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試験終わりの午後

 手紙を読み終え、最後の国の英雄というワードを見て鼻で笑ってしまった。俺が英雄。そんな馬鹿な。ついこの間までは会社の上司にこびへつらって、残業の鬼と呼ばれていたこの俺がか? 


 聖剣を取りだし、鞘から抜く。真夏の太陽のような紋様の輝き、その合間から見える聖剣の磨かれた剣身には、俺の顔が映っている。会社員中島孝則ののっぺりした日本人顔ではなく、貴族セラフィムの端正で彫りの深い顔立ちが映っている。中島ならともかく、セラフィムは英雄にふさわしいルックスといえるだろう。そう思うと、現実味をかすかに感じた。やはり疲れ切ったおっさんより、若いイケメンの方が英雄っぽく見えるものだな……


 自虐的な決意とともに、俺は古文書に記された、通常とは異なる奇怪な術式を試していった。まったくのでたらめがほとんどの中、あるときほんの一瞬俺の周囲にいる茜色のニンフがピタッと動きