第100話 損得
「……やべえぞこいつ。最上級神の力を超えた化物だ」
先生が呟くように言うと、化物がハンカチを口に咥えて、くねくねしだす。
「あ〜ん、酷いわ〜んアースラちゃん。あたしを忘れちゃったのーん? あたしよ、あ、た、し。クロヌスよ〜ん。前は男らしくクロノスって名乗ってたけどーん、あなた相変わらずイケメンねーん。オネエさんも、あなたにまた会えて嬉しいわ〜ん」
こいつが……閻魔大王が言ってたエリザベスが呼び出したという化物で、ロキと同様、指定4類の元最上級神にしてティターンのクロヌス。
先生は、魔王阿修羅状態のまま、ベルトに差した鞘から刀を抜くと、クロヌスに対して両手持ちで構える。
「うーんダメよ〜ん、ダメダメ。あたしはあんた達と喧嘩しに来たんじゃないの〜ん。あの生意気な小娘達を追ってわからせ……あれ、いなくなっちゃった?」
私も周りを見渡すと、サキエル達ワルキューレの姿が、影も形もなく消え去っていた。
「ま、いいわーん。小娘の一人を捕まえたし〜。しかしこうして見ると、イケメン君が勢揃いね〜ん、オネエさんドキドキしちゃう」
……こいつキモっ。
どう見ても、男の人よね?
ドレス着てて化粧してるけど、髭の剃り跡が濃いし、体がめっちゃでかいし、腕とか普通の人の胴体くらい太いし。
んーあれか、オカマってやつだわ、初めて見たけど多分そう。
「ん? あらあら、まあまあ」
げっ、化物のようなオカマと目が合った。
「あなたね〜ん、エリーちゃんの妹って。エリーちゃん、あなたのこと怖がってたけど。うーん、そんな怖そうな子に見えない感じだし、それにふ〜ん、その鎧は確かヘイムダルの……」
「おい! オカマ野郎! てめえ目的達成したっつうなら、さっさと失せろボケ! こっちは怪我人いるんだからよう」
そうだった。
デリンジャーも酷い怪我だけど、レスターとアンナは重症を負ってて、このままじゃ死んじゃう。
そしたら、彼が悲しむし……私達も悲しむことになるし、そんなこと私は嫌だ。
「あら〜、よく見るとそこのイケメン君に、お揃いの服着た女の子も瀕死の重症ねーん。治してあげてもいいけど?」
え? このオカマ敵じゃないの?
いや、そう言って油断させた後に、攻撃してくる可能性も捨てきれない。
隙を見せないようにしないと。
「……てめえ、何考えてんだ?」
先生が考えを読めない?
冥界魔法で相手の考えを読める先生が読めないのは、二つ条件があるらしい。
一つは、思考に全然隙が無く考えを一切読ませなくしてて、魔力で思考をガードしてる場合で、ロキなんかがそうだ。
そしてもう一つは考えたくないけど……単純に先生よりも、遥かに力が強い場合。
「あたしはロキちゃんと違って、別にオーディンちゃんとは揉めてないし〜、人間界なんてぶっちゃけど〜でもいいのよー。それにあたし、人間の事はどっちかっていうと好きだし……けどそうねー」
あ、オカマが先生とかジローとかデリンジャーの方を見て、なんかハンカチ口に咥え出して頬染めてるけど、やっぱキモイ。
「お●んちんランド」
「……は?」
は?
えっとその、今こいつなんて?
