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過去のあの人 03


 監視を継続して三日目。

 ロイドが営む、"ノスタルジック"と名付けられた輸入雑貨の店は、この日も多くの客が出入りしていた。

 他国の商品を扱う店に、そういった名を付ける不可解さはさて置くとして、実際そこはかなり繁盛しているようだ。


 実際のところ、案外アイツには商才があるのかもしれない。

 客として潜入し偵察を行ったシャルマによれば、店主であるロイドは客たちの需要を把握し、売れ筋となる商品は常に切らすことが無いという。

 ただ俺の記憶にあるロイドの才能は、確かまったく異なるものであったはずだが。


 今も多くの客が入っては、望む物を手に満足げな表情で客たちが出てくる。

 裏で扱っている非合法薬物の利益などなくとも、この様子であれば十分やっていけるであろうに。



「戻ったわよ。まったく、よく世間の女たちはこんな厚着で外を歩くものね……」



 窓から店を監視していると、背後の扉が開かれシャルマが戻ってくる。

 いかにも良家のお嬢さんといった服装をしている彼女は、さっきまで店の中で発していたであろう空気を取っ払い、気怠そうな声を出していた。


 既に時期は春の盛り。むしろ夏の気配さえ感じ始めた頃だ。

 顔以外の肌を隠し、無駄な装飾が随所に施された服は、シャルマにとって暑苦しいことこの上ない格好のようであった。

 彼女自身はもっと暑い地域の出身であろうに。


 そんなシャルマへと、俺は手にしていた水筒の一つを放って寄越す。

 ただそこで宙で受け取った彼女の、反対の手に持たれていた物に目がいった。



「……これはまた、妙な物を仕入れてきたもんだ」


「ただでさえ初日で顔を覚えられたんだもの、何も買わずにいては怪しまれるでしょ」



 受け取った水筒の水を煽る彼女は、俺の感想に対し理由を口にしながらそれを投げつけてくる。

 勢いよく向かって来た物をキャッチし見下ろすと、そいつはずっと東の国で作られたらしき木製の小物。

 変わった材質の木材だが、細長い棒の先端に薄い板のような物が据え付けられていた。



「これ、いったい何なんだ?」


「確か極東産の木材で作った玩具だって。安く売っていたから手を出してみたのよ、早々高い物ばかりも買っていられないし」


「玩具って、……どう遊べばいいんだ」


「教えてあげない。休憩中にでも模索してみたらいいんじゃない?」



 そう言って彼女は俺を押しのけると、窓際に置かれた椅子にドカリと腰を下ろす。

 さっきまで様子見のため潜入してくれていたというのに、すぐ監視役を交代してくれるようだ。


 言葉遣いはぞんざい。けれどなにやら妙に優しさを見せるシャルマ。

 やはり今回の暗殺対象であるロイド・オグバーンが、俺にとって一応は実父であるためか。

 たぶん俺の事を気遣おうとしており、案外この玩具の使い方を教えてくれないのも、気を紛らわさせようという意図なのかもしれない。


 若干申し訳なく思いつつも、シャルマの言葉に甘え部屋の隅で床に座る。

 ただしばしの休息を摂ろうとするもまだ眠気は遠く、俺はとりあえずさっき受け取った玩具とやらを眺めた。

 シャルマはそんな俺を一瞥すると、カーテン越しに店の方を眺めつつ、店内の様子を口にする。



「少々、問題が起きた。店の中にあの男、あなたの知り合いとかいう市警の警部が居たわよ」


「もしかしてバリー警部が?」


「ええ、上手く変装していたけど。たぶんあの店、とっくに市警にも目を付けられているのね」



 店の中に入り込んだ彼女が見たのは、市警本部のバリー・ロックウェル警部の姿。

 基本延々と仕事しかしていないような人物で、中流階級の生まれらしいが、あんな店に通うような類の趣味はないはず。

 そのバリー警部が変装までして居たということは、シャルマが言うように店が市警から目を付けられているというのに他ならない。


 となれば早々に、ケリをつける必要があるということか。

 もし違法薬物流通の件でロイドが逮捕などされようものなら、暗殺の遂行が困難を極める。



「参ったな。まだ手段すら決まっていないってのに」


「さて、どうするのかしら執事殿。少し無理をしてでも実行する?」



 手で木製の玩具を弄びながら、険しい表情で思案する。

 その時にたまたま木の棒を軸に回転させると、ふわりと玩具は宙に浮かび上がった。

 前にコーデリアからもらった、ステッキに偽装した隠し武器の時も感心したが、極東の人たちもなかなかに面白い物を作るものだ。



「……いや、止めておく。ここはまだ強行しない方がいい」


「無理をしなくてもいいのよ。あなたがやれないのであれば、私だけで……」


「そうじゃないさ。単純にただ始末するだけなら、市警に逮捕させるだけでも同じなんだ」



 俺は強引な実行をしないと告げるのだが、その意図までは伝わらなかったらしい。

 シャルマは俺がまだ未練を引きずり、踏み出せないだけだと捉えたようで、代わりに自身がと申し出た。


