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定められた未来 05


 一人目の標的を仕留め終えた俺は、一旦町を離れブラックストン家の屋敷へ。次いでマフィアのボスを狙うべく、再び町に舞い戻って二日が経過。

 俺は連中の一家が葬儀を行う、広大な敷地面積を誇る墓地へと入り込んでいた。


 足を踏み入れ見えるのは、視界一面に広がる枯れた芝生に、等間隔で埋められた墓石ばかり。

 曇天の空からは雪がチラチラと舞い落ち、工場や無数の家々、遠くを走る汽車が生み出した"霧"と混じっていく。

 遮るもののないそこへ吹き付ける風は冷たく、俺は厚手なコートの前を固く閉じ、閑散とした墓地を歩いた。


 いくら真冬とはいえ、不自然なほど人の姿が見えぬ墓地を進んでいくと、視線の先に人影が。

 ゆっくり近づくと、そこに居たのは上等な黒いコートを纏う壮年の男。

 男は一心不乱にシャベルを振い、雪が肩を濡らすのも厭わず大きく開いた穴へ土を戻そうとしていた。



「お手伝いは必要ですか?」



 穴の中へ安置された棺桶に、土をかぶせていく男へと声をかける。

 すると男は一瞬だけビクリと反応して、ゆっくりとこちらを振り返った。

 振り返るなりその男、二人目の標的であるマフィアのボスは、鋭い熱のこもった視線で俺を射抜く。



「小童、どうやってここに入った。墓地の出入りは監視させているはずだ」



 そいつは半身でこちらを見ながら、手伝いの必要性ではなく質問を返す。

 墓地の出入り口では、他の者を寄せ付けぬように十数人の男たちが門を塞いでいた。

 護衛役が見張っていたというのに、それでも招かれざる異物が入り込んでしまったことに、ボスは大層ご立腹のようだ。


 手にした道具は地面に突き刺している。ただその代わり空いた片手をコートの内側へ。

 恫喝するような声に隠れ小さな金属音が聞こえたため、コートの下では銃が握られているに違いない。

 なにせあの血の気が多かった坊ちゃんの父親だ、下手な答え方をすれば、それこそ鉛玉が飛んでくる。


 内心では緊張をしつつも微笑み、警戒感を解くべく両手の平を見せ言い訳を口にした。



「実を言いますと、ご子息とはちょっとした顔見知りでして。亡くなる少し前からのですが」


「知り合いだと? ではあいつらがここへ通したということか?」


「とても快く。ですので彼らを責めないであげてください」


「……そうか。まったくあの連中め、なんのために人払いをしたのか理解しておらんのか」



 口にした言い訳に、ボスは不満交じりだがとりあえずの納得を示す。

 ただ少なくとも一瞬は、こちらの言い分を疑ったはず。

 それでも形の上で納得したのは、護衛として連れてきた男たちが、それなりに腕が立つと知っているためか。


 男はとりあえずコートの下で撃鉄を戻す音をさせると、手を抜き道具を掴む。

 そして再度墓穴へ向かうと、棺桶に土をかぶせ始めるのであった。



「この度はご愁傷様です。ご子息を亡くされたこと、心中お察しいたします」


「心遣い痛みいる。だが手伝いは不要だ」



 少しだけ近づき脱帽すると、我ながら白々しいと思いつつも見舞いの言葉を口にする。

 ボスはその言葉に社交辞令的な礼を返すも、なお淡々と一人で墓を埋め続けた。



「まさかお一人だけで埋められるつもりで?」


「そうだ。葬儀の前日に一人で穴を掘った、そして埋めるのもワシ一人だ」


「さぞ大変でしょう。貴方ほどの方であれば、多くの人間を動かすのは容易いというのに」


「それでもだ。これだけは他の誰にも譲る気はない。我が息子の命を奪われた恨み、しっかと内に刻み込まねばならん!」



 強い口調で呟き、シャベルを鋭く地面へ突き刺す。


 この男は自身の息子が死んだのは、事故によるものではないと確信している。

 市警の捜査はまだ途中で、中には疑いを持つ者は居てもこいつにそれを話したりはすまい。

 それでも誰かの手によって害されたと考えたのは、組織を統べる者としての直感だろうか。



「どこの組織の回し者かは知らんが、ワシの息子に手を出したことを後悔させてやる」



