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ライトキス

 そしてようやくお呼びがかかり、俺は城の入り口に彼女を迎えに行った。


 同伴のクラウスが先に挨拶する。

「――ようこそおいで下さいました。エリザ様」


 従者が扉を開け、彼女が馬車から降りてくる。家柄を表す紫色のドレスを着て、最大限におめかしをしている。白い肌に長い黒髪が美しく映えていた。


「やぁ、初めまして」


 彼女はぶすっとして俺を一瞥し、


「暑いですわ、さっさと中に案内して下さいまし」


 セラフィムの記憶通りの、きつい性格が感じられる。俺はこれから彼女と婚約しなければならないらしいが、どう接すればいいのやら。


 中へ通して、食堂へは俺が一人でお連れし、クラウスは仕事に戻った。食卓、といってもロングテーブルのこちらと向こうに一つずつ高級な椅子が置かれ、そこに座る。


 挨拶もそこそこに、あらかじめ用意されていた豪勢な食事を、出来るだけ行儀よく食べていく。しかし会話がうまく進まない。俺が何を話しかけても、うんともすんとも言ってくれないのだ。


「あの、エリザ様、聞いておられますか?」


 俺がそう訪ねると、ようやく口を割った。


「なにがエリザ様、ですか。わざとらしい。家のためにお世話になるのはコチラなのですから、様付けなどせずに、エリザと、呼び捨てにすればよろしいじゃありませんか」

「あなたのような高貴な女性にそのような失礼なことはいえませぬ」

「高貴? あなた様との婚約が成立しなければ家が滅ぶような、半ば平民のような私がですか? ご冗談も大概にしてほしいですわ」


 俺は心の中で思わず、ははぁん、と言った。彼女はおそらく、こういう人ではないか、と、俺はすぐに仮説を立てて、試しに聞いてみた。


「またまた、ご冗談を。エリザ様のような見目麗しい方であれば、いくらでも縁談の話が来たでしょうに」


 彼女は予想通り憤怒した。


「来ておりませんわよっ! なんて意地悪なことをおっしゃるのですかっ、私の悪評を知っておられないわけではないでしょうに!」


 俺は頑張って演技した。役者になった気分で、イメージ通りに、失笑して見せた。


「何を笑っておられますの」

「いえ、……自分はなんて幸運な男なのだろうと、感動を通り越して、少し呆れかえっております」

「どういうことです」

「こちらとしては、大変不利に思っていたのです。これは本来お悔やみ申し上げるべきことですが、ハーディ王子の件で、あなたのような美しくて教養豊かなご令嬢が再び社交場に舞い戻られることになり、私は期待と同時に、不安を感じました。こうなると当然、大勢の貴族が新たに婚約を迫ることになり、ひと月前に子爵に格下げされた私のような低位の貴族では相手にされないかもしれないと思っていたのです」

「……ふん、どうだか」

「それだけではありません。あまりに早い書簡は実を言うと、私の男としての照れと、情熱の表れなのです。おそらくあなたはあの書簡の通達の早さを、なにか、政略結婚の側面から見て、私を軽蔑なさったことでしょう。しかしそれは違う。あの早さは、エリザ様が他の貴族の男どもに取られはしないかという恐れと焦燥感から生まれたもの。執事のクラウスに書かせたのは、自分で書くのが恥ずかしかったからなのです」

「……え」

「私は、……前々から、あなたをお慕いしておりました。あなたは婚約者に付きっきりで、こちらを見てくれたことはありませんでしたが、私はパーティ会場の窓際に腰をかけ、いつも遠目から、あなたの美貌と天真爛漫な振る舞いに見とれていた……」

「……そ、そうでしたの……?」


 もちろんハッタリである。しかし彼女の硬い表情が初めて崩れた。もう一押し、と思い、渾身のまなざしを彼女に向ける。


「様付けはよせ、とおっしゃいましたね。しかしあなたの理屈通りにいけば、私はあなたの苦しい立場を利用してため口をきくような卑怯者になってしまう。それではダメだ! けれども、あなたが私との婚約を誓って下さるなら、私のものになって下さるというのなら、あなたは子爵家の妻となり、私は家の当主として、正当な理由で対等に話し合うことが許される。私とて、このようなうやうやしくて他人行儀な話し方ではなく、より親密な会話を楽しみたい。私を卑怯者にしないでほしい!」


 席を立ち、彼女の元へ詰め寄る。そばに来たとき、その潤んだ瞳に思わず目を奪われる。


「私とどうか、婚約を結んではいただけぬでしょうか」

「……き、気が早いのではないですか? ま、まだ食事を終えたばかりですのに……そんな」

「私はこう見えて情熱家なのです、あなたには分からないでしょう、私の燃えるような気持ちが! しかしあなたがどうしてもとおっしゃるなら、通例通り入浴をして、寝室で待っておりましょう。そして薄着のあなたにもう一度同じことを言って差し上げます……」


 俺は初めて会う彼女の手を取った。シルクのような肌触りに、小さくて華奢な手だ。これが貴族家のご令嬢の手……


 彼女は俺の必死の訴えに心打たれたのか、顔を真っ赤にして、不意に瞳をつぶった。返事する前に口づけを請うているらしい。


 俺は要求通り、彼女の唇にライトキスをほどこした。


「ほ、本気ですのね……」

「もちろん」

「……もとより、この話はお受けするつもりでした。全ての事の発端は、私が嫉妬に駆られて王子の恋路を阻もうとしたことにあります。家の存続がかかっておりますから、私が責任を取るのは必然……。新しいお相手にどんな横柄な態度を取られても、我慢して勤めを果たそうと決意しておりましたの」

「えぇ、お気持ち、分かります」

「ですがっ、こっ、このような熱愛を受けるとは思ってもみなかった! これでは混乱してしますわ!」


 潤んだ瞳から赤い頬に一筋の涙が落ちた。そして彼女は食卓を激しく叩き、立ち上がり、脇目も振らず出入り口まで行って、扉の向こうで待機していたメイドに案内をさせ、城のどこかへ去ってしまった。


「……あれ? うまくいってたと思ったんだが。どこで怒らせたかなぁ……」


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