二枚
この世界において、三大大国とは、武力の国バジリスク、魔法の国リティア、宗教の国エイリーンである。主要エネルギーは電気ではなく魔力であり、石油の代わりに魔力液。
現代に置き換えたときのイメージとしては、中東で魔力がたくさん産出されて、戦闘力的にはバジリスクがアメリカ、エイリーンはロシア、リティアはイギリスと考えるのが分かりやすい(国の表面積や立地が大きく異なるため、必ずしも正確な表現ではない)。
魔力のおかげで現代より格段に自由度が増した異世界はしかし、魔力のせいでややこしくなってもいる。現代と比べるとまだまだグローバル化していないし、戦争地域も多い。治安が安定している国はかなり珍しいのだ。だから、世界を旅しているなんて輩はかなり裕福でなおかつ冒険心にあふれた前衛的な人材だ。
日本が明治維新などで世界に追いつこうとしたのは、早くから世界を見てきた先人、あるいは偉人達がいたからだろう。つまり、今がそうらしい。
「――三大大国の内の一つだから、という理由で、人々は安心してしまっている感がありますが、海の民とバジリスクが結託していた件に代表される不穏な動きが世界のあちらこちらで見受けられますし、巨大な魔力鉱脈を掘り当てて経済的にのし上がってきた小国も数多くあります。世界の流れを傍観しているだけでは、リティアがこの先数十年を平穏なまま過ごせる気がしないのです」
「そうだな。リティアはどうにも腰が重い感じがする」
「国家の体質ですわ。父のところにいたときにも常に感じておりましたが、伝統と慣習を重んじるあまり、新しいことに挑戦しようという気概が全くない。現状維持こそ最大の幸福を生むと勘違いしているのでしょう」
「リティアはかなり広い領土を持っているから、維持コストも莫大にかかっているだろう。長いスパンで考えると、たしかに危ない気がする……」
俺は言いながらにして、「あれ、これリティアまずくね?」ということを再認識していた。自分のところの領土だけ景気が良いから大丈夫な気がしていただけで、よくよく考えてみれば将来が危うい。一発でかい戦争がおこったら、資源の面でも経済の面でも、国を支えられない予感がある。
「少し言いすぎかも知れませんが、私の勘では、バジリスクは第二次世界大戦も視野に動いていると思います」
「えぇ……世界大戦……」
だんだん気が重くなってきた。昔、あの懐かしのショボいホロン城でエリザに勉強を教わっていたころ、リティアの歴史文献に第一次世界大戦のことが書かれていたのを思い出した。そう、リティアはその第一次世界大戦で戦勝国となり、三大大国の一つとして名乗りを上げることになったのだ。
勝因としてどの文献にも記述されているのは、精霊石の発見である。魔力以外の第二のエネルギー源は戦闘目的にしか使えない代物だったが、魔力を消費しないという点で圧倒的なアドバンテージがあったのだ。それは魔力結晶等の貴重資源を軍事にほとんど割かなくて良いということを意味した。精霊石の採掘可能地域は世界的に見るとリティア国内に偏在していて、いわゆる土地依存型の鉱物だった。
「今戦争になると、崩れるな」
「革命は一時的な延命措置でしかなかった、と結論できますわね」
俺は平凡な頭で現代のことを考えてみた。何か役に立ちそうなことなかったっけ、と思っていると、ふいに妙案が浮かんだ。
現代における第二次世界大戦の結末である。代表的な勝者はアメリカであり、アメリカがなぜ勝ったかと言われたら圧倒的な量のエネルギー物資と正確な情報網があったから。もし現代と同じ流れでことが運ぶなら、アメリカ的な国がこの世界でも勝つに違いない。ちなみに今のリティアにはどちらもございません。あれ、妙案じゃない気がしてきた……
エリザは言った。
「国を世渡り上手にするには、言うことを聞かせるぐらいの権力が必要です」
「どうするつもりだ?」
「まず、私たちが世渡り上手になります」
「うむ」
「フットワークは軽くないといけませんわ」
「それで?」
「ホロンはもう自立しています。しばらく放っておいても良いでしょう」
「ホロンを出るのか?」
「しばらく新婚旅行で家を空けますの」
「どれくらいの期間だ」
「さぁ? 分かりません、目的を達成するまでは帰れないでしょうね」
「話が見えてこないが」
彼女は椅子の背もたれに体を預け、窓の外の夜景に目を移した。眉間にしわを寄せ、ギリギリの勝負をしているギャンブラーのような険しい表情だった。
「第二次世界大戦がおこる前に……、勝つために必要なカードを二枚用意します」
「二枚?」
「私の持論とはそれです。二枚とはすなわち、情報とエネルギー」
「あ」
「……? どうされたのです、セラ」
「その持論、あっているぞ、たぶん」
「あら、あなたとビジョンが一致するなんて、珍しい」
うちの嫁さんには、第二次世界大戦で勝利するための必要条件が見えている……!
「あってる、間違いない、国の英雄たる余が保証するぞ、うん、絶対だ」
「……そう。じゃあ自信を持って話を続けますけれど、今すぐ国は動きませんから、当面の間は個人レベルで二枚揃えます」
「個人というと、つまり――」
「私と、あなた」
「……おう」
「まず情報ですが、世界の要所を飛び回って、各地でシステム作りをやります。いつでもどこでも、世界の情報を最速で送受信できることが理想ですわ。同時並行で魔力液の新規産出国に交渉を仕掛けていきます。有名どころは法外な値段をふっかけてきますが、今まで貧しかった新規産出国ならばまだ交渉の余地がありますから、金で徹底的に買いたたきます」
「ルートはどうする。道中には危険な国が多いぞ。転移するにしても、違法入国を避けるために転移禁止結界を張っている国も少なくない」
「だから、あなたに同行してもらうのですよ。道中で危ない目に遭ったら、ちゃんとまもってくださいね、英雄さん?」
現代では、情報戦において速度と正確性を両立させて勝利したロスチャイルド家とエネルギービジネスにおいて石油を買い占めて勝利したロックフェラー家が世界の支配権を二分している。情報とエネルギーで頂点に立つということは、それだけ大きな意味を持つ。
この異世界ではロスチャイルドもロックフェラーもいない。第二次世界大戦前に、各国がこそこそモジモジしている状態に過ぎない。そしていまここに、世界を支配する二大要素の重要性を真に理解し、その両方を得ようと考えている女がいる。まだ世界情勢がはっきりしていない段階で、すでに彼女の両目には先見の明が輝いているのだ。
俺はその話に乗った。俺は賭けが大好きだ。勝算はある。それは現代において何者が勝者であったかという確かな知識だ。