 憎悪を滾らせる男は、荒々しく土を蹴り上げた。

 ただ犯人は自身の組織にとって敵となる、別のマフィアによるヒットマンだと考えているようだ。


 間違いなくこの男は自身の手下を総動員してでも、犯人を探し出そうとする。

 そうなれば疑いを持たれた別のマフィア相手に、無関係な人も巻き込む大抗争に発展してしまうかもしれない。

 なんとしてもそれだけは避けなければ。そう考えていると、ボスが「そういえば」と呟く。



「息子はバカだったが、身近に置くのは使えるヤツばかりで、人を選ぶ目だけは秀でていた」


「そうでしたか。良い能力をお持ちだったのですね」


「それがあいつの"才能"だったからな。普段からの護衛はワシが選んだのだが、そちらは残念ながら役に立たなかったらしい」



 俺が暗殺者としての才能を持って生まれたように、あの男も当然才能を持っていた。

 それは能力の高い者を見出すという、なかなかに得難い才能であったらしい。

 さきほどから発せられている言葉には、死んだ息子に対する呆れが随所に混ざってはいたが、それでも才能という一点だけは評価していたと見える。


 口振りからすると、あの日側を離れていた護衛連中は、こいつによって制裁を受けたのだろう。

 その部分に関しては、俺が気にするところではないけれど。



「そんな息子が親しくしていたということは、お前もなかなか出来るのではないか?」



 ただ息子に関する評価から思い至ったのは、知り合いであると説明した俺もまた、その対象ではないかという部分。

 新たに雇うつもりであった護衛とでも考えたのかもしれない。



「そこばかりは何とも言えませんが」


「謙遜するな。どうだ、次はワシのもとで働かんか? そうだな、まず息子を殺した人間を探し出してくれれば、良い待遇を約束してやろう」



 いまだ墓穴へと土を戻し続けてはいるが、若干ボスの声は調子が上向いているように思える。

 関心も棺桶にではなく、背後に立つ俺へ向けられていた。


 部下に"してやる"ための交換条件は、仇の所在を明らかとすること。

 己の部下となる事が誰にとっても魅力的であるかのような、過度の自信に満ちた誘いに内心で苦笑しながら、ボスへと近づいていく。

 向こうもそれには気付いているだろうが、提案への了解と受け取ったのだろうか。振り返ることもせず質問を次ぐ。



「ところで聞いておきたいのだが、お前の"才能"はなんだ?」


「……わざわざ自慢気に話すようなモノでは」


「勿体ぶらずに教えろ。そいつが聞かずともわかるのは、教会の坊主だけだ」



 振り返ったボスは地面へ突き刺したシャベルに体重を預け、こちらの手の内を探ろうとする。

 自身の手下として取り込もうと考えているのだ。その能力を知ろうとするのは当然だ。


 俺はそんなヤツへと近づいていく間、視界の端で周囲を探っていた。

 手近にあるのは土を掘るための道具に、壊れた石材の欠片、墓前に供えるための真っ赤なバラの花束。あとは先日の嵐で折れた木の枝くらいのものか。

 ……どれもいまいち、武器としての決め手に欠ける。となると予定通りにするのが無難か。



「それで、結局何なのだ? ワシが苛立たぬ内に話すのが賢明だと思うが」


「では。くれぐれも、この件はご内密にお願いします」



 ようやくこちらを振り返り、俺の肩へ手を置く男。

 表情だけはまだ普通だが、声からはどことなく不愉快な色が滲んでおり、それは男自身の言葉によっても証明されていた。


 実のところこいつは、若い頃はかなり腕が立つヒットマンであったとのことで、下手に近づけば銃口から火が吹きかねなかった。

 だが今は俺とのやり取りで苛立ち始め、警戒感や注意力が散漫となっている。

 なのでこの男とやり取りをするのは程ほどにして、そろそろ目的を果たした方が良いかもしれない。


 俺は回答を急かすヤツの耳元へ。言葉を聞き漏らさぬように意識を向けてきた瞬間、小さく囁いた。



「俺の才能は、"暗殺者"ですよ」



 そう囁くと同時に、俺はボスの腕を掴んで捩じり上げ、体重を乗せうつ伏せの状態で倒す。

 膝裏へと踵を押し込んで動けなくし、顔だけが墓穴を覗き込むような体勢へ。



