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沈黙の美麗 06


「で、これからどうするつもり?」


「流石に部屋まで虱潰し、とはいかないな」


「ならば早く対案を出して頂戴。私はあくまで客人、横から口出しをするつもりはないわ」



 王立博物館の一階。展示室の裏側に在るだろう通路の一角で、俺とシャルマは小声でやり取りをしていた。

 やり取り、と言えば聞こえはいいが、その実態はシャルマによる悪態と言っていい。


 とはいえ今回失敗したのは俺自身。反論の余地はない。

 ただ彼女自身、軽口の域を超えて責め立てたり罵倒する気はないらしく、まるで挑発するような物言い。

 なるほど彼女が己に対して評したように、"性悪"と言われかねないのは確かなようだ。


 俺はハッとするほど整った顔から向けられる悪態を浴びつつ、どうしたものかと思案する。

 ただそんな状態でも耳を澄ませていると、さっきとは状況が変化しつつあるのを感じた。



「ちょっと待ってくれ」


「なにかしら、ブラックストン家の執事さん。もしや心が挫けたなどと言わないでしょうね」


「そうじゃない、人の足音がする」



 小声ながら挑発を続けるシャルマを制する。

 耳に手を当て窺う素振りを見せ、素早く反応し低い体勢を取る。


 さっきまで複数の部屋から人の発する音が聞こえてきた。

 けれど今は扉が開く音がし、いくつかの足音がこちらへと向かっていている。

 シャルマも同じく耳を澄ませると、俺が言ったことに間違いがないと察知。若干気まずそうに口を噤み、俺と共に物陰へ潜む。



「行ったの?」


「ああ、かなりの人数が帰ったようだ。……探るなら今だな」



 博物館の職員らしき、幾人かが廊下を通り過ぎていくのを見送る。

 彼らが廊下を行き見えなくなったところで、俺とシャルマは手近な部屋の扉前に立つ。


 廊下に並ぶ部屋の大部分からは人の気配が失せている。

 まだ二つか三つほどは人の気配があるため、そのいずれかにディーラーが居る可能性は高そうだ。

 そこで扉に耳を当て中を窺うも、俺はすぐに身体を離して首を横に振った。



「違う。中には一人居るが、声が女のものだ」



 一つ目の部屋は違うと判断。すぐさま別の部屋の前へ。

 同じように部屋の中を窺うべく耳を当てるのだが、こちらは物音こそすれ声がなく、どういった人物が居るのか想像もつかない。



「試しに入ってみたら?」


「悪くない案だな。もし違っていたら早々に退散するとしよう」



 シャルマのひたすら現実的な提案に頷き、ドアノブに手をかける。

 ソッと回して引くと、足音を立てぬよう慎重に入り込み、すぐさま近くにある棚の陰へと身を隠した。


 そこから覗いてみると、居たのは背中を向ける男の姿。

 モノトーンの服に、いまだ着けたままの仮面。さっき見失ったディーラーの男で間違いはなさそうだ。

 背を向け大量の書類らしき相手に格闘する男は、こちらに気付いた様子もない。

 そこですぐさま接近を試みようとすする俺だが、シャルマに袖を掴まれ制止させられる。



「ここは任せて」



 俺にしか聞こえぬ囁くような声で、簡潔に自身がやると告げるシャルマ。

 彼女は滑るように棚の陰から出ると、一呼吸置いてから踏み出し、脚を露骨な内股へ。

 そして弱々しい雰囲気を発しながら、男に声をかけた。



「あ、あのぉ……」


「誰だ!? お前、こんな所でなにをしている!」



 突然現れた人間の存在に、男は慌てて振り返る。

 そこに居たシャルマ、さっきとは異なり随分と穏やかな気配となった彼女は、申し訳なさそうに口を開くのだった。



「ごめんなさい。道に迷ってしまって」


「客か……。ここは立ち入り禁止です、早く戻ってください」


「そうしたくても出来ないの、迷っているんだもの。ねぇお願い、会場まで連れ帰って下さらないかしら?」



 彼女は縋るような素振りで男に近づくと、不安そうな空気をまき散らしながら懇願する。

 一方の俺は隠れながらシャルマのやり取りを眺めるのだが、感心から表情が緩むのを感じていた。


 これはなかなかの役者ぶりだ。

 さっきまでの辛辣で強気な雰囲気はどこへやら。今は道に迷った育ちの良いお嬢さんが、不安そうに立ち尽くしているとしか見えない。

 さながらこの場は綿密に設計された舞台。演技であると知りつつも、すっかりそれを忘れてしまいそうになる。



「し、仕方ない。ついて来てください、案内します」


「助かるわ! こんな場所で連れも居なくて、正直心細かったの」



 この場に他者が居るのは都合が悪いらしく、ディーラーはシャルマを追い出そうとする。

 そんな男が不承不承案内すると告げると、シャルマは激しく喜んだ演技をし、男の腕へと抱き着く。

 普通どれだけ迷ったとしても、こんな場所に客が来るというのは不自然だろうに、それすら気付いた様子はない。


 シャルマが抱き着いた直後、ディーラーの喉がゴクリと鳴ったのを見逃さない。

 彼女の魂胆を定かとするのは簡単。この男に対し色仕掛けをし、目的の物を探るという腹積もりだ。

