たどり着いた結末
そして処刑の日がやってきた。処刑台に連れてこられたガルメールはぼろを着せられており、全身を震わせながら、小声で何かをつぶやいている。神に祈りでも捧げているのだろうか。とにかくおびえている。
古典的で人道的だが、見せしめは一応必要だという判断のもとで決められたギロチンによる死。これを見届けようと、憤怒を胸に秘めた聴衆が処刑台に殺到し、元宰相に怒声を浴びせる。
「死ねっ! 今すぐ消えてなくなれ!」
「この悪党が! 国を荒らしやがって!」
「ギロチンで良かったな! 苦しまずに済むじゃねえか! 死んでわびろ!」
石を投げつけられ、ガルメールの額から血が流れる。ガルメールはそれを露骨にいやがる。彼は死刑執行人に押さえつけられると、猛烈に体をよじり、死にたくないと連呼した。
「こんなはずじゃなかった! こんなはずじゃ!」
――惨めな最後だった。そして、ガルメールの無残な死体を置き去りにして死刑執行人が退場していくと、その後に一人の男が処刑台の上に上がってきた。男の手には聖剣が握られ、ふいにそれは燃え盛る太陽のような赤い輝きを放ち、ガルメールの死体の前で、その美しくたくましい聖剣を天高く掲げた。
聴衆は待ってましたと言わんばかりに叫んだ。聖剣の色味を見ただけで、その者が噂に聞くレジスタンスの真のリーダーであり、リティアに攻め入ったバジリスク軍の精鋭五千兵を一人で退けたといわれるその人なのだと聴衆は察したのだ。
彼の名はセラフィム・ボナパルト。のちに彼は国の危機を救った英雄と見なされ、永久名誉聖騎士の称号と公爵の地位を授かることになる。
「――……で、そんな茶番のために、帰るのが遅くなったと」
「待ってくれ、エリザ。革命の成功には、一つくらいはっきりしたシンボルが必要なんだ。レジスタンスの勝利を印象づけるには、あれは絶好のタイミングだった。だから、処刑の日まで待たないといけなかった、賢い君なら分かるだろう」
俺は現当主エリザ・ボナパルトの座す豪華絢爛な椅子の前で正座させられていた。死線をくぐり抜け、心身ともに鍛え上げられた体脂肪率約7パーセント(たぶん)の細マッチョイケメンであるところのこの俺でも、彼女には頭が上がらなかった。
彼女は堂々と足を組み、冷ややかな態度でしばらく沈黙した。俺は彼女の透明感あふれる白い足に目を逃がしながら、別のことを考えて恐れをなす自分を奮い立たせようと必死になっていた。
――この国は改善されつつある。ガルメールと繋がりがあったとされる政治家や役人は追放され、内政は一新された。国王はレジスタンスの要求をほとんど飲み、税率を一気に減らし、理想的な福祉の追求を徹底、溜め込んでいた税金を放出して、国のために役立てた。
そうそう、要求の中には景観保護法の見直しとスラムの奴隷解放も含まれていた。これも超法規的措置ですぐさま実行に移すことになり、役人は書類作成に大忙しだった。しかしこれでようやく、本当の意味の景観が保護されてゆくのだろう。少なくとも怪物を飼い慣らしているスラムに国の調査が入ってくれることは嬉しいね。地下街もこれでちょっとは綺麗になるだろうか。
うん、俺はよく頑張ったよ。めちゃめちゃ頑張ったね、獅子奮迅の働きっていうか、中身が平凡な三十五のおっさんにしては大健闘だ。巷では英雄とかいわれているし、つーか革命のプラン考えたの俺だし、なあ、我が妻よ、お願いだから何か言ってくれ。出来れば立派な俺を褒めてくれ、無言は怖いんだよ……
「……あなた様に、お手紙が届いておりますわよ、それも女性から」
「……え」
彼女は一度開けた形跡のある封筒を顔の前でひらひら揺らし、そしてわざとらしく中の手紙を取り出した。
「えらく感謝の文言が記されておりましてよ。なんでもこの方はスラム出身のご学友だそうで、奴隷解放の成果をあなたの戦果としてたたえておいでです」
「……(オリビアのやつか!)」
「差出人の名前もない簡素な封筒に入っていて、ずいぶん男らしい字面ですから、てっきり男の方が書かれたと思っていましたら、最後にオリビアより、となっていて、それで私、ああ、女性の方なのですねぇ、と驚いたほどで」
「そ、それがどうしたというのだ。もしやエリザ、君は手紙の差出人が女性だからというだけで余をとがめているのか?」
「いいえぇ、そんなことひとことも言っておりませんわ」
「で、ではなぜ」
「……全部で5ページもありましてね? ここにはあなた様の士官学校での暮らしぶりが赤裸々に書かれてありますが、その中で二つほど看過できない内容が見受けられます」
「……(なんだ、何を書きやがったんだあいつは)」
「まず一つ。あなた様ったら、運がよろしくって、寝床はたいへんリッチな仕様だったそうですねぇ。なにしろ女性二人と一つ屋根の下で寝息を立てていたとか」
「……!(まて、そわそわしたのは最初の内だけだ、あとは感覚が麻痺して何とも……って、そんなこと言ったら余計怒られるか、黙っておこう!)」
「言いたいことは?」
「そ、それは余の意思ではないっ。あらかじめそういった部屋が用意されていたのだ!」
