卒業試験へ
そうしてセントルイス島、もとい、天空の城ラピ○タは浮力を徐々に失って、ついには地面に不時着した。しかしそのことを知ったのは士官学校に戻った後のことだった。
「いやぁ、それにしても、遠征で行った島が落ちるとはなぁ」
「そうだよな、いったい誰の仕業なんだろう」
カイとダンがベンチに座って話し合っている。チャーチルは俺の横でペロペロとアイスをほおばって、話を聞いていない。
「なあ、セラフィムはどう思う」
「まあ、遠征が終わってすぐのことだからな。間違いなく士官学校の生徒が原因だろう」
「だよな、でもウチは問題児がたくさんいて、犯人が誰だか特定しかねる。教官もおてあげらしい」
「俺も軽く尋問されたよ。適当に、俺じゃありませんって言えば、それで済んだが」
中央新聞社が発行する号外には、その一面を空島落下の写真と事件の詳細が書かれている。俺はそれを広げてみながら、冗談みたいなふざけた島だったなとほくそ笑んだ。
「フライングストーンを削ったのは間違いないけど、ごく少量で、浮力を失うほどじゃないし、何が原因かも分かってないんだよ」
「なーにせ、見つかったフライングストーンはただの石ころになってたって言うし」
新聞の隅に、古代遺跡の内部の写真が写り込んでいるが、損壊甚だしく、例の碑石が木っ端微塵になって根元から折れ、他のがれきと混じり合って原形をとどめていないのが見て取れた。しめしめ、と俺は思った。
――それからの日々はさほど変わり映えしない。訓練や試験の合間にたびたび外に出て放蕩の限りを尽くしたり、違う街に旅行してみたりして、普通の学生らしい青春も謳歌しつつ、しかしだんだんと体も締まってきた。
セラフィムの体は元々それほど筋肉質ではなかったから、向き向きとまでは行かなかったが、シックスパックに割れた腹筋を獲得した体は細マッチョと言っても差し支えなかった。
オリビアはやはり同胞のことが気になるのか、ときどきスラムでドンパチやっているみたいだったが、痛い目を見る前に退散するようになっていた。スラムにはどんな化け物が飼われているか分からないところがあるから、俺はそれでいいと思うと伝えた。
卒業までに自分に課したのは、主に二つ。一つはもちろん聖武器を使いこなせるようになること。他の聖武器も一応扱いを覚えたが、俺はもっぱら聖剣を使っていた。一番自分に合っていると思ったし、内部の魔力回路の操作がしやすい。卒業間近には、元気の良すぎる茜色の霊力が暴走しないように手なずけることも出来るようになっていた。
二つ目は、映画作りだった。これは盗撮界のエースことチャーチルが本人の断りもなく貴族業界のいやらしい現場を撮影しまくった、その映像素材を元にしている。これは非常に危険なフィルムであり、教官には絶対に見つかってはいけないと、厳重に管理し、作成を続けた。これは俺たちの卒業記念となるべき映像作品なのである。
卒業試験の話をしよう。たぶん読者はさっさと卒業してほしいなと感じて久しいだろうし、俺もそろそろ卒業したいなと感じていた。何の話かって? まあまあ、いいじゃないか、そんな細かいことはさ。
――配給された魔力結晶を使って三年生だけがどこともしれぬ砂漠地帯にぽつりと立っていた大きな城の門前に転移させられた。門は黒塗りの鋼鉄で、城の壁面はまばゆいほどの白さを誇り、尖塔だけが青い。立派な城だった。そこで待っていた城の者は、寒い時期でも暑苦しいこの場所でアラビアンな厚着をして、俺たちの到着を歓迎した。
「――早速ですが、お話しさせていただきます」
彼によると、この城はリティアと隣国の貿易の要所に位置し、たびたび敵国の攻めに遭っていると言うことで、すでに魔法通信回線を傍受したところによれば、今日の午後には敵軍二千がこの城に攻め入る予定になっているらしい。
それに便乗して、砂漠の大窃盗団の一味が城に乗り込んでくるかもしれないから、その迎撃も依頼したい、と、そこまで言われてようやく理解した。これは依頼なのだと。
「あーあ、出たよ、依頼案件」
「士官学校が金欠で、金儲けしたいだけだよな」
「実戦だから、いちおう命がけってことだけど、どうせ俺たちはノーギャラなんだよなぁ」
軍部の士官学校運営陣が儲かって、俺たちが疲弊するのはおかしい、というのが全員の見解だった。そもそも、卒業試験に依頼案件を採用する時点でかなりずさんな話で、他にいくらでも実戦の場があっただろうに。
「みんなぁ、どうするぅ?」
試験官が三人同行していたが、指示はなかった。全部自分たちで戦略を立ててやりなさい、ということで、そんなのは慣れっこだった。
「防衛戦の典型だと思う。城壁まで引きつけて、聖弓・聖銃部隊に上から撃たせよう。城の良さを最大限使うんだ」
「空からの攻撃は、航空部隊(飛行が得意な生徒達)が対応するとして、残りの戦力は陸上に割くか」
「異光組の数人と、光組の手練れを小隊長として、壁に迫った敵を後ろから叩こう。遊軍を一つ作っておくことにして――」
「敵軍二千って、ちょっと多いわね、押し返せるかしら」
「でも、普段はそれぐらいの数を相手に、リティアから派遣された軍隊がどうにかしているといいますし、出来ないことはないのでは」
「編隊するにしても、敵がいつ来るかわかんねーな」
光組で【近未来予知】の魔法を使うドリーに来てもらって、敵の襲来の正確な時刻を予知してもらった。
「……あと、一時間三十四分十三秒後だよ」
「じ、時間ねぇー!」
俺は独立遊軍の配置になったが、そこにはオリビアがいた。
「この遊軍は窃盗団の一味を刈り取るのが仕事だろう」
「よく分かってるな、じゃ、隊長やってくれないか」
「は? 私がか?」
「頼むよ」




