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定められた未来 01


「フィル。貴方には私と共に振るって貰いたいのです、その"暗殺者"という才能を」



 彼女はそう言って、間に置かれたテーブルへ手にしていた紙束を置く。

 読めと言わんばかりのそれを手に取ると、びっしり綴られた文書と共に、小さな写真が二枚添付されていた。



「これは……?」


「そこに記されている人物を、フィルに仕留めてもらいたいのです。お爺様が仰るには、それが"私たち"に課せられた試験であると」



 コーデリアは事も無げに物騒なことを言い放つ。

 とはいえここまではある程度予測していた。当主のアーネストから才能の使う機会を告げられ、コーデリアと組むよう言われていたのだから。

 当然誰かを暗殺するという話になるであろうことは、容易く想像がつく。


 とりあえず渡された書類へ目を通してみると、そこに記されていたのは二人の人物について。

 首都であるグライアム市の、南部に在る地区で無法の限りを尽くすマフィアの親玉とその息子。

 時折新聞に名前が載っているし、犯罪組織の人間にしては顔が知られている部類の人物だ。



「悪名は色々と聞いています。けれど何故こいつらを」


「フィルはこの件に不満があるのですか?」


「いいえ、そうではなく。確かに居なくなれば、大勢の人が助かるとは思いますが……」


「その一家を邪魔と捉えている人は、案外多いという事です。それに試験としても初回の相手としても、無難なところかと」



 非合法な薬物の流通に、いわゆる堅気と呼ばれる人たちへの恐喝、窃盗集団の元締め。そういった疑いが常に付き纏うような輩だ。

 ただおそらく犯罪組織としては、どちらかと言えば小物の部類に入るはず。

 それでも本来こういった連中の相手をするのは、市警の仕事であると思うのだが。


 そんな組織の親玉一家を、どうして当主(アーネスト)が仕留めさせようとしているのか。



「こいつらが邪魔というのはわかりました。ですが他に始末をする理由があるはず、そこをお聞きしても?」


「残念ですが、まだお話はできません。最低でもこの件を片付けてからでないと」



 望み薄であろうと思いつつも、とりあえず真意のほどを問うてみる。

 しかし案の定、コーデリアは軽く首を横に振るばかりで、暗殺を指示する意図を明確にしない。


 こんな状況で、はいわかりましたと実行に移す人間などそうは居やしない。

 だがいずれはこういう日が来ると思っていた。それにブラックストン家に引き取られて数年、とっくの昔に覚悟くらいは決めている。

 案外こういった抵抗感のなさも含めて、暗殺者としての才能の一部なのかもしれなかった。



「悪事の証拠は既に掴んでいます。あとは……」


「俺が動くだけ、ということですか。まったく、どこでこんな情報を集めてきたんだか」



 受け取った紙束にはこの親子に関する情報のほか、今までやってきた悪事の諸々が事細かに記されていた。

 もしこれが本当であれば、何十回逮捕されてもおつりがくるほどで、相当に人々の恨みも買っているに違いない。


 とはいえ気になるのは、これらの情報を集めるための手段が存在するということ。

 ブラックストン家はグライアム市において、いくつもの事業を展開し膨大な資産を誇るも、あくまでもその地位は郷紳(ジェントリ)。特権を持つ貴族ではないのだ。

 こんな事細かな情報、持っているとすれば普通グライアム市警くらいのもの。



「ともあれ高値で売られた人間に選択肢はない。明日にでも始めるとしましょう」


「……そこまで卑下すると、逆に嫌味ですよフィル」



 読んだ書類をコーデリアへ返し、ソファーから立ち上がる。

 少々過ぎた自虐に彼女が呆れるのを聞きながら、俺は軽く手を振って扉へ向かった。


 使用人の取る態度としては無礼この上ないが、やはりコーデリアにはこちらの方が好ましかったようだ。

 「おやすみなさい」と背に向け発せられた言葉からは、さっきよりもさらに穏やかな気配が混ざっていた。


 コーデリアの私室を出て、自身の部屋に戻り一息つくと、窓から小雪の舞う外を眺める。

 ガラス越しに浸み込んでくる寒さに震え、ベッドの上で毛布をかぶって思案する。さて、これからどうしたものか。



「まずどちらを先に狙うか……」



 面倒だから、あるいは人を殺めることに抵抗があるから逃げる、などという考えは毛頭ない。

 もし仮に競り落としたのがアーネストでなくても、どのみち俺にはこういう未来が待っていたであろうから。


 むしろ子供の頃から、必要な技術を仕込んでくれているだけまだマシ。

 試しに暗殺を実行する状況を想像してみると、必要となりそうな知識や技能のほとんどが、ここまでの訓練で身に着いているとわかる。

 一回限りの鉄砲玉として使い捨てられるよりは、遥かに望ましいとすら思えた。



「武器は……、あまり派手な物は持てないよな」



 身を乗り出し、ベッド脇の引き出しを開ける。

 そこに入っていたのは小さなナイフ。大抵の人が護身その他の用途で、普段から持っていてもおかしくはない代物。


 可能ならより実践向きな物を持ちたいところ。しかし万が一市警にでも見つかれば怪しまれてしまう。

 ならばその時々で、有用そうな物を使っていくしかなさそうだ。

 そう結論付けた俺は毛布を体に巻き付け横になると、瞼を閉じて眠りに入ろうと試みるのであった。



 けれど何度か眠りに落ちては、突然にハッとし起きるというのを繰り返す。おそらく無意識に緊張してしまっているせいで。