「せっかくの久々の人間界だし、イケメンやショタッ子も色々集めてパラダイスな、おちん●んランド開園とかしてみたいわ〜ん」
両手を広げて月を見上げるオカマの回答に、私を含めた一同全員が唖然とし、オカマの舐め回すような視線に、先生は冷や汗かいてて、ジローとか吐きそうな顔をする。
騎士団やデリンジャーは白目剥いてるし。
するとオカマはめっちゃ素早い動きで、先生まで詰め寄り、両手で抱え込むように思いっきり抱き締めた。
「て、てめ、放せ! ぎゃああああああああ、やべええええええ、折れる、折れるってのバカヤロー! や、やめろクソ野郎! ぐえええええええええええええええ」
魔王状態の先生が、口から泡吹いて失神し、クロヌスはめっちゃやばい勢いで、先生の顔にキスしまくった。
「わぁい♪ チュッチュ。あら〜、つい抱き着いちゃった。ちょっと強く抱き締めすぎてごめんあそばせ〜、アースラちゃん。けどやっぱいいわねーん、イケメン最高! あなたもそう思うでしょう?」
……こっちに同意を求めてきたよこのオカマ。
ちょ、何なのこの有無を言わさないような圧力。
強いし怖いしキモいし。
えーと……。
「あ、はい。イケメン最高です」
「でしょ〜、話がわかるわねーあなた」
私は適当に話を合わせたが、ジローは舌打ちしながらオカマに飛び込んで、股の下を思いっきり蹴り上げた。
「兄貴んかい何ーしだるぃやー! たっ殺さりんどおおおおおおお」
股間を思いっきり蹴り上げられたのに、クロヌスはにっこり笑いながら、先生を宙に放り投げるとジローを物凄く太い左腕で抱き寄せて、ジローの股間を右手で思いっきり掴む。
「わぁい♡ こっちのイケメンも元気があっていいわ〜ん。ごめんなさいねーん、もうあたしはとっくにソレ取られちゃったの〜ん」
「や、やみれええええ! 気色悪っさん! 放せい、あっがあああああああああ!」
うわぁ、ジローが泡吹いて失神しちゃった。
よくわかんないけど、その……アレ握られると本当に痛いんだ。
クロヌスがジローの股間から右手を離して、左手で抱き締めながら、空高く舞い上がった先生を、右手一本でキャッチする。
「あーそうか。あたし、ほら! もう随分前にコレ取られちゃったから、タマタマを強めに握られると悶絶するの、忘れちゃってた。てへ」
てへ……じゃねえし知らねえしそんなの。
ぶりっ子ぶって舌出してるけど、全然可愛くないし怖いよこのオカマ。
あっという間に先生もジローも戦闘不能にされて、両脇に抱きかかえられてるし、なんかもう意味わかんないくらいこいつメチャクチャ強いわ。
先生やジローも瞬殺されて、デリンジャーも重症の状態で、私も魔法量が残り少ない。
すなわち、絶対に勝てない相手と勝てない状況で遭遇してしまったって事。
どうしよう、こういう場合は……。
そう、先生は今、失神して動けない状態だけど、確か私にこんな事を教えてくれたことがある。
「よう、おめえの日記を読んだが、なんだっけ? どうしても勝てない相手に遭遇した場合だっけか?」
「はい。返ってきた日記に赤字で、負ける事前提で考える事は隙が出来るから、そう言うことはあまり考えないようにって返事をくれましたけど、どーーーしても勝てない敵が出てきた場合、どうすればいいかなって思って」
そう、あの時の私はそんな事を聞いたっけ。
「まず、頭から負けるって前提で戦いに臨むのは、下の下よ。そのために、勝てる絵図考えてから相手に挑むのが基本だ。ようはさ、引き算。こっちがとれる手段を冷静に考えて、相手の事を調べ上げる。そっから想定される不利な可能性を一個ずつ消してくわけさ。消去法ってやつだね」
「ええ、はい。しかしなんというか例えばですが、想定外の事態で、どうしても勝てないような相手がいきなり出てきて、状況的にどうにもならないような、そういう場合はどうしたらいいのかなって」
先生はその時、唸りながら考えていた。
そして私に、戦うスタンスや目的によって勝利条件が異なるなどの話になる。
そして、先生のヤクザな生き方な話も。
