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死神のテーラー 02


 グライアム市警の本拠地へ仕立屋として乗り込み、標的となる市警本部長の姿を確認した深夜。

 日没を過ぎ徐々に雪の勢いを増しつつある空の下、俺は強い風を受けながら目の前に聳える建物を眺めていた。


 標的である市警本部長とは、翌日の昼過ぎに家へ向かうという約束をした。

 しかし本当にその時間に訪ね、そこでヤツを暗殺とはいくまい。なにせあの時の話は、バリー警部に聞かれていたのだから。

 そこで思い直した俺は予定を変更。今夜ヤツが家へ帰る途中、あるいは家に入った直後を狙おうと考えた。



「ったく、大人しく家に帰ってくれれば助かるってのに……」



 しかし目論見は儚くも崩れ去り、俺は視線の先へぶつけんばかりの勢いで大きく息を吐く。


 真っすぐ家に帰るのかと思いきや、ヤツが市警本部から馬車に乗り向かったのは、市外中心部にほど近い場所へ建つ一軒のホテル。

 しかも道中で一人の女性を拾っており、どうやら浮気相手と長い夜を楽しむ気であるらしかった。

 バリー警部が真面目そうな人物であるだけに、世間的には意外と言える素性が不憫でならない。



 ともあれあいつが入ったそこは、大都会であるグライアム市の中でもかなりの高層建築。

 八階建てという高層なそれの、七階部分より上は各国から訪れた要人や、財界政界の人間がよく利用すると聞く。

 標的が上がったのは七階。その上層部分では、常に警備が立っているとの話だ。



「だからこそ、こうして私が付いてきたのでしょう」



 公共の場所とは言え警備が居る以上、勝手に入ってヤツを仕留めるとはいかない。

 まず潜入することすら一苦労だと考えていると、隣に立つ"彼女"は白い息を吐きながらこちらを見上げてきた。


 そこに立っていたのは、いかにも夜会帰りといった風体な、厚手のコートを羽織ったコーデリア。

 馬車から降りて来たばかりな彼女は、いかにも高級そうなそれの前を閉じ、寒そうに身を震わせていた。



「まさか貴方から助けを求めて来るとは思わなかった」


「申し訳ありません、お嬢様。今回ばかりは独力でとはいかないもので」


「まあ……、別に構わないけれど。必要とあらば、エスコート相手くらい務めてみせるわ」



 警備が大量に立つ場を上手くすり抜けるために最も有効なのは、その場に相応しい立場を纏うこと。

 つまり上層階に居てもおかしくないと思わせればいいのだが、周囲へそう見せるために、コーデリアへと助力を頼んだのだ。


 郷紳(ジェントリ)であるブラックストン家当主のコーデリアであれば、こういった上流ばかりの場に居ても違和感はない。

 そこで彼女の立場を使って急遽ホテルの一室を抑え、暗殺実行の前段階とすることとした。

 独身であるコーデリアをエスコートするべく、使用人である俺も付き添ってはいるという形をとって。



「遥か異国の"シノビ"とかいう集団なら、壁を上ってくれるのかもしれませんが。生憎と自分にそのような芸当は」


「貴方なら本気を出せばいけるでしょうに。さあ、行きますよフィル」



 屋敷の私室ではないため、外用の堅い口調で促すコーデリア。

 俺は先を歩こうとした彼女の隣に移動し、組むための腕を差し出した。


 コーデリアと腕を組み、昔から習っている社交のマナーを念頭に歩く。

 すると踏み入れるなりホテルマンが近づき、笑顔で歓待の言葉を口にした。

 先導し部屋への案内をする男の後ろを歩き、エレベーターに乗り込む。この装置の存在だけで、ここが相当に贅沢なホテルであることが窺える。


 最上階に移動し、通路を巡回している警備員とすれ違って部屋に入ると、早々に人払いをする。

 そして雑にコートをベッドに投げたコーデリアは、ソファーに腰かけて不思議そうに問うた。



「それにしても、どうして急に? 標的はよくここを利用しているようだし、機会を窺えばまた好機は訪れると思うけど」



 コーデリアのお嬢様らしくないその雑な行動に呆れつつ、彼女が脱ぎ捨てたコートを拾う。

 そいつをハンガーにかけてクローゼットへ納めると、外行き用の仮面が剥がれた彼女の向かいに座って返した。



「さっきも説明したじゃないですか。単純にここへ入り込むための手段に欠いていたためですよ」


「そんなことはわかっているわよ。私が聞きたいのは、何故こうも急ぐのかという点。下準備をすれば、フィルだけでも十分遂行は可能でしょ」



 どうやらコーデリアは自身が頼られるのは了承しても、そうするに至った理由が納得いっていないようだ。

 確かに色々と策を弄せば、俺だけで対象を暗殺するのは可能。

 実際すぐ近くに在る教会の尖塔あたりから、ホテルの屋根へ向けワイヤーを張り、そいつを伝って侵入するという手段もある。



「もっともそれをするには、ホテル側に協力者が必要になります。懐柔するにしても、対象を絞り込むのに何日かかることか。それに……」


