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沈黙の美麗 11


 分厚い石を隔てて聞こえる、大勢の声や足音。

 人数にしておそらく十人ほどだろうか、忙しなく発せられるそれを、俺とシャルマはジッと身を潜め聞いていた。


 俺たちがこの場所へ身を隠してから、たぶん30分少々。

 まるで身動きがとれぬ状況ではあるものの、今のところこちらに気付いた様子はなく、警官たちはひたすら手掛かりを捜し続けていた。

 隣の部屋にオーズリーの死体があったためだ。



「警部、現在二つの班を動員し捜索を続けておりますが、この階では他に人の姿は見当たりません」



 すぐ近くで聞こえる男の声。

 警官と、それに相手は上司である警部。行っているのは単純な報告のようだが、こちらにとって決して悪くはない状況のようだ。

 どうやら逃げた客からの事情聴取はまだのようで、このフロアに現れた不審者の存在はまだ知られていない。



「オーズリーは明らかに他殺だ。となると当然犯人がどこかに居るはずだが……」


「もしやかなり前に殺害されたのでしょうか?」


「おそらくそれはない。見つけた時に触れたが、あの様子だとまだ死んで十分程度といったところだった」



 やり取りをする警察の人間。ただこの声からすると、片方はバリー警部だろうか。

 さっきカジノで下手な変装をしていた彼は、現在この博物館で陣頭指揮を執っているようだった。

 案外この件そのものが、バリー警部主導で行われたようにも思えてくる。


 その彼へと、警官はちょっとだけ困った様子が滲む声で尋ねる。



「残るはこの部屋だけです。出来れば色々と探したいところなのですが……」


「置かれているのはどれも貴重な品々だ。確かに調べたいけれど、掻き分けて探すわけにもいかないよ」



 無念さを露わとし、バリー警部はこれ以上の捜索が難しいと告げる。

 俺とシャルマが隠れているこの展示室は、非常に貴重な品々が置かれており、あえて隠れるのであればここくらいのもの。

 きっと見える範疇は警官たちも必死に探した。それでも彼らの権限では、探せない場所がどうしても存在した。



「これらを詳しく探るには、議会の承認が必要となります……」


「とりあえず成果としては十分さ。オーズリーが死体になっていた点は不審だけれど」


「仕方がありませんね。では撤収支持を出しますか?」


「頼むよ。それと外に落ちていた品だが、ひとまず証拠品として押収する」



 きっとバリー警部自身、この場所が疑わしいと考えている。

 こちらからでは見えないけれど、隠れている"ここ"に視線が向いている恐れすらあった。

 それでもバリー警部は本来の目的を達するというだけで、なんとか自身を納得させようとしているようだ。


 彼は大きなため息をつくと、警官たちに撤収を命じる。

 そうしてしばらくしてフロアから警官たちが全員去った頃合いで、俺は異様に狭いその場所でようやく力を抜いた。



「ようやく行ったわね。もう出ても?」


「いや、まだ少しだけ様子を見よう。急に戻ってこられたら困る」



 限りなく狭いそこで、間近に顔を突き合わせる俺とシャルマ。

 いい加減うんざりしている彼女は早々に出たがっているが、念のためもうしばらく潜んでいようと告げる。



「そんなことを言って、本当は善からぬ気を起こしただけじゃないの」


「まさか。もしそんな気になるとすれば、もっとムードのある場所を選ぶ」



 おそらくジトリとした視線を向けられている。実際には全く見えないのだが。

 間近であるというのにシャルマの視線が見えないのは、今いるこの場所がまるで光のない空間であるため。

 展示室に置かれた、石造りの箱。その中に隠れているせいであった。


 狭く密着に近い状況。そして見えないもののとても整っている容姿と、褐色のしなやかな肢体。

 エキゾチックな魅力に溢れた女性であるシャルマだが、俺は決して彼女が言うところの、善からぬ気を起こすはずがなかった。

