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憧れの 01


 相変わらず冬の寒さ厳しく、ベッドから這い出るのに相当な覚悟の要る早朝。

 それでもなんとか起き上がると、ベッドわきの水差しに用意していた氷水と大差ないそれで顔を洗い、執事の格好へと着替える。


 いまだ着慣れぬジャケットに袖を通し、覚悟をして廊下に出る。ただ思いのほかそこは寒さを感じなかった。

 邸内に張り巡らされているダクトからは、じんわりと熱が発せられている。

 どうやら俺より先に起きていたリジーが、朝一で火を熾してくれたらしい。


 それに窓から外を見てみれば、空には意外にも雲が少ない。

 久方ぶりに真面な太陽が拝めそうで、昨日暗殺を無事成功させた安堵感もあって、俺は上機嫌で厨房へと向かった。


 使用人用の棟にある厨房へ入ると、そこには朝食の準備を始めるリジーの姿が。

 挨拶をしようとした俺だが、彼女のすぐ近くに見慣れぬ別の姿が立っているのに気づく。



「案外似合ってるじゃないか」


「うるさいわね。私だって好きでやっているんじゃないのよ」



 リジーの隣に立っていた相手へと、格好を揶揄するように声をかける。

 すると俺をジロリを睨み返したその人、シャルマは不満がありありとした態度と取りながら、自身を見下ろした。


 シャルマが着ているのは普段通りの服ではなく、リジーと同じメイド服だ。

 昨日の早朝屋敷に戻った俺たちは、その日を丸々休養に充てた。

 そして翌日となるこの日以降、シャルマは主であるミセスKの指示によって、ブラックストン家で使用人として暮らすことになったのであった。



「まったく、どうして私がこんな……」


「ドレスを着るのと手間はそう変わらないだろう? それに褒めているんだから、素直に受け取ればいい」


「そう簡単に割り切れるわけないでしょ。主の命令だから、大人しく従うけど」



 なにせ昨日までは客人としての扱いだったのだ、感じる落差はさぞ大きいことだろう。

 もっとも使用人という存在を下に見ているというより、彼女の場合は単純に面倒くさがっているように見えた。


 とはいえ俺自身が言ったように、シャルマは妙にメイド服が似合っている。

 というか着慣れているようにも見え、ぶつぶつと不満を漏らすシャルマを他所に、リジーにソッと様子を問う。



「実際彼女はどうなんだい、メイドとして」


「不満は口にしていますけれど、案外器用ですよ」


「そいつは朗報だ」


「今朝暖炉で火を熾してくれたのも彼女です。すごく手際が良かったので、感心してしまいました」



 まだ若いものの、メイドとしてそこそこの経験があるリジー。

 その彼女から見てもシャルマはメイドとして悪くないらしく、高い評価をしているようであった。

 ちょっとばかり意外に思っていると、このやり取りが聴こえたのだろう、当人が腰に手を当て堂々と言い放つ。



「当然ね、この程度造作もないわ。メイドとして一通りの技能は修めているもの」


「なるほど。特に得意なのは?」


「裁縫は任せて頂戴。そこいらの人間では及びもつかぬ腕を披露してあげる」



 自信満々に告げるシャルマ。メイドとしての技能を修めているとはいえ、まさか裁縫が得意とは意外だ。

 なかなかに想定外な特技を告げられ感心するのだが、直後に彼女は薄く顔を赤らめた。

 自分の持つイメージと裁縫が、チグハグに思えてしまったらしい。



「と、ともかく! 私がこうしてメイドをやっているんだから、執事さんも早く自身の役目に戻ったらどうかしら?」


「わかったよ。それにしても、ちゃんと呼び方を変えてくれるんだな」


「いいから行きなさいよ。私たちはこれから食事の準備があるんだから」



 昨日までは暗殺者さんと呼んでいたのが、ちゃんと執事に置き換わっていることを可笑しく思いながら、厨房から逃げるように出ていく。

 出る間際にリジーが渡してくれた紅茶を屋外で飲み、身体を温めてから屋敷の本館へ。

 二階に上がってコーデリアの部屋に入ると、彼女は既に起き着替えを済ませていた。



「おはよう、フィル。彼女の様子はどう?」



 挨拶を交わすなり、真っ先にコーデリアが聞いてきたのはシャルマについて。

 使用人になるようにとのミセスKの言葉を伝えはしたが、それが上手くいってくれるかは心配であったために。


 意外にも問題はないようだと告げると、彼女はホッとしながら自室を出る。

 早めに食卓へ着くつもりらしきコーデリアの後ろをついて歩き、俺は昨日伝えていなかった礼を口にした。



「そういえば頂戴したステッキですが、とても役に立ちました」


