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溺れる者 09


 シャルマに加えドラウ爺さんという二人の相棒と共に、グライアム市街で深夜の監視を始めて数日。

 当初こそ早々に標的を発見し、仕留めてしまおうとしていた俺たちであったが、想像していた以上にその行動は難航することとなってしまう。


 全ての警官たちが怪しく見え、その全てが違うようにも思えてくる。

 実際監視を続けども手掛かりの一つも掴めず、なかなかにモチベーションも上がってこない。

 こうまで手応えが無いと、グライアム市警の内部に犯人が居るという推測が、最初から間違っていたのではと思えてくる。

 元々あれはあくまで可能性の一つ。最も確立が高いというだけで、確実な話ではなかったのだが。


 一方でこちらの監視も空しく、あれ以降も被害者は増え続けていた

 罪のない子供が犠牲となっているのを思えば、出来るだけ早期に解決したいところではある。

 しかしそうするための一手に欠けるのは事実であり、俺はこの日市街中心部に建つテーラーで、日がな訪れる客を相手にするばかりであった。



「正直このような場所に居るよりも、ドラウ殿を頼った方が確実と思いますが。少なくともこの件に関しては」



 そのテーラーの主、ブラックストン家に協力する諜報要員である壮年の男は、俺へと静かに告げる。

 どうやら彼はドラウ爺さんとも親交があるようで、彼のそういった部分に関する能力を、高く評価しているようであった。


 実際確かに、彼の言う通りだと思う。

 市警から被害者の詳細な写真をアッサリ入手してしまうあたり、爺さんの情報収集能力というか人脈は、俺が想定していたよりも遥かに強力。

 結果的にあの写真からは手がかりがなかったけれど、それでもあんな真似を平気でする爺さんを頼る方が、遥かに現実的に思える。


 それでも俺が今日ここに居るのは、深夜の監視だけではどうにも手詰まりとなっているため、なにか打開策を求めてであった。



「その彼が匙を投げそうになっているんですよ。どうやら今回の標的、相当に慎重な輩のようで」


「それは困りましたな。あの御仁がそうまで苦労するとなると、相当な長期戦を覚悟しなくては」



 一縷の望みを賭けてここへ来たのだけれど、残念ながら成果は芳しくない。

 店主のところにも件の殺人鬼、通称"溺れる者"と呼ばれるそいつに関する情報は入っていないようだった。


 そして店主もまた同じく、解決までに時間がかかるであろうことを示唆する。

 俺はその言葉に頷き、ハンガーにかかっていた修繕に回すコートをチェックしながら、声にならぬ嘆息を漏らす。

 するとそこで新たな客が訪れたか、ドアチャイムの音が聞こえてきた。



「おや、今日は会えたみたいだね」



 現れたのは、俺にとっても知った顔。

 しばらく前からこのテーラーの常連であり、俺にとっては裏の顔においても浅からぬ関りを持つ、グライアム市警のバリー・ロックウェル警部であった。


 このバリー警部とは、よくよく顔を合わせる。

 前回はリジーの弟であるエメリーを連れ、馬車で市中を移動している最中だった。

 なんとも奇遇に思えるも、これは彼が持つという"失せ物探し"や"捜索"に関する才能が、俺との接触を引き寄せているかのようにも思えてならない。



「最近はお屋敷での仕事が忙しいと聞いていたからね、今日も会えないと思っていたよ」


「……警部、その話はどちらで?」


「彼に聞いたんだ。僕が何度かこちらに窺う度、どういう訳か君が不在のようだったから」



 そのバリー警部、久方振りに会った俺に対し、なかなかに聞き捨てならぬ言葉を発する。

 俺はあくまでもこのテーラーの一従業員という事になっており、彼に対しそれ以上を話してはいない。当然ブラックストン家に居ることも。

 しかしどういう訳か警部はそいつを知っており、彼はその理由としてテーラーの店主へと視線を向ける。


 どうやら俺がこの店に居ない時にも、警部は度々訪れていたようで、その言い訳として店主が教えていたようだ。

 もっともこの店がブラックストン家の経営であるというのは、別段秘匿されている訳ではない。市警の人間でなくとも、ちょっと調べればすぐわかることだ。

 となれば適当な言い訳をでっち上げるよりも、ある程度事実を放した方がマシということか。


 下手に言い訳を重ねていては、いずれどこかでボロが出てしまう。

 俺は店主の判断に納得をすると、作り笑顔をバリー警部に向けることで彼の言葉を肯定した。



「ところで本日はどのようなご依頼を?」


「ああ、今日は冬物の仕立て直しを頼みにね。ここ最近の激務でちょっとばかりサイズが合わなくなったんだ」



 テーラーのというよりも、半ば俺の顧客と化しつつあるバリー警部。

 彼は手にしていた上着を掲げる。確かに見たところ彼の身体は、以前に見た時よりも若干細くなっているようだった。

 とはいえそいつは当人が言うような、激務によって痩せたというよりも、より絞られたといった印象だろうか。


 俺がその上着を受け取ると、彼はカウンターに身を乗り出した。

