沈黙の美麗 09
斬った男たちの中から、比較的血の汚れが少ない服を奪い、博物館の一角で手早く着替える。
同じく奪った仮面をかぶりオーズリーの手下に成りすました俺は、後ろ手に縛られたシャルマの背を押し、上階への階段を上っていく。
「結び目はすぐ解けるようにしてある。手首を捻れば外れてくれるよ」
周囲に人の姿はないが、それでも警戒し小さな声で伝える。
俺はオーズリーの部下に変じた。そしてシャルマはヤツの部下が外で見つけてきた、"商品"に扮するのだ。
オーズリーが捕まえてくるよう指示したのは子供だが、そこは問題ないだろう。
あくまでも確保しやすいという理由であり、黒魔術の素材とするためであれば、別に大人の女でも不都合はないのだから。
「それは助かるわ、縄抜けはそこまで得意ではないの」
「常にどこかで見ているから、君が害される前に必ず助ける。出来ることならそれをするのは、客の前でが理想だけれど」
「なんて心強い。ブラックストン家の暗殺者さんは、プロ意識が強くていらっしゃるわね」
簡単な打ち合わせと言っていいのか、大まかな行動を伝えていく。
これまでと同じだ。出来る限り派手で世を騒がす死に方を与えることで、悪党が討たれたと知らしめる。
けれどそんな話を聞いたシャルマは、拘束の最中であるというのに小器用に大きな身振りをして見せ、挑発的な言葉を吐いた。
拘束された体勢でも、なお気丈というか勝気なシャルマの姿に呆れる。
「その辛辣さはどうにかならないもんだか」
「無論冗談よ。こう言いたいんでしょ、ピンチになるのは客の前。そこで貴方が颯爽と現れ、囚われのお姫様を助ける。紙面を賑わせるためにね」
まぁ……、間違ってはいない。
それでもあまりに自意識過剰な台詞に、脱力しそうになりながら階段の踊り場で立ち止まる。
「概ねその通りだ。でも自分の事を"お姫様"と言うのはどうなんだろうね」
「私がお姫様役をせずして、この世で他に誰がすると言うの?」
「……いったいその自信、どこから沸いてくるんだか。ちょっとくらい分けてもらいたい心境だよ」
呆れ交じりの指摘ではあるが、シャルマはまるで気にした素振りを見せない。
どころかその自尊心が高そうな言葉が、妙に似合っているように思えてならなかった。
もう少しばかり、彼女の内面を探ってみたい心境に駆られる。
しかしそんなやり取りが叶う時間はもう終わり。王立博物館の二階へ上がると、すぐに出くわしたオーズリーが声をかけてきた。
「どこへ行っていた!」
積み荷が消え、自らの指示とはいえ警備担当がほとんどこの場に居ない。
それによって苛立ちを募らせていたか、バルカム・オーズリーはこちらを見るなり怒鳴りつける。
この反応からして、俺が本当の部下でないと気付いていない。
仮面をかぶっているのもあるが、疑いもしていない点から察するに、相当動揺しているらしい。
案の定、表で用いている姿と違って、内面はかなりの小心者と見える。
「ご命令通り、商品を探しに。この女がそうです」
「こいつがそうか? 子供には見えんが」
「丁度良く警戒心の薄い子供が居らず。ただ酔っていた女が歩いていましたので」
その時にはシャルマも挑発的な様子を止め、今にも崩れ落ちそうな焦燥感漂う様子に変わっていた。
さっきディーラーを騙した時もそうだったが、あまりに自然。まるで説明をした通りにしか見えない。
直接聞いたわけではないが、案外シャルマはそういった"才能"を持っているのかもしれなかった。
「カジノの客か……」
「問題はないかと。取引に参加する顧客ではありませんし」
「おそらくそうだろうが、何事もないという根拠はなんだ?」
「同行した男は居るでしょうが、行方不明となっても探しはしないでしょう。この女は娼婦です」
オーズリーにとって大事なのは、黒魔術の素材を扱った取引。カジノ以上に膨大な金が動くここだ。
逆に言えばカジノの方は二の次。あくまでも博物館内で行われる取引に参加してくれる、客を物色するための場でしかなかった。
そんなところに来た客、それも娼婦となれば扱いのほどが知れようというもの。
「ふむ……。珍しい肌をしている。属領の出身者か」
「おそらくは。どこぞやの金持ちに連れられて来たそうですが、そこまで深い仲ではないそうで」
「いいだろう。案外物珍しさで高く売れるかもしれん」
顔は隠れたままであるが、シャルマの特徴的な外見がどう影響するかは不安だった。
それでも逆にそこが売りになると考えたであろうオーズリーは、捕らえた異邦人の娘を商品として流用することに決める。
