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贈り聖夜 01


 日が昇り始めたばかりの早朝。俺は屋敷の大きな扉を開き、冷たい外気に身体を晒す。

 漏れかけていた欠伸すら吹き飛ばしてしまう、身体の芯から震えさせるような冷たい空気に晒されつつ、玄関先から続く長い道を通って正門へ。


 正門のすぐ脇に置かれた木製の小箱を開くと、中には折りたたまれた新聞が。

 降り続ける雪のせいで湿気たそれを持ち、再び長い道を辿って屋敷の中へ逃げ込む。

 凍える身体をさすりながら厨房へ行くと、熾されていた暖炉の火に当たりホッと一息。



「寒かったでしょう。白湯ですが、いかがです?」


「もらうよ。今年は特に冷えるな」



 暖炉で燃える石炭の熱がなによりの御馳走と考えていたが、もっと良いご褒美が待っていたようだ。

 厨房に立っていたメイドのリジーは、ポットで沸かしていた湯をカップに注ぎ手渡してくれた。


 彼女からもらったそれを手で包み、じんわりと浸み込んでくる温かさをしばし堪能。

 だがいつまでもそうしては居られず、名残惜しみつつ湯を飲み干すと、暖炉脇に置かれたアイロンを手に取る。

 そのアイロンに暖炉の焼けた石炭の中から、比較的小さな欠片をいくつか放り込む。



「今日は随分と湿気ていますね」


「昨夜は風が強かったからな。新聞受けに雪でも入り込んだのかもしれない」



 引っ張り出してきたアイロン台の上で、さっき回収した新聞を広げる。

 覗き込むリジーが言うように、それは所々が濡れているのに加え、全体的に湿気でグッタリし張りが無い。


 その新聞へと、焦がさぬようゆっくりとアイロンを当てていく。

 おそらくどこの屋敷でも、執事などの使用人が朝に行っているであろう作業。主人に折り目のない新聞をというのもあるが、指を汚さぬようインクを乾かすためのものだ。

 ただアイロンを掛けながら、主に先立ち少しばかり目を通させてもらう。


 新聞名の横に刻まれているのは、今日が聖夜祭であることを示す日付け。

 そしてこの日の一面を飾る記事へと視線が向かう。



「"市警幹部、謎の死から二日。市警は自殺との見解"、か……」



 堂々と中心を飾るのは、ホテルの客室から落下し命を落とした、グライアム市警本部長に関するもの。

 記事に書いてあるように、あれからまだたったの二日。世間はいまだ突然起きた、市警要職に就く男の不審死に熱視線を送っていた。

 ただ工作が上手くいったためか、今のところ市警はこれが自殺であると考えているようだ。



「自殺、ですか。はてさて、本当にそうでしょうか」


「そこはあまり深く探ろうとしない方がいいかな。ご当主様の気が変わって、君を口封じしろと命令してしまうかも」


「あら、それは恐ろしい話ですね。ではあたしはあの方のご機嫌を損ねぬよう、隅で大人しく口を噤んでいるとしましょう」



 紙面の内容が気になるのか、横から覗き込んでくるリジー。

 その意味深さに溢れた言葉からわかるように、この件について俺とコーデリアが何をしたのか。既に彼女は知っている。


 多くの使用人に暇を出したのは、この数十年ぶりに再会した暗殺稼業に触れさせぬため。

 逆に言えば新たに雇う使用人は、知っている者に限られるということ。


 リジーは俺の冗談めかした忠告に、クスクスと笑いながら持ち場へ戻り食事の準備を再開する。

 そんな彼女の背に苦笑を漏らしながら、再度アイロンを掴んで紙面をめくっていく。

 すると紙面のうち三割ほど、かなりの量を件の人物の死とは別な、特定の話題が占めているのに気づいた。



「毎年よく飽きもせず……。この国のオカルト好きは重症だな」



 開いた紙面を占めていたのは、国内各地に残るオカルトチックな話を集めた記事。

 曰く、グライアム市の下水道では太古の生物が今も生きており、軍が兵器として飼育している。

 曰く、西の端に在る村では毎年村人が生贄に捧げられ、夜ごとすすり泣く声が聞こえる。などなど……。


 例年聖夜祭あたりになると、こういった内容を扱った書籍が大量に売り出され、新聞も相当量を割いて掲載したりする。

