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茜色の聖剣

 夜の十時を過ぎていた。昼時に商売でうるさかった街は静まりかえり、城の裏側に面した武芸訓練所には俺とユリシーズしかいない。


「――四大属性、火、水、土、風は、どの程度扱えるのだ」

「王都で魔力診断を受けたときは、ランクCだったはずだ」

「何年前の話だ」

「去年の話だよ、まぁ、ランクDで訓練に招集されてしまうからな、非戦闘員の貴族としては最低限こなせたら良いと思っていたのだ」

「なるほど、戦争に縁遠き田舎貴族らしい言い訳だ」

「ふん」

「で、あれば、これからもエリザ様のレッスンを怠らぬように。あの方の指導があればせめてランクBにはなるだろう。専門の火魔法ならばAにも届きうる」

「無論、しゃかりきになって練習しておるわ。昼間もしごかれて、おかげで魔力が底をつきかけておる。こんな状態で今から聖剣の訓練など出来るものだろうか?」

「できる。聖剣に注ぐ魔力は微々たるもので、剣身にもとから備わっている回路を満たすだけで良い。それは聖剣を起動するための初期魔力だ。起動さえすれば、あとは『霊力』という別のエネルギーで出力する」

「霊力? そんなものがあるのか」

「まずは鞘から抜け」


 言われたとおり剣を抜こうとするが、どんなに力を込めても抜けない。それを見たユリシーズがクスクス笑っている。


「おいっ、ユリシーズ! 抜けないではないか!」

「ははは、魔力を注いでおらぬからだ」

「なっ、そういうことは先に言え!」


 俺は剣の柄に意識を集中させて、聖剣内部に張り巡らされた大量の細長い回路に魔力を注いだ。すると、ごくわずかな力で剣が抜けた。美しい紋様が施された剣身が現れる。


「……ふむ、これが聖剣」

「上質な精霊石を素材として、一級鍛治師に作らせたものだ」

「なるほど、で、これからどうする」

「剣身に手を添えてみよ。何か聞こえぬか」


 冷ややかな剣身に手を当ててみると、どこからか幼子の笑い声が聞こえる。


「聞こえているのだな、よし、呼んでみろ」


 俺は心の中でひとこと「来い」とささやいた。瞬間、紋様が茜色に輝き、何もない空間から同じ色の妖精が数匹現れた。それぞれ自分勝手に俺の周りを飛び回る。


《キャハハ! ――ウフフ……、ヤァ―、ハハハ!》


「なんだこやつらは」


 俺がそう言って振り見ると、ユリシーズが驚いたまま固まっている。


「……」

「どうした、ユリシーズ」

「……なぜ貴様がそれを」

「?」


 ユリシーズの手が気づけば握り拳を作っていた。先ほどまでリラックスして話していた彼は、なぜか今になって緊張状態にあった。


「それは、……夕暮れの乙女達」

「なんだって? 夕暮れ?」

「……俗に、茜色のニンフと呼ばれている。妖精の一種だ」

「あぁ、貴殿が昨日、聖剣を召喚していたときに現れていたあれか。しかし色味が少々違うようだが」

「私が召喚した際に現れたのは、ごく一般的な光のニンフ。本来聖剣に宿るのは、光のニンフか、闇のニンフの二種類が基本だ」

「では、これは例外的な妖精ニンフか? どんな特徴がある」

「……文献でしか見たことがない。真価は分からぬ」

「なんだ、よほど珍奇なものなのだな」


 ユリシーズはいっそう眉間のしわを深めて、あらたまった調子で話を変えた。


「貴様のような若者は知らないだろうが、我らの国、リティアの黎明期における文献は戦渦に巻き込まれ、ほとんど残っていない。そして数少ない残存文献は王立第一図書館の地下に貯蔵されている」

「第一図書館ならば、幼き頃、父と一度だけ出向いたことがあるぞ。しかし地下とな?」

「貴様が訪れたのは一般公開されたフロアだろう。地下貯蔵庫は王宮に仕える人間の中でも限られた人間しか出入りできない」

「しかし貴殿は元は騎士であろう。図書館とどのような関わり合いがある?」

「私が王宮に仕えていた頃、森の民、フォレストを討伐せねばならぬ機会があった。それに際して、いまだ未知の戦力と兵器を隠し持っていると言われていたフォレストとの過去の戦争にまつわる報告書を探すために、古い文献をあさることになったのだ」