「まずな、勇者である俺の目的達成ってのと、俺自身の極道としての生き方ってのがある。俺の目的は第一に世界救済よ。そして上に立つものは絶対にブレちゃダメだし、負けは許されねえんだ。だから尻尾巻いて逃げを打つって選択肢は、絶対に避けてえわけよ。恰好悪いだろ?」
「はあ、まあそうですけど」
先生の勇者としての生き方は、男としてカッコ良いかカッコ悪いかと言う考えがまず先に立つ。
ヤクザと言う生き方は、第一に負けないことを心掛けるのと、何より男らしさが求められるらしい。
法律を守るよりも何よりも、親分を守り、弟分や子分の人を面倒見るため、男として格好がついて、なおかつ大義名分を大事にしなければならないと言う。
「要はさ、ヤクザなんて口ではカッコいいことを言ってるが……おめえは身内だから、本当のヤクザの意味を教えてやる。この語源は花札から来てる。おいちょかぶって遊び、このめえ教えただろ?」
「はい、確かトランプのブラックジャックみたいな遊びで、下一桁9が最高値で、それに近づいた方が強いって遊びですよね?」
「ブラックジャックよりも、バカラの方が近いがね。あれも運の要素が純粋に絡んでくるおもしれえゲームだから、今度教えてやる。で、おいちょかぶってのは基本花札や株札でやるんだ。例えば、8と9の札引いた場合を考えてほしい。8はススキに月、9は菊に盃の絵柄、下一桁は7。普通はここで勝負すればいい、そうだろ?」
確かに、おいちょの8やカブの9以外なら勝てる強い数字だ。
だったら勝てる可能性があるならば、それで勝負すると私は思った。
「けどよ、俺みてえなヤクザもんは確実に勝つためにもう一枚引いて、絶対においちょかカブにすんのね。そのほうが格好いいだろ? だが、それで3のサクラを引いちまったらどうなるよ?」
「はい、8と9の札で7になるから、それに3を足すと0……あ、そうか、だから893」
先生は、にこりとはにかんで笑って鼻の辺りを掻く。
「そういう事よ。元々ヤクザってえのは、8と9の札で勝負すりゃあいいのを、格好つけてもう一枚引いて3のブタになるような生き方さ。絵柄は派手だがクソの役にも立たねえカス札の事を言う。要するに、世間一般では馬鹿馬鹿しい生き方ってわけだ」
だから、ヤクザなんだって思ったっけ。
ヤクザは職業じゃなく、その人間の生き方を指すんだなと。
世間一般ではとてもじゃないけど出来ない生き方だし、女の私から見て、なんてうかその、もうちょっと器用に生きたほうがいい気がするんだけどって事も思ったりした。
「元々よ、こういうヤクザな生き方って、江戸の昔よりもさらに大昔。バサラ者や傾奇者にも通じるんだよ。知ってるか? 傾奇者って」
かぶきって言っても、お芝居の歌舞伎くらいしか聞いたことなかったが、出雲のお国って大昔の女優さんが考案した……だっけ?
派手な装いの役者が、大げさで派手な演技とかする伝統芸能と言う事でしかわからなかった。
あと、おせんべいの歌舞伎揚とか。
うーん、美味しいおせんべい食べたいなあ。
この世界というか、ナーロッパにはお米なんかないし。
「相変わらず食い意地張ってんな、まあいいや。古くは中世の時代、権威に歯向かうお侍さんの事を指してて、悪党とも呼ばれた。で、そう言った人らが権威なんてくそくらえってなもんで、煌びやかで派手な振る舞いや、筋を通す男らしさや、粋で華美な服装を好む美意識を体現したのさ。それが時代が下って傾奇者の美意識や、男伊達が、芝居として歌舞伎役者へ繋がる。行動様式や生き方や想いが、俺のような博徒とかに受け継がれたのさ。今風に言えばアレ、若い奴らが言うヤンキーみてえなもんよ」
ヤンキー……と言われても、平成生まれで令和の世で女子高生してた私には、ピンとこない。
「俺みてえなヤクザもんの根っこにあるのは、社会の常識とか権威なんざ、どっかでアホくせえって思ってるのよ。なんていうかニヒリズム的な面があんのさ。そして前にも言ったのが、とにかく競争原理が働いて、目立ちたい、格好つけてえって思うわけ。昔の傾奇者みてえによ、見栄はって洒落た服着て、男として格好を付けてえのさ。例え世間一般で損だと思うような事でも、そういう生き方に、転生前の若い頃の俺は憧れた」
