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ハウンド・ヘイズ “霧の都の暗殺者”  作者: フライング時計
Target 0 生まれ持つモノ
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縛られた道 02


 10歳の誕生日を迎え、教会に赴き神から下された"才能"を宣告される儀式。

 それを終えたイライアスは、無言の両親に連れられ我が家へと戻った。


 しかし両親はイライアスと口をきいてはくれず、世話も完全に放棄。

 これまで良好な家庭であった反動のように、まるで半ば居ないものとして扱われたストレスによって、イライアスの記憶は曖昧にしか残らなかった。


 そして誕生日の夜から約一週間後の夜、イライアスへと父親が久しぶりに言葉を発する。「何も言わず、この人についていけ」と。

 僅かな荷物だけを持たされると、家に現れた不審な男についていくイライアス。

 どういう訳か鉄道に乗せられ、雪の降りしきる中を走って辿り着いたのは、リットデイル王国の首都であるグライアム市。

 そこで降ろされると、今度は屋根付きの馬車へと乗せられ目隠しをされる。



「あの……、ボクはどこへ」


「黙っていろ。そのうちわかる」



 列車に乗せられていた間も、折を見て何度かした質問。

 しかしおずおずと尋ねるイライアスの言葉に、ここまで連れてきた男はぶっきら棒に返すばかり。一切の関心はないと言わんばかりに。


 そこで仕方なく口を噤み、何も見えぬ状態でただ馬車に揺られ続ける。

 しばらく走るとその道行きも終わったようで、イライアスは馬車から降ろされ目隠しを外された。

 昼の日差しが眩しい中で目を開けると、目の前に建っていたのは、裕福な生家よりも遥かに豪奢な屋敷。


 初めて見た場所へ呆気にとられている内に、自身を連れてきた男は馬車に乗って去ってしまう。

 代わりに現れた黒スーツの男によって、屋敷の中へ連れられ辿り着いたのは、明りのほとんどない真っ暗な部屋だった。



「早速始めましょう。まずは1000からとなります」



 分厚いカーテンが閉められているせいで、外の明かりが入り込まぬその部屋。

 光源は奥に置かれた小さな燭台一つという部屋の奥へ進まされ、イライアスが不安から周囲を見回していると、連れ入った男は簡潔に話し始める。


 よく見れば部屋には数個の椅子が置かれ、そこへは人が座っている。

 暗さのせいで顔はまるで判別できない。それでも男が口を開く度に発せられる数字に対し、手元だけで挙手をするのが見えた。



「続いて5000、5000のお客様は居られませんか」



 混乱するイライアスの思考を他所に、数字はどんどんと吊り上がっていく。

 口を開くのは隣に立つ男のみ。5000、8000と加速度的に数字は増え、遂には万の桁へと達する。


 子供ながらイライアスの知識には、人間の売買が違法であるという知識はあった。

 それでも密かに裏の市場が存在し、非合法に子供が売られていくことも珍しくはないということも。

 そして競売の仕組みなどについてを知らずとも、流石にこの時点でイライアスは、自身が売られたのであると理解をしていた。



「では17000。続いて20000。いらっしゃいませんか」



 イライアスを商品としての競売は、最終的に二人による一騎打ちに。

 相変わらず部屋は暗く、共に顔は見えない。それでもわかるのは、両者の纏う気配が対照的であるという事。

 一方は必死に上がる値へ食らいついているが、もう一方は至って平静。特にイライアスの目に後者は、他と違う雰囲気が感じられていた。



「いらっしゃらないようですね、それでは17000で落さ――――」



 他の客たちがどことなく下卑た空気を発している中にあって、その人物だけはひたすら存在感を感じ辛い。

 そこだけぽっかりと空間が空いているような、それすらも感じさせないような。

 現に唯一口を開く進行役の男も、その人物が挙手したタイミングでハッとしており、今の今まで存在を忘れているかのようだ。



「し、失礼を致しました。……20000が出ました、続いて24000、いらっしゃいませんか?」



 すぐ目の前に座っているというのに、存在を認識し難い奇妙な客。

 そんな客に自身の置かれた状況すら忘れ見入っていると、いつの間にか競売は終了。最終的にイライアスを落札したのは、その人物となっていた。



「他にいらっしゃいませんね? では出品番号14、"暗殺者"の才能を持つ少年。68000で落札となります」



 進行役の男は静かに、最終的に付けられた値を宣言する。


 自身を商品とした競売が終わるなり、イライアスはすぐさま部屋を退出させられた。

