定められた未来 04
午後になって勢いを増しつつある雪の中、深い轍を刻む馬車に揺られ、グライアム市の東に位置する屋敷へ。
もちろんいくら親しいとはいえ、使用人に過ぎぬ俺が馬車に乗って彼女と共に入るのは不自然であるため、直前で降りて通用門から。
数日振りに屋敷の敷地を踏んだ俺に、他の使用人たちは目を見開いていた。
何も言わず姿を消していたため、何かの事情で屋敷を去ったと思ったらしい。
一方で事情を理解しているらしきドラウ爺さんからの、「上手くいったようだの」という労いの言葉を頂戴し、夜までしばしの休息。
その後食事を済ませ自室でゆったりとしていると、執事長から呼び出しを伝えられた。
見つからぬようコーデリアの私室に入り、座って彼女の話に聞き入る。
少しだけ蜂蜜を垂らした温かな紅茶を飲みつつ、コーデリアはどうしてブラックストン家が、このような暗殺稼業に手を染めるようになったかを話してくれた。
「……お嬢様。その説明を聞く限りだと、世に蔓延る悪党を消し去るのが目的。と言っているように聞こえるんですが?」
「まあ、……端的に言えばそうなります」
コーデリアから聞かされたのは、なんとも意外性に満ちているというか、俄には信じられぬ話であった。
王国内の悪党を排除することで、治安に尽力するというのがその役割。
ブラックストン家は数十年前からそれを行っており、当主のアーネストが指揮を執っている。
そして次の代は、コーデリアが担うのだと言うのだ。
俺はどことなく困った様子なコーデリアの言葉を聞き、しばし思案した上で思い切って感想を口にする。
「正直なところを言っていいですか?」
「どうぞ。大体予想は出来ますが」
「なら遠慮なく。正直信じられない、これはいったいどんな冗談です」
まさか暗殺者の才能を活かす理由が、正義のためと来たものだ。
このような声を大にして言えぬ才能、普通に考えれば裏社会で振るわれるのが当然。そもそも俺はそういった人間が集まる競売場で競り落とされたのだから。
むしろ当主のアーネストにしても、表向き行っている事業とは別に、密かに犯罪へ手を染めていると考えていたくらいだ。
それがむしろ目的としては真逆で、人の役に立つ目的で振るわれるなど想像もしていない。
「こう言っては何ですが、ご当主様は正義に燃える質であるとは思えない」
「それは同感ですね。ですがこれは同じ志を持つ者たちと決めたこと、ブラックストン家が担うべき役割なのです」
「ということは、他にこの暗殺に加担している連中が居ると」
口を滑らしたというよりも、最初から話すつもりであったであろうコーデリアは、他にこの件へ関わる存在についてを匂わせた。
ブラックストン家は財こそ大きいものの、王侯貴族の類ではなくあくまでも郷紳。
正義というお題目を掲げようと、こんな大それたことを仕出かしている以上、おそらく後ろ盾が存在する。
聞けばこの暗殺家業、現当主のアーネストがまだ若い頃に始まったとのこと。
彼もまた俺と同じく、世にも珍しい暗殺者の才能を持って生まれたらしく、ずっと隠して生きてきたようだ。
しかしどこからともなく嗅ぎつけた、とある貴族から話を持ち掛けられたらしい。曰く、国のために役立てるつもりはないか、と。
「元々はハーヴィー家とコーツ家によって立案され、その後お爺様が協力するという形で始められました」
コーデリアが口にした家の名前は聞いた事がある。共に王国貴族の家で、特にハーヴィー家は国の中枢に強い影響力を持つ家だ。
貴族院でもかなりの発言力を持ち、王族も顔色を窺うなんていう話も聞く。まさかあの家が関わっているとは。
一方でブラックストン家は貴族ではない上に、郷紳としても新興の部類であり、現当主アーネストによって一気に財を増やした。
一般的には彼の商才によって成り上がったとされているが、話を聞く限りあの人物の才能は俺と同じ暗殺者。
ということは商売によってではなく、これによって財を成したということか。
「……もちろんこれは、あくまでも建前の話です。公にできぬ建前ではありますが」
一瞬説明に納得しかけるも、やはりどこかおかしいと感じていたところ、コーデリアから苦笑が漏れる。
やはり話してくれた内容が、真実そのものという訳ではないらしい。
二つの貴族家に使われる形で成り上がったのは間違いなさそうだが、これだけだと現在のブラックストン家にとってはメリットが乏しい。
寄る年波によって、当主アーネストは暗殺者として引退済みであるのに加え、既にこの家はかなりの財を成している。
コーデリアに跡目を引き継ぎ、暗殺者の才能を持つ者を買い取ってまで、貴族に協力を続ける理由が薄い気がした。
