世紀の革命
――その映画のタイトルは「醜悪と高貴のダンス」だった。ドキュメンタリー映画のような作りになっているが、ところどころ使いにくい映像素材には制作陣がもっともらしい筋書きを用意して、ときどき現れる下の字幕に状況説明を軽く補足してあった。
内容には一貫性というものがない。宴会あるいは舞踏会のような貴族主催のイベントの華やかな映像・壮大な音楽と、裏で行われている人身売買や違法薬物関係の話、その他既得権益の政治的譲渡、脱税のための根回し、恐喝まがいな取引の数々、その汚らしさをリアルに対比して見せるだけである。
唯一制作陣の意図が垣間見られるのが、時折挟み込まれるワンシーン。それは王都ルカティの中央に巨大にそびえ立つジークフリート城の映像である。城は静かに夜の街を見下ろし、そして何も言わない。どれほど世間で人々が苦しい生活を強いられていても、どれほど貴族が法を犯していても、城は、その中の多くの役人達は、何も言わない。
この映画を見た人たちはそのキャストに驚くはずである。なぜなら、すべて実在の、王都に近い大貴族の連中がそのまま出演しているからである。当然このような告発映画に出演許諾が出ているはずもないので、観客はおのずと「これは無許可で撮影されたものだ」と気づくのである。
領土問題で失脚し、行方不明になったと報道されていたはずの改革派ジャックス公爵は映画本編の中で、王都住まいの保守派リスト公爵にトイレに連れ込まれ、鋭い刃物で腹をえぐられる。壁に押しつけられ、最後に何かうめき声を上げるのだが、そこで映像は遠のき、トイレから出てきたリスト公爵がパーティ会場のスタッフにひとこと何かを言う。スタッフは何も言わずにうなずき、トイレに入る。
音声は遠くから拾えなかったが、読唇術によって、下の字幕で明らかにされた。リスト公爵の口の動きは「後片付けをよろしく」と言ってある。実際、スタッフはそのあと死体を騒ぐことなく処理した。まるで日常茶飯事であるかのように。
王都では、この映画とは別で、以前からさんざん宣伝活動がされてきた「幸せの花束」という素敵な恋愛映画があった。かなりの客入りが見込まれるこの映画を買収したのは匿名人物数名であり、彼らの狙いは「幸せの花束」と「醜悪と高貴のダンス」をすり替えることである。
案の定、「幸せの花束」にはたくさんの来場者があった。しかし放映サイドは匿名人物達の指示に従って、映画が始まる直前にアナウンスをかけた。
《――残念なお知らせがある。ここにあなた方の望む幸せの花束などありはしない。あるのは、悲しいダンスだけだ》
バスジャックならぬ映画館ジャックである。見たい映画ではないものが放映され始めると、当然出て行こうとする者がたくさんあったが、出入り口は完全封鎖され、外へ出て良いのは子供だけとされた。子供達には別の子供向けファンタジー映画を見せておく手はずになっていた。
見てもらった大人の方々には口止めとして全額キャッシュバックを約束した。そのおかげで興行収入はゼロ。しかしただより恐ろしいものはなく、その映画のすさまじい内容に、客達は大満足、いや、大興奮で映画館を去って行ったという。
政治家や特権階級の人々が汚職を決行する瞬間をありのまま捉えた映像が人々に与える衝撃はいかほどのものだろう?
宣伝効果を逆手に取ったこの戦略は見事にはまり、瞬く間に世間は大騒ぎになった。特に王都は、今までに溜まっていた鬱憤が破裂するようにして、各地で過去最大規模の暴動が起った。
追い風はさらに吹いていた。新聞である。戦線が破られたことと併せて号外の記事に掲載された「士官学校卒業生が全員戦死した」という速報の話題で持ちきりだったところに、突如矛盾するニュースが舞い込んだのだ。それは真反対の、「全員無事帰還」というものだった。
保守派に反対する報道関係の組織はこぞってこのニュースを取り上げ、詳細情報を拡散した。取材に応じたのは戦場から帰ってきた士官学校卒業生の一人で、仮名ボンズ・タックス。彼の証言は非常にショッキングな内容だった。彼は自分たちが宰相ガルメールの計略にはめられて死ぬところだったと訴えかけたのだ。
「我々は捨て駒に使われました。記事をねつ造し、国民の不安を煽り、内乱を誘発し、あたかも自然なシナリオであるかのようにこの国を滅亡に導こうとしているのです。ガルメールはその前に、これまで悪政をやって溜め込んだ大金を持って他国へ飛ぶつもりなんです!」
以上のような状況によって、内乱はガルメールの思惑とは別の性質を持って現れた。悪政に対する怒りの矛先を貴族への不信感に誘導しようとしていたはずだったのが、いつのまにか城へ、城の中のガルメールという悪徳宰相へと向けられていったのだ。これは当然の帰結だった。
宰相の悪巧みは王都のみならず、各地報道機関より王国全土に流布された。貴族や政府の対応は実に遅く、すでにまったく間に合わない状態であり、暴動は地方からの人々と、王都の人々で形成される一つの巨大デモにつながっていった。デモ勃発のための下地など、とうの昔に完成していたのだった。
役人は高をくくっていた。いずれデモは治まる、と。なぜなら、この高くて厚い城壁は市民のデモ攻撃などではびくともしないし、それゆえに長年、「要塞」などと揶揄されてきたのだから。
しかし、要塞は内通者のためにあっけなく陥落した。城壁には一部透明化する抜け穴のような非公式の通路があった。内乱やデモはスピードが肝心として、帰還したばかりの士官学校卒業生たちを主要メンバーとして結成された即席のレジスタンスが水面下で行動していたのだ。
あらかじめ秘密の抜け道から入り、城の内部に潜伏していた者が門番を討ち取り、その隙にジークフリート城の四方にある北門・東門・西門・南門のすべてが一斉に開門された。城壁の間際まで詰め寄っていたデモの群衆は雪崩が起きたように開いた門の中へそれぞれの武器を持って駆け込んだ。
この一連の行動の迅速さには根拠がある。ガルメールが士官学校卒業生を戦場に送り込んだときに使った言い訳「主戦力が国外に出ているから」が、迅速さによって裏目に出るのだ。城の中の警備は一時的に手薄になり、本格的な実戦経験を積んだ警備兵は少なかった。レジスタンスは徹底的に武力を行使し、主戦力が在中していない愚かな要塞を攻略した。
あっという間にガルメールは捕縛された。城の一室で貴族連中と商談後の酒を飲んでいたところにレジスタンスのメンバーが押し入ったのだった。このことは一大ニュースとなって世間を駆け巡り、すぐに「レジスタンスによる世紀の革命」と銘打たれた。
軍事パレードの視察に行っていた国王は留守中に起った出来事の一報を聞きつけ、帰国後、国民の前ですべての事情を告白し、ガルメールに手出しできなかった自分の非を認めた。ガルメールは司法を経由せず、国民の意思によって処刑されることになった。