つまりは、世間一般の人とは違う行動様式や考え方を持つ生き方。
社会常識にとらわれず、自分の目立ちたい、格好つけたいってスタイルを変えたくなくて、安易に人と妥協したくないような、そういう感じなのだろうと、私は思った。
「まあ、そういうのは世間様じゃ不良とも言われるがね。だから俺は、てめえがだせえって思うような生き方を、転生した後はしたくなかったんだ。人間として、男として格好つけてえってさ。昔の大侠客のように、男を売りながら、俺が憧れた銀幕の役者さんのように、西へ東へ任侠してえって。だが、これは俺の転生前の経験とか、転生後でもあったことだが……。そんな生き方してっと、どうしても現状で対処できない問題にぶち当たる場面もある。そういう場合はよお、損得を考える」
「損得……ですか?」
そう、安易に妥協したくないという意地を先生は持っているが、それだけでは対処できないような事態に陥った場合の、いわば最終手段。
私が疑問に感じたどうしても戦えない、戦っても負けるだろうって状況に陥ってしまったら、どう考えてどう行動に移すかと言う事の、指針が損得。
「そういう事態になったら、どうすれば得をするか、損害はどれほどくらって、結果的に目的を達成できるのかどうかってのを頭の中で切り替えるのさ。だってよお、大きな目的を達成してえのに、自分の意地を貫いて結局全てご破算になったらどうよ? 勇者である俺の敗北は、世界が滅び、ワルの勝利となる。そうだろ?」
たしかにそれは、救済を必要とする世界にとっては、最悪の結末になる。
「いいかい、マリーよ。俺も転生前、学校なんざ小学校くれえしかまともに行ってねえが、学校の教育やら何やらで、努力こそが肝心、学ぶプロセスこそ価値がある、点数ばかりに気を取られるな。なんて言うがよ、そんなもん俺から言わせると、結果を出さねえと何にもなんねえんだ。頑張った過程が重要と言うが、確かにそれはそう。だが、過程を経て成果を出さんと意味ねえだろ?」
「ええ、まあ」
「そういう過程とかプロセスってのは、よく賭け事なんかでも重要視されるが、それは勝率を少しでも高くするため、勝ちてえって目的を目指すわけさ。成果が出ねえ努力はなんの意味もねえ。努力という過程はあくまでも手段であって、目的じゃねえんだ。そういうのを世間の学校で、子供らを導く教師が、きちんとガキらに教えねえから、アホなガキが勘違いするんだ。世の中は結果が全てなんだからな」
きつい言い方だが確かにそうかもしれない。
転生前の私もそうだったけど、勉強頑張って努力して偏差値高い高校に通うことになったって結果を出したけど、それに甘えて、学校に入って何をしたいのかって目標とか目的を見出せなかったから、勉強サボって成績が落ちてった気がするし。
「話に戻るが、負ける事がわかってて己の意地を身勝手に通して、何も考えねえで突っ走るのは、そんなものは格好いいと言えねえし、大馬鹿だ。だから、どうしょうもねえ状況の場合、損か得かに頭の中を切り替えるのよ」
「はい。できれば、得をしたいって思います。そして、損をするにしても、損失は少ない方がいいとも思います」
「おう、それでいい。例えば、俺の転生前で言ったら、どうしても勝てねえ相手と言えばサツだ。そりゃ、やろうと思えば長官やら総監、本部長クラスの命取ったりして、サツ相手にとことん突っ張る事は出来るかもしれねえよ? そうすりゃあ胸がスカッとするだろうし、その時だけは気分が晴れるかもしれねえ。けど、得するとしたら気分的なもんだけだ」
先生から聞いていたけど、日本の警察の総数や、人間の質や装備とかの質は、ヤクザ全部の人数を遥かに上回ってるし、警察に勝てたとしても、治安維持で自衛隊みたいなのが出てきたら、日本のヤクザは絶対にかなわないという。
