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選択をその手に 05


「つまりあんたの才能は、"詐欺師"だ」



 ロイドが持つ本当の才能。それは"掘削"ではなく"詐称"。

 これこそ俺がロイドの言葉を信じぬ理由。そしてここまでずっと、リリニアの死を偽り続けることの出来た理由であった。



「まったく、親子そろって難儀な才能を持って生まれたもんだ」



 俺はそう言って手帳を懐に仕舞う。

 たぶんロイドの詐欺師の才能を口止めしたのは、俺にとって祖父に当たる人物だろう。

 もっとも俺が暗殺者という才能を公言出来ないのと同様、詐欺師としての才能なんてのも人に言えるものではないのだから、当然かもしれないけれど。



「お前が言う通り、私が持つ才能は人を欺くことだ。事実を言わなかったのは謝る、しかし……」


「しかし、何だ? 今更リリニアと司祭を殺したのは、自分ではないなどと言うつもりじゃないだろうな」



 まだ僅かな可能性に縋ろうというのか、ロイドはなんとか言い訳を口にしかける。

 けれどそいつを遮ると、俺は到底言い逃れは出来ぬと断言した。

 リリニアの死を欺ける者、その死体を司祭と同じ棺に入れることのできた者。加えて使った薬物を容易に入手出来るとなれば、ロイド以外には居ない。


 そのことを告げると、観念したように息を吐くロイド。



「まったく、私は嘘吐きの才能はあったようだが、人を殺す才能はなかったようだ。お前と違ってな」


「確かに本職から言わせてもらえれば、あまりにやり方が拙い」



 おそらくロイドはとうの昔に、俺が暗殺稼業に手を染めていると勘付いている。

 もっともそもそも自身が裏社会の人間であると認め近づいたのだから、そう考えるのも不思議はないか。


 リリニアと司祭を殺害した薬物に関しては、当初グライアム市に来てから始めた事業の繋がりで手に入れ始めたと考えていた。

 けれどこの様子だと、こちらに来るよりもずっと前から手を出していたに違いない。



「身内としての説得をするのは、もう諦めた方がよさそうだ」


「俺はそもそも、あんたを身内と思っていないがね。流石に二度も裏切られては」


「ならば別の手段でお前を誘うとしよう。イライアス、私の事業に協力しろ。当然相応の報酬は約束する」



 父親としての地位が完全に崩壊したと悟るロイド。

 ヤツはそう認識するなり、これまでのどこか穏やかさすら漂う様子を一変。

 ドス黒い気配すら漂わせ、俺に対し犯罪の協力者となるべく持ち掛けてきた。


 向けられる視線からはあの時と同じ、家族としての情をまるで感じられぬ冷たい色が。

 ロイドの本性が現れたようであり、半ばわかってはいたものの小さな喪失感に襲われる。

 そんなロイドへと、俺はしばしの沈黙を経て口を開く。



「……もう一つ聞きたい。リリニアについてだ」



 ロイドに問うたのは、司祭と共に埋められていたリリニアについて。

 俺を捨てたという点でロイドと同じであるため、恨んでいないのかと言われれば否と答えることになるような人。


 ただその通りの人間であれば、ロイドがわざわざ殺したりするはずがない。

 手をかけるに至った理由、せめてそれだけは聞いておきたかったのだが、ロイドはこの問いを聞くなりカラカラと笑う。



「あの女、事もあろうに全てを打ち明けるなどと言いおった。司祭と共謀してな」


「だから殺したということか。両方とも」


「司祭とも姦通していたに違いない、歳をとって好色にでもなったか」



 そう言って笑うロイドからは、悔しさや憎悪を感じない。

 滲み出るのは侮蔑。最初からどうとも思っておらず、不要になったから捨てたと言わんばかり。

 そもそも結婚をしたのにしても、リリニアの生家が持つ財が目当てであったのだという。


 とはいえリリニアが犠牲者であったかと言われれば、そうとも言い難い。

 教会での宣告を受けた時の、俺に向けた視線。あれを思い出せば決して善良な人間であったとは思えなかった。

 なのである意味で、ロイドとは馬の合う人間であったのだと思う。しかし……



「つまりあの人は、少なくとも死の間際には俺の母親だったということか」



 それでも俺を売り払った後からは、その行為を後悔していたというの点だけは、ロイドの吐いた数少ない真実であったようだ。

 ロイドにとってそれは取るに足らない事。しかし俺にとってそいつは、長年自身を押さえつけていた鬱屈を溶かすようであった。



「聞きたいことは以上か? なら返答をしてもらおうか」



 こちらもまた裏社会の人間であると考え、情よりも実利を取ると考えたロイド。

 ヤツはもうこれといって話すことはないと、さきほど提示した問いへの答えを求める。

 手を差し伸べるロイド。これを握るか払うかで、その答えを示せということか。


