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沈黙の美麗 07


 王立博物館の二階。そこは展示品ごとにいくつにも部屋が区切られていた。

 これといって扉も多くはなく、広い通路を壁に沿って歩けば、普通に奥へと進めるような構造。

 しかし展示品の台座陰に隠れた俺とシャルマは、容易に進むことも出来ずただ潜んでいることしか出来なかった。



「流石に監視が多いな……」


「仮面と招待状だけでは入れないわね。どうする気?」



 取引の場へ行くべく上階に踏み込んだはいいものの、そこには何人もの警備が。

 もちろん博物館の守衛ではなく、人体のパーツを取引する場を荒らされぬよう、主催者が用意した連中だ。


 見ている限り、参加者らしき輩が何人か入っていくのが見える。

 しかしシャルマが言うように、仮面とカジノへの招待状だけで入れるわけではないようで、なにか特別な証明が必要となるらしい。

 当然そんな物を持たぬ俺たちは、ただ手をこまねいて眺めているほかなかった。



「今考えている。流石にここまでは、事前の情報にもなかったからな」


「急がないと朝が来るわよ。聞く限りだと、夜明け前に取引が開始みたい」



 焦っているのは俺だけでなくシャルマも同様。

 彼女は台座の陰から周囲に視線を巡らし、どうにかして奥に進めぬかを探っていた。


 日没から随分と時間が経っている。あと二時間もすれば取引が始まってしまうのに加え、朝が来ればさっき始末したディーラーの死体も見つかってしまいかねない。

 かといって死体を隠すのも難しいとなれば、なんとか強引にでもここを突破し、バルカム・オーズリーを仕留めるべきだろうか。

 二人で協力すればおそらくは可能。ただ取引の参加者である他のやつらは可能な限り、怪我させるのを避けたいところ。



「こうやって潜んでいる間も、それほど寒くないのは救いね。深夜でも暖気が回っているのかしら?」



 考えどなかなか良案が思いつかぬシャルマは、ため息ついて少しだけマシな部分を口にした。

 確かに彼女の息は白く染まっておらず、真冬にしては意外にも冷え切っていないのに気づかされる。

 おそらく館内のどこかで火が焚かれ、ダクトを通して暖気が循環しているのだろう。



「ドレスは冷えるって聞くからな。……っと、そういえば」



 カジノへ潜入するため正装をしているが、俺に比べてシャルマが着るドレスは酷く寒そうだ。

 ただそこまで考えたところで、ふとあることに気が付いた。



「なに? 突破する妙案でも思いついてくれたの?」


「妙案……、と言えるかどうかはわからないけど。連中が商品として扱うのは、切り落とした人間の手足や内臓だったよな」


「それはそうでしょ。生きたままでは、色々と不都合がある」



 この先で取引を行われるのは、貴族の連中がはまりやすいオカルト色が強い趣味の代物。

 黒魔術の素材として用いるそれは、既に血が通っていない人間の死体ということになる。



「より自然な状態の生贄に拘るのなら、きっと防腐処理は施していない。そんな物を暖房が効いた場所に置いてしまえば……」


「間違いなく、腐敗が進んでしまうでしょうね」


「求めるのは可能な限り新鮮な物だ。おそらく直前まで館内には運び入れないはず」



 特段暖かいとは言えないが、それでもこんな場所に血の通わぬ死体を放置すれば、間違いなく腐敗を始める。

 臓器などは特にその傾向が強く、少し置いておくだけで猛烈な臭いを発しかねない。


 コーデリアから受け取った資料によれば、前回この取引が行われていたのは昨年の冬。

 カジノの方は年中定期的に開催しているようだが、取引の方は春から秋にかけては開催されていないようだった。

 その理由がおそらくこれだ。つまり取引開始までは、真冬の外気で保管しているということ。



「ようするに商品はまだ外にあるから、今のうちにそちらをどうにかしようと」


「話が早くて助かるよ。具体的にそれをどうするかは決まってないけど、ここで隠れているよりはマシなはず」


「……他に案もないか。いいわ、乗ってあげる」



 真冬である今頃、死体はまだ外に置かれているはず。

 シャルマも一応納得してくれたらしく、俺たちは頷き合うと踵を返し、慎重に階段を下りていく。


 手近にあった窓から外へ飛び出し、うって変わって切り裂くような寒気に晒される。

 そんな中で目を凝らし敷地内を探っていくと、管理用倉庫の陰に馬車らしき影が見えたのに気づく。

 近づいてみると、そこでは数人の男たちが荷台を囲んでいた。



「ったく、まだ中に入れねぇのか。いい加減凍えそうだ」


「中の連中はいいご身分だよな。組織に入った順番で、こうも扱いが違うなんて」



 そいつらは小瓶に入ったジンを煽り、身体を震わせながら屋外で待機しているようだ。

 囲む荷台には、大小いくつもの木箱が積まれている。粗野な空気から博物館の職員とは思えないので、これが商品に違いあるまい。



「さっきは君にやってもらったし、今回は任せてもらおうかな」



 俺は物陰から半分身体を出し、シャルマに自身がやると告げる。

 ディーラーから顧客リストを回収し、取引場所を聞き出して始末するところまで、彼女一人にやらせてしまった。

 ならば今度は俺の番だ。