「他になにか理由が?」


「……いえ、別に。非常に個人的な理由なので」


「なによ、勿体ぶって」



 急ぐ理由をいくつか口にしていくが、コーデリアはまだ納得していない。

 そこで最も大きな理由を口にしかけるが、すぐに言葉を飲み込んだ。


 実際これは本当に、どこまでも個人的な動機によるものだ。

 決行延期ではなく今日にでもすべてを完了させたいと考えたのは、明後日は聖夜祭であるという理由によって。

 コーデリアは最初、聖夜祭までには終わらせておきたいと言っていたが、あくまでもそれは目安に過ぎない。

 しかし俺は是が非でも、聖夜祭の時点でこいつを片付けておきたい。久方ぶりに戻ってきたコーデリアと共に、祝ってやりたいという想いがあって。



「それじゃ、早速済ませてくるとしようか」


「さっきの答えがはぐらかされたままなのだけれど?」


「それはまた後日ということで。どうやらあちらさんも、"事"が終わったようです」



 誤魔化そうとするも、追及の手を緩めたがらないコーデリア。

 彼女の気持ちもわからないでもないが、今は本来の目的を優先させたいところ。なにせ階下にある部屋では、標的が"激しいストレッチ"を終えたのだから。


 七階の隅に部屋を取っていたヤツは、俺たちがこの部屋へ入ってきた時点で、既に濃厚な時間を過ごしている真っ最中だった。

 さっきまでその音が僅かに聞こえていたのだが、年甲斐もなく随分と汗を流していたらしきヤツは、現在愛人との密会に励み終え、余韻を楽しんでいるらしい。


 そこで俺はコーデリアをあしらうと、持ってきた鞄の中から丈夫に編まれた細いロープを取り出す。



「……私は持たないわよ。フィルの体重を支えられる訳がないもの」


「最初からそこに期待はしていませんよ。ただ見張りお願いします、あとは合図をしたら上る手伝いを」



 ロープの先にあるフックへと枕を噛ませ、柱へと引っ掻ける。

 窓を開け外へ垂らすと、そいつを掴んで身を乗り出し、意を決してホテルの外壁へ足を着いた。


 外は冬の冷たい空気と、工場や民家が出すスモッグ混じりな霧に覆われている。

 おそらく下から見上げても、こちらの姿を捉えるのは難しいのではないか。それに時刻は既に深夜、外を歩く者もそう多くはない。

 見つかる心配が少ない点だけは安心しながら、ゆっくりと階下へ移動していく。


 壁の出っ張りを掴んで移動し、標的が使っている丁度真下にある部屋の外へ。

 ヤツから見えぬよう中を窺ってみると、そこにはパイプを吹かしながら酒を煽る姿が映った。



「また頼むよ。家内相手ではこうも張り切れなくてね」


「ええ、来週。それよりお酒は程ほどにしてください」



 ぐいぐいと酒を煽るバリーの上司へと、浮気相手であろう女は軽い警告だけして部屋から出ていく。

 行為が終わればもう用はないとばかりに、男はタバコを吹かし続けていた。


 市警の幹部であるヤツならば、教会が全焼しシスターが全滅したことや、人買いの男が始末されたのは既に知っている。

 それでも自身にまで手が及ぶとは考えていないのか、ヤツは完全に気を抜いているようだ。

 連中との繋がりが露見しないという自信なのか、それとも己の立場によるものかは定かでないが。



「……早くトイレにでも行けよ。そんなに飲んでちゃ、いい加減近いだろうに」



 寒い中でもなんとか辛抱し、絶好の侵入機会を窺いつつ小声で悪態つく。

 廊下には数人の護衛が常に警戒している以上、無理に窓から押し入っては助けを呼ばれてしまう。

 そこで席を外すのを待つのだが、ヤツは用を足す欲求よりも先に、椅子にもたれかかったまま睡魔に襲われ始めていた。


 今を逃す手はないと、ワイヤーの一部を壁に固定し、窓から身体を滑り込ませる。

 足音を忍ばせ一旦男の横を通り過ぎて扉の鍵を閉める。そして再度後ろから男へ近づくと、ハンカチを噛ませ腕を掴む。



「ん、ぐうぅぅ!??」


「喚くな、黙って質問に答えろ。肯定であれば首を縦に振れ」



 酒瓶を持っていた手を後ろへと捻り上げ、突然の出来事に目を覚ました男に警告する。


 人買いからも一定量の情報を引き出せはした。だが間違いなく、コイツの方がより多くを知っているはず。

 自身の保身のために、そして場合によっては相手を脅すためにも、部下たちを使ってなにかを探らせる指示を出した可能性は高い。

 案の定同じような質問をぶつけ、いくつか想像しうる可能性を提示してみると、肯定するように大きく首を縦に振っていた。


 その頃にはコイツも僅かながら平静さを取り戻し、チラリとこちらの顔を窺う余裕も。

 顔を見た途端にハッとしたような反応が露わとなったため、自身を襲撃した相手が誰であるかは気付いたらしい。

 俺は目を見開くそいつへと、あえて恐ろしく見えるような笑みを浮かべるのだった。


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