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新たな生 02


 ブラックストン家の当主アーネストにより、孫娘のコーデリア帰郷を知らされてから約一週間。

 その間ずっと屋敷内からは、どこか浮足立ったような気配すら漂っていた。


 多くの出入り業者が物を運び入れ、洗濯婦たちの作業場からは延々湯気が立ち昇る。

 メイドたちは掃除や料理の仕込みに余念がないし、執事らは他の使用人へ指示を出すため、ひっきりなしに屋敷中を歩き回っている。

 そして屋敷の外、庭を担当する俺とドラウ爺さんは、植木の剪定作業を終え道具を片付けている最中であった。



「遂にこの日が来たか……」



 大きなハサミを手にしたドラウ爺さんは、軽く砥石を当てながら遠い目をし、整備の完了した庭を眺める。

 なにせ当主の孫娘が6年ぶりに帰ってくるのだ。屋敷総出で準備をし出迎えるというのは、反対する者がない既定路線となっていた。


 ただドラウ爺さんに関しては、若干そういった感傷とは違うように思えてならない。

 この人物が感慨深そうにするのは、コーデリアが戻ってくるためだけではなく、彼女が帰郷したことで起きるであろう先を見ているような気がしてならなかった。



「爺さん……。もしかしてだけど、何か知っているのか?」


「多少はな。だがワシにそれを話す資格はない、ご当主様が仰っていたように、お嬢様から聞くのが良かろう」



 案の定ドラウ爺さんは、何かを知っているようだ。

 当主のアーネストとは主従の関係ながら、かなり長い付き合いであるらしいため、この件についても何か知っていてもおかしくは。

 ただそれを話してくれる気はまるでないらしく、すぐさま本題を元に戻そうとする。



「で、お嬢様はいつ頃お戻りになられるのだ?」


「定刻通りだと、昼には列車が中央駅へ到着するらしいから……、もう少しかな」


「そいつは大変だ。フィル、お前はさっさと着替えてこんか! お嬢様をお迎えしなければ」



 時刻は既に昼を回っている。首都であるグライアム市に列車が着き、そこから出迎えの馬車に乗ってとなると、そろそろ到着してもいい頃合い。

 そのことを話すなり、ドラウ爺さんは大慌てとなる。

 どうやら若干到着予定を勘違いしていたらしく、急いで庭仕事の道具を片付け、屋敷の方に駆け出すのだった。



「爺さん、あんまり無茶するなよ」



 この時ばかりは年齢を感じさせぬ走りを見せる爺さんへと、ノンビリ声をかける。

 俺もそんな姿を眺めつつ屋敷へ向かい、自室へ戻ってなけなしの一張羅に着替えると、玄関ホールへと移動。

 そこでは既に多くの使用人が集まっており、今か今かとコーデリアの到着を待っていた。


 整列する使用人たちの中に混ざるように立ち、玄関の大扉へ視線を向ける。

 そうして待っていると、扉の向こうから馬の蹄と車輪の音が聞こえてきたため、全員で背筋を伸ばして静まり返った。



「おかえりなさいませ、お嬢様」



 開かれる扉。その向こうから現れた人影に対し、執事長が代表して出迎えの言葉を口にする。

 使用人たちは揃って頭を深く下げるのだが、俺は頭を下げながらもこっそりと、視線を玄関扉に向けた。

 扉から入ってきたのは、当主であるアーネスト。そして隣には、厚手のコートを羽織った娘。


 6年もの歳月は、人の纏う気配を変えるのに十分な時間であるらしい。

 初めて出会った雪が舞うあの日、まだ幼く儚げであった少女は歳相応に大きくなり、雰囲気からはとても大人びたものを感じられた。



「我々使用人一同、心よりお待ちしておりました」


「出迎えご苦労様。こんなにも盛大な出迎えをしてくれて、嬉しく思うわ」



 深く下げていた頭を上げ、歓待の言葉を口にする執事長。

 コーデリアはその執事長に対してだけでなく、出迎えた使用人全員をぐるりと見回すと、とても穏やかな笑顔を浮かべ謝意を述べた。

 上品かつ華やかなコーデリアの所作に、メイドたちから感嘆の声が漏れる。


 しかし俺の目には、コーデリアからどこか辟易したような気配が漂っているようにも見えた。それにあまり帰郷を喜んでいないようにも……。



「もったいないお言葉です。ご立派に成長されたお嬢様のお姿、感動の言葉しかございません」


「……そう。早速だけれど、長旅で疲れました。少しだけ休ませてもらえますか?」



 その彼女は軽く息を吐くと、歓迎する使用人たちの横を通り抜け、自ら荷物を持って屋敷の奥へと向かう。

 慌てて執事長やメイドたちが大きな鞄を持とうとするのだが、疲れているという言葉とは裏腹に、それを固辞し自ら上階への階段を上り始めた。


 その時に一瞬、俺と目が合ったのに気付く。

 けれどほんの僅かな瞬間だけ。すぐに視線を逸らすと、階段を上り姿を消すのだった。


 帰郷したコーデリアも、当主であるアーネストも屋敷の奥へと行ってしまった。

 それによって玄関ロビーに残された使用人たちは、自然と解散し各々の持ち場へと戻っていく。

 俺とドラウ爺さんもまたロビーを出て、再び庭の芝生を踏んだところで、爺さんは小さく率直な感想を呟いた。



「随分と雰囲気がお変わりになられたものだ」



 確かにコーデリアは、幼かった頃と比べ様変わりしている。

 お嬢様然とした見た目は昔からだが、当時の彼女は意外にも活発で、俺の後ろをずっと走ってついて来たりしたものだ。


 数年の月日を経て、良家の子女らしく落ち着きや品格を身に着けたという、好意的な見方も出来るかもしれない。