 その手を眺めながら数歩近づくと、自身の懐へ手を差し入れる。

 さきほど手帳を収めたのとは別のポケットから取り出したのは、薔薇にも似た黄色い花。

 そいつを見たロイドはすぐに正体に気付いたようでハッとする。



「流石に知っているか。そう、こいつはあんたが扱っている、麻薬の原料として用いられる花だ。淡く、綺麗な黄色。だが……」



 取り出したのは、ロイドが扱う商品の元となる植物。

 この花の雌しべから抽出した成分が、強い幻覚作用などを引き起こすという代物だ。

 ただこの植物、麻薬の原料として以外にも、非常に厄介な性質を持っていた。


 俺は見せつけるように花を掲げると、茎にソッと指を這わせる。



「おい、そいつは……!」


「知っているよ。こいつは茎の棘に毒がある、それもかなり強い神経毒だ」



 花は麻薬に、茎は身体を強烈に蝕む毒に。

 だからこそこいつは発見次第すぐに知らせる義務があり、そうするとする役人がすっ飛んでくる。国が駆除対象として指定したくらい危険な植物だ。

 不幸中の幸いなのは、非常に繁殖力が弱く人の手が入った環境でないと、なかなか育たないという点だろうか。


 その植物を見せた意味。ロイドはなんとなく察したようで、自嘲気味に口元だけで笑う。



「……なるほどな、そういうことか」


「ああ、そういうことさ」


「最初から、これが目的で近づいたということだな。若い暗殺者殿」



 全てを悟ったであろうロイド。

 俺はその想像を肯定するべくさらに近づき、手にした植物を喉元へ突きつける。

 そしてゆっくりとロイドの首元を、茎で沿うように撫でつけた。



「実に残念だ。イライアス、お前とならこの町の裏側で力を持てたろうに」


「買われた先が違えば、あんたの提案に乗る未来もあったかもしれないな」



 意外なほどアッサリと抵抗を諦め、毒の棘によって喉を掻かれるロイド。

 僅かに滴る血を手で拭い、そいつを感慨深そうに眺める。


 少ししてヤツの手は震え始め、膝は揺れ折れる。

 目は虚ろになり、言葉は不明瞭に。非常に即効性が高い毒がもう、全身に回りつつあるようだ。

 俺は死が間近となっているロイドを見下ろすと、夕日に赤く染まった顔に向け吐き捨てる。



「それと、俺の名前は"フィル"だ。イライアスは十年前のあの日に死んだ」


「……そうか。なら、仕方がない」



 薄く笑い、俺の言葉へかすれた声で反応する。

 しかしそれを最後に、一度大きく身体を震わせると、膝を着いたままで動きを見せなくなった。


 頸動脈に指を当てると、既に脈はない。

 かなり強力な毒ではあるが、普通ここまですぐに死んだりはしない。ということは元々、なにか持病でもあったのだろうか。

 ……つまり俺は、十年越しで復讐を果たしたということになる。



「まあ、今となってはどうでもいい」



 そう呟き、手にしていた植物をロイドが着るジャケットのラペルに。

 フラワーホールへ差すと、踵を返しリリニアの居ない墓の前から立ち去った。


 一度として振り返ることなく歩き、墓地の敷地を出る。

 その頃には完全に陽も落ち、通りに沿って立つガス灯の明かりに照らされながら、近くのアパートの角を曲がる。

 するとそこには一頭立ての小さな馬車が停まっており、荷台の上には腰を下ろすシャルマが見えた。



「終わったみたいね」


「見てたのか。まったく趣味の悪い」



 俺は気付いていなかったが、この様子だと陰でこちらの様子を窺っていたようだ。

 きっと俺が手を下さなかった場合、彼女が現れ代わりにロイドを始末していたに違いない。

 そんなシャルマへと、極力平気に見られるよう笑顔を作って帰宅を告げる。



「帰ろうか。ここ最近はずっと、馬車か列車の座席でしか眠れていない」


「なら後ろに座りない。手綱は私が」


「ここ最近は随分と優しいじゃないか。いつもならこっちに押し付けそうだってのに」



 荷台に座っていた彼女は、するりと御者席へ移動。

 普段であればこちらの疲労などお構いない、傍若無人とすら言えそうな態度で、手綱を押し付けてくる場合が多い気がする。

 もっとも世間的な風潮として、男が馬車の手綱を握る機会が多いという面を気にしてくれた結果の可能性も捨てきれないが。


 けれど今回は自らが手綱を握り、こちらに譲ろうとはしない。

 妙に優しく、発せられる雰囲気からは「お前は休んでいろ」という意図すら感じられる。



「それじゃあ……、遠慮なく」



 軽口に反応することもなく、馬を走らせるシャルマ。

 そんな彼女の厚意に甘え、馬車の荷台へ腰かける。

 そしてゆっくり世闇の中で動き始めたのを確認し、小刻みな揺れを身体に感じながら目を閉じる。


 けれど暗い瞼の裏へと、毒を受けたロイドの虚ろな視線ばかりが浮かぶのであった。


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