婚約成功
湯につかりながら、今までの会話の流れを整理した。悪い印象は与えていないはずだと信じている。俺の演技に落ち度はない。
セラフィムとしては不服があるかもしれないが、なぜかお前は人格が前に出て来ない。今にも好みのタイプでない女と婚約を結ばされそうになっているというのに、お前は沈黙を続けている。立場上仕方ないとはいえ、お前も難儀だな。
湯から上がる。バスローブを着て、それから転移魔法を使わずに寝室へ向けて大理石の階段を一つ一つ上がる。なに、湯冷めなどしない。緊張もない、俺の精神年齢は残念ながら三十五だ。見た目が十六のイケメン貴族だかなんだか知らないが(演技には役立ったが)、女性経験はそれなりだ。
寝室の前に立ち、扉をノックする。
「はっ、はい! あ、あ、開いておりましてよ」
扉を開ける。すでに照明はセットアップされていて、女性好みの薄暗い、暖色系統のほのかな光が天蓋付きのベッドの上に座る華奢な色白の乙女を照らしている。
「……怒らせてしまったようだね」
「べ、別に怒ってなどおりません、ただ、動揺いたしましたわ、セラフィム様がまさかこのような方とは思いませんで」
異世界の女も抱かれるときのベッドメイキングは似たようなものだなと思いながら、ベッドに腰をかけ、全身を硬直させる彼女のそばに寄った。
「婚約を受けると言った。もう敬語は使うまい」
「……はい」
一度指を鳴らす。手のひらから指輪を出してみせる。この家の正妻が持つべき、ボナパルト家の家紋が刻印された由緒正しい婚約指輪だ。種も仕掛けもない、単なる物質転移の魔法だったが、俺はちょっとしたマジシャンの気分でいた。
「これを」
彼女の指にぴったりになるように形状を記憶する特殊なレアメタルで成型された指輪がするりと薬指に通る。
「はぁ……やっと、やっとですわ……」
「やっと、とは」
「私は、その、……少々激しい気性を持ちますゆえ、殿方には敬遠されてきましたわ。父には良い相手がいないと虚勢を張っておりましたが、……本当はその逆、誰にも相手にされなかった」
「違うよエリザ」
「え?」
あごに指を添え、薄桃色に頬を染める彼女の顔を少し上に持ち上げる。
「運命が君をかくまったのさ。この日を迎えるまでに、薄汚い盗人が君をさらってしまわないようにね」
「……セラフィム、様……」
「こら、ダメだよ、様付けしちゃ。これからはセラ、と呼んでほしい」
「……セラ」
ここからは何があったか伝えない。初夜、といえばもう分かるだろう?
俺はこうして婚約作戦を成功させた。もっとも、最初から出来レースみたいだったが、しかし彼女にはこれから獅子奮迅の働きをしてもらわねばならないのだから、彼女との関係性を良好に保っておくのは必須ミッションだったに違いない。