 ……この様子だと、仕立て直し以外にも何か用がありそうだ。

 すると俺と同じことを察したであろう店主が、上着を受け取って店の奥に引っ込んでいく。



「実は先日の件で、君に話を聞こうと思っていたんだ」



 店主が居なくなったことで、本来の用件を切り出すバリー警部。

 先日の件というのが、深夜の監視中にヘニング警部補と遭遇し、共に少年の遺体を発見した時の事を指すのは言うまでもない。



「君がどこに居るかは知っていたけれど、流石にあのお屋敷へ乗り込むのも腰が引けてね」


「それでしたら、文を使って呼び出して頂ければ」


「上の人間がそれすら嫌がっているんだ。なにせブラックストン家は、新興の郷紳(ジェントリ)ながら影響力が大きい」



 おそらくバリー警部は、俺に対し事情聴取を試みたいと考えたようだ。

 けれど彼が言う通り、あの家は都市内でも指折りの財を持つ。

 どこまで影響力を持っているか計り知れぬため、下手な接触をして機嫌を損ねては、捜査にも影響が出かねないと上が危惧していたらしい。



「君にとっては災難だけれど、出来れば協力してくれないだろうか?」


「自分などでよろしければ。あの警部補殿にも良くして頂きましたし」



 こちらとしては、あまり突っ込んで聞かれるのは避けたいところ。

 けれどここで捜査に協力をしないというのも不自然で、俺は快くという態度を前面に押し出す。


 礼を口にしたバリー警部は、安堵したように質問を口にしていく。

 ただそれらはこれといって取り留めのないもので、いつどういった状況で死体を発見し、なにか気付いた点がないかを問うてきた。

 ヘニング警部補もその場に居たため、別に聞かずともわかるとは思うが、やはり他者の視点が欲しいということか。

 この様子だとグライアム市警も、かなり捜査に難航しているらしい。



「あまりお役に立てませんで」


「一向に構わないさ。むしろこちらこそ、ヘニングがこき使ってしまい申し訳ない」


「そういえばあの警部補殿、随分と正義感の強い人のようですね」



 丁寧に謝罪をしてくるバリー警部。

 俺はそこでこの話を打ち切ろうかと思うも、彼が名前を出したのを切っ掛けに、ふとあの警部補のことが気になった。



「今時珍しいくらいにね。ヤツ……、"溺れる者"の捜査には特に気合が入っているみたいで、こっちが引っ張られている有様さ」



 その彼、コンラッド・ヘニングについて、バリー警部は非常に好意的な感想を口にする。

 あの時に彼と話しながら受けた印象としては、警察官らしく悪党を決して許しはしない姿勢が感じられた。

 もっとも悪く言えば猪突猛進というか、向こう見ずや無鉄砲な気質にも思える。


 ただそんなヘニング警部補に、バリー警部はひとかどの敬意を払っているようだ。

 後輩として、同僚として信用しているらしく、こちらの口から発せられた良い評価に対し、喜んでいる様子が見て取れる。



「おっと、長々と話し込んでしまったね。僕はこれで失礼するよ」



 バリー警部はそこでこちらの仕事を邪魔したと考えたか、気まずそうに撤収を口にした。

 彼自身もまた猟奇殺人鬼の捜査で忙しいはずで、俺は丁寧に見送ろうとするのだが、バリー警部は扉を前に立ち止まる。



「そういえば前に君が連れていた少年、あまり外へ出ないよう注意してあげてくれないか」


「警部補からも同じ忠告を受けましたが……、なにかあるのですか?」



 思い出したように告げたのは、前にバリー警部と会った時に連れていた少年、エメリーについて。

 ただこれと同じような内容を、ヘニング警部補からも言われていたため、首を傾げ問い返す。



「実は被害者の特徴というか、共通点が見えてきてね」


「ではその共通点が、あの子にもあると?」


「どうやら"溺れる者"は、赤毛の少年を狙っているらしい。おそらく明日あたり、各紙そのネタを扱い始めるはずだ」



 赤毛自体は、そこまで珍しいものではない。

 現に件のヘニング警部補にしてもそうで、流石に町の大多数とまでは言わないまでも、同じ髪色を持つ少年はそこら中に居る。

 確かに俺が見た被害者の少年も赤毛であった。そして市警はこの特徴こそが、犯人の行動原理に関わっていると考えているようだった。



「ただの偶然、にしては特徴が似通っていてね。出来れば注意をしてあげて欲しい」



 彼はそう告げると、店から出ていく。


 バリー警部が去り、ドアチャイムの音だけが響く店内で、俺は一人無言で立つ。

 あの様子だと赤毛の少年が狙われているという部分に、市警は確信を持って捜査を行っていくらしい。


 バリー警部やヘニング警部補が気にしてくれたように、エメリーは確かに赤毛。それも比較的明るめの。

 そういう意味では危険性が高いのだろうが、基本ずっと屋敷から出ないため、おそらくその点は大丈夫。

 とはいえ注意をしておくに越したことはない。俺は忠告に従うべく、すぐに屋敷へと戻ろうと店主に暇を告げに行くのだった。


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