 しかし俺にはどことなく、彼女が発していた穏やかな雰囲気が、作り物めいているように思えてならなかった。



「お嬢様のお役目を想えば、それも致し方ないのかもしれんがな……」



 ドラウ爺さんはそう言って深々とため息をつく。

 なにやら思うところがあるらしく、その意図を問おうとするも誤魔化されるばかり。

 「そのうちわかる」としか返してはくれず、一旦着替えた俺に今日はもう休んでよいという旨を伝え、裏手の物置小屋へ行ってしまうのだった。


 追いかけて問い質したい心境に駆られるが、おそらくは無駄。

 仕方なしに話を聞くのを諦めると、大人しく自室へ戻るべく使用人用の通路を歩いた。



 自室へ戻ってからはしばしの休息を挟み、その後食堂で他の使用人たちと食事を摂る。

 庭師見習いである俺は今日これ以上の役割もなく、あとは眠りに落ちるだけと思い戻ろうとするのだが、すぐ背後から呼び止める声が聞こえたのに気づく。

 振り返ってみるとそこに立っていたのは、ブラックストン家の執事長。



「フィル、後でお嬢様の私室へ向かいなさい。お前をお呼びだ」



 使用人用の通路、他には誰の姿も見えぬ場所で声をかけてきた執事長は、突然妙なことを伝えてきた。

 しかしつい先週、当主であるアーネストから伝えられたことが頭をよぎる。



「……かしこまりました」


「この事は他言無用だ。理由は色々あるが、言わずともわかるな?」



 このような夜間に、男の使用人が当主一家の女性の私室を尋ねるなど大問題。

 もし万が一これが外に漏れでもしたら、きっとあらぬ噂を面白可笑しく広められるに違いない。

 世の人は噂話を殊更好む。執事長が他言無用と言明するのも当然だ。


 執事長は用件だけ伝えるとさっさと行ってしまい、俺はひとまず自室へ戻る。

 そこからしばし腰を下ろして時間の経過を待ち、使用人たちのほとんどが自室に戻っているであろう頃合いを見計らって部屋を出た。

 人の目を盗み家人用の廊下を歩き、お嬢様……、コーデリアの部屋へ。



「失礼いたします、お嬢様。お呼びとのことで参りました」


「どうぞ、お入りなさい」



 小さなノックと共に、若干の緊張をしながら要件を述べる。

 すると簡潔な入室許可の言葉が、どこか懐かしい声によって響いてきた。


 周囲を窺いながら扉を開き、素早く身体を滑り込ませる。

 入って真っ先に見えたのは、つい先週アーネストの書斎に行った時と同じように、書架へ向かい手にした紙束を眺めるコーデリア。

 そのピンと伸びた背筋に、さすが祖父と孫娘なだけあってよく似ているなどと、妙な感心をしてしまう。



「ご無沙汰をしておりますお嬢様。お変わりないようで何よりです」


「それは私が成長していない、という意味ですか?」



 手紙では疎通を行ってきたが、実際6年ぶりに顔を合わせるとなかなかに言葉が出てこない。

 そこでとりあえず、差し障りのない定型文のような挨拶を口にするのだが、すかさず返されたのは少しだけ不満気な言葉。


 書架からソファーに移動して腰を下ろし、ジッとこちらの目を凝視するコーデリア。

 なにやら空気が重たい。実は幼馴染として親しいと思っていたのは俺だけで、彼女の方はずっと一線を引いていたのだろうか。



「いえ、決してそのようなことは。とてもお美しくなられたかと。もちろん以前もではありますが」


「……ふふ、冗談ですよフィル。そう緊張しなくても」



 そんなコーデリアは慌てる俺に、微笑んでこれが冗談であると告げた。


 コーデリアからは屋敷へ帰ってきた時に見た、大人びた気配が鳴りを潜め、少女のような無邪気さが見て取れる。

 あまりに余所余所しい、使用人としての立場を前面に押し出した俺の態度が気に入らず、意趣返しをされてしまったらしい。



「座ってください。少しお話をしましょう」


「……人が悪いですよお嬢様。こう見えて俺は小心者なので、そういった悪戯は」



 腰を下ろすよう促す彼女の言葉に従い、体面のソファーに座ったところで、さっきの冗談とやらへの苦言を口にする。

 もちろん自身の立場は崩さぬままだが、口調は砕けたものへと変えて。6年前の互いに子供であった頃のように。


 すると彼女はホッとしたように目元を緩ませた。

 やはり共に過ごしていた時期のそれと、同じ関わりを求めていたらしい。



「ごめんなさい。寄宿学校では、あまり冗談を言え合える相手が居なかったから」


「それも冗談ですか?」


「こちらは本当。悪い子たちではないのだけれど、型に嵌めたような人ばかりでつまらなかった。きっとフィルのやんちゃに慣れていたせいね」



 コーデリアは懐かしそうに、穏やかに微笑んで昔のことを呟く。

 どうやらコーデリアにとって、寄宿学校はあまり好ましい場ではなかったらしい。

 それでも律儀に勉学へ励んで、優秀な成績を出しているあたりは流石アーネストの孫娘といったところか。


 そして祖父譲りの真面目さは、久方ぶりの再開の場であっても同じだった。

 彼女は軽く咳ばらいをし、一転して真剣な表情になると、若干の重苦しさを纏った声を発する。



「では早速、本題に入るとしましょう」



 彼女は手にしていた数枚の紙へ一度視線を落とす。

 そこから逡巡を経て、俺の目を見て静かに告げるのであった。



「フィル。貴方には私と共に振るって貰いたいのです、その"暗殺者"という才能を」


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