 著名な作家たちもこの時期に合わせ新作を披露するため、神聖な日であるにも関わらず、毎度お祭り騒ぎのようになるのだ。


 そんな猥雑さ溢れる記事に辟易していると、背後から足音がし、大きな欠伸と共にのんびりとした声が。



「仕方がないわ。季節の風物詩だもの」



 現れたのは、眠そうに眼をこするコーデリアだ。

 一応着替えも済ませ顔も洗っているようだが、眠気そのものはまるで晴れていないようで、立て続けに欠伸をする。

 俺はそんなコーデリアに人前用の会釈をすると、少しばかりの苦言を口にした。



「遅くまで起きておられたご様子で。ほどほどになさってください、ご当主様」


「……なんのことかしら」


「顔のインク、落とし切れていませんよ。大方夜中まで本を読んで、そのまま眠ってしまったのでしょう」



 オカルト好きはここリットデイル王国における国民病だが、例に及ばずコーデリアもまたその内の一人であった。

 別段噂のある場所を探索に行ったり、降霊術にはまったりということはないのだが、暇を見つけてはそういった類の書籍を読み漁るのだ。

 てっきり寄宿学校に行って、その類の趣味も収まっているかと思ったのだが、この様子だと変わっていないらしい。


 渡した手鏡を覗き込むコーデリアは、慌てた様子で袖を使い顔をこする。

 ただどうやら徐々に思考も覚めつつあるようで、すぐにその袖を隠し、置かれていたタオルを顔に当てていた。

 若干気恥ずかしそうにするコーデリアへと、近づいてきたリジーが声をかける。



「お嬢様、お食事のご用意が出来ました。食卓へどうぞ」


「"ご当主様"と呼ぶよう言っているでしょう。……今朝はなに?」


「普段と変わりませんよ。聖夜祭とはいえ、朝はいつも通りです」



 コーデリアにとっては、話を逸らす好機であったようだ。

 すぐに顔を食卓の方へ向けると、わざとらしい浮足立ったような素振りで歩いていく。

 二人について俺も向かうと、そこには一人分の食器類がテーブルへ用意されていた。



「聖夜祭であっても、相変わらず一人での食事なのね」


「我慢してください、ご当主様。万が一、お屋敷の外で普段の振る舞いが出ては大事ですから」



 ここには事情を知る者しか居ないのだから、住む全員で一緒に食事をすればいいとコーデリアは言っていた。

 確かに今現在屋敷に居るのは俺とコーデリア、庭師のドラウ爺さんとメイドのリジーにその弟。

 リジーの幼い弟を除けば、ブラックストン家が暗殺稼業を行っているという事情を知る者ばかり。これといって隠し立てするようなモノもない。


 しかしコーデリアとリジーの弟以外全員が、共に食卓へ着くことを否定した。

 普段の行動のせいで他所でも気が緩み、気安くしてしまうとも知れないために。

 着席したコーデリアの前へと、お茶を置きながらリジーはハッキリとそう窘める。



「……私はそんなヘマをするつもりはないわ」


「あたしがそのヘマをするんです。不用意なメイドのために、なんとか我慢してくださいねご当主様」



 何年も寄宿学校で自身を偽り続けていたコーデリアだ、きっとこういったことはお手の物。

 俺も上手く隠し通す自信はあるし、長年それを続けてきたドラウ爺さんも同様だろう。

 だがリジーなどはつい最近までただの一般人。加えて彼女の弟もまだ幼いのを考えれば、予防策を講じておくに越したことは。



「わかったわよ。まったく、ようやく寄宿学校から戻ってきたってのに、息苦しいったらないわ」



 大きく息を吐き、置かれた料理へとフォークを向けるコーデリア。

 以前失敗した説得がこの日も不調に終わったと悟り、大人しく食事をすることにしたようだ。


 その朝食へと視線を向けてみれば、確かにさっきリジーが言っていた通り普段通りな内容。

 焼いた卵にベーコン、少量のサラダと煮た豆。薄切りのトーストと紅茶。ほぼ毎日彼女が口にしているものだ。

 とはいえこのメニューも、世間一般のそれと比較すれば格段の贅沢。大抵の家では、朝からベーコンなど口に出来るものではない。


 おそらく作ったリジー自身も、このような食事を口にしたことはないだろう。

 彼女自身は毎日、煮て少量の塩やバターで味を付けただけなポリッジを口にしている。これまた食卓を共にせぬのと同じ理由によって。