「き、貴様何を……!?」


「黙っていろ。口を開かずにいるなら、数秒は長生きできるかもしれないぞ」



 驚愕し悲鳴を上げようとするボスは、抵抗をするべくもがく。

 だがここまで組み伏せてしまえば、そう易々と反撃は叶わない。

 俺はヤツを力強く踏みつけ動きを制すと、首元へと手を伸ばしてネクタイを握り、拳に巻き付け締め上げた。



「あ……、がああぁぁあ」



 苦悶の声を上げるボスをなお強く押さえつけ、ネクタイを捩じっていく。

 すると抵抗のためバタバタと動かしていた手足も、次第に動きが鈍くなっていったのに気付く。


 思考をするだけの酸素が足りないためか、あるいは死を覚悟し観念したか。

 もしかしたら最後の瞬間だけは、息子の納められた棺を静かに眺めようとしたのかもしれない。

 真偽のほどは定かでないが、いずれにせよそいつは動きを止め、頭をダラリと穴の中へ垂らしたのだった。


 動かなくなったところで首元へ指を当てると、脈が次第に弱まっていくのを感じる。

 そして遂には鼓動を止めたところで、俺はコートの内ポケットから銃を抜き取り、弾を一つだけ回収し身体を墓穴に蹴り落とした。

 落下したそいつが棺の上へと転がったところで、地面に刺さったシャベルを掴む。



「……こいつは一苦労だ」



 穴のそばに盛られた土を掬い、棺と死体もろとも埋めていく。

 だがその量は独りでやるには少々労を要するもので、手を動かしながらも俺は大きく嘆息した。



 しばしの作業を経て、ボスの腕だけが地面から生えるようにして埋める。

 我ながら猟奇的にすら思える光景に辟易しながらコートの土を払うと、踵を返してその場を立ち去った。


 少しだけ早足となって墓地を歩き、門をくぐって外へ。地面に転る十数人の男たちを避けて進み、閑散とした道路へと出る。

 そこで覆い茂った木の陰へ隠れるように停まる、一頭立ての簡素な馬車を見つけると、足早に近づき扉をノック。

 聞こえた返事に従い屋根付きの車内へと乗り込んで座ると、対面に腰かけていた人物は小さく呟いた。



「思いのほか早かったですね、フィル」


「これだけ寒い中で、またお嬢様を待たせるわけにもいきませんので」


「別に待っていたわけでは……。今日程度の寒さであれば、そこまで気にはなりませんよ。北部に比べれば、首都は随分と暖かいもの」



 案の定馬車の中に居たのは、俺の事を出迎えに来たコーデリア。

 今回は試験であるというのもあって、前もって行動を伝えておいたのだが、前回同様様子見がてら迎えに来てくれたようだ。


 いつの間にか走り始めた馬車の中、コーデリアは手にしていた懐中時計の蓋を閉じる。

 彼女は静かに首を横へ振ると、窓にかかったカーテンを少しだけ開き、いまだ雪の舞う外の景色を眺めた。



「ところでお嬢様」


「どうしました、なにか問題でも?」


「墓地の外に少々目立つモノが転がっていますが、アレは片付けなくても良かったのですか」



 静かに流れる景色と雪を眺めるコーデリアへと、俺は懸念を口にする。

 墓場の外に転がっていた男たち。あの場所へ立ち入るため、ちょっとばかり手荒なお願いをした結果倒れた連中だが、いずれ誰かしらが目にしてしまう。



「別に放っておいて問題はありませんよ。連中の壊滅を世間に知らしめるためにも、むしろ見つかった方が好都合ですから」


「そうなるとあいつの死体を、わざわざ目立つように埋めたのは無駄骨に思えますが」


「決してそんなことは。おそらくお爺様も満足されるはず」



 穏やかではあるが、どことなく気楽な雰囲気で返すコーデリア。

 彼女は軽くそう言い放つと、後はもう話すこともないとばかりに、自身の横へ置いてあった本を手に取り読み始める。


 俺はそんな彼女の様子に軽く肩を竦めると、標的二人から回収した銃弾を、実行の証明としてさっき本が置かれたいた箇所へ置く。

 そしてカーテンを開け外を眺め、力を抜いて身体を背もたれに預けたところで、完遂の安堵感から眠気を覚え始めたのであった。


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