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ハウンド・ヘイズ “霧の都の暗殺者”  作者: フライング時計
Target 05 要塞塔の白カラス
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しばしの安息 01


 半月ほど前までは漂っていた冷たい空気は鳴りを潜め、空からは暖かな日差しが降り注ぐ。

 窓越しに差し込んでくるそいつを身体に浴び、服越しに浸み込んでくる熱につい溜息すら漏れそうになる。


 グライアム要塞塔での暗殺を無事終え、エイリーンをブラックストン家に引き入れてから約半月。

 屋敷を出た俺は執事稼業からも解放され、一人穏やかな日々を過ごしていた。

 と言っても別に使用人として暇を告げられた訳ではなく、単純に任務達成のご褒美としての休暇中。

 同じ任務を行ったシャルマも同様で、彼女は休みとなるなり何処かへと消えてしまい、いったいどこへ行ってしまったのやら。


 ともあれグライアム要塞塔の件の前には、一か月ほどの穏やかな日々があったのを思えば、休暇の頻度が増えたと喜んでいのかもしれない。

 もっともその休暇先が、春の行楽に相応しい景勝地などではなく、市街の中心部というのはいただけない。



「いやはや、今日は暇ですなぁ」



 ノンビリとした調子で、陽光を浴びながら暇を口にする。

 とはいえそれを発したのは俺でなく、グライアム市の中心部にほど近い仕立屋街に在る、ディクト&ブラックストン・テーラーの店主によるもの。

 朝から客の一人も訪れていない店の空気は弛緩しており、ここが情報収集拠点であることすら忘れてしまいそうだ。



「秋用の注文が増える時期のはずなんですがね。お茶でも淹れましょうか?」


「ではお願いします。特級の茶葉がありますので、そちらを使っても構いませんよ。いやはや、執事殿の淹れてくれる茶とは楽しみですな」


「あまり期待はしないでください。普段茶を淹れるのはメイドの仕事なんですから」



 基本的にここは採寸などを行う窓口であり、実際の作業は数ブロック離れた工房で行われている。

 店主という立場上、この場に居なくてはならぬ彼は、基本的に暇を持て余しているようだった。


 ならば俺がここに居る必要もないのではと思うも、今更言っても仕方ない。

 俺は奥で茶を淹れ、土産として持参した菓子を持って戻ってくると、店主は一着のスーツを手にしていた。



「っと、それは……。市警本部の警部が注文した品ですか」


「今日あたり取りに来られるとのことで。本当はもう数日前にお渡ししたかったんですがね」



 彼が手にしていたのは、市警本部のバリー・ロックウェル警部が注文したスーツであった。

 注文を薦めた市警本部の上役は既に故人だが、オーダーそのものはずっと有効なまま。

 もうとっくに渡していたと思ったのだが、まだ彼は取りに来ていないようだ。


 採寸をした人間として、来たら渡して欲しいと告げる店主。

 ……案外これを知っていたからこそ、こうしてわざわざ休暇に呼びつけたのだろうか。

 などと思っていると、店の入り口からドアベルの鳴る音が。



「いらっしゃいませ。おや、バリー警部」


「元気そうだね。受け取りに来るのが遅れて申し訳ない」


「構いませんよ。丁度お渡しの品を確認していたところで」



 現れたのは噂をしていた人物、バリー・ロックウェル警部だ。

 彼は余程忙しかったのか、わかってはいても受け取りに来れなかったことを丁寧に詫びた。


 バリー警部と会うのはこれで三度目。……いや、俺にとっては四度目か。

 シャルマと共に地下賭博場へ潜入し、その会場で見かけた後、王立博物館でニアミスをしたとき以来。

 ただ彼の方はやはりこちらに気付いていなかったらしく、俺は密かにそのことを安堵した。


 その彼へと新しいスーツを渡し、試着をしてもらう。

 出てきた彼の服をチェックしながら世間話をし、そういえば王立博物館の件で謹慎を食らっていたのを思い出し、ここ最近の状況についてを問うた。



「ここ最近はずっと使い走りのようなものさ。だが先走ってしまった人間にしては、まだマシな扱いかもしれない」


「それだけ警部が期待されているということでしょう」


「だといいんだが。確かに警官となるべく、古郷から出てきてからの期間を思えば、順調な部類かもね。自慢になってしまうけれど」


「古郷ですか。どちらのご出身で?」



 当人曰く使いっ走りとのことだが、それなりに疲れの溜まる日々であるようだ。

 どうやら実際には様々な事件を同時に担当させられているようで、ここ最近は例の件、グライアム要塞塔での事件も彼の担当になっているとのこと。

 暗殺された対象が対象だけに、厄介ごとを嫌った上司が新人のバリー警部に押し付けているらしい。……本当に大丈夫なのだろうか、あの市警は。