「仮にサツのトップをやったとしてよお、ヘタすりゃあ自分と組織が壊滅するくらいダメージくらったりするだろうね。当然世間様は、そんなもん納得しねえだろう。ホレ見ろ、やっぱり自分勝手な暴力団なんだあいつらって後ろ指差される。そんで死刑とかになって、ヤクザ全部が国からケジメ食らったらアホみてえだろ? ヤクザは人間社会あっての生き方で、反体制的なテロリストなんかじゃねえしよ」
うん、まあそうだよねって思った。
人間が社会的な営みをしているから、ヤクザなんて出来るんだろうけど、その営みを壊したら、それはヤクザなんかじゃなく、本当の意味での社会の敵となる。
ていうか、絶対勝てない相手って回答で警察って答える時点で、やっぱり悪漢な人なんだなって思った。
「そんで海外の野蛮な組織みてえに、サツを支配したりだとか検事や裁判官をぶっ殺したり、司法連中をいい風に買収したりだとかってのは、日本みてえなモラルが高い国じゃあ……突き詰めてやるのはやっぱ無理なわけさ。第一、世間様が納得しねえし、俺達ヤクザも美意識ってのがある。その美意識から外れると、これは無作法で不細工だとか、人間として恥ずかしいって思うわけよ。日本と言う国の表社会が活気が出て、国際社会で勢いあったり、経済で安定すれば、裏社会も潤うからね」
「美意識、ですか」
「そうだ。社会の表だろうが裏だろうが、絶対に遵守しなきゃいけねえのが日本人としての、人間としての美意識。俺もヤクザも人間だし、自分達に義理がある社会がよりよくなる事を願い、人間が人間として生きていける社会を目指すのが、世の道理。これは絶対に変えちゃあならねえし、やっぱり大事にしなきゃなんねえのは、義理人情なのさ。それが大事な事だって気が付いたのは、転生前の最後の場面、港の底だったがな」
先生が転生前、どんな人だったのかは詳しくは知らないし、怖くてあまり知ろうともしたくないけど、転生して勇者になった先生は、人と社会をどう救うのかって事を考えて、いろんな世界を救ってきた凄い人。
「だから、社会そのものや、世界を滅ぼすようなワルは……許しちゃあいけねえ。弱い奴らや子供をいじめて、自分勝手な欲望や、ただ悪を成すために悪事を働くような、噓つきのクソ野郎は存在しちゃあダメなのさ。そういうワルを決して許さず、見逃さず滅ぼす。これが俺のヤクザとしての、勇者としての、人間としての生き方だ」
そう、それが先生の正義。
人間の世界と、人間性を否定するような悪を許さないのが勇者マサヨシ。
「そんで損得を考えざるを得ない状況。例えば転生前だったら、自分がパクられた時やサツの手入れが入った場合ね。そういう時は、サツの面子が立って、なおかつ俺達ヤクザがなるべく損害出さねえような妥協点を見出す。言うなれば、取り引きできるかできねえのか? こいつを模索するのよ」
「えーと……だから、物事や法律を勉強しろって話に繋がるんですね」
「おう。カタギだったら弁護士先生に任せる問題でもあるんだが、てめえ自身も法律とか勉強しとけば、サツの落ち度もつけるわけ。相手の落ち度を突いて、掛け合いに持っていくのはヤクザの得意分野ってなわけさ。あと、警察より立場が上の政治家を、金と女で抱きこんだりとか、右翼使ったりとかもな」
この先生が言う手法は、暴対法って法律ができた後、さらに改正されたりして、社会がめっちゃ厳しくなるまで、そういった取引きは通用したという。
日本のおまわりさんって、クリーンなイメージだったけど、昔の内情は一概にそうとも言えなかったようだ。
「無論、てめえがサツにパクられた時や、親分や子分に塁が及ばねえよう、身代わりで自分か他の誰かが出頭する、させる場合も損得よ。まあ、格好いいかって言うと、ぶっちゃけ格好悪いがな。だが、それで自分や周りの人間が守れるってなったら安いもんさ。転生前や転生後、指を詰めた時とかもそうだったがね」
指詰めというのは、ヤクザの謝罪や問題解決や仲裁事で、主に自分の小指を落として相手に誠意を見せるという、めっちゃ痛そうな風習らしい。
その話を聞いた私は、ドン引きしたけど。
けど、今の先生の指は全部揃ってる。
