積まれた重さ 01
ブレット・ニューマークが"不運な事故"で死亡したとの報は、人々の口と紙面を賑わせ、瞬く間にグライアム市を駆け巡った。
新興の商人とは言え、ヤツが軍を相手に商いをしていた以上、話題性には事欠かないせい。
俺自身に関しては、護衛として接近した標的が"不運な事故"で死んだ今、早々に屋敷からは撤収して然るべき。
しかしあれから二日、いまだニューマーク邸内の一室を根城とし、碌に身動きが取れずにいた。
「参ったな……。成功したことでむしろ手詰まりになるなんて」
予想では共犯者であるブレットが死んだことで、ザカリー・ファースはすぐさま対策を講じると考えていた。
だがそんな気配など微塵もなく、なにも起きないこの状況こそ不可解に思えてくる。
逆にこちらからファース卿へ接触を図ろうと思案するも、そうするための糸口が掴めない。
そこで密かにブラックストン家の屋敷へ戻り、コーデリアと相談もしたがそれは同じ。
やはり相手は貴族であるというのもあって、そう易々と接近が叶わず、今は死したブレットの繋がりを利用するしかないようだった。
部屋にこもっていても良案が浮かぶでなく、外の空気でも吸おうかと廊下へ。
ただ廊下を歩いていると、通りがかった部屋の中から人の声が聞こえてきた。
「誰一人として、手伝おうとはしてくれないわ。もう他に頼れる人が居ないのよ!」
「そうは申されましても……。われわれはご主人様の私生活をお世話するのが仕事で、商会の方までは……」
「だからそっちが頼りにならないのよ。それでも一旦サインした以上、契約を果たさないとって言われるし……」
この声は執事、それとブレットの妻だろうか。
双方ともに声からは動揺の色が強く滲んでいるが、妻の方がより焦燥感が露わに聞こえる。
ブレット・ニューマークの死によって、営んでいた商会は夫人が相続することとなった。
しかしこれまでずっと商売の場に立っていなかっただけに、どうすればいいのか苦悩しているようだ。
その夫人と執事によるやり取りは徐々に白熱。言葉も次第に強く、大きくなっていく。
「いったいどうされたのです。外にまで声が聞こえてきましたよ」
やり取りしている内容から、おおよその状況は理解できる。
それでも何も知らない風を装って、部屋に顔を覗かせ声をかけた。
「あなたは……。ねえ、彼にも事情を聞いてもらった方が良いのではないかしら?」
「そ、そうですな。彼であればご主人様にも近かったですし……」
俺の姿を見るなり、揃って助け舟が来たような表情に。
二人だけでは事態の解決が困難であるらしく、他に協力してくれる者を探しているようだった。
そこで詳しく話を聞いてみると、それは案の定な状況。
商会が担っていた軍への装備品納入。それがブレットの死によって滞ってしまったという内容だ。
「あの人が居なくなったというのは、当然軍も理解してくれています。ですが……」
「取引の間に立ってくださっているのが、かのザカリー・ファース卿のようで。あの方の手前、少なくとも直近の取引だけでも成功させなくてはいけません」
他の使用人たちの目に触れかねない場所はまずいと、ひとまず場所を応接間に移す。
そこで腰を下ろして聞くと、やはり夫人が相続してまだ一日かそこらの商会は、既に暗雲立ち込めつつあるようだ。
ただ二人から話を聞く限り、ブレットが手を染めていた悪事についてまでは知らなかったと見える。
阿漕な人間であるとは思いつつも、行っていたのはあくまで真っ当な商売であると信じていたようだ。
だからこそ商会の人間が助力をしようとせず、揃って逃げ出しつつある状況が不可解に思えてならないのか。
「いったいどうしたものか。ああ、せめてあの人が万が一のために、一時的な後任を用意してくれていれば」
「わたしなどはしょせん執事、商売の世界に身を置いた経験どころか、間近で見たことすら……」
ファース卿の機嫌を損ねるのは恐ろしい。しかし妻には自らが実行するほどの気概はなく、執事はあの傍若無人であった元主人に、これ以上尽くす義理を感じていない。
そんな二人は揃って視線を俺に向ける。とても、とても意味深げに。
「そういえば、貴方は確かご主人様の商談に同行された経験がおありとか……」
「そうよ、彼にお願いしましょう! 私たちがやるよりも、ずっといいはず」