「フォレストというと、開拓の進んでいない森林地域の野蛮な部族、と聞いているが」

「いかにも。そして私はフォレストとの戦争の最も詳細な記述がなされている文献を探し当てた。その戦争はまさにリティアが国として成立するか否かの瀬戸際における戦いの記録であった」

「ふむ」

「そこには一般の歴史書にも登場する、聖騎士団、初代団長ラインハルトのことが英雄的に書かれていた。魔法大国リティア成立の立役者でもある彼の、生の情報だ。それによれば、ラインハルトの持つ聖剣は、一人だけ茜色の光を帯びていたとされている」

「なんと!」

「しかしこれは部下が彼のことを英雄視しすぎるあまり誇張された、間違った記述とされて、後世の歴史書では削除されている。なぜならそれ以降、ただの一度も聖剣が茜色に輝いたという記録は残っていないからだ」

「何を言うかユリシーズ。これを見てみろ、夕日のように照り輝いておるではないか」

「……私は今で五十になる。現役として務めた三十四年間、上司や同僚、部下、戦死者を含めて、これまで二千人以上の騎士を見てきた。その私が言うが、伝説の聖騎士と同じ輝きを放つ聖剣を握るものは誰一人としていなかった、いなかったのだ……っ」


 騎士の誇りを持たない、一介の貴族がこの茜色の聖剣を持っていることが、そうとう気にくわないらしい。俺は内心で苦笑しつつ、宿主に皮肉を言った。おい、セラフィム、お前、実は貴族じゃなくて騎士に向いていたんじゃないか?


「……この話は、またの機会にしよう」

「あぁ、そうだな、今日は貴殿に聖剣を習いに来たのだからな。実践だ、実践」

「……正直、その聖剣がどのような働きをするのか分かったものではないから、指導しづらい。聖剣は持ち手の個性を発揮するから、もしや普通の光属性を宿す聖剣とは違う挙動を見えるかもしれぬ。探り探り行かねばならん」

「よいよい、どうせ同じ聖剣。ちょっと洒落た光り方をしているだけだ。扱いはそう変わらんだろうて」

「……聖剣の基本をまず言うておく。先ほど魔力を流し込んだ回路の感覚があるだろう」

「あぁ、複雑だが、明瞭に感じるぞ」

「霊力の発揮とはつまり、その回路を組み替えることと同義だ。適切な組み替えで生まれる特定の回路形式のことを『術式』と呼ぶ。要するに、霊力というのは、自分で引っ張ってくるものではなく、回路で導くものだ」

「霊力というのは、どこから湧いてくるのだ」

「精霊界からだと言われている。ニンフはその精霊界に住まう最も小柄な存在だ。聖剣でわずかながらに開いた『界門』から聖剣を通して、たびたびこちらの世界に迷い込む」

「なるほど、異世界の力を利用するわけだな。自力を使わないというのはありがたい」

「その分、回路組み替えの操作は難度が高い。これからその実技指導となる。いきなり術式を組むと、慣れないうちは聖剣が痛むことがあるから、初心者の間は適当に回路をいじって、霊気の試し吹きというのをやる」

「適当で良いのか」

「少しいじるだけで、わずかに霊気が漏れてくるはずだ。やってみろ」


 武芸者御用達、地面に埋め込まれて直立している刀傷だらけの鋼鉄兵士に向かって俺は聖剣を振りかざし、内部の魔力回路を好き勝手にいじった。すると――


「待てっ! 今すぐ回路を戻せ!」

「――のわぁあああっっっ!」


 剣の至る所から茜色の霊気が氾濫を起こし、その量といったらすさまじかった。驚いた俺は下から上へ剣先を動かしてしまい、湧き出した霊気はその剣先の動きに沿って吹き出していった。


《ズギャァアアッッッッッ!》


 えんじ色の霊気によって鋼鉄兵士が包まれて消え、その先の城壁を貫通して、裏山を山裾から山頂までを引き裂いた。


「うぉおおおおお!」

「……なんということだ」


 急いで回路を初期状態に戻した。鋼鉄兵士は木っ端みじんになり、城壁は崩壊、山肌に巨大な刀傷が出来てしまった。


 ――街の方が騒がしくなってきた。夜中に起こったとてつもない轟音を聞いた住民が驚いて外に出てきているのだ。


 俺は心の底から、武芸訓練場が裏山の方にあって良かったと思った。もし城下町の方角で練習していれば、商店や農家に恐ろしい被害が出ていただろう……


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