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獣の女神様

「うぅーっ、おいてかないでぇえ」

「そこの人、出してくれよぉ」

「助けてっ、お願いだっ!」


 道に張り出した牢屋にはまだ大勢の人々が監禁されていて、俺が通りすがると必ず助けを請うてくる。俺は音のした方向へ向かう道中で何度か牢屋破りに加担して、逃がせてやった。


「ありがとうございますっ、この恩は忘れませんっ……」


 ひざまづいて、俺の靴に額をこすりつけてくる。


「いいから、さっさといけ、そして二度と帰ってくるなよ」


 俺はそう言い残し、歩みを進めた。スラムは巨大すぎて、こんなことをしていたらきりがない。老人の言っていた牢屋破りの獣人とやらもそれを分かっているから、自分の同胞、つまり獣人が捕らえられている牢屋しか破壊していない。全員を救うのは追っ手とか時間の関係で無理だと承知しているのだ。


「あ、いたぞっ、牢屋破りめっ! 死にさらせっ!」

 

 幼稚な錬金術で作られたらしいホムンクルスの小隊がこちらに向かって突っ込んでくる。なんだ、人件費の削減か? もっとマシな人材を確保できいなかったんだろうか。


 ホムンクルスは白い蝋でできた人型で、簡素な出来映えに加え、手にはさび付いたサーベルが握られていた。なんだろう、ドラ○ンクエ○トの序盤の洞窟の中に出てきそうな感じだ。


 生身の人間ではなくホムンクルスなので、切断すると胴体だけでも突っ込んできたりしそうだ。それなら、線じゃなくて面で潰そう。


 俺はこの一ヶ月でそこそこ学んできている。早速その成果を発揮すべく、聖剣を取りだし、剣先に集中させた霊気で大きな円弧を描いて、術式【サークルプレス】を発動した。円弧の内部から赤く光る霊力の高圧レーザーが射出されて、細い路地で逃げ場のないホムンクルスがその背後の数名の操作主もろとも吹き飛んだ。


 その轟音を聞きつけて、スラムの奴隷商人、ないし、雇われた用心棒たちがパチャパチャとぬかるんだ足音でこちらに集まってきた。面倒になったが、しかしこれで牢屋破りの獣人にも伝わったんじゃないだろうか。自分以外にも、騒ぎを起こしているやつがいる、と。


 多少魔力を浪費するのも致し方ないと思い、高等魔法【スケルトン】と【ミュート】で透明無音の人間になり、水たまりを踏んで水面を揺らさないように注意して進み、聖剣からニンフを呼び出して、さっそく【ニンフサーキット】の試運転をやってみた。


「――よし、いい子だから、暴れん坊を見つけておいで」


 ニンフの基本的な使役である索敵をさせてみることにしたのだ。煌々と光る元気なニンフは命令を受けて即座に壁をすり抜け、どこかに行ってしまった。俺はニンフからの報告を待つ間、奴隷たちを解放して回り、ついでに悪人どもを始末していって、その都度魔法警察署に送り届けるという魔力の無駄遣いをしていた。


 スラムと言ってもここはほんの一部。ここでいくら人助けをしても、広大なスラムにはまたいずれ奴隷たちが運ばれてくる。根本的な解決のためにはもっと大量の人と、公的な制度の抜本的な見直しが必要だが、今の世の中では叶わないだろう。ゆえに今していることはたんなる自己満足の偽善のような気がしていた。


 俺は苛立ちながら、剣の柄を握りしめ、ひと思いにスラムを一刀両断してしまいたい欲求に駆られた。そんなことをすれば多くの奴隷が巻き添えを食らってしまうから、もちろんやらなかったが、こういう社会の最底辺を変えるのは本来、王都の人間がやるべきことだ。


 妻の手紙にもあったように、この国は危うい気がする。内部から腐っている状態で、外部から侵攻されては本当に王都陥落もあり得る。地上の市民たちも不満を持っているし、そこに内乱が合わさるともう……


 俺のような平凡な脳みそで考えても、少し先の滅亡の未来が簡単に予見できてしまう。この異世界はもといた現世よりもはるかに戦争が身近で、平和条約の締結なんておめでたい発想はなく、支配するか、されるかの二択である。


《――ッザン!》


 檻が斜めに引き裂かれ、中からやせ細った奴隷が出てくる。俺の姿は見えていないから、突然檻が壊れたように見えるだろう。


「あっ、あああ、出れる、出れるぞみんなっ……」

「やった、きっとあの獣の女神様がお助けになったんだ……」

「何やってんだ兄ちゃん、そんなとこで感動してないで、早く逃げようよ!」

「そうだなっ……よし、まずはこっちだっ」


 獣の女神様、ねぇ。いやぁ、まさか……


 そこでようやくニンフからの報告が上がった。ニンフとは言葉ではなくイメージで会話するから、ニンフの見た風景が直接脳に映像として送られてくる。そして送られてきた脳内映像は、スラム某所の強制労働施設の様子を映していた。


 そこでは労働が一時中断されていて、邪魔しに入っていたと思われる例の獣の女神が施設の職員と戦闘を繰り広げていた。


「……! やっぱりお前だったか!」


 手負いのオリビアが、腕の流血を押さえながら必死に戦っていた。なんだって試験終わりにこんなところで解放運動なんかしてるんだ、アホか!


 ニンフは転移先として使える。俺はすぐに転移魔法を使ってそこまで瞬時にワープした。


「――っし、到着。今日は防具してないからな、頼むぜ妖精さんたち」


 茜色のニンフたちは聖剣の命令に従い、使役する者の体に細くてほの赤い糸を巻いた。それは次第に衣服となって、あらゆる攻撃から身を守る加護になる。


「ぐぁああ!」


 攻撃を受け止めきれなかったオリビアがらせん階段の途中から落下してきた。


「オリビア!」


 すかさず落下地点へ滑り込み、獣の女神の体を受け止める。


「おいっ、大丈夫かっ」

「……にっ逃げろ、相手は――」


 すると上空から巨大な生物が俺たちの上に降ってきた。俺はオリビアを抱きかかえながら間一髪それをかわした。生物が地面に降り立つと、その重量のあまり周辺の地面が揺さぶられた。


「なっ、なんだこいつは!」


 それは人のようで、人でなく、エルフのようで、エルフでない。巨大な全身は暗緑色の皮膚で覆われ、耳が長く、異様な体臭をまき散らし、体躯に見合うだけの大きな斧を持って、その黄色く光る目がこちらをにらみつけて、醜い顔がゆがんでいた。


 俺がお口ポカーンとしていると、オリビアが胸元でささやいた。


「……魔族のオークだ、勝てない、ここは引けっ」


 オリビアは足もけがをしていた。一緒に走って逃げるなど不可能だった。担いで逃げる? これ、逃げ切れるのか? あれ、斧振り上げてますけど、俺たちまずい?


 頭がパニクっていた。俺はいつもそうだが、人間以外の異世界特有生物に出くわすと、驚きすぎて体が固まり、ちょっとのあいだ身動きがとれなくなる。想像してみてほしい、いきなり空からオークが降ってきたらどうなるのか。……たぶん放心状態になるんではなかろうか、今の俺のように。


「ウっぎゃっおおおお!!」


 気味の悪い雄叫びとともに、斧が恐ろしい早さで俺たちめがけて振り下ろされた。



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