 なにせ現在俺たちの身体の間には、もう一人の人物が存在するのだから。



「人にとって最も大きな欲求の一つを、よりによって私相手に起こさないと?」


「その通りだよ。偉大な先人をこんな間近にしてちゃ、流石にあれが使い物にならない」



 挑発的に話すシャルマだが、いくらなんでもそいつは無理というものだ。

 俺たちが入っているのはただの石でできた箱ではない。正確には棺、遥か遠い異国から運ばれてきた、大昔の王族が納められた物であった。


 つまりここには俺とシャルマの他に、遺体が横たわっているということ。

 内臓を抜かれ極度に乾いてはいるが、間違いなく過去に生きていた人物だ。



「まぁ、確かにね。もっともここじゃなかったとしても、貴方はお断りさせてもらうわ」


「お互いに同意見なら議論の余地はないな。……そろそろ出よう」



 もちろんシャルマとて、本気で俺にその気を起こしてもらいたいと考えたわけではないはず。

 その証拠に俺が外へ出ようと告げると、待ち望んでいた瞬間に気を良くし、自ら重い蓋を開けるべく腕を突っ張った。


 一人では難しい作業を手伝い、俺も力いっぱい押し上げる。

 そうして開けた棺の中から這い出ると、俺は新鮮な空気で肺を満たした。



「お休みのところ邪魔して悪かったわね、王様。今度花でも持って礼をしに来るわ」



 シャルマはミイラ状態となった古代の王へと、冗談めかして告げながら蓋を戻す。

 一旦自身の本性がバレて以降、彼女の口はよく回っている。

 少々挑発的な言動が目立つようなので、きっとそれを隠すために最初は口を噤んでいたのだろう。


 そのシャルマと共に、博物館の二階から外へと飛び出る。

 外にはさっきまで大勢いた警官たちの姿が見えず、数人が撤収のため片づけをしているばかりだった。

 空は白み始めているが、この人数を突破するのはわけなく、俺たちは急ぎ博物館の敷地を後にする。



 そこからは夜通し遊んでいた連れ合いのフリをし、早朝から運行していた駅馬車を拾って郊外へ。

 服に着いた血をコートで隠しながら移動し、途中二度ほど乗り換えて遠回りをし、夜が明けきった頃にブラックストン邸に到着した。


 ただ屋敷が近づき始めた頃に振りだした雪は、次第にその勢いを増しつつある。

 俺たちが吹き付ける寒さに体を震わせながら扉を開くと、そこには待ち構えていたであろうコーデリアの姿が。



「おかえりなさい。ひとまず温かい物でも飲んで頂戴」



 玄関ロビーの階段に腰かけていたコーデリアは、俺たちの姿を見て僅かに安堵の色を浮かべる。

 その彼女はこちらの身体が冷えているのを察し、厨房へと向かおうとした。



「助かります、ご当主様。もしかして、ずっと起きてられたのですか?」


「……少し前に偶然起きただけよ」



 厨房へと移動し、小さな火が焚かれている竈で湯を沸かし始めるコーデリア。

 自ら紅茶を淹れてくれようとしている彼女に、ふと気になったことを問うてみる。

 するとコーデリアは一瞬言葉を詰まらせてから、ぶっきら棒に否定の言葉を吐いた。


 たぶんこの場へシャルマが居るため、あまり近しさを表に出したくないのだろう。

 そのシャルマは出された紅茶のカップに手を添え、温かさを身体に移すように飲み続ける。

 あまりこちらのやり取りを気にしないでいてくれたのかと思うも、彼女は一杯分を飲み干したところで、チラリと俺たちを見て呟いた。



「ブラックストン家の人間は、随分と主従間の仲が良好なようで」



 これは当然の反応なのかもしれない。

 他の郷紳(ジェントリ)たちの事情などについて、俺はそこまで詳しいとは言えない。

 だが聞く限り主従なんていうのは、普通もっと割り切った堅苦しいものだ。一仕事を終え戻ってきた使用人に、主自ら茶を淹れたりはしない。


 たぶんシャルマの主人であるミセスKも、こんなことをした事はないはず。