「先生、今は指が全部揃ってますよね?」
「おう、落とした指は取り戻した。どうしても必要になってね。一回落とした指をまたつけるってのも、不細工な話だがしょうがねえ話よ。とにかく、そういう危機的状況になったら損得を考えろ」
「はい」
「相手が何を目的にしてるか? そこに付け入る隙はあるのか? そして自分や自分たちの損害をなるべく避けて、少しでも得をする方向に切り替えろ。損して得取れって奴さ。昔は損して徳を取るって意味だったそうだが確かにそうだ。その場で損をしたとしても、その後、結果的に自分や誰かが救われて勝利に繋がれば安いもんさ」
そして、今がその損得を考えざるを得ない状況で、このクロヌスというオカマを退かせるか、私達が最小限の被害に抑えて、この場を乗り切るか。
倒すのは、多分無理だろう。
こいつと、まだ話ができるのが不幸中の幸い。
なぜなら交渉ができる余地がある。
「すいません、クロヌスさん。あなたは、なぜ天界の指定4類なんてされてしまったんですか?」
「うん? ああ、その事ね〜ん。あたしね、自分の父神を殺して神域オリンポスを乗っ取ったの。あたしのアダマスの鎌で、チョッキンてアレ切り落としてやったのねー。ウラノス父様を」
うげっ、このオカマ凶悪すぎる。
お父さんを殺して、神域を乗っ取っちゃたとか、やばいよこいつ。
「それでー、あたしのティターン所属の眷属神が予言で、あなたも息子から同じ事をされて、神々の王たる最上級神の座を追われるだろうって言われちゃったのねー。当時のあたしは、ち●ちん切られて殺されるなんか嫌だって思って、子供を遠ざけようとした。これがよくなかったわねーん。逆に子供達から恨み買われて、ティタノマキアの戦いで、やられちゃった。あたしは戦後処理で、創造神から責任取らされ、あの最悪刑務所世界のニブルヘルに送り込まれたの」
なんか、見た目とは裏腹に極悪すぎる。
家族同士で殺し合いとか。
「えーと、息子さんてどんな方達なんですか?」
「うん、あたしの力を色濃く継いだ、地のハーデス、海のポセイドン、空のゼウスの三闘神。他にも女の子とか色々いたっけ」
ちょおおおおおおおおお。
やっぱやばいよこいつ。
私でも知ってる、名だたる神じゃんそれ。
それの父親って、めっちゃヤバい神だ。
すると足を引きずりながら、デリンジャーが私の傍に立つ。
呼吸もキツそうで、早く治癒しないと彼も死んじゃう。
「なあ、その……クロヌスさんだっけか? 俺達は今、あんたと戦う気はねえ。それと、頼みがあるんだ。俺の友達を、ネルソンやアンナを治してやりてえが、いいか?」
「いいわよーん。んーでも、彼女もうダメっぽい。魂と生命力が尽きて時間が経ってるから、助からないかも」
「そんな……」
確か先生は言っていた。
地獄から召喚された業を持つ魂が尽きる場合、依代になった肉体も死を迎えると。
「けど、そうねー。あたしなら治せるわよーん。まだ魂の循環が済んでなければね。そのかわり、あなたいい男だから、あたしの彼氏になりなさい」
「俺にオカマやれってのか? てめえそれで、本当にアンナやネルソンを治せんのか?」
「無論よ。あたしそれだけの力を持ってるからねーん。けど〜、あたしの彼になったら、あんたずっとあたしの傍にいなきゃダメよーん。浮気は許さないから」
うげっ、このオカマあれだ。
めっちゃ相手を縛るタイプ。
相手を束縛して、自分の思い通りにしちゃうような感じっぽいけど、どうしよう。
デリンジャーがあのロキの仲間のオカマのものにされちゃったら、私たちの世界救済が遠のくし、そもそもそんなの嫌だけど……どうすれば。
こんな時、先生だったらどう切り出す?
損得と、先生の言う落とし所も含めた……。
あ……。
今思いついたけど、これならば丸く収まる気がするし、おそらく先生ならこの手で行くはずだ。
賭けてみよう、今思いついた策と私の力と先生の教えも信じて。
損得って口では言うが難しいですよね。
その時のバランスを考えたり、その場を収めても。
続きます