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憩いの夜 01


 勢いよく、猛烈な速度で家々が目の前を流れていく。

 緑の草原を、丘を、音に驚く野生動物を尻目に、俺が乗る列車は煙を吐き進んでいった。


 黒煙を吐く汽車によって、力強く引かれる客車は小刻みに揺れ続ける。

 そのせいもあってか、乗客たちの中には体調を崩す者も。

 もっとも俺は体質的に酔いには強い方であるらしく、そんな人たちを不憫に思いつつも、車窓から見える景色を眺めていた。



「フィル、焼き菓子を持ってきたのだけれど、食べられるかしら?」



 俺が小さく開いた窓からの風を受けていると、すぐ対面に座る人物が菓子を勧めてくる。

 そこでは膝の上で小さなバスケットを広げるエイリーンが、屋敷から持参したそれを指し笑顔を見せていた。


 見ればバスケットの中からは、彼女が言うように小さな焼き菓子が覗いている。

 吹き込む風によって甘い香りが流され、それを美味そうだと思う反面、車内で苦しむ人には耐えがたい臭いなのではとも思う。



「いただくよ。少し小腹が空いていたところだ」



 とはいえ断る理由もなく、エイリーンの誘いに乗った俺は、貝殻型をした大振りな菓子の一つを摘まみ上げた。

 その菓子を咥え再度窓の外を眺め、列車が向かう先へと想いをはせる。


 乗る列車は一路、王国の北部へと向かっている。

 目的地は夏が近づきつつあるこの時期、多くの貴族や郷紳(ジェントリ)が集う、涼しい高地に設けられた一大別荘地。

 避暑地として非常に名高いそこへは、ブラックストン家の有する別荘が存在した。


 任務を一つ片付ける度にコーデリアがくれる休暇。ただ遊び方を知らぬ俺は、大抵それを市内のテーラーにて潰していた。

 しかしロイドを仕留めたあの日、屋敷へと戻った俺たちにコーデリアは、有無を言わさず旅行をするよう告げたのであった。



『毎度の事だけれど、あなた達にはしばしの休暇を摂ってもらいます。北部にしばらく使っていない別荘があるからそこへ』


『しかしご当主様、自分はそこまで疲れているわけでは……』


『管理人は常駐しているけれど、たまに家人が使っていると誇示する必要があるの。そうでないと業者が譲ってくれと煩くて』



 そう淡々と告げたコーデリアは前もってリジーに荷物を用意させており、すぐに出発しろと促してきた。

 そのような理由ならば、たまには彼女自身が行けばいいだろうにと思う。

 なにせコーデリア自身も日々多忙を極めており、生来の真面目さもあって仕事中毒(ワーカホリック)とすら思われかねないほどで、リジーなどは如何にして休ませようか苦悩していたくらいだ。



『……私はいいわ、市内に開いた新しい店が気になるもの。だからあなた達で行ってきて、今回はエイリーンも連れて』



 ただ俺の告げた休暇の提案も、コーデリアはアッサリと跳ね除けてしまう。

 どことなく俺を追い出したがっているような気配を感じつつも、こうまで頑なになられては抗う手段もなく、不承不承その旅行を了承した。

 もっとも建前上は執事である俺が屋敷を離れても大丈夫なよう、大急ぎで仕事を片付けて。


 そうして車上の人となった俺とシャルマにエイリーン。

 件の高地に在るという別荘へ、一週間ほどの旅へと出発したのであった。


 俺は窓の外から視線を外し、チラリと揺れる車内へ戻す。

 そこでは横並びに座るシャルマとエイリーンが、バスケットの中身を覗き込みながら談笑を交わしていた。



「エイリーン、これちょっと多すぎでしょ。いったい何十個作ってきたのよ」


「折角の長旅ですもの。道中退屈しないようにと」


「もしかしてこれ、行きだけで全部食べる気……?」



 基本俺に対しては辛辣で、皮肉が多分に含まれた台詞を吐きがちなシャルマ。

 しかしブラックストン邸に来て間もないというのに、既に使用人たちにとって頼れる姉御的な存在となっているエイリーン相手には、シャルマの皮肉もすっかり鳴りを潜めていた。

