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ハウンド・ヘイズ “霧の都の暗殺者”  作者: フライング時計
Target 02 巣食う欲と敵
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積まれた重さ 02


 等間隔で見えるガス灯を頼りに、暗い市街の路地を歩く俺は、一軒の民家前に辿り着く。

 ただ民家とは言うものの、厳密には違う。

 一見して周囲の家々とは区別がつかないが、よく見れば扉の上へ世闇に紛れるように、小さな看板がぶら下がっていた。


 そこはグライアム市どころか王国中の各都市へ無数に建つ、ごく一般的なパブの一つ。

 労働者たちが夜毎足しげく通う店の名を確認すると、襟元を緩め気楽さを装い足を踏み入れた。


 民家のリビングを少し改装しただけの、簡素な店内。

 壁にかかった板へ殴り書きされたメニューを眺め、すぐ近くへ立っていた店員に簡単な注文をし、一番奥の席へ。

 そこで壁に向かって座る男の隣に腰かけると、そいつはすぐ簡潔にすぎる問いを口にする。



「どうやって見つけた?」



 なにを、などと聞かずともわかる。男が問いたいのは、"どうやって自分を見つけたのか?"という内容だ。

 チラリと横を見ると、そこに座るのは自身よりずっと大柄な人物。

 グライアム市中心部に在る画廊で会った、ザカリー・ファース卿の護衛を務めている男だ。


 ファース卿には明日、新たに作った粗悪品の物資を確認してもらう手はずとなっている。

 当然この男もその場に同席をするはずで、迫る仕事を前に景気づけの一杯をしにパブへ来ていたようだ。



「俺も堅気で生きてきた訳じゃない。少しくらい耳が良くないと、身を守れなくてね」


「その耳の良さで、こちらの居場所を探ったということか。……まあいい、何の用だ?」



 護衛などという役割を名乗っていても、そこはやはり裏家業に身を置く存在。

 男はこちらの発した軽口を受け流すと、すぐに要件を問う。



「ちょっとした世間話をと思って。あんたはどうにも、俺と似た臭いがする。……もちろん雰囲気の事を言っているんだぞ」


「もしかして、喧嘩を売りに来たのか」


「そうじゃない。ただお互いに気苦労が絶えない立場だろうと考えてさ」



 普段ではまずしない、軽薄さを前面に押し出した口調。

 そんな俺の態度に一瞬だけ苛立ち、男の声色からは僅かに怒気が混ざるも、こちらは気にせず話を進めていく。


 聞いているのだかどうか知れぬ男へ、同業者らしい愚痴を笑いながら話す。

 そうしているとパブの店主がやってきて、テーブルの上へと注文した料理を置いて行った。


 小麦と水、ごく少量のベーコンと塩を練って茹で、簡単なソースをかけただけのプディング。それとエール。

 どこのパブでも目にすることができる、ごくありふれたメニュー。

 それを目にした男は、少しばかり怪訝そうに目元を歪める。



「プディング? お前ならもっと良い料理を頼めるだろう」


「案外そうでもないさ。今は亡きご主人様は、なかなかに払いが渋くてね。おかげで毎夜パブに来るたび、安いエールと料理を探しては飛びついている」



 この民家然としたパブにおいて、料理と飲み物の中で最安値と言える品。

 きっと店主にとっては面白くないであろうそれを前に、大仰に肩を竦めて懐事情の寂しさを嘆いてみせた。

 実際にはそこそこの額が、ブレット・ニューマークからは支払われていたのだが。



「そんな状態だっていうのに、後始末まで完全に押し付けられてしまった。いい加減次の当てを探すほかない」


「確かに、互いに気苦労が絶えないようだな」



 薄給のうえに、大っぴらに出来ぬ取引までもやらされてしまう。というわざとらしい嘆き。

 だが男はある程度酒が入っているのもあってか、それを気にもせず軽く笑った。

 同業者であるこちらに対し、多少の同情心だか親しみを持ってくれたらしい。



「ならいっそのこと、ファース卿のもとへ来てはどうだ? 正直オレだけでは、あの方の要望を満たすに足りん。お前もそのつもりで会いに来たのだろう」



 すると男は思い出したように、急に誘いの言葉を口にする。

 なかなかにファース卿は人使いが荒いタチでらしく、男だけでは色々と不足する面があるようだ。

 その言葉に目を輝かせる素振りを見せ、俺は男へと向き直った。



「なかなかに悪くない提案だ。むしろ助かるよ」


「では早速、明日物品の確認をした後にでも……」


「だがそのためには、仕事仲間についてハッキリさせておきたい点がある」



 案外その誘いは本気であったらしく、男は満足そうに頷く。

 だが明日の確認作業を終えてから、すぐファース卿に薦めてみると護衛の男が言いかけたところで、俺は再び壁を向き意味深な言葉を吐いた。


 怪訝そうにする男へと、一度だけ視線をやる。そして「なにが知りたいんだ?」と問うそいつに、静かな声で知る情報を突きつけるのだった。



「ファース卿に最も近い"ある男"が、別の人間と繋がっているという噂を聞いた」


「……何の話をしているのかわからんな」


「そいつは主人に尽くすフリをして、内情を探りつつ情報を流しているそうだ。ファース卿と対立する別の貴族にな」



 ここまで言ったところで、男は俺が何を言いたいのか、そして何を知っているのかを理解した。


 コーデリアから届いた情報によると、こいつが本当に仕えている相手はファース卿とは別の貴族。

 そちらからの命令でファース卿のアキレス腱を探っているらしく、軍の装備品に関し不正を行っている件も、本来の雇い主には伝えているはず。