 自身では覚悟できていると思っていても、不安感は拭いされないのかもしれない。


 明け方近くなってもそれが続いたため、睡眠を諦めベッドから這い出る。

 外出用に作った安価なスーツに着替え、コートを羽織って小さなナイフと財布を懐に忍ばせると、他の使用人を起こさぬよう屋敷を後にした。

 ただ通用門をくぐろうとしたところで、その陰に人が立っているのに気づく。



「見送りをしてくれるとは思ってもみませんでしたよ、お嬢様」


「私も眠れなかったので。……随分と早い時間に出るのですね」



 そこに居たのは分厚いコートを羽織り、マフラーで口元を覆ったコーデリア。

 いったいどのくらいの時間を立っていたのか。彼女の身体は冷えてしまっているようで、白い息を吐くと共に身体を震わせていた。



「私は同行できませんが、貴方の成功を祈っています」


「無事は祈ってくれないのですか?」


「そういったやり取りは、外では控えることにしようかと。……必要経費です、使ってください」



 幼馴染として、最初の3年ほどは兄妹のように育ったこともあって、コーデリアは心配をしてくれていた。

 けれどそれを明確に表へ出すのは、絶対に人の目が無い場所に限るらしい。つまりコーデリアの私室だ。

 今ここに居るのはあくまでも、眠れず散歩をしていたら偶然使用人と出くわしたというだけ。


 それでも彼女はコートのポケットから封筒を取り出し手渡してくる。

 中身を確認はしないが、それなりな額の金銭が入れられているのだろう。



「感謝します。早く戻ってください、風邪を引かれては俺が執事長に怒られてしまう」



 受け取ったそれを大切に懐へ仕舞い込み、通用門をくぐりながらコーデリアへ戻るよう促す。

 この件を知っているのは、当主であるアーネストとドラウ爺さん、それにおそらく執事長も。

 今夜のことが原因でコーデリアが風邪でも引こうものなら、執事長からどんな嫌味を頂戴することやら。



 俺は容易に想像できるその光景に辟易しながらコーデリアに見送られ、ランタンの明かりを頼りに、雪の降りしきる夜の道を歩く。

 郊外に建つ屋敷からでは馬車に乗ったとしても、グライアム市まで少しばかりかかる道のり。

 それでもあえて徒歩で向かっているのは、一見してただの一般人にしか見えない人間が早朝に、屋敷に置いてあるような立派な馬車を使っていては不審であるため。


 とはいえ一時間ほど歩き続けていくと、グライアム市街を灯すガス灯の明かりが近づいてくる。

 その頃には徐々に空も白み始め、市街地へたどり着くとほぼ同時に消されていった。



「さて、まずは息子の方からいくとしようか」



 手近な駅で朝一の駅馬車に飛び乗り、都市中央を流れる川に沿って南の区画へ。

 幾度かの乗り換えを経て、目的地まであと少しというところで降りると、頭の中にある地図を頼りに路地へ踏み込んだ。


 昇ったばかりの低い日差しでは照らしきれぬ、高い建物に囲まれた路地。

 朝だというのに若干退廃的な空気漂うそこを進んでいくと、見えてきたのは数件の商店、そして一軒のパブ。


 今回仕留める二人の標的の内、俺が最初に選んだのは息子の方。

 コーデリアから渡された資料によると、ヤツはグライアム市街の南地区、つまりはこの場所へと一軒のパブを所有していた。

 現在マフィア連中のたまり場のようになっているそのパブだが、ヤツと接触を試みるとすればここだ。



「なんだ、小僧。朝っぱらから」



 たどり着いた件のパブを前に立ち止まり、しばし外観を観察。

 すると通行人全員を監視しているかのように、すぐさま扉が開かれ中から中年の男が顔を出した。



「店ならやってないぞ、こんな時間だからな。もっとも夜に来てもお前の席はないが」



 ジロリと舐めるように見る男の様子は、サッサと立ち去れと言わんばかりだ。

 男が口にした言葉は、単にいつも店が客で一杯という意味ではなく、そもそも入店させる気はないというもの。

 それも当然か、ほぼほぼ客がマフィアの関係者で占められている以上、ただの一般人を入れるのは難しい。



「実は雇ってもらえる店を探していまして……」



 不審気に見る男へと、俺は腰を低くし雇ってもらえないかと申し出た。

 客として標的に近づくのが難しいとなれば、店の人間となって近づくのがより簡単だ。


 すると男は一蹴するでもなく、黙り込むと少しばかり思案する。

 今回標的としているマフィアは、やっている悪事こそチンケな内容が多いが、構成員そのものは数十では済まない。

 となるとパブも夜毎盛況なはずで、店としては猫の手も借りたい心境のはず。



「ふむ、そうだな……。確かに人手は足りていないが」



 男は目の前に現れた存在を不審に思いつつも、案の定人手への欲求には抗いがたかったようだ。

 マフィア御用達の店である以上、普通であれば人を雇おうにもなかなか難しいはず。

 そこで俺はいかにも訳アリ、他に行くところが無いといった空気を出し懇願する。



「身元を保証してくれるような人間は……、居なさそうだな。いいだろう、試しに数日使ってやる」


「あ、ありがとうございます!」


「だが覚悟しておけよ。うちは普通の店じゃない、下手な真似をすれば怪我では済まん」



 どうなる事かと思ったが、ひとまず店への潜入は成功しそうだ。

 店の責任者らしき男は不敵に笑み、このパブがただの酒場ではないというニュアンスを含ませる。


 しかしそんなこと、こっちは既に承知済み。

 むしろそれこそ望むところだと、俺は愛想笑いの中で密かにほくそ笑んだ。


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