ただ一方でシャルマの方は、娼婦扱いをされたのが大層不満であったらしい。オーズリーから見えない部分で俺を小突いてきた。
「ところで他の連中はどうした?」
「まだ外で商品を探しています。もう少しで戻って来るとは思いますが」
「役に立たんヤツらだ、もう少しで始まるというのに! お前はこの娘を解体し……、いや生きたまま会場に連れて行け」
既に客を会場に入れており、かなり切羽詰まった状況と見える。
会場には警備とは別に人員が居るため開催は問題ないようだが、商品ばかりはそうもいかないと、すぐ連れていくよう命令してきた。
俺はそのオーズリーに了解すると、仕返しとばかりにシャルマを小突きながら奥へ。
そしてヤツに声が届かぬところまで歩いてきたところで、後ろ手に縛られたフリを続けるシャルマは問うてくる。
「それで、この娼婦を陳列棚へ届けた後で貴方は?」
「陰ながら見守らせてもらうとするよ。ただそうだな、なにか目立つ手段を探したいところだけど……」
シャルマへとそう告げ、会場で焦れた客たちを宥める男たちのもとへ。
その男たちへとシャルマを引き渡し、とりあえず生きたままで売るというオーズリーの言葉を伝えた俺は、彼女と離れ博物館内を歩く。
競売が始まったら、オーズリーは客たちの前に出ていくはず。
仕留めるとすればその時。だが出来ればちょっとばかり、己を演出する手段が欲しいところだ。
世に知らしめるための紙面だけでなく、この場に来ている連中の記憶へ鮮烈に残るような。
俺は警備に戻るフリをしながら、博物館内を眺める。
館内の各フロアには、世界各国から"穏便な"手段を用い入手した諸々の品が展示されており、武器だけでなく色とりどりの衣装まで。
その中で俺は、とある品に意識が向いた。
「こいつがいい。禍々しくて、怪しくて、なにより目立つ」
目を付けたのは、原色が多用された派手派手しい外套。
台座横の看板へ記してある説明によれば、南方大陸の部族が使う呪術衣装のようだ。
俺は床に敷かれたカーペットの一部を、サーベルで切って引っぺがすと、ショーケースに押し当て一部を割る。
抑えられた音と共に開いた穴からそいつを取り出し、一緒に展示してあった石槍もついでに拝借し移動をした。
足音を忍ばせバックヤードへ入ると、展示品吊り下げ用の足場を伝って会場に。
そこへたどり着いて息を整えたところで、真下に見える取引会場では、今まさに開催の合図が告げられようとしていた。
「大変長らくお待たせいたしました。これより本日の商品をご紹介いたします」
展示室の中央に作られた仮設のステージ。そこへと立っていたのはバルカム・オーズリー。
ヤツはステージの周りに集まっていた、数十人の客たちを前に大きく開始を宣言した。
手にしていた鎖を引っ張ると、ステージ上に引っ張り出されたのはシャルマだ。
彼女の首には鉄製の拘束具が嵌められており、いかにも虜囚然とした雰囲気を漂わせていた。
これはシャルマの演技力もあるとは思うが。
「本日お見せするのは、異邦より入手しました女」
さっきまでの狼狽っぷりをなんとか隠し、オーズリーは客たちに商品を紹介する。
現れたシャルマの姿を見た客たちの多くは、仮面の下で感嘆を漏らしているようで、口々に隣り合う人と言葉を交わしていた。
「珍しいな、生きたままの商品というのは」
「おまけにかなりの上玉だ、仮面で顔は見えないがな。あれなら生贄以外の使い道もありそうだ」
シャルマに対し好奇の、あるいは情欲の混じった視線を送る客たち。
黒魔術の素材としてだけでなく、生きたままでの価値を見出したであろう客たちは、競り落とす意欲を増しつつあるようだった。
シャルマを眺める短い時間を経て、すぐさま開始される競売。
そして開始早々吊り上がっていく値に、オーズリーも気を良くしていくのがわかる。
「この調子だと少々値は張るだろうが、パーツごとに買うのを思えば安上がりかもしれん」
「ははは、負けませんぞ。こんな掘り出し物、そう滅多にお目に掛かれない」
意気揚々金額を付けていく客たち。俺はそんな連中を上から眺めながら、胸糞の悪さを覚えていく。
幼かったあの日、闇競売で商品とされていた俺自身の姿が目に浮かぶ。
案外あの時に居た客たちの中にも、こいつらのように下卑た欲望を抱き俺を競り落とそうとした輩が居たかもしれない。
そう考えれば、やはりアーネストに買われただけまだマシな部類だったように思えてくる。
さて、ではこの下らないお遊びに耽溺する金持ち連中に、恐怖を植え付けてやるとしよう。
俺はそう決意をすると、持って上がった衣装を被り、石槍の矛先をオーズリーに向けた。