 先代のアーネストなどは、菓子を作って使用人たちに振舞ったりしていたので、案外ブラックストン家が変わっているのかも。

 そう考えればコーデリアのこれも、別段不思議ではないか。



「ご存知の通り、当家は他所様と少しばかり事情が異なります。使用人がほとんど居ない現状、当主自ら気を配るくらいどうという事は」



 その指摘をするシャルマへと、コーデリアは理由を口にする。

 二人は真正面から向き合うと、平静さを前面に押し出した空気で、丁寧に言葉を交わしていた。


 ただシャルマの言葉によって、コーデリアはなにか思うところがあったらしく、「良好な関係と言えば」と前置く。



「アナタたちも、随分と打ち解けているみたい。昨夜屋敷を出た時とは大違い」



 ニコリとするコーデリアは、なにやら意味深気に率直な感想を告げた。

 確かに屋敷を出る前までのシャルマはほとんど口も開かず、碌にコミュニケーションも取れなかった有様。

 しかし戻ってからは、こうしてある程度普通にやり取りが出来ているのには、暗殺を実行している最中の出来事が原因と考えたようだ。



「それは仕方ありません。こちらのお屋敷の暗殺者さんとは、短い時間とはいえ濃密な時間を過ごした関係ですから」


「濃密な、……ね。それはいったいどういうモノなのかしら?」


「ご当主に説明するほどの内容では。ただ背中を預け戦う間柄というのは、他と比較しようのない関係かと」



 コーデリアの言葉は重い。一方で返すシャルマの言葉からは、ひたすら軽さしか感じなかった。

 しかし双方から発せられる空気は鋭いものが混じっており、俺は部屋を満たす嫌な空気に背へ汗をかいてしまう。


 いったいどうしてこんな状況に。

 たぶんシャルマは半分冗談であり、主従にしては近しい俺とコーデリアの関係を揶揄しているだけ。

 コーデリアにしてもそいつはわかっているようだが、あまりに急な性格の変貌ぶりを、不可解に思っているのかもしれない。



「……予定を変更して、早々に貴女をミセス・ハッチンスのもとへ送り返した方がいいのかしら」


「冗談ですよ、ご当主。あなた達の関係をとやかく言うつもりはありませんから」



 嘆息交じりなコーデリア。そんな彼女に、ここまでの挑発が冗談にすぎないと告げるシャルマ。

 それによって完全に納得したかは定かでないが、コーデリアは一息ついて自身のカップに紅茶を継ぎ足していた。

 しかし俺の方は、彼女が発した言葉の中に妙な部分があったのに気づく。



「ご当主様、一つお聞きしてもよろしいですか?」


「構いませんよ。なんなりと」


「さきほど"予定を変更"と言いましたが……」



 俺が気になったのは、コーデリアが発したこの部分だ。

 言葉通りに捉えるのであれば、シャルマがミセスKの元へと戻るのは、もうしばらく先の話という意味になる。

 この件が片付いたらすぐ帰ると思っていたため、後でシャルマへ別れの言葉を告げるつもりでいたのだけれど……。



「つい先ほど届いた、ミセス・ハッチンスからの指示です。シャルマ嬢、貴女にはしばらく当家に逗留してもらいます」


「それはいったいどういう……」


「先方曰く、"好きに使ってやって欲しい"とのことで。なので今日から貴女は客人ではなく、使用人として住んでもらうことに」



 これには当人も困惑を隠せず、シャルマも横から問う。

 するとシャルマの主であるミセスKから届いた指示を伝えるコーデリアが、満面の笑みで今日からの役割を簡潔に告げた。



「とりあえず、メイドにでもなってもらうとしましょう。頑張ってくださいね」



 速攻で空にしたカップを置くコーデリア。彼女は穏やかにそう告げると、片づけをこちらに任せ自室へと戻ってしまう。

 言葉のみを置いて去ったことで、シャルマは唖然と口を開いていた。

 そして彼女の隣へと立つ俺の頭に浮かんでいたのは、嫌々メイドの衣装に身を包んだシャルマの姿であった。


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