プランにはプランを
あの卒業試験から一週間が経過していた。
「……ふぅう、出来た、出来たけどぉ……」
「どれどれ――」
シアタールームで、俺とチャーチルだけが居残り、卒業映像作品の最終チェックをしていた。知り合いのエンジニアに頼むわけにもいかず、チャーチルは独学で編集技術を会得し、最後のエンドロールに登場人物の実名クレジットと、オチの音声を差し込んでくれた。
二時間弱の映画だった。そしてエンドロールには製作者のクレジットがない。代わりに監督の欄に「圧政を受けた脆弱な奴隷たち」という意味深な表記をして、最後に変声機にかけただみ声の音声がたたみかける。
《――この映画はノンフィクションです。実在の人物・団体とは密接な関係があります……》
「こ、こんなの、大変なことになるよ、……怖いなぁ」
「この一年、何度も大変な目に遭ったじゃないか、何を今更怖がることがある」
「そんな問題じゃないよぉ!」
「――しっ、誰かの足音が、……おいチャーチル、フィルムを回収しろっ、早くっ」
シアタールームの鍵は閉めてあり、外から開けようとした人間が声を上げた。
「おーい、誰かいるのかね」
見回りにきた教官の声……このやつれた感じは、Jだ。くっそ、ここに来て……、いや、でもあのじーさんならだまし通せる。
俺は戸を開けて、笑顔を作り、
「や、やぁ、J。今日はどうしたんだい!?」
「どうしたって、……お前達、何をしとるんだ」
「な、なんでもないよ、うん」
チャーチルはお相撲さんのような表面積の大きな体で機材を隠した。
「ふ、二人でこれまでの一年を語らい合っていたのさ、ははは!」
「二人で? 男同士でか、今時珍しいねぇ」
「いやあ、チャーチルとは一番の仲良しだから、話が長引いちゃって。あ、それよりJに言っておかないと」
「なにを」
「今までお世話になりました。Jの授業は毎回おもしろくて楽しみだったんだよ」
「……ほほお、そりゃどうも。それよりもう成績開示がされておるぞ、もう見たか」
「あ、まだだ、今から行くよ、親切に教えてくれてどうも!」
Jは一度鼻をフンと鳴らすと、そのまま立ち去っていった。
「――チャーチル、片付けろ。ずらかるぞ」
「うんっ!」
俺たち二人が中庭の掲示板の前についたときには人だかりが出来ていた。何人かの生徒が胴上げされている。まるで東大の入学式みたいだ。
「――あ、セラフィム、チャーチル!」
銀髪の頭の先が見えて、人だかりをかき分けると、リゼがこちらに手を振っているのが見えた。走り寄ると、隣にはグレナダがいた。
「あんたら、今までどこ行ってたのよ」
「まあ、ちょっと野暮用ってやつだな」
「へへへ、そう、やぼよーだよぅ」
「余裕なんだねぇ、落ちてたらどうするつもりなのさ」
「え? 落ちてるなんてことあるか?」
「見たら良いじゃありませんか」
リゼが珍しくイタズラな表情を浮かべるから見に行った。自分の生徒番号があるかないか、目で追っていく。何だろうこの緊張感。番号を探すのに緊張するなんて、大学入試のとき以来だぞ。
「――あっ! あった!」
隣で先に見つけたチャーチルが叫んだ。すると周囲の卒業試験に不合格だった不良連中が涙ながらに近づいてきて、チャーチルのまん丸な体を持ち上げ、腹いせとばかりに胴上げを開始した。
「おめでとうございますだぜちきしょーーっっっっ!」
「少尉からエリートコースまっしぐら! バンザーイ! バンザーイ!」
「きぃいいっ! むかつくぜっ、もっと高く上げてやる! くらえ!」
うぁああ、やめてぇえ、などと、結局体型の変わらなかったぽっちゃり(なお本人は筋肉と言い張っている模様)男は泣き言を言って宙を舞っていた。俺はあんな目に遭いたくなかったから、さっさと自分の番号を発見すると、リゼとグレナダのところに戻って、あったじゃねえかよ、と不機嫌そうに言って笑った。
「卒業おめでとうございます、セラフィム」
「おう。でもお互い様だよ、女だといろいろ大変だっただろ」