「なら良かった。その場その場にある物だけを使うのでは、困る時も多いと思ったから。でも使用には注意してね」


「ええ、わかっています。逆に足がつきやすくなるかもしれませんので」



 コーデリアから聖夜祭のプレゼントとしてもらった、ステッキに偽装したサーベル。

 博物館で数人の敵を相手としたとき、あれは随分と役に立ってくれた。


 相手の武器を奪ったり、その場にある適当な物を武器とするだけでは、コーデリアが言うように困る状況が多いのは確か。

 より特定を避けるために取っていた行動だが、彼女はずっとそこを気にしていたようで、そのために持ち歩いて不自然さのない武器を用意してくれたようだった。

 もちろん同じ武器を使い続ければ、市警がどこからともなく嗅ぎつけかねないため、使いどころは気を付けた方がよさそうだ。



 コーデリアについて行き階段を降り、家人用の食堂へ。

 そこで席に着くコーデリアと共に待っていると、リジーとシャルマが朝食を運んできた。

 卵やハム、煮た豆にパンといういつも通りのメニューだ。



「料理も出来るみたいね」



 今日作ったのは主にシャルマであるらしく、リジーはあまり手を出さなかったとのこと。

 それでも普段とまるで遜色ない料理が出てきたため、素直に関心をするコーデリア。



「本当なら古郷の味を振舞って唸らせたいところですが。生憎とこの国では香辛料が限られているもので」


「なら香辛料を仕入れておくわ。必要なだけ書き出しておいて頂戴」



 今の主よりお褒めに預かったシャルマだが、賛辞を受ける態度はそっけない。

 まだお前を主と認めてはいないと言わんばかりな、そっけない態度。そしてコーデリアの側も、妙に言い草が簡潔だ。


 しかしシャルマが来た初日よりは、心なしかやり取りが緩いようにも思える。

 案外あれは初対面の人間同士の、ちょっとした牽制だったのだろうか。それをする理由が思い浮かばないが。



「では材料が揃い次第作るとしましょう」


「お願いするわ。貴女の故国にある料理、私は案外好んでいるの」


「ではお楽しみに。堪能した後でひれ伏して、"365日食べ続けたいです"と言わせてみせますわ。新しいご主人様」



 まるで主従間のものとは思えぬ会話をする両者。

 ……いやその点においては、人の目が無い場での俺とコーデリアも似たようなものかもしれないが。


 コーデリアはシャルマとの会話に区切りをつけると、俺の方へと視線を向ける。

 そして朝食を食べながらではあるが、簡潔に昨日早朝以降の出来事を伝えてくれた。



「深夜の大捕り物で、相当数の人間が市警に逮捕されたわ。おかげさまで顧客リストの価値は大暴落、一応ミセス・ハッチンスには引き渡したけど」



 横に立つ俺と、壁際で待機するシャルマ。

 昨日の潜入し暗殺を実行した俺たち二人は、コーデリアの語る顛末に耳を傾ける。


 今回の件を依頼してきたミセスK。あの人物の意図としては、おそらくあの場に来ていた客たちの弱みを握りたかったのだろう。

 故に顧客リストの回収を求めたのだろうが、そういう意味ではオーズリーと目的は同じだったのだと思う。

 もっともコーデリアが言うように、客の大部分が警察に逮捕されたことによって、脅迫の材料としては価値がなくなってしまったらしい。



「その市警による突入だけれど、どうやら貴方の知り合いが強硬したそうね」


「知り合いと言いますと、バリー・ロックウェル警部ですか」


「かなりの独断専行だったみたい。手柄にはなったけれど、同時に謹慎を食らったそうよ」



 妙だとは思っていたが、あれはバリー警部が暴走した結果だったようだ。

 おそらく客たちの誰かが市警に圧力をかけ捜査を妨害するも、警部は上からの命令を無視。一斉摘発を行ったと。

 立場が危うくなるであろうに、あの人もよく思い切ったものだと思う。



「仕立てた服を納品する時にでも、労ってあげて頂戴」



 クスリと笑い、次の会った時にする会話のアドバイスまでするコーデリア。

 確かに彼はブラックストン家の営むテーラーで、スーツを作っているため届ける機会が。

 とはいえどう労えばいいというのか。なにせ向こうは俺があの場に居たことなど、気付いてはいないのだから。



「でも今日のところは、フィルにお遣いを頼もうかしら」


「承知しました。して、どちらへ?」



 ただこの日に関しては、まだ疲れを癒す猶予をくれるようだ。

 彼女は早々に皿を空とするなり、俺へ簡潔な用事を伝えるのだった。


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