 いや、それなりに混ざってはいるのだが。


 そんなシャルマ曰く、コーデリアが俺たちを休暇に向かわせたのは、色々な思惑があるのではとのこと。

 言わんとすることはわかる。その一つとしてはコーデリア自身が、俺と顔を合わせづらいという部分だろうか。


 なにせ彼女は俺にとって実の父に当たる、ロイドを暗殺するよう命じたのだ。

 実際にはずっとこちらを裏切り続けていた男であったため、俺自身は案外容易に割り切りも出来ているのだが、それでもコーデリアには贔屓目があるに違いない。



「向こうには店も多いんだから、着いてから買えばいいでしょうに」


「こんな物でも用意しないと、本格的に私のやることが無くなるじゃないですか。暇を前にして、駆け込みで忙しさを堪能したということで」


「変わった趣味をしてるわね、ホントに……」



 これから向かう先での、ノンビリとするであろう時間。

 それを前にしたエイリーンは、自己を主張するかのように菓子作りに勤しんでいたようだ。


 コーデリアが彼女を連れていくよう告げたのも、また理由があるはず。

 おそらくこちらの意図としては、ロイド暗殺の件を打ち明ける場として、この旅行を使えという意味だろう。

 ……正直これが一番厄介だ。



 俺は徐々に近づきつつある楽しいはずな避暑地に、むしろ憂鬱な想いさえしてくる。

 しかし俺の沈んだ心境とは相反し、黒煙を拭く列車は怒涛の勢いで坂を登っていく。

 窓から入り込む初夏の空気は、徐々に季節が逆行していくような気配を纏い、高地らしい冷涼な気候を肌に感じた。


 その風を受けながら眺めると、車窓から見える景色のずっと遠くへ、ポツンと駅舎らしき建物が見える。

 きっとそこが目的地なのだろうが、リゾート地に向かっているとは信じられぬ憂鬱さだ。



「意外と近かったな。もう数時間はかかると思っていた」


「いったいあなたはいつの時代から来たのよ」


「仕方ないだろ。俺は生まれ故郷とグライアム市の間でしか、列車に乗ったことがないんだ」


「というか、本当は行きたくなかったっていう思考がありありとしてるわね……」



 そのことを嘆息すると、ジトリとした視線を向けてくるシャルマ。

 もっとも彼女は軽口を叩きながらでも、こちらの心情をそれなりに理解してくれていたらしく、俺の手にエイリーン手製のクッキーを一つ置いてきた。



「頭に栄養が回っていないから余計なことを考えるのよ」


「栄養が回った方が余計なことを考える気がするんだが」


「御託はいいから、それでも食べて降りる準備を始めなさい。蹴飛ばされない内に」



 流石に俺の気怠い雰囲気が鬱陶しくなり始めたか、シャルマは強めに発破をかけ始めた。

 たぶん手加減などしてくれそうになく、仕方なしに立ち上がり頭上の荷棚へ手を伸ばすと、納めていたアタッシェケースを降ろす。

 ただそいつを抱える俺に、エイリーンが怪訝そうに首を傾げていた。



「どうかされたんですか? 余計なこと、とおっしゃいますと?」



 俺とシャルマのやり取りに、事情を知らぬ彼女は不可解そうだ。

 問う彼女に理由を話していいものか悩む。もっともどちらにせよ、このような車中で話せる内容ではないのだけれど。



「すまない、なんでもないよ。さあ降りるとしようか」



 そんなエイリーンへと、なんとか作った笑顔を向ける。

 その頃には列車が徐々に減速し、甲高いブレーキ音を慣らし駅へと滑り込んでいく。

 強い振動と共に停車すると、目的地を同じくした乗客たちが次々と客車を後にした。


 シャルマとエイリーンを伴い、俺もまた列車を降り小さな駅舎を出る。

 高原らしい爽やかな風が吹き抜けていく屋外で、大きく伸びをして深呼吸。

 今でこそ慣れたものの、工場から排出されるスモッグ混じりな霧に包まれるグライアム市とは、比較にならぬ心地良さ。



「空気がおいしい。こんなに気持ちいい所は初めてね」


「君の古郷はどうだったんだ」


「あまり良くはなかったわね、空気に関しては。それよりも行きましょ、管理人が待っているはずだから」



 同じく深呼吸をするシャルマは、ここが自身の郷里よりもずっと好ましいと考えたらしい。

 いったい彼女の生まれ故郷がどんな場所かは知らないが、少なくとも数日を過ごすこの地を、既に気に入り始めていたようであった。


 そのシャルマはどことなく浮足立った様子で、いそいそと自身の荷物を手に歩き始める。

 エイリーンもすぐ後ろに続き、旅の同行者である女性陣が上機嫌であることに、俺は頭の中に漂う不安の一つが解消されるのを感じた。

 まだ完全にはこの旅を楽しめそうにはないが、それでも幸先は良い方なのかもしれない。

 俺はそんなことを考えつつ、荷物を手に駅前で待機する多くの馬車へ向け歩くのだった。


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