 ともあれ試着とチェックの最中にする会話にも、どことなく力が無く疲労感が色濃い。

 事件を起こした市警の仕事量を増やしている人間であるだけに、そんな彼が若干気の毒に思えてくる。

 そこで仕事の内容から話を変えるべく、古郷についてを問うのであったが、彼の口から発せられた地名に俺はハッとした。



「何の変哲もない田舎だよ。森が近くてね、産業と言えば材木業くらいのもので」


「……そうですか。残念ながら、聞いた事がない町です」


「首都に住む大抵の人はそうだよ。実際市警本部の人間でも、知っているのは片手で数えられるくらいさ」



 バリー警部は自身の古郷を指し、あまりに田舎であると自虐して笑う。

 しかし知らないと言った俺の言葉は大きなウソ。

 彼が口にした出身地の名は、俺にとってとても記憶に深く刻まれている、生まれ故郷のそれと同じであったからだ。


 警部曰く、中流の一般家庭で生まれた彼は、一時期そこから離れ別の町に住んでいたらしい。

 たぶん彼と面識がなかったのはそのせい。俺よりも幾分年上であるため、一緒に遊ぶような機会も無かったのだ。

 だとしてもまさか、同郷の出身であるとは思いもしなかった。どうやら彼とはかなりの縁があるらしい。



「小さな教会が一つ在るだけでね、僕もそこで才能の宣託を受けた」


「そういえば、警部はどのような才能を? やはり警察に関する……」


「別にそういう訳ではないさ。そこまでひた隠しにするような内容でもないし、言っても構いはしないか」



 しばらく帰郷していないのか、懐かしそうに話す警部。

 ただあまりその件について話をし、こちらがボロを出しては叶わないと思っていたところで、なんとか別の話題に逃げ込む。

 これはこれで危険な内容だが、郷里の話よりはマシというものだ。


 バリー警部はその問いに軽く笑い、存外アッサリと自身の才能を口にする。



「僕の才能は"探し物"だよ」


「それはまた珍しいですね。ですが便利なのでは」


「おかげで昔から、物を無くして困ったことはないな。なにせすぐ見つかる」



 これはまた珍しい才能だ。様々なものがこの世には存在するが、随分と実用的な部類に入るあもしれない。

 彼は話していて喉が渇いたのか、ポットに入れていたぬるい茶でも構わないと言って、椅子に腰かけ話をする。

 注文したスーツを着た状態で違和感を感じないか、日常動作を経て確認するためだ。



「もっとも対象は物体に限られるみたいでね。"人物"は才能の適用範囲外ときたものだ」


「つまり探している犯人は、その才能では見つかっていないと」


「そうハッキリ言われると困るが、つまりはそういう事。おかげで前任者から引き継いだ件も、まるで片付いていない」



 バリー警部は自身の才能が、そう便利と言い切れないと嘆息する。

 けれど実際には警部の持つ才能は、相当に強力なものであるようだった。

 現にこうして彼が現在捜査中な事件の犯人、つまり俺に辿り着いているのだから。当人に自覚はないようだけれど。


 前任者から云々というものについては、以前ははぐらかし答えてはくれなかった。

 けれど取り巻く事情が変わったのだろうか、聞いてみると思いのほか簡単に話をしてくれたのだが、これまた俺は動揺を抑え込む羽目に。



「実は今から二十年以上前にも、ここ最近のような暗殺事件が連続したんだ」


「……それは知りませんでした」


「当時はあまり報道もされなかったらしいからね。ともあれ今の僕はそちらも同時に捜査しているんだが、それだけの月日が経っている以上、同一人物という可能性は低いかもな」



 彼が引き継いだという捜査。それは前当主アーネストが行っていた、大量の暗殺についてのものであったらしい。

 ということはバリー警部、俺とアーネストの二代に渡って捜査をしているということ。

 ……出身地が同じであるというのも含め、彼とはよくよく縁がある。それも頭に"腐れ"が付いてしまいそうな類の。


 こいつは後で、コーデリアに報告しておいた方がいいのかもしれない。

 そんなことを考えながら、もう大丈夫だと言って彼に着替えるよう促した。



「いや、折角だからこのまま着ていくとするよ」


「では着て来られた方はお直しに回すとしましょう」


「頼んだよ。これからまた市警本部で会議があってね」



 バリー警部はそう言って襟元を整えると、忙しなさそうに店を出ていく。

 この様子だと、また当分彼に休暇が訪れることはなく、直しに回すスーツを受け取るのもいつの日やら。


 見れば置いて行かれたスーツは、かなりの個所が擦り切れている様子がうかがえる。

 それは彼の執念を現わしているかのようで、意外な繋がりもあってあの人物に対し、警戒が必要なのではと思わせるに足るものだった。


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