「女扱いがない学校ですから、途中から自分が女であることを忘れていました、ウフフ」
「嘘だぁ、あたし知ってるんだよ、ときどき訓練早く切り上げて、マッテオと外でデートしてたでしょー」
「えっ、どうしてそれを……」
「みんな知ってたぞ。とっくの昔に」
「へぇっ!! そ、そんな、……」
銀髪の聖鞭使いは日常生活だと生真面目だけど若干天然で、ときどきこうしてぼろが出る。卒業当日の今日に限ってそのぼろが出てしまうのは、まさしく彼女らしくあり、そして頬を赤らめるその姿はなかなか可愛かった。これから愛しの彼とどうなるのかは知らないが、仲良くしたら良いと思う。
それから体育館で簡単な卒業式があった。中等部からこれまで頑張ってきたのに合格点数に至らず涙をのむ生徒が大半で、式は男泣きするものが多かった。いちおう全員卒業は出来るから卒業証書はもらわねばならないが、みんなそれどころではなかった。
「うぐぅっ、今年は最大のチャンスだったのに、どうしてぃえええ!」
「――そこっ! 静かにしたまえ!」
「ふぅっうううぅっ、ぐふぅんぅううっっ」
卒業試験の合格者は例年に比べると多く、二割ほどが合格していた。試験時間が短かったせいで採点が甘くなってしまったのだろう。
「起立! これよりリティア王国の国歌斉唱――」
――そして、予想していた事態が起った。誰も歌わない国歌斉唱の後に理事長が偉そうなことをべらべらしゃべっていると、舞台袖から一人の教官が歩み出て、理事長の耳もとで何かをささやくように報告した。なにっ、そんなことが……、とかいうわざとらしい小声の演技を挟んでから、理事長が告げた。
「……卒業式の晴れがましい場で言うのもどうかと思う。しかし私は立場上、諸君らに伝えねばなるまい。たった今はいった情報だが、リティア国土の東端、ギャザーリン港湾から敵兵が上陸、街の者を人質に取った後、そのまま山を越え、その先のヴィトンチック戦線を破って領土に侵入きた」
ええぇえええぇ! と、生徒達がどよめいた。その戦線が破られると危ないと、さんざん座学で教え込まれていた戦線が突破されたと言われたからだ。
一人の生徒が勢いよく声を張り上げた。
「そっ、その敵兵とは、ずばり海の民マーリンズの手の者でしょうか!」
「……いや、武装大国バジリスクの兵士らしい」
「ばっ、バジリスク!? 奴らが海から攻撃なんて、そんな馬鹿な!」
陸上戦においては比肩するもののないバジリスク兵ではあったが、海には嫌われていた。海上からの奇襲などもってのほかだった。
「奴らはどうやら、海の民と結託したらしい。海中から警戒網を突破し、深夜の闇夜の内に瞬く間に街を占拠し、勢いそのままに攻め込んできおった。……残念な知らせがもう一つ。今、我が軍の主力は軍事協定を結んでいるクアトリエ王国との合同軍事演習に参加している真っ最中だ。視察にはクアトリエの高官はもちろん、国王も来ておられる、中止には出来ん。敵の兵力は未知だが、今もっともフットワークの軽い戦力は諸君らしかおらぬ」
一瞬、全ての生徒が沈黙した。え、まさか、という表情だった。
「緊急戦闘命令が発令された。対象は士官学校を卒業した新兵の君たちだ。事態は場所が場所だけに急を要するやもしれん。三日後に立つ。総員準備をしたまえ。少し早いが、初陣だ、武功をあげてこいっっ!!!」
体育館を阿鼻叫喚の嵐が巻き起こった。嫌だぁっっ! という心の叫びが言葉にならず、暴れ回るものや、放心状態になって「は? は?」と連呼する者もあった。
みんなが頭を抱える中、士官学校卒業式は幕を下ろした。その騒動の中、ダンが人混みの中から現れて、こう言った。
「――セラフィム、お前の言っていたとおりになったな」
「そうらしいな」
「あれ、本当にやるのか……?」
「ああ、やるしかない」
俺はチャーチルを呼んで、ダンと三人で、誰にも知られることなく、透明な城壁の狭間から外へ出た。街は曇天の空に覆われていた。