 部屋の外で待機していたメイドたちによって風呂へ放り込まれると、念入りに身体を洗われ清潔な衣服へ着替え。

 続いて屋敷の外に連れ出され、連れてこられた時とは比べ物にならない、豪奢な黒い馬車に乗せられた。


 柔らかな席へ座ると、体面にはイライアスを競り落としたばかりの男が。

 そこに居たってようやく、明るい場所に出て顔も露わとなったその男が、老齢の域に差し掛かっていることがわかった。


 最初こそ緊張していたイライアスであったが、ここまでの長距離移動による疲労から、強い眠気に襲われる。

 だが体面の男はそんな子供の様子など意に介さぬのか、淡々とした言葉を投げかけた。



「既にわかっていると思うが、お前は両親によって売られた。今後は私が、お前の(あるじ)となる」



 風呂上りというのに加え、真冬の寒さもあって震えるイライアスへと、男は自身が使っていたブランケットをかぶせる。

 会話の取っ掛かりとして見せた優しさだったのかもしれない。それでも一方で、口にする内容は子供に向けるものとしてはあまりに重い。


 自身をアーネスト・ブラックストンと名乗った壮年の男は、ここまでの経緯を並べ立てる。

 曰く、イライアスの生家であるオグバーン家は、度重なる浪費によって既に傾いていたということ。

 曰く、家の借金を返済するため、好ましくない才能を得てしまった我が子を、裏の市場に流したということ。



「故に、もうお前に帰る家は存在しない」



 突きつけるように、アーネストは断じる。

 おそらく目の前の子供に事実を示すことにより、我が家へ帰りたいという気持ちを削ぐために。


 話を聞いたイライアスは、大粒の涙をこぼす。まだ10歳にしかならぬ子供だ、当然と言えば当然。

 アーネストもそのくらいは許容してくれるようで、咎める様子は見せないため、市街地を抜け郊外へと出てもイライアスは泣き続けた。


 ようやく泣き止んだのは、馬車が郊外の隅に在る屋敷の敷地内へ入ってから。

 正門を越えて屋敷の前で降ろされ、競売にかけられた会場よりも遥かに巨大な屋敷を目にしたイライアスは、涙を流すのすら忘れ呆気にとられた。



「貴族……?」


「そう思うのも無理はなかろうが、貴族ではない。正確には郷紳(ジェントリ)だ」



 建物そのものは二階建てと、あまり高さはない。それでも見回すほどに横へ長く、ちょっとした城とすら言えそうな代物。

 まだ世間の多くを知らぬ少年が、アーネストを貴族と考えるの致し方なかった。


 イライアスの手を引き屋敷へ歩くアーネストは、少しだけ可笑しそうに話す。

 ブラックストン家は貴族ではないが、それに準ずるほどの地位と莫大な財を有する郷紳。

 首都グライアムの東へと広がる、広大な丘陵地帯を有するその家が、これから暮らす場所になるのだと。



「なんでボクを?」


「もちろん、お前の才能を必要としてだ。そいつをどう使うか、あるいは使わせぬのか。私が決めさせてもらおう」



 イライアスの問いに、決まりきった答えを出すアーネスト。

 元は裕福であった家に生まれたとはいえ、あまり大っぴらに出来ぬ暗い才能を宣告された忌み子。

 そのような子供を競り落とした時点で、目的が持つ才能にあるなど明らか。


 それでもこの時点ではまだ、アーネストにそれ以上を話す気はないようだ。

 次第に強まっていく雪の中、誤魔化しつつ玄関へと歩く。



「だがその前に一人、お前に紹介をしておこう」


「紹介?」


「そうだ。これから先、お前が誰よりも護らなくてならぬ相手だ」



 屋敷の正面玄関に続く短い階段。その前で立ち止まったアーネストは、イライアスの頭に被せていたブランケットをめくる。

 そして顔がしっかり見えるようにし、階段の上を指さした。


 指が示す先にある扉は半分開かれ、小さな姿が覗いていた。

 イライアスは舞う雪の向こうに見える姿へ目を凝らすと、それが自身よりも幼い少女であることに気付く。

 アーネストがその少女を手招きすると、彼女は大人しく扉の向こうから姿を現した。


 小柄な身体を、簡素ながら上等な服と厚手のストールで纏い、淡い小麦色の髪を三つ編みにした少女。

 いかにも良いところのお嬢さんといった風体な少女は、気恥ずかしそうにイライアスをチラチラと窺っていた。



『孫娘のコーデリアだ』



 階段を軽快に上ったアーネストは、どことなく自慢気に現れた少女を紹介する。

 コーデリアと呼ばれた少女は、恥ずかしそうにアーネストの背後へ隠れたのだが、イライアスはそんな姿に目を奪われていた。


 暗殺者の才能を持つ少年にとって、この時が最も大切な人との邂逅。

 幼馴染であり、主人でもあり、共犯者でもある。コーデリア・ブラックストンとの出会いだった。


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