「部屋の変更を学校の方に申請したことは?」
「……っ」
「ないのですね?」
「ふ、雰囲気に流されて、申請を怠った、しかし申請しても許可されたかどうか――」
「――言い訳は聞きたくありません」
「……はい」
「最後にもう一つ。これには私、一瞬意識を失いそうになりましたけれど、でも聞いておかなければなりませんから、嫌ですけれど、念のために聞いておきますわね」
「……(ごくり、とつばを飲み込み、そしてうなずいた)」
「手紙にはこうあります。お前に抱かれたまま逃げた「あの夜」のことを、私は忘れていない、と。何ですか、あの夜って? ……ねえ、セラ? 何です、あの夜って、しかも抱かれたまま逃げた? ……逃げたとは何から!? 二人だけの逃避行!? 抱いた!? あの夜!? 聞き捨てなりませんわっっっ!」
突如としてスーパーヒステリックモードに入ったエリザは勢いよく立ち上がると、正座している俺の胸ぐらを掴み、怒りに狂った激しい目で俺を上からにらみつけた。綺麗な黒目が事の真相を暴こうと熱を帯びて、俺を見つめている。
「……やましいことは、何もしていない。本当だ、信じてくれ」
俺も負けじと見つめ返した。多少のふれあいはあったかも知れんが、俺は間違いなく一線を越えていないし、不純異性交遊の極地に至ったことなど一度もない。ゆえになんとか自信を持って視線を外さないでいられた。
おっさんの人生経験から言わせてもらうなら、女性に信じてもらうときに男は視線を外さない方が良い。これは本当の話だ。
「……信じてよろしいかしら」
「もちろん」
彼女はしゃがみ込み、俺の胸の中に収まってきた。ひとまず軽く抱きしめてみると、しくしく泣きだした。
謁見の間にいた執事やメイド達は気を遣って部屋を出た。
「すまない、いろいろ心配をかけたな」
「……うぅ、……許しません……もぅ……許しませんわ……」
俺は思い出していた。あの夜明けの戦場のことを。がむしゃらに光の中で剣を振るい、いったん術式を解いて状況を確認してみれば、眼前に迫っていた鎧の鬼達は残骸に成り果て、その先にあったはずの山が一つ分消失していた。
景色がずいぶん変わっていた。手前の山のせいで見えなかった向こうの山が姿を現し、その山の向こうから追加の軍勢が押し寄せていた。
手元の聖剣は光を失っていない。まだやれそうだ、そう思った。
再び引きつけて、界門を開き、ひたすら剣を振る。あまり戦っている感じはしない。なぜなら、この光の視界を突破してくる敵兵がいなかった。おそらくは、俺の剣の振りにあわせて、剣から放出されている朱色の霊気が敵兵を屠っているのだろうが、はたして外から見たとき、俺はどんな風に映っているのだろうか。
そうやって俺は後続の敵兵達がいなくなるまで、延々と剣を振り続けた。術式を解いて視界が開けるたびに風景が様変わりして、山が消え、代わりに平地が現れた。土地はどんどん平らに削れていって、気づけば平地戦になっていた。
太陽が昇り、後続が途絶えた頃、俺は全身が汗だくになっていた。こんなに剣を振らされたのはオリビアとの個人レッスン以来のことだった。ちゃんと振り切らないと、鬼は中途半端に生き残って俺を襲うから、敵の命を完全に断ち切るためには明確な剣筋が必要だった。
ようやく全てが終わり、剣を見る。俺の体力の消耗をよそに、茜色の聖剣は変わらず燃えるように輝いていた。俺より剣の方が元気とは何事かと、思わず笑った。
そして振り返ると、俺はギョッとした。背後の山が信じられないほどズタズタになっていた。界門を全開にしてしまった弊害で、剣を振るったときに霊力の一部が後ろに反れていたのだ。その山の少し向こうには街がある。これはやらかしたか……と、自分の聖剣練度の至らなさを悔いていると、今にも崩れそうな背後の山の頂上に人影が一つ。
「あ!」
人影は一瞬にして転移魔法で俺の元へ来て、よくやったな、と肩を叩き、褒めてくれた。ユリシーズは背後に飛んでしまった紅の斬撃を、自らの聖剣による攻撃でことごとく撃ち落としてくれていたのだ。おかげで後方の街に被害が及ばずに済んでいた。
彼は最後にこう言った。
「事後処理はこの裏切り者がやっておくから、貴様はすぐに帰れ」
元聖騎士団団長の実力が垣間見れた瞬間だった。俺は感謝し、言われるがまま家に戻った。
――我々は国の危機を救うために敵を討ち取る義務がある。士官学校で最初に教わった心得だ。実戦ではどうしても命のやりとりが発生する。兵士は必ず命の危機にさらされ、家庭ある者は戦場に赴くたびに家族の心を苦しめる。
許してもらえないらしいが、しかしともかく、俺は夫がいない間いろいろと頑張ってくれた妻の頭を撫でた。
「……おーい、許しておくれー」
彼女は首を横に振る。
「えぇー、頼むよエリザ、お願いだ」
もう少し撫でてみると、静かになった。
「あ、そうだ、新婚旅行に行かないか。いろいろ忙しくて、結局まだどこにも行っていなかっただろう?」
彼女は涙ぐんだ顔を上げて、ご機嫌取りがお上手ね、と言った。俺は彼女の頬を伝う涙を指で拭って、いつものことじゃないか、と返事をした。彼女は笑った。