 しかし実行を躊躇った理由は別にある。

 ブラックストン家の流儀として、暗殺は世間に広く印象付ける手段で行われる。

 悪党が討たれたと、鮮烈に世へ知らしめるためであり、それがされないのであれば逮捕されても結果は同じ。

 この準備もなにも出来ていない時点で、ただ暗殺したのでは無意味。俺はそう考えた。



「とはいえこのままだと、市警に色々と持っていかれてしまうでしょ」


「ああ。だからまず疑いの目を逸らすか、あるいは……」



 実行の見直しは問題ない。しかし市警相手には時間との勝負。

 となると市警があの店に対する疑いを勘違いであったと誤認させ、撤収してもらうよう誘導する必要が。

 もしくはロイドに対し、市警から狙われていると警告をするか。



「……接触、するしかないか」


「大丈夫なの? もし向こうが勘付きでもしたら」


「この場合はむしろ、俺の存在に気付かれた方が好都合かもしれない。市警の存在について警告をする余地がある」



 前者はかなり困難な作業となるのは疑いようがない。

 現状市警内部に協力者が居るでもない以上、後者の警告を発するという方がまだ現実的。


 もちろんシャルマが言うように、接触するというのは大きなリスク。

 けれど不愉快なことに、俺という存在に気付かれるというリスクこそが、この場合は有用に働いてくれるはず。



「おあつらえ向きに、ヤツはこれから外出するみたいだ」



 立ち上がった俺が窓に近づきカーテンを開くと、丁度店の入り口からロイドが姿を現していた。

 ヤツは店のすぐ外に止めていた小さな馬車へ乗り込み、大通りをまっすぐ西へ向かう。

 あのような小さな馬車を使うということは、商品の輸送を行うつもりではないのだろう。


 その様子を見るなり、シャルマと共にすぐさま外へと飛び出す。

 アパートの裏手に止めていた、借り物の馬車へと飛び乗ると、怪しまれない範囲で急ぎつつ大通りへ。

 西へ向かうとすぐに、道を曲がっていくロイドの乗る馬車が見えた。



「一人だけで、いったい何処へ行くつもり?」


「さてね。ひとまず尾行をしよう、流石に散歩ってことはないだろうし」



 相変わらず護衛も付けないロイドから、若干遠目に離れて尾行を行う。

 面識があるのに加え、目立つ容姿のシャルマは帽子をかぶって。


 けれど数ブロック程進んでいくと、追跡者が自分たちだけではないのに気づく。

 俺たちと標的の中間ほどに、さっきから同じ馬車がずっと姿を見せており、地味な外観をしたそいつはロイドの進行方向へ続いているようであった。



「おそらくバリー警部だな。こいつはちょっと厄介だ」



 ここからでは御者台に座る人物の後姿しか見えないけれど、あの体格はバリー警部だ。

 彼のスーツを作るために採寸までしたため、そこらへんは確信を持って言える。



「警部はどこまでも追いかける気らしい。このままでは接触が出来ない」


「なら引き剥がすとしましょ。任せてもらうわよ」



 さてあの厄介な警部殿をどうしたものかと考えていると、隣のシャルマがボソリと言い切った。

 こちらの返事を聞く気もなく手綱を掴んだ彼女は、馬の速度を速めロイドの馬車を追い抜いていく。


 チラリと馬車の進む方向を確認し、進路を予想しながら先へ行くと、馬を止めシャルマは馬車から降りて歩を進める。

 一瞬だけなされるアイコンタクト。なんとなくシャルマの意図を察した俺は、そこで馬車を止めたまましばし待機。

 ロイドの馬車がすぐ横を通り過ぎていくのを眺めていると、シャルマがふらりと道路に歩を進めた。バリー警部が乗る馬車の進路上へ。



「危ない!!」



 大通りへと響くバリー警部の叫び声。

 直後に嘶く馬の鳴き声と蹄の音。そしてシャルマのか細い悲鳴。


 突然現れたシャルマに驚いた警部が、慌てて手綱を引き馬車を止める。

 前を行くロイドも今の音に驚いたか、チラリと幌越しに後ろを確認していた。



「だ、大丈夫か君!?」


「はい……。ですが足を挫いてしまって」


「すぐ病院へ行こう、乗ってくれ。大丈夫、僕はこう見えても――」



 ゆっくりと馬車を走らせ始めた俺は、バリー警部の馬車を追い抜いていく。

 そうして背後に聞こえてくる声からすると、どうやらシャルマは上手く警部の足止めに成功したようだ。

 今は捜査対象の追跡中であろうに、怪我人を助けることを優先してしまったあたり、警部の人の好さが窺える。

 そんな彼を騙すほんのちょっとの罪悪感を覚えはするが、今はそれを言っている場合ではないか。



「助かるよシャルマ、この礼は後で必ず」



 当人に聞こえぬとわかっていつつも、小さく礼を口にする。

 前を行くロイドはもう振り返るのを止め、何処かへの移動のため馬を走らせていた。

 そんな馬車の姿を捉えながら、俺は大通りを行き交う多くの馬車に紛れた。


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