってるような……頼むぜ後輩」
レスターの話を聞いた先生は、私に向き直る。
「おめえ男がこうまで言ってんだ。もう一人のリーダーは、おめえだから応えてやれ。別れの歌と共に、俺がネルソンを冥界魔法の奈落で涅槃に送ってやる。節目で歌ってやるのも、上に立つ者の宿命だ。マリー、頼むぜ」
先生から言われたけど、どうすればいいんだろう?
先生や騎士団以外にも、クロヌスとかめっちゃこっち見てくるし。
お別れに相応しい歌……?
AKBとか乃木坂の歌なんて歌っても、みんな歌えないだろうし、先生も知らなそうな歌ばっかだし、歌いやすい歌の方がいい。
すると私の脳裏に、小学校の時に歌った卒業式だっけ? それとも林間学校のキャンプファイヤーの時だっけ?
歌った歌がふいに頭をよぎったから、私はアカペラで歌を口ずさむ。
「いつまでも~、絶えることなく~、友だちで~いよう♪ 明日の日を~夢見て~希望の道を♪」
歌った私を先生はニコリと笑って、その先を歌う。
「空を飛ぶ鳥のように~♪ 自由に~イキる~♪ 今日の日はさような~ら♪ ま~た会う~日まで~♪」
先生のすっごい上手い歌声で、かつて前世でデリンジャーギャング団だった騎士団も、涙を流しながらまた会う日までと合唱した。
「らーららららら~♪ ららら~ららら♪ ら~らららら~ららら♪」
クロヌスが、両目から涙を流して絶唱すると、空間がビリビリ張り裂けそうになり、先生はデリンジャーの頬を張る。
「てめえ歌えこの野郎ッ! てめえが始めた強盗団だろっ! それでも男かこの野郎! でっけえ声で歌え! 男らしく大きな声で! おめえ俺が認めた男の中の男だろうが!」
目を覚ましたジローは、事情を察したのか優しくデリンジャーの肩に手を置き、デリンジャーは、レスターの方を向いて歌を口ずさむ。
いつかの再会を誓う歌を叫ぶように。
「っ……今日の日はっ……さよう~なら! まあた会う、日までえええええええ!」
デリンジャーは涙と鼻水だらけで歌い、レスターも満面の笑みを浮かべ歌を口ずさむ。
「信じあう、よろこびを~♪ 大切にしよう~♪ 今日の日はさようなら~また会う日まで♪」
全員で合唱したら、レスターの体が輝き始め、光がどんどん強くなっていく。
「あばよジョン、みんなも。ま〜た〜会う〜日まで~♪」
レスター・ジョージ・ギリス、ベイビーフェイス・ネルソンと呼ばれた男は、ハット帽に指をかけて帽子を取り、舞台役者のようにお辞儀を私達にしながら、最後の歌詞を口にする。
「奈落」
先生が冥界魔法を唱えると、レスターの顔から不敵な笑みが消えて、女の子の顔に戻って膝をつく。
「ここは……一体? わたくしは何をしていたのですか? わたくしは……一体?」
アンナ、じゃない?
全然情念めいた顔つきじゃなくて、品が良さそうな喋り口してて、可愛い感じの女の子になった。
涙と鼻水をハンカチで拭ったデリンジャーが、彼女の前に立つと、アンナだった女の子が、片膝をついてデリンジャーを見上げた。
「ご、ご無礼を申し訳ございません! アンリ・シャルル・ド・フランソワ王子殿下! わたくしルイーズ・ド・アンザス・ザグゼンブルーと申します! アンザス大公の……」
「知ってるよ、ルイーズ。お前は夢を見てたんだ。長い夢を見てたから、起こしてやったのさお姫さんよ。それに俺はもう王子じゃねえ、この国の、みんなの大統領だ。そういや補佐官必要だったな……ルイーズ、お前は俺の補佐官やってくれないか?」
デリンジャーが笑みを浮かべながら、ルイーズの頭を撫でると、赤面した彼女は俯いてしまったが、これは……。
「おそらく、アンナって女の記憶と心は無くなっちまったのさ、さっきの戦いで心臓が止まって魂の傷も癒えてよ。すいやせん、クロヌス様……お付き合いくださりありがとうございやす。それと、親分からロキの討伐指令出てて、そちらの討伐も最上級神ゼウス経由で下されるのも、時間の問題でしょう。その際は弓引くことになるやもしれやせんが、ご容赦を」
クロヌス神は、ハンカチを手に涙を拭っていた。
「そうね、息子たちはアタシを恨んでると思う。けど、やっぱり人間って素敵……残念だわ〜ん、あんな素敵な彼をものにできなくて。あとマリーちゃん、あなたも素敵な子ね。いいものを見せてもらったから、あたしからのお礼の情報ね。あなたのお姉さん、エリーちゃんはロキちゃんに黙って、モンスターの軍団であなたの住んでるところに押しかけようとしてるわ。まあ、あたしやロキちゃんにはバレバレだけどね」
え? エリザベスが、シシリー島へ?
まさかあの女、亡命貴族や私を殺しに……。
「ガキが……ふざけやがって。マリー、多分絵図描いてんのは、エドワードともアレクセイとも名乗る野郎だ。救いに行くぞ、おめえの居場所を」
「ああ、シミーズそうだな! マリー、今度は俺がお前を助けてやるぜ! ジロー、行くぞ!」
「あいよー! あっちにアヴドゥル、いや龍がいんだる? ならーなんくるないさー。マリーちゃんの居場所は俺ぁ達が守るさー」
「みんな……」
私は、この世界に転生してよかった。
困ったら、お互いがお互いを助け合う、ちょっとワルいけど、とても良い男たちと一緒に冒険したり、泣いたり笑ったりして。
「いいわねー、友情って素敵。あたしはエリーちゃんの味方だけど、彼女は心が捩れてどこか壊れて、魂に傷がついてこの世界で生まれてる。前の人生で、何かあったのかしら? ロキちゃんも前世の記憶を持って生まれる子って珍しいって言ってたわねー。じゃあねーん、イケメン達にマリーちゃん、また会う日までねー」
クロヌスは空を飛んで、月夜の彼方へ消えていった。
だが、この時の私はまだ知らなかった。
エリザベスの正体と、彼女の……絵里ちゃんの転生した理由も、この後シシリー島に待ち受ける最悪の事態も、私の心もみんなと同様に試される事も。
……そして極東で起きた悲しい事も、それがきっかけで、もしかしたらこの世界を救うかもしれない、正義の魂に目覚めた彼、転生前に最悪の犯罪者と言われたヴァーツェスラブ・イワンコフこと、勇者イワネツが完全に覚醒した事に、この時の私は思いもつかなかったんだ。
次回は、ジッポンの勇者イワネツの話に移ります