「どうぞ、ブラックストン家の暗殺者さん。ここでお手並み拝見しているわ」



 そう申し出ると、シャルマは簡単に引き下がる。

 おそらく彼女の意図としては、口にしたようにこちらの実力を推し量りたいため。

 見た目に似合わず辛辣な評価を頂戴しかねないが、少なくともこの場では協力関係にあるのだ、実力のほどを開示するのも必要だろう。


 ただシャルマは軽く小首を傾げ、俺の手元に視線を落としカジノに入って以降、ずっと持っていた物を受け取るべく手を伸ばす。



「ところでそのステッキ、邪魔になるようなら預かるけど? 脚が悪いようには見えないし」



 シャルマが見咎めたのは、聖夜祭の日にコーデリアからプレゼントされたステッキだ。

 大抵は足腰の悪い者が歩行の補助として、あるいは紳士がファッションとして使うそれを、俺はここまでずっと手放してはいなかったのだ。

 一応護身の手段としても利用できるよう、堅い木材を使って作るのが一般的ではあるが。



「もしかして杖術?」


「まぁ……、似たようなものかな」



 少しだけこちらに関心を示したシャルマへと、適当な相槌を打って男たちのところへ。

 暗闇の中を滑るように進み、馬車まであと十数歩といったところまで近づく。


 男たちが一つだけ手にしたランタンの明かりに照らされたところで、ようやく向こうは俺の存在に気付いた。

 ハッとし警戒の体勢を取るのを見て、軽い調子で声を発する。



「待たせたな。もうちょっとでこっちの準備が整う」



 この連中が商品を見張っているのは確かだと思うが、それでも万が一の間違いという可能性がある。

 そこで俺は仲間のフリをし、確認を取ることにした。



「遅いぞ。オレたちを凍え死なせる気かよ」


「悪かったよ。客の一人が酔って暴れたせいで、片付けに手間取ってしまったんだ。"商品"を腐らせる訳にはいかないだろう?」


「そんなこと、オレらが知ったことか。どうせ金持ち連中は無茶な使い方をするんだ、腐ってようと同じだろうが」



 こいつらが本当にバルカム・オーズリーの関係者か、そして積み荷について知っているかどうかを確かめる。

 すると完全には身体が照らされていないというのに、こちらが本当に仲間であるかすら確認せぬ男たちは、アッサリと本性を吐露してしまう。


 思った以上に不用意な男たちに内心で苦笑しながら、俺は手にしたステッキの手元をコツリコツリと何度か叩く。

 そうして近づき全身を明りに晒したところで、男の内一人が怪訝そうにした。



「……? そういえばお前、いったい誰――――」



 話をしていた相手が、ようやく仲間ではないと気付いたらしい。

 だが時すでに遅く、俺はステッキの柄を握りしめて一足飛びに接近、男めがけてそれを"抜き放った"。


 直後宙を舞う男の手首。

 呆気にとられた男は無くなった自身の手を、そしていつの間にか胸に突き刺さっていた、鈍く明かりを跳ね返す刃を見下ろす。


 そこには柄から先が、刃に変じたステッキがあった。

 いや変じたのではない、ステッキに偽装してあった鞘から抜いたサーベルだ。

 俺はそいつを引き抜くと、悲鳴を上げる暇も与えず次の男の喉を裂く。


 そして慌てる三人目の男が、懐から銃を取り出そうとしたところで、斜めに胸を切り下ろした。

 微かな悲鳴だけを漏らして倒れる男たち。そいつらが身動き一つしないのを確認すると、刃を男たちの衣服で拭い死体を荷台へ放り込む。



「いったいあれのどこが杖術? 私にはただのサーベルにしか見えないのだけれど」



 荷車ごと敷地外に運ぼうとしていると、近づいてきたシャルマの呆れたような声が。

 彼女は死んだ男たちの傷口を眺め、次いで俺にジトリとした視線を向けてきた。



「立派に杖だよ。ほらこの通り」


「……凝った作り。こんな業物、どこで手に入れたんだか」


「ご当主様から頂戴した。極東から来た職人に作らせたらしい」



 既に鞘へと仕舞い、元のステッキに戻したそれをシャルマに差し出す。

 彼女はステッキを受け取ると、何度か柄部分に触れるも抜き方がわからないらしく、何度も小首を傾げていた。


 聖夜祭でコーデリアからのプレゼントとして貰ったこいつは、あまりにも実用的な代物であった。

 貰った時には俺もただのステッキだと思った。コーデリアに抜き放ってもらったところで、ようやくそれが武器であると気付いたくらいだ。

 こうも巨大な刃だけに、使えば目立つことこの上ないが、それでも自然に持ち歩けるというのは大きな利点。



「同じ物を作ってもらう……、というのは難しいかしら」


「そいつは自身の主に頼んだ方がいいだろうな。自分で買うにしても、君の給料じゃ何か月もかかる」


「それはあなたも同じでしょ?」


「もちろん。下手すると全額つぎ込んでも、一年はかかるかもしれない」



 移動させるために馬車へと乗り込むシャルマは、思いのほか素直に自分も欲しいと口にする。

 ただこいつは膨大な財を持つコーデリアだからこそ買えた物だし、普通はただの使用人にここまで高額のプレゼントはすまい。

 俺が暗殺者であるが故に、実用のために贈ってくれたのだ。


 遂には鞘から抜くのを諦めたシャルマによって返されたそれを受け取り、俺は手綱を握って馬車を通用門に向けるのであった。


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