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沈黙の美麗 08


 商品である黒魔術の"素材"を確保した俺とシャルマ。

 手引きによって外されているのか、本来は存在するはずの守衛が居ない通用門を抜け、近くに建つ建物の陰へと馬車を移動させた。


 そこで積み荷と男たちの死体を降ろすのだが、一瞬このまま箱の中に隠れ、会場へ搬入してもらおうかとも考える。

 けれど搬入される時に中を確認されればおしまいだし、そもそも外で見張っている連中が居なくなったのだ、疑いもせず運ぶとは思えない。

 仕方なく馬車だけ元の場所に戻そうとゆっくり走らせるも、俺は手綱を握りなおしたところで、町の空気に違和感を覚えた。



「妙だな……」


「いったいどうしたのよ、急に」



 馬車を走らせる前に小さく呟くと、荷台に腰かけたシャルマが反応。

 御者台の方に移動すると、不審気に顔を覗き込んでくる。



「町に人の気配が多すぎる」


「言われみれば……。活動を始めるにはまだ早い時間なのに」



 職種によっては、まだ暗いうちから動き始めるというのは珍しくもない。パン屋などはその類。

 だがそれにしても多すぎる。さっきから路地の向こうには、ちらほらと人影が見えており、どこか不可解に思えてならなかった。



「カジノの客が帰り始めている、ということは?」


「だといいんだけど……」



 確かにシャルマが言うように、カジノには俺たちが使ったのとは別の出入り口が在り、そこから客たちが帰りつつあるという可能性もある。

 ただ俺にはどうも、それとは異なる要因が存在するように思えてならない。

 それでもこの状況を理由に撤収も出来ず、不穏な気配を受けつつも馬車を走らせた。


 出たのと同じルートで博物館の敷地に戻り、置かれていた場所へ停めると再び隠れる。

 そこから少しして建物から出てきた男たちは、馬車の荷台が空となっているのを見て、慌てふためく様子が見て取れた。


 さっき積み荷の中にあったのは、まだ解体される前の女性の遺体。

 今からパーツごとに分けるつもりであったろう連中は、ノコギリや手斧を持って右往左往し、ひとまず報告をするべく博物館に戻っていく。



「行こう。多少状況にも変化があるはずだ」


「とはいえ、上手く計画が立てられないのは歯がゆいわね」



 これによって連中は計画が狂ったはず。俺たちが付け入るとすればそこだ。

 しかしシャルマが言う通り、こちらの想像通りに事が運んでくれるかは正直未知数。

 上手くすれば警備体勢に穴が開いてくれるだろうが、そうでなければまた状況次第で動きを考えなくては。


 そんなことを考えながら、俺たちは再び博物館に舞い戻る。

 急ぎ二階へ上がり、一旦テラスに出てから外壁を伝い様子がうかがえる場所に。

 ガラス越しに覗いてみると、数人の男たちが集まり顔を突き合わせ、真剣にやり取りをしている様子が見えた。



「あいつらは見つかったのか!?」


「いいえ……。誰一人として見つかりません、それどころか商品すら」



 男たちは焦った様子で、突発的なトラブルに対する話をする。

 全員が揃いの仮面を着けてはいるが、一人だけ纏う服が上等な男が居た。おそらくあれがバルカム・オーズリーに違いない。


 やつらは消え去った商品を探すか、それとも今日は客たちを帰してしまうかを話し合っていた。

 しかしオーズリーは後者を選ぶのだけは避けたいらしい。焦りを隠さぬ様子で、それだけは許さないと断じる。



「今日は新しい客が何人も来ている。この機会を逃す手はない」



 どうあってもヤツは、今日の客を帰したくないらしい。

 脅迫相手として、それに継続的な客としてこの日来ているのは上玉。手から零れ落ちる金を逃したくはないのだろう。


 見ている限りオーズリーは悪党ではあるが、あまり強心臓とは言えないようであった。

 首筋には滝のように汗が流れ、しきりに視線が泳ぎ動揺が露わ。

 世間に見せている善人かつ大物ぶった姿など、どこへいってしまったと言わんばかりの小心者さだ。



「ではどうするのです。どちらにせよ売る商品が無いことには……」


「わかっている! なんとか、なんとかせねば」



 立ったままで貧乏ゆすり、爪を噛み、懐から取り出したタバコに火をつける。

 一口二口吸って、マズそうに博物館の床へ捨て踏みつぶしたオーズリーは、ハッとしてある案を口にした。



「そうだ。……お前は今から外に出ろ、この時間なら町中に一人くらい孤児がうろついてるはずだ」


「子供を商品にするのですか!?」


