頼もしい持参金
翌日から、エリザは正妻然としてこの家の内情を俺に話させた。
「メイド長が魔法学を教えて、執事長が実用魔法を教えている、ですって?」
「……そうだ」
「なんてずさんな……、はぁっ……、分かりました。私が教えます」
「ほう」
「だいたいなんですのあなた、街の経済状況もろくすっぽ理解してないで、なにがボナパルト家当主ですか。全然ダメですわ」
「式を挙げるくらいの金はある」
「いーやーでーす。こんなろくでもない街で式なんて挙げたくありません」
「では、いったんエリザの街へ行って、そこで挙式を」
「情けないこと言わないの、私、もう帰らないことにしましたから」
「荷物はどうする」
「これですわ」
エリザが黄色のポーチから取り出して見せたのは、先端に青色の魔法結晶が備え付けられた小さなロッドだった。
「――その魔法結晶は何というものだ?」
「あら、ご存じない。教養も足りないご様子」
「くっ……」
「でもいいです、あとで学問の方も私が教えますから、ふふっ」
彼女は微笑を浮かべながら、これは海底からしか採掘できないウォーターパールという魔法結晶で、海の民マーリンズがよく使用している連絡運搬用のものだと教えてくれた。
「へぇ、たぶん、相当高価なものなんだろうな」
「これ一つで3万ゴールドいたしますわ」
俺はつばを飲みこんだ。セラフィムの感覚を俺が解釈するに、ざっくり百倍、日本円で300万円といったところだ。ドルとそう変わらないレートだが、一般人の感覚からするといかれた金額だ。貴族って恐ろしい。
「宝物庫は」
「開けてある。セシル達が昨日のうちに整理した」
「……いやに準備がよろしいのね」
「勘ぐらないでおくれよ」
「ふん、さっさと済ませましょう」
彼女が海の民の言葉で語りかけると、ウォーターパールが輝き始めた。青空のような美しい済んだ青色の光が結晶の中に満ちていく。
《――セラ様、大変です》
セシルの魔法通信が脳内に直接聞こえる。使用人専用の魔法回路だから、エリザには聞こえていない。
《どうした》
《宝物庫が転移された財宝で溢れかえりまして、扉が破損いたしました!》
《……分かった、良い、あとで修復するから、今は応急措置で上手くやってくれ》
《応急措置、といいましても……》
《む、何か問題があるのか》
《……一旦、地下を封鎖していただけますでしょうか》
《そっ、そこまで溢れているのか》
《えぇ、通路までびっしりと、外で待機していましたら財宝が雪崩を起こしてこちらまで向かってきて、危うく生き埋めにされるところでした》
《なるほど、……ある意味頼もしいな。まぁ、今日限りは封鎖としよう》
《了解です》
エリザはそんなことなど知らん顔でまだ何かを詠唱している。そして次第にウォーターパールの光が薄まっていく。
「家には連絡いたしましたから、これで私が戻る必要はありません」
「式の件は父君に相談したのか」
「えぇ、いつでも好きにせよ、ということでしてよ。一族の面汚しが家から出てせいせいしているんじゃありませんかしら」
「いつでも、か」
「まず、街の復興ですわね。狭い土地ですけれど、近代化した立派な領地にして差し上げないと。それからセラ、あなたの教養も私の夫としてふさわしいくらいには高めてもらわないと困ります。式などそのあとでよろしい」
「君がそう言うなら、それでいいさ」