 香り立つような色香を振りまくシャルマ。彼女は今気づいたと言わんばかりに視線を卓上へ。そこに置かれた書類についてを口にする。



「あら、こんなに大量の書類。もしかして賭博場の?」


「え、ええ。もういいでしょう、さああちらへ……」


「見たところ、財務関係ね。もしかして貴方って偉い方なのかしら?」



 男が慌てるのも構わず、シャルマは卓上の書類に素早く視線を奔らせる。

 彼女は言葉に言葉をかぶせて自分のペースへ引き込み、会話の主導権をしっかりと掴んでいった。

 さらに男の視線を誘導し、自身の剥き出しになった腕や足、大胆に露出した胸元へ向けさせる。


 それによってディーラーはいつの間にか、彼女を追い出すことが思考の中から外れる。

 おそらく頭に在るのはシャルマの身体について。

 仮面を着けたままであるため顔こそ見えないものの、褐色の肌と細身ながらしっかりとした身体もあって、非常に目を引く。

 むしろ顔が見えないからこそ、男の想像や劣情を掻き立てているようだ。



「でもなんだか危険な臭いがするわ。これなんて特にそう」



 男の視線が身体へ向いている間に、素早く書類の束を探る。

 そしてシャルマは束の中から、目的としているそいつを発見したようで、ヒョイと拾い上げた。



「待て、それは!」


「もしかして人に見られたくない物? 例えばそうね……、馬鹿な貴族連中を脅すために必要、とか?」



 そいつだけはマズいと考えたか、奪い返そうとする。

 だが伸ばしてきた腕を軽快に避けたシャルマは、今まで見せていた柔らかな物腰を一変させ、逆に腕を掴み返した。


 軋むかのように強く握り、男が痛みに膝をつく。

 すると彼女はディーラーを見下ろし、核心を突く言葉を振り下ろしたのだった。


 すぐさま男の顔が青く染まっていく。

 指摘された内容が正解であったのに加え、迷った客と思っていた相手が敵であるとわかったため。

 加えてその彼女が、酷く危険な存在であると直感的に悟ったために。



「さあ、大人しく話を聞かせてもらいましょうか」



 シャルマは軽く舌なめずりをすると、いつの間にか隠し持っていた細い紐を、ディーラーの首へと巻き付けた。

 そいつを締めては緩めるというのを何度か繰り返し、自身に被虐的な嗜好でもあるように印象付ける。

 男が思考を白濁させつつあるのを確認すると、シャルマは回復するのを待って、いくつかの質問を向けた。



「そ、そうだ……。そのリストで貴族に脅しをかけて……」


「なるほどね。では次、バルカム・オーズリーの場所を言いなさい」


「競売場だ! ……今頃は新しく入った商品を、客たちに捌いている」



 首には紐をかけたままで、ディーラーから情報を引き出していく。

 おそらく王立博物館の敷地内、そのどこかへ在ると思われる競売場。そこが黒魔術用途で、人体の部品が売買されている場所だ。

 案の定すらすらと口を開く男の様子に満足したであろうシャルマは、最後の締めとばかりに人差し指を立て男に問う。



「ならもう一つだけ聞かせて頂戴。その競売会場はどこ?」



 シャルマの質問に対し、男は一瞬だけ言いよどむ。

 だが流石に脅しには抗いがたかったらしく、アッサリと標的の場所を吐くのだった。


 口にした内容に嘘が無いと判断したシャルマは男に対して笑み、手にしていた紐を収める。

 これで助かったと考えたか、男の表情には安堵感が。

 しかしそれを裏切るように、シャルマの手が男の喉元へと撓った。


 見れば彼女の手には小振りなナイフが。

 いつの間に持っていたのか、それを使ってディーラーの喉を切り裂いた彼女は、返り血を避けながらこちらへ向かってきた。

 手にはしっかりと、顧客リストを持ったままで。



「驚いたよ。まさか君にあんな特技があるだなんて」



 ガクリと項垂れ、床へ転がるディーラー。

 そいつを放って部屋を出た俺は、すぐ後ろから続いたシャルマへと呟く。



「幼いころから色々と仕込まれたの。本当はナイフの方が気楽、首を絞めるなんて野蛮な方法は私の好みじゃない」



 シャルマは廊下を歩きながら、平然と自身の技能について言い放つ。

 首を絞めるのが野蛮な手段だというのなら、首を切り裂くのは野蛮ではないのだろうか。

 というのは置いておくとして、俺が言ったのは彼女の拷問やら武器のスキルについてではなく、最初の演技力についてだったのだが。


 ともあれシャルマについて、定かとなったことはある。。

 彼女自身もまた、俺とは傾向が違えど暗殺者だ。持つ才能が同じであるかはわからないが。

 なるほどシャルマの主であるミセスKが、同行させたがった理由も納得がいくというものだ。



「それじゃ、早く次に行くとしようか。夜が明ければいずれ死体も見つかる」


「なら案内をして頂戴。こっちはこの町に不慣れなんだから」


「俺だって似たようなものさ、なにせ王立博物館に入ったのは初めてなんだから」



 俺はそう言って、上を見上げる。

 ディーラーの男から聞いた、人体売買の取引場所。それはこの上階、王立博物館に在る展示室の一つであったからだ。


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