まるで示し合わせたかのように、口々に良案だと言う執事と夫人。
つまりこいつらは俺に、ブレットの代理として物資納入を完遂してこいと言っているのだ。
確かに俺は護衛役をしている間、何度かブレットの外出に同行した経験がある。
内半分は画廊での物色だったが、もう半分には商談らしきものも含まれていた。
「お願い、これが済まないうちは主人の葬儀もままならない」
懇願する夫人は、年甲斐もなく色仕掛を仕掛けようとする。
その雰囲気に辟易する俺であったが、ある意味でこちらにとっては絶好の機会だ。
ファース卿との接触手段に困っている今、これを逃せばまた一から探すハメになりかねない。
となると断る理由もなく、今は亡きブレットへの義理という名目で、その厄介ごとを引き受けることに。
「承知しました奥様。心安らかに、お任せください」
穏やかな笑顔を作って、ブレットの代役を引き受ける。
普通に考えれば不審な選択。けれど藁にも縋る思いであった二人は、疑いもせずホッとした表情を浮かべていた。
ただ引き受ける条件として、今回の取引に関しての権限をすべてこちらに譲渡するよう提示する。
そこについては夫人も一瞬迷ったようだが、自身が矢面に立って行うよりはマシと思ったか、すぐに了承をした。
ともあれこれでなんとか、再度ファース卿への接近の目途はついた。
ヤツの護衛への対処も必要だが、そちらはまた別に手段を考えているため、ひとまず取引の準備をすることに。
すぐさま屋敷を出ると、適当な駅馬車で市街の中心部へと向かう。
ブレットの商会に入るなり、残った数少ない従業員に一時的な権限が譲渡されている証明を提示し、渋るのを押しのけて奥の倉庫へ。
置かれていたいくつもの巨大な木箱へと、蓋を打ち付けてあった釘をこじ開け中身を確認する。
「こいつは酷いな。話に聞いていたよりもずっと」
中から出てきたのは、軍へと納入される予定である兵士たちが使う装備品。
厚手の服にプレートを仕込んだ物や、普段から使うであろう手袋、それに防寒用のコートなどなど。
けれどそのどれもが、見るからに安っぽい仕立てであり、材料と手間をこれでもかと惜しんだことが窺える。
聞いた限りでは他国で安価に生産したこいつをリットデイル王国軍に納入。代わりに正規品を他国へ売りつけているとのこと。
ただここまで低品質であると、流石に兵士たちも気付いているはず。
だが物資周りに関しては、ファース卿という巨大な存在があって何も言えていないのだ。
一旦倉庫の外へ出るとそこで待っていた従業員に、物資の搬出準備だけはするように指示する。
出来ればこの件に関わりたくないと言わんばかりな様子。だがこれが最後であると約束し促してから、再び倉庫に戻って呟いた。
「ったく、あの腐れ貴族もどれだけ袖の下を貰ったんだか」
軍の物資調達に深く関わっているファース卿ではあるが、実のところあれはヤツにとっての仕事などではない。
そもそも貴族の多くは働かないし、働かず悠々自適に暇を持て余すというのは、貴族としてのステータスですらある。
ということもあって、どれだけ動こうが公的には無給の扱いなのだ。
「だが実際にはただの金の亡者、か。この様子だと相当に荒稼ぎしていそうだ」
この粗悪品を売り正規品を横流し。それによって本来得る数倍以上の利益を享受していたであろうブレット。
そしてその共犯者であるファース卿は、得た利益の五割……、いや六割ほどを懐に入れていたようだった。
聖人君子の仮面をかぶった貴族の本性見たり、といったところか。
だがヤツの仮面は近いうちに、自身の血によって染まることとなる。
「その前に、護衛を片付けないとな」
とはいえ血に染めてやるためにも、側に居る障害をなんとかしなくては。
そう考えつつ懐から出した一枚の紙片へと視線を落とす。
ファース卿の護衛役についてを知った直後から、ヤツに関しての情報を集めてもらうよう、コーデリアに頼んでおいた。
それが今朝になって届いた物だが、たった一日か二日で集めたにしては、なかなか有用な情報が記されている。
ブラックストン家が持つ情報網が、具体的にどの程度であるのかはまだ知らされていないが、想像していた以上であるのかもしれない。
記されている内容をしっかり読み込む。
俺は今後取る行動を再考し、予想される流れに満足すると、手にしていた紙を燭台に掲げ隠滅しるのだった。