 弱みを握りその地位を奪うつもりなのか、あるいは別の要求を突きつけるのかは不明だが。


 そのことを話すなり、男はパブ内の薄い明りですらわかるほどに青褪め、緊張から腕が強張っているのがわかる。

 ここまで言えばこいつでなくとも、"お前がそうだ"と言っていることくらい理解するはず。



「お、オレはそんな……」


「いつかそいつはファース卿に牙を剥くかもしれないな。探った情報によってか、それとも手にした銃によってかは知らないが」



 エールを軽く煽り、男が今後するかもしれない行動についてを呟く。

 すると男は否定の言葉が意味を成さぬと理解し、強い緊張交じりの声で問うた。



「な、なにが望みだ?」


「ちょっとした頼みごとがある。もちろんファース卿の手駒にして欲しいってのもあるが、それとはまた別で」


「いいだろう。目的を言え、その代わり……」


「わかっている、ちょっとした"お願い"を聞いてくれたらこの件は誰にも話さない。……ここでは都合が悪いな、場所を変えよう」



 俺は口外しないことを伝えると、いくばくかの硬貨を置いて立ち上がる。

 静かにパブを後にすると、同じく金を置いた男が黙ってついてきたため、こちらも沈黙したままで路地を歩いた。



 大通りを越え、路地を進み低い壁を乗り越える。

 そうしてたどり着いたのは、市街を突っ切るように伸びる鉄道の敷地内。

 営業時間外であるため、何台もの機関車が停められたそこに足を踏み入れると、砂利を踏んでさらに進んでいく。


 後ろからは少し離れて、男がついてくる気配が。

 ただある程度進んだところで、急に後ろを歩く男の足音が止み、ガチリと金属音がしたところで地面を蹴って横へ飛んだ。



「クソッ!」



 大きく飛んだ直後に聞こえたのは、男が発する悪態の声。

 その声を嘲笑うように駆けると、停車した貨物車の間をすり抜け、静かに屋根へ上った。


 こっそり貨物車の上から覗き込むと、そこには周囲を見回す男の姿が。

 発砲音こそしなかったものの、さっきの金属音は銃の撃鉄を起こす音。暗い中でも手には銃が握られているのが見えた。

 背後からこちらを撃つ気であったろう男は、焦燥感も露わに俺の姿を探す。



「おいおい、急に物騒なヤツだな」


「どこだ、出てこい!」



 上から声をかけてやると、男はすぐに銃口を貨物車の上に向ける。

 だが実際に発砲はしない。既に移動をし俺の姿がなかったのもあるが、騒動を聞きつけ人が来てしまうのを避けたいために。



「そんな物を使ったら、すぐに警察が駆けつけて来るぞ。もしくは鉄道員が」


「知ったことか。それに警察が来る頃には、お前だけが死体になって転がっている」


「身内に引き入れて黙らせるより、俺を殺す方を選んだか。予想はしていたが」


「死ねば決して口外しないからな。……絶対に知られるわけにはいかん」



 銃口を四方に向け牽制する男。どうやら他の貴族の下に居るというのは、絶対に知られてはならない次元の話らしい。

 おそらくファース卿がこれを知れば、どのような手段を用いても報復してくるに違いない。

 雇い主である件の貴族に対しても、そしてこの男自身に対しても。


 俺は世闇の中、砂利を踏み男へ近づいていく。

 少年期から続けてきたブラックストン家での訓練の賜物か、それとも自身が持つ暗殺者としての"才能"もあってか、最小限の音のみしか立たない。

 その僅かな音も、焦り暗闇の中で周囲を窺う男自身が立てる音と荒い息によって掻き消される。



「出てこい! さっきのは冗談だ、話をしようじゃないか!」



 男は銃を構えながら、暗闇に溶け込んだこちらを探しつつ出てくるよう告げる。

 当然ヤツだって、俺がそんな言葉を信じるとは思っていないだろうが。


 こちらにとって一番危ないのは、ヤツがヤケクソになって発砲した場合。

 撃てば少なくとも牽制になるし、あるいは六発ある弾丸のうち一つくらいが、命中するという幸運にも恵まれた可能性も。

 だが暗闇の中で見えぬ相手に当てる難しさに、男は恐れ引き金を引けずにいた。


 一方で訓練や才能のたまものもあって夜目の利く俺は、斜め後ろから男に近づき、手にしていた小さなナイフを取り出す。

 厚い雲によって月明りもなく、刃に光が反射することもないそれを滑らした。



「くそっ、クソッ! どこに行っ――」



 焦りから声が上擦っていく男の喉元へと、刃を一閃。

 切り裂かれたことを理解し、噴き出す血を抑えるべく咄嗟に喉元を手で覆う男は、砂利の上に膝をつく。


 転がった拳銃を拾い上げ、ゆっくりと撃鉄を戻して男を見下ろす。

 流れ出る血を必死に押さえる男は、地面に崩れながらもなんとか一矢報いようとしたようで、懐のナイフを振り回した。

 決して届かぬそれを眺め、遂には動かなくなったことを確認すると、血に触れぬよう大男の身体を担ぎ上げる。



「"お願い"を聞いてもらって悪いな。あとは明日の昼まで、誰にも見つからないでいてくれれば満点だ」



 男を担いだまま手近な貨物車の扉を開けると、中には既にいくつもの箱が詰め込まれていた。

 そこへ男を放り込み、男が着ていたコートをかぶせる。


 死体が見つかるのは早くても、明日の昼あたりといったところか。その頃にはグライアム市を遠く離れている。

 昼にはもうファース卿と会っているし、おそらく目的も完遂出来た頃合い。


 さあ、仕上げだ。

 明日、最後の標的である小悪党を仕留めるべく気合を入れ、貨物車の扉をゆっくりと閉めた。


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