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一人じゃなくて

《――バギンっっっっ!!!》


 金属質の物体が強い衝撃でおぞましい音を立てた。俺は自分がまぶたを閉じていることに気がつき、そっと開いた。


《――ガンっっ、ガランっ、ガラン、ガラガラガラ……》


 眼前のオークは柄だけを握っていて、その先にあったはずの太い刃は、俺たちのそばに落下して大きな音を立てた。刃は無残にひび割れていた。


そう、斧は完全に折れてしまっていた。


「ウごぉおおっ!」


 怒り狂ったオークは柄を投げ捨て、俺たちめがけて拳を叩きつけた。しかし巨大な拳が当たる寸前で、俺たちの前を赤い光が遮った。衝撃音がこだまし、俺は肝っ玉が冷えたが、まったく無傷だった。


俺の体に纏った茜色の衣は常に周囲に光の残滓を放出していて、それらが自動的に寄り集まって防御壁を築き上げていた。俗に言うバリアだろうか。ニンフを呼び出したわけでもないから、これは俺の身に纏う加護の衣の効果らしい。


「あっぶねぇ! 何しやがる!」


 俺は片腕で聖剣を十字に振った。術式【ホワイトレッドクロス】が発動し、十字架の巨大な斬撃がオークを直撃した。これで攻守逆転だ、と思っていたら、斬撃はオークの体を突き抜け、緑色の巨体は四つに分断された。肉片が地に落ち、次いで衰えない斬撃が地下強制労働施設の天井に当たってはじけ、いろんなものを破壊した。


 大量のがれきが落ちてくる。俺も学習しない奴だ。何回ステージを壊したら気が済むんだと後悔しながら、あっけない勝利に浸る暇もなく逃走。オリビアを抱えながらスラムから脱出した。


「――はぁっ、やっと地上に出れた……」


 最初に入ったところとは違うところから出た。同じく川辺だが、オリビアの案内で最も安全な逃走経路で走ってきたのだった。周囲は閑散としていて、左手に街へ戻る細長い階段がある。


「いい、ここで下ろしてくれ……」

「歩けるのか?」


 オリビアは不器用で時間のかかる回復魔法を使い、足を歩ける程度にまで治癒した。


「回復魔法が使えたのか」

「レイラに教わったんだ。あまり上手には出来ないけどな」

「素質がないと扱えない魔法だよ。士官学校のエリートは凄いな」


 オリビアは立ち上がり、俺を一瞥して、助かった、と礼を言った。


「まずは、街に戻ろう」


 

 そうして俺たち二人は王都の中心街に向かった。俺は閑静な郊外の道を歩きながら、隣人に当然の疑問をぶつけた。


「毎晩あんなことやってるのか」

「毎晩ではない。時折大貴族がパーティだの何だのと催し事を起こすと、それに関連して奴隷売買が活性化するんだ。私がスラムに行くのは、そういうときに限る」

「なるほど、合理的な女神様だな」

「やめろ。私は女神などではない」

「スラム出身だから、見過ごせないんだろう」

「……」

「でもオリビア、お前、だいぶ名が広まっているから、そろそろやめた方がいいぞ。完全に目をつけられて闇に消される前に、こういう世界からは足を洗わないと」

「しかしっ、それでは兄弟たちが……」

「気持ちは分かるけど、これは国の問題、いや、世界の問題なんだ。敵国だろうが永世中立国だろうが、どこにだってスラムはあるし、獣人はエルフの次くらいに高値で売買されているだろうよ。マジョリティである人間奴隷たちには差別的な態度を取られるだろうし、スラムじゃ最下層かもしれない。奴隷は海も渡る、国境なんて関係なく移送される。個人レベルで解決できないんだ」

「分かっている! 分かっているが……」


 理屈じゃないんだ、という続きのセリフをオリビアは飲み込んだ。俺とてそんなことは分かっていた。俺が理屈屋を演じたのは、これ以上オリビアに無理をしてほしくなかったからだ。


 いつか世界は変わらないといけない。しかしどうやって……


 頭のできがあまり良くない俺には答えなど出なかった。いつか誰かが教えてくれたらいいんだが、と、悔しい思いを胸にしまい、俺は気丈に振る舞った。


「ともかく帰ろう。俺たちがまずやるべきことは、さっさと士官学校とやらを卒業してしまうことだろう?」


 ――中心街の広場に戻ってくると、すでにライブは終わっていて、別のマジックショーみたいなイベントが行われていた。種も仕掛けも全部魔法の、真のマジックショーだった。


 それを傍観していたのは、腹ごなしをして重たくなり、いまいち動きたくなくて今の今までベンチにお座りになられていたチャーチル伯爵で、彼によればみんな自由行動でどこかに行ってしまったらしい。なぜみんなそんな自分勝手なんだと問うと、チャーチルは首をかしげながら、酒のせいだと笑った。


「セラフィムこそ、一人でこんな時間までどこほっつき歩いていたのぉ?」

「は? 一人じゃなくて、オリビアも――」


 振り返ると、彼女はいなくなっていた。遊ぶために仲間と外に出ていた俺に気遣ったのだろう。



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