傾国への布石
しばらくするとダンが戻ってきた。彼曰く、カイは連絡が取れず、グレナダとリゼはホストクラブに特攻しているのだそうで、俺とチャーチルはため息をついた。どうするかなぁ、と言うと、ダンが面白いアイディアを提案してくれた。
「なぁ、パーティの本会場に潜入してみないか」
「招待されていないのに?」
「だから潜入なのさ、三人一組で、一人が見張り役、一人が連絡係、一人が潜入の役回りとしよう。そして潜入の適任はおそらく……君だ」
ダンはチャーチルに一枚の黒いカードを手渡した。それは貴族に向けて送られていた招待状だった。それは伯爵以上が招待にあずかる。
「チャーチルはたしか、伯爵だったよね」
「う、うん、でも……」
チャーチルがおびえた感じで俺を見て助けを求めたが、俺は容赦しなかった。肩をぽんとたたいて、笑顔で頑張れと行った。
《――おい、どうだ、チャーチル》
《ま、まずいよセラフィムぅ、知り合いが結構いるんだ》
《映像記憶機持たせてやってるんだから、いいもの撮って来いよ。いざとなったらダンが逃走経路を確保してるから、俺がそこまで通信連絡で手引きする、安心しろ》
《でもぉ……》
映像記憶機というのは現代で言うビデオカメラのようなものだ。ついでに服屋に寄ってタキシードやらなにやら、パーティらしい衣類を買いそろえてやった。いかにも招待されてやってきた貴族のように見せかけるためだ。
通信魔法でチャーチルと連絡を取っていると、その周囲の声も聞こえてくる。かなり人が多いらしい。
《――えー、夜も更けてまいりました、紳士淑女の皆さん、今宵はごゆるりと、踊りたい方々はそのように、語らいたい方々はどうぞ、心ゆくまでお楽しみください……》
司会者のアナウンスがあり、周囲が余計に騒がしくなる。踊るのは今日の夜の相手を選べという意味だろうし、語らいたいというのは口説く意味だと考えるものがほとんどだろうが、しかし一部には薄汚い商談を持ち込む輩もいるに違いない。俺たちの狙いはそこにあった。
《……いろんなところで、こそこそやってる》
《よしよし、そういう場面はじゃんじゃか撮れ。音は拾えなかったら別取りだ。音魔法で盗聴しろ》
《大丈夫かなぁ、察知されない?》
《だーいじょうぶだーいじょーぶ。酒が入って馬鹿になってるだろうから、盗聴を気にして神経張り詰めている奴なんかいやしないよ》
映像素材を取るのはたやすかった。王都の貴族は既得権益を大量に有し、地位が揺らいだりしたことはない代わりに、警戒心が腐っていた。大貴族の別邸で行われていた舞踏会は緊張感がなく、チャーチル曰く、士官学校と比べるとぬるま湯のような空気だったという。
警備は手薄で、招待状を持っていれば出入りは自由、付き人の同行は許可制だが、たいしてチェックもされていない。念のためどの家の出待ちもない、人気の少ない裏口からチャーチルを出てこさせたが、監視カメラのような機器は備わっていなくて、まったく問題なく盗撮犯は我々の元に帰還した。
「――ふぅ、怖かったぁ」
「よくやったぞチャーチル。でかした」
「人使い荒くない? 僕の方が貴族として格上なのにさ」
「ご託はいいから、見せてくれよ」
盗撮映像には、本会場で密談しているほかに、さらっと会場を出て、連れ出した相手をトイレ内で揺すり、弱みを暴露されたくなければこの契約書にサインしろ的な展開まで映っていた。このおデブさんは、もしや盗撮の才能があるのではないかと疑ったほど映りがよかった。映像で拾いきれなかったものも、音だけは回収していたりと、まさに盗人の鏡のような手回しで、俺とダンは感心した。
「うん、いいね、撮れ高ばっちり。こういうのはときどき撮ることにしよう」
「もしかして、ずっと僕が……?」
「仕方ないじゃないか、一番高位のお前がやるのが一番怪しまれずに済むんだし」
「えーーっ、嫌だ嫌だ嫌だぁあ!」
それ以来、何か貴族主催のイベントがあるたびに我々は王都の貴族の腐敗した日常風景を盗撮し続けることになった。もとはダンの発案だが、映像を撮ろうと言い出したのは俺だった。卒業までの一年間を通して撮りためた映像の数々は編集された後、しばらくお蔵入りになった。隠し玉を世間の皆さんにお見せするのには、タイミングが重要だと考えていたからだ。