「ご当主様、紅茶にミルクはいかがですか?」


「もらうわ。多めにお願い」



 前に仕えていた屋敷でもそこは変わらなかったためか、まるで意に介さずミルクを注いでいく。

 コーデリアもまたあえて気にしないようにしているようで、彼女は皿を空にしたところでテーブル上に置いた新聞を手にし、紅茶を飲みながら眺め始めてた。


 最初こそ一面の記事を凝視していたコーデリア。

 だがやはりオカルトを扱った記事が気になるようだ。冷めつつある紅茶を飲みながら、一心不乱新聞へ視線を落とし続ける。

 そいつも一段落し、ようやく新聞を置いたところでチラリと視線を上へ。



「貴女はこういうの、読まないの?」



 置かれた新聞を指しつつ、リジーへと問う。

 普段任務で屋敷を離れている俺だが、この二人はどことなく気性が合うように思える。主従という関係はあるけれど、存外仲は良好と言っていい。


 そんなリジーに、コーデリアは新聞に載っているような、オカルトの類に関心が無いのかを問う。

 こんな質問を向けるあたり、案外この類に関する話題を話せる相手というのが欲しいのかもしれない。



「嫌いではないのですが、なにぶん弟が怖がるもので。なので持っている本も、もっぱら童話ばかりで」


「そう。なら書庫の隅に何冊か置いてあるから、気が向いたときにでも読んでいいわ」



 弟を優先するあまり、僅かに手元へある本もそちらが基準になっているようだ。

 そんなリジーへと、屋敷の書庫を自由に使っても構わないと、アッサリ許可を出すコーデリア。


 実際には何冊かどころでは済まないのだが。確かにあそこにはこの手の本がある。

 それに子供が好きそうな童話や騎士物語、女性向けの恋愛モノといった娯楽作品も無数に。これは乱読家であった前当主アーネストが集めた物だ。

 当主の座と共にあれらも全てコーデリアに譲られ、自由にしていいため利用してもらおうという考えなのだろう。



「では……、お言葉に甘えて。弟も連れて入ってよろしいでしょうか?」


「お好きにどうぞ。大切に読んで頂戴、別に本を汚したくらいで怒るつもりはないけど」



 ある程度、主従間の区切りは必要かとも思うが、このくらいであれば許容範囲といったところか。

 折角なのでリジーとその弟には、この屋敷に拾われた恩恵を享受してもらうとしよう。

 ただ話が書庫の件に及んだことで、俺はふと思い出したことがあった。



「ところでご当主様、本日のご予定ですが」


「これといって無いはずよ。経営している店も、そろそろ年末の休業に入る。その前にあらかた書類仕事も済ませたわ」


「では今日一日、お暇ということでよろしいですね」



 紅茶のおかわりを要求するコーデリアに、俺はずいと顔を寄せる。

 彼女はその圧に若干たじろぎながらも、ジッと見返してきた。



「現在当家には執事を務める者が居りませんので、僭越ながら自分が少しばかり、ご当主様にお願いを」


「嫌な予感がするわね。こんな神聖な日に、いったい何をさせられるのかしら」


「書庫の掃除をお願いいたします。なにせこの広いお屋敷、たったの四人では年が明けても終わりません」



 ブラックストン家の屋敷は広大だ。ハッキリ言って、たった三人の使用人だけではどうにもならない程に。

 現に屋敷の八割方は管理を諦め、床や棚には埃が積もっているという有様。リジーの弟に手伝ってもらったとしても、どうにもなりはしない。

 別段客を迎え入れる予定もないのだが、それでも郷紳(ジェントリ)としての体面というものがある。



「……私一人が加わったところで、そこまでの戦力になるとは思えないのだけれど」


「確かにそうかもしれません。ですがご当主様も、寄宿学校で一通り習われた身。多少の手伝いくらいは可能かと」


「私が一人前未満と評価されたのは癪ね。でも確かに、もしもお爺様が急に戻ってきた時のことを考えると……」



 せめて屋敷の中心部分だけでもどうにかしておかねば、万が一前当主アーネストや執事長が急に戻ってきた場合が恐ろしい。

 コーデリアもそこばかりは否定できず、仕方なしに項垂れるのであった。


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