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贈り聖夜 02


 早朝に降っていた雪も少しばかり収まり、柔らかながらも陽光が降り注ぐ。

 日差しによって輝く積雪の上で、俺は小脇に抱えた布の塊を、目の前に立つ人物へと渡した。



「おやおや、ワシにくれるのかい?」



 受け取ったその人、庭師のドラウ爺さんはそれを広げ、少しばかり意外そうな表情を浮かべる。


 現在コーデリアは、書庫の片づけをしている真っ最中。そしてリジーとその弟は浴室を掃除しており、ドラウ爺さんは庭師として除雪作業中。

 この聖夜祭の日に、屋敷の住人総出で掃除をしているわけだが、俺は今外に出てドラウ爺さんと顔を合わせていた。


 もちろんサボりなどではない。自分の受け持ちは大急ぎで片付けている。

 次の掃除か所へ向かうついでという名目でここに来たのは、これまで散々世話になった彼へと、聖夜祭の贈り物をするためだ。



「庭師以外の"副業"をするようになって、少しばかり扱える額が増えたからさ。今までの礼も兼ねて」


「そいつは助かる。今のも随分とくたびれてきた、ありがたく使わせてもらうとしよう」



 先日の標的を仕留めた後、屋敷へ戻る途中にコーデリアと別れ、俺は少しばかりの寄り道をした。

 屋敷の住民全員へのプレゼントとするつもりで、そこでいくつかの商品を買い求めたのだ。

 そこで掃除を消化しながら屋敷内を回り、それらを全員に配ろうという魂胆であった。


 ドラウ爺さんには厚手のコートを。どうしても屋外での作業が多い彼だけに、冬の寒さは堪えるだろうと考えて。



「うん、これは良い。軽く温かい上等な生地だ、高かったろうに」


「気にせず使い倒してくれると助かるよ。それじゃ、次はリジーだな」


「女性への贈り物は難しいぞ。男に対しては適当な物であっても、それなりに喜んでくれるが」


「恐ろしいことを言わないでくれよ爺さん。それじゃ、賭けに出てくる」



 想像以上に喜んでくれたドラウ爺さんの反応に安堵し、荷物を抱えて屋敷へ向かう。

 爺さんの不穏な忠告に少しばかり背筋を寒くするも、今更買い直すというわけにもいかず、大人しくリジーのもとへ。


 邸内の浴室へと移動し覗き込むのだが、そこには磨かれた床や浴槽があるばかり。どうやら既にここの掃除は済ませたらしい。

 では次にどこへ行ったのかと思うも、使用人用の棟に入ってすぐ探していた姿を見つける。

 彼女は厨房に立っており、聞いた通り人の胴体くらいはあるだろう、巨大なガチョウが乗ったプレートとオーブンを、交互に眺めていた。



「どうしたんだ? 重くて持てないなら手伝うけど」



 ただ目の前に置かれた巨大なガチョウ、なかなかオーブンへ入れようとはしない。

 オーブンからは熱気が漏れており、既に予熱は完了しているであろうに入れないのは、その重量のせいと考え声をかける。



「あ、いえ……。それは大丈夫なのですが」


「かなりの大きさだからな。そろそろ入れておかないと、ディナーに間に合わないよ」


「そうなんです。ただその大きさがちょっと問題で……」



 リジーが発注し届けられたガチョウは、これまでお目にかかったことのないほどな特大サイズ。

 ただ屋敷に設置されたオーブンもまた大きく、なんとか入るだけに使用には問題ない。

 それでも彼女がなかなか入れたがらないのは、また異なる理由があるようだった。



「自分で注文しておいてなんですけれど、実はあまり自信が無くて。なにぶんこれだけ大きいと、火通しの感覚が」


「なるほどな、道理で」



 どうやらガチョウそのものを焼いた経験はあるようだが、もっと小さなモノであり、ここまでの大物は未経験。

 聖夜祭用の食材購入の際、コーデリアから渡された予算が想像以上に多かったせいで、必要以上に気張ってしまったらしい。

 その結果が、10kgを軽く超えるであろう目の前の怪物という訳か。



「ならいっそ別の調理法にしたらいい。詰め物(スタッフド)なんてどうだ? 確かキノコも届いてたはず」



 俺は困惑しつつも頷くリジーからガチョウを受け取り、まな板の上へ置いて肉の解体を始める。

 そいつが終わったら今度はキノコや他の野菜を刻み、火を通してから冷ましておく。あとは肉でこいつを包み、蒸せばいいという状態に。

 たぶんコーデリアはローストするよりも、こういうアッサリした方が好みだろう。


 子供の時分から続けられてきた暗殺者としての訓練。その中にはどういう訳か、調理技術の習得なんてのまで含まれていた。

 どこかで役に立つという理由だったのだろうが、案外今にして思えば、暗殺稼業が再開しなかった場合にでも備えていたのかもしれない。

 ともあれそれがこうして役に立つのだから、文句の言いようもないのだが。



「あとはソースだな。そっちは任せてもいいか?」


「は、はい! すみません、助かります……」



 これなら調理も失敗しにくくなったかもしれないし、異様な量をたった五人で消費するために、胃を限界まで膨らませる恐れも減るはず。


 とりあえずの懸念が片付き、安堵するリジー。

 そんな彼女が他の料理へと取り掛かろうとしたところで、手を洗い終えた俺は、リジーに会いに来た理由を思い出す。

 隅のテーブル上に置いていたそれを渡すと、リジーは小さく小首を傾げた。



「えっと、これは?」


「全員に配っているんだ、日ごろのお礼を兼ねて。君にはコレを」



 差し出した包みを受け取り、包装を解くリジー。

 そして中から出てきたのは手鏡。彼女はそいつを見るなり、僅かに頬を紅潮させた。


 以前世間話をしていた時、ずっと欲しがっていたようなことを話していた。そこで選んだ品だが、どうやら気に入ってくれたらしい。

 嬉しそうに礼を口にするリジーだが、彼女はふとなにかに気付いたように視線を下へ。

 そこにはリジーのエプロンを引っ張る小さな姿。現在は屋敷に住んでいる、彼女の弟だ。



「ここに居たのか。はい、君にはコレをあげよう」



 いつの間にか居たリジーの弟だが、もちろんこちらにもプレゼントを用意してある。

 俺は持ってきた中から小さな包みを渡す。すると姉のリジーが代わりに解き、中からは数点の文房具が現れた。



「ほら、お礼は?」



 普段屋敷では自習をしているため、文具の減りが激しいとリジーが嘆いていたのを聞いての選択だが、当人も意外に喜んでいる素振りが見える。

 ただ今まで見てきた限り、性格的には内向的というか人見知りする子供らしい。

 礼を促すリジーの背後に隠れ、恥ずかしがり伏し目がちになりつつも、小さく頭を下げていた。



 俺はそんな弟の頭を軽く撫でると、厨房を出て本邸に移動する。

 最後はコーデリアだ。今頃彼女は書庫で大量の書籍に囲まれ、悪戦苦闘している頃だろう。


 書庫に入ると、積まれた本の中へ隠れるようにコーデリアの姿が。

 ただ案の定と言うべきか、大抵の人が陥ってしまう罠と言うべきか、彼女は気まぐれに開いたであろう本に集中をかき乱されていた。



「やっぱり脱線しましたか」


「ふ、フィル!? これは……、違うのよ。ちょっと仕事の資料を探していて……」


「それは失礼を。ですが存じませんでした、まさかご当主様が幽霊退治まで生業にしていたとは」



 声をかけると、驚きビクリとするコーデリア。そんな彼女の手に持たれていたのは、例によってオカルト関連の書籍。

 彼女はそれを背後に隠しながら、慌てた様子で言い訳を並べ立てた。


 年内にやるべきことがあらかた片付いたためか、今日のコーデリアはどことなく雰囲気が緩い。

 いつもならもっと毅然としているのだが、今は自身の趣味を優先したり、書庫に入ってきた俺に気付かないなど気が抜け気味。



「で、どうしたの。もしかして私を監視しに?」


「そうではありません。……いや、まったく考えていなかった訳でもないですが」



 気を取り直し、軽く咳払い。そしてジッとこちらを見たコーデリアは、気まずそうに問う。

 実際半分くらいはそういった理由もあるのだが、ひとまずそれは置いておくとして、俺は早速彼女へ贈り物を渡すことに。

 手にしたそれを差し出すと、一瞬だけキョトンとする。



「もしかして全員に?」


「もちろん。もっともあげる物は全部違いますが」



 少しだけなにか引っかかる部分があったのか、コーデリアはジトリと視線を向ける。

 そこでここまで渡し歩いた品を羅列していく。リジーにあげた手鏡の部分で、僅かに眉が動いた気もするが、ひとまず聞き流すことにしてくれたらしい。

 彼女は聞き終えるなり、自身の手に持たれた品の包装を開いていく。



「で、私にくれたコレはいったいなんなのかしら。……って、本?」



 包装の下から現れたのは一冊の本。ただよく見る物とは少しばかり作りが違う。

 旧市街の書店に入った時に見つけたそれは、この時期に合わせて遥か極東から仕入れた物であるとのことだった。

 つまり聖夜祭前から非常に需要が高まる、オカルトの類に当たる話を集めた内容。ようするにコーデリアが好きそうな代物だ。



「貴金属の類をとも考えましたが、ご当主様が持っている物と比べれば、俺が買える範囲ではどうしても見劣りが」


「いいえ、とても嬉しいわフィル。正直宝石の類って、あまり興味が無いし。……読めないってのが難点だけど」



 どうやらプレゼントの選択そのものはなかなかであったようだ。

 パラパラと捲り、挿絵などからおおよその内容を理解したコーデリアは、途端に嬉しそうな表情となっていた。


 難点があるとすれば、あまりに遠い異国の書物であるため、文字がまるで読めないという点か。

 市内を探せば案外読める人間も、一人か二人くらいは居るかもしれない。翻訳作業はいずれ頼めばいいか。



「ところで私からも一つ、フィルに贈り物があるのだけれど」



 しばし喜びページを捲っていたコーデリアだが、突然思い出したように顔を向ける。

 彼女もまた俺へのプレゼントを用意してくれていたらしく、部屋へとそいつを取りに行くべく立ち上がった。



「たぶん、気に入ってくれるはず」


「それは楽しみです。実用品を?」


「どちらかと言えばね。特にフィルにとっては、役に立つと思う」



 具体的に何であるかは口にしない。

 しかしコーデリアは自身が選んだ贈り物に、かなりの自信があるようだ。

 どこか含みを持たせた笑みを浮かべると、贈った本とさらに別の一冊を手に、部屋へと戻っていくのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ヒロイン(?)との絡みがもっと見たいです!! まだ序盤なので楽しみにして読ませていただきます!
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