「大人を捕まえて暴れられては叶わんだろう。ガキならパンの一つでも餌にすれば寄ってくる」



 混乱も極まったか、オーズリーが口にしたのは町の子供を出品しようという案。

 確かにこの時間、そろそろ貧民街の子供たちが町に出てくる。朝一で適当な店を訪ね、掃除などをして小銭を稼ぐためだ。


 そういった子供たちは、必然的にトラブルにも巻き込まれやすい。

 行方不明になるなんてのもざらで、もし失踪しても探そうとする者は少ない。精々親くらいのものだ。



「娘ならなお良い、男よりは高く売れる。さっさと行け!」



 早く行けとばかりに、部下たちを追い払うオーズリー。

 まさか子供を狙うよう命令されるとは思っていなかったであろう男たちは、かなりの抵抗を抱きつつも、従い外へ向かっていくのだった。



「で、どうするのかしら。警備の人数は減って、入るのは容易になったけど?」



 奥の部屋へ入っていくオーズリーと、外へ獲物を探しに出た部下。

 そいつらの全てが見える範疇から消えたところで、シャルマは冷たい外気で白く染まった息を吐きながら、挑発的な問いを向けてきた。

 彼女が言わんとしていることなど明らか。このままオーズリーを狙うか、それとも外に出た部下を止めるか。



「暗殺を遂行するためだけなら、ここで入った方がいい。好都合にも今ヤツは一人だ」


「ならこのまま突っ込む? こっちは別にそれでもいいけど」


「試すようなことを言わないでくれ。まず外に出た連中に対処する、本命はその後」



 シャルマへと決まりきった答え、まず子供に被害を出さぬため外へ出ると告げる。

 すると彼女は小さく笑い、テラスから階下に身を躍らせた。


 下を覗き込むと、かなりの高さだというのに平然と立つシャルマの姿が。

 「怖くないなら飛び降りてきなさいよ」という言葉が、実際に発せられているかのような視線に触発され、俺もまたそこから飛び降りた。



「出てきたらすぐ仕留める。それぞれ二人ずつ、文句はないよな?」


「私が四人全員を仕留めてもいいのだけれど?」


「欲をかきすぎると怪我をする。俺の先生が言っていた言葉だよ」



 柔らかな土の上に着地し、博物館の裏口を凝視するシャルマと言葉を交わす。

 あの場所からすぐ下に降りた先の扉だ、おそらくあの連中はここから出てくるはず。


 それを待つ俺たちは、各々の得物を握り待ち構えた。

 俺はさっきも使ったステッキを。シャルマはドレスの裾で隠していたナイフを二本。

 開け放たれた扉から男が四人走って出てくるのを黙視した瞬間、俺たちは迷うことなく近づき刃を振るった。


 子供を襲って殺し、商品にするという行為に良心の呵責が起きていたであろう男たち。

 それでも命令に従うという選択をした時点で、やはり裏家業に身を置く者たちだ。容赦してやる筋合いはない。



「お、お前たちどこから――――」


「斬り合いの最中におしゃべりをする趣味はない」



 早速一人ずつを斬り捨てると、残る男たちは動揺しながらもナイフを取り出す。

 既に近すぎる距離であるため、銃を出しても有用でないと取った行動。どうやらかなり荒事に慣れていると見える。


 それでもナイフの軌道は、咄嗟の事態というのもあって闇雲。

 向けられたそいつを回避し、辛うじて絞り出したであろう言葉へ適当に返しながら、俺は男の胸に刃を突き立てた。



「こっちは終わった。君はどうだい?」


「当然楽勝。生半可な鍛え方をしてはいないもの」



 俺が二人を斬り捨てるのとほぼ同時に、シャルマの方もナイフで仕留め終えたようだ。


 薄金色の長い髪をかき上げ、得意げにするシャルマ。

 さっき一瞬だけ見た彼女の戦う姿は、纏う服がドレスであるというのも相まって、まるで舞踏のようであった。

 今は仮面を外しており、その整った容姿が露わとなっているのもあって、舞台演劇を見ていると錯覚してしまいそうなほどに。


 これで気性が激しくなければ、さぞやモテるだろうに。



「なにか不満がありそうね」


「……別に。さあ、早く戻ろうか。これで暗殺するのに障害はほとんどなくなった」


「ちょっと待ちなさい。やっぱり貴方、なにか言おうとしたでしょ」



 考えていることが顔に漏れ出してしまったのだろうか。不満を露わとするシャルマに問い詰められる。

 その時にはもうナイフを収めていたが、それでも気配は抜き身の刃のよう。

 俺はそんなシャルマに背を向けると、男の一人から服と仮面を剥ぎ取り、逃げるように建物の中へ入っていった。


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