となるとコーデリアが説明したのとは別に、二つの貴族家に協力を続ける目的が存在するはず。
「つまりいまだ暗殺者役を担うのは、他に目的があると」
「それはもちろん。ですがその話は……」
「その話は?」
まるで否定をする素振りのないコーデリアは、ちょっとだけ冗談めかして肩を竦める。
ただ彼女は人差し指を立て、俺の問いに答えるでもなく自身の口元へ当てた。
「またいずれ、ということで。続きを聞きたければ、まず今回の試験を無事完了してください」
ご褒美を渡すにはまだ早いと言わんばかりに、悪戯っぽい笑顔を見せるコーデリア。
外での淑やかな態度とは相反し、この部屋においては歳よりも幼く見える態度に、脱力し追及する気力さえ削がれてしまう。
このような手練手管、いったいどこで覚えたのやら。
俺はコーデリアが自ら淹れてくれた紅茶を啜り一息。
聞かされた内容に釈然としないままではあるが、ひとまずこれで満足することにして立ち上がった。
「続きはまた後日ですね、では早速」
「もう行くのですか?」
「ええ。偽装工作としてはお粗末なので、近いうちに市警が気付く可能性がありますから」
空にしたカップを残し部屋から立ち去ろうとする。
今頃マフィア連中は、ガスによって爆死した男の件で大露わとなっているはず。
運が良ければこの混乱に乗じ、二人目であるボスの方も始末するのは容易かもしれない。
ただすぐさま行動を開始しようと考えた俺に、コーデリアは待ったをかけた。
「残る一人だけれど、極力世間に印象付ける形で仕留めてもらえないかしら」
「印象にというと、紙面を騒がせるような形でということですか?」
「出来ることなら。……悪はいずれ討たれるのだと、世の人たちが希望を抱けるくらいに」
これはさっきコーデリアが言っていた、建前の部分が理由だろうか。
けれど彼女の言葉からは、なにやら悲壮めいた色が見え隠れしているような気がしてならない。
それでもこの部分を問うてはいけないように思え、俺は平静さを装って了解を口にした。
「ボスの方は、墓場か教会で仕留めることにしましょう。明後日には葬儀が行われるはずです」
そう言って部屋を後にすると、自室に戻って次の準備を開始した。
クローゼットの奥を探り、防虫用のハーブ臭がする真っ黒な礼服を取り出す。
なにせ当主のアーネストがそこそこの年齢だ、もしもの時に備えてドラウ爺さんと共に作っておいた代物。まさかこんな時に役立つとは思ってもみなかった。
ともあれそれを着て出るわけにもいかず、バッグに詰め込んでそそくさと屋敷を後にする。
再び慌ただしく出ていく俺の姿を、起きてきた使用人が怪訝そうに見送る中、偶然屋敷前を通りがかった夜行馬車に便乗。
市街へと移動し、夜中に開いていた安ホテルに部屋を取った。
その夜はこれといって取れる行動もなく、休息へ充てることに。
翌朝から行動を開始し、野次馬のフリをして群衆に混ざり昨日のパブ眺めると、店長が市警を相手に話をしているのが見えた。
「本当だ、設備の点検は怠っていなかった! ガスが漏れるような状態じゃなかったはず」
「わかったわかった。詳しい話は署に戻って聞いてやるから」
「ウソじゃない! もう一人従業員が居る、そいつにも聞いてくれ!」
警官は"事故現場"の前で、店長相手に話を聞いていたようだ。
店長はいつの間にか消えた従業員、つまり俺を探すよう懇願するのだが、警官は取り合わず馬車に押し込み行ってしまう。
ちょっとばかり可哀想にも思うが、あの店長とて結局はマフィアの一員。
その必要はないかと割り切ると、現場で検証を続ける他の警官たちのやり取りに意識を傾ける。
「本当か? 死体は返したとはいえ、まだ状況もわかってないってのに」
「連中にこっちの事情は関係ないさ。たぶん組織の盤石さを示したいんだろうよ」
警官のやり取りを盗み聞いてみると、どうやら早速明後日には男の葬儀が行われるらしい。
まだ碌に市警の捜査も終わっていない中でのそれは、警官が言うように組織としての規律を周囲に見せつけたいため。
ならばやはり、狙うのはその辺り。
印象的な始末をとなれば、葬儀の最中を狙うというのが考えられる。
あるいは墓地。大抵が代々同じ所を使うため、受け取った資料に記されている場所で待ち構えればいい。
俺は現場から立ち去りながら思案し、必要以上の被害が出そうにないのは墓地であると結論付けた。
ホテルに戻る道中の書店で、グライアム市の地図を購入。
部屋に入って地図を広げると、墓地周辺を見下ろしながら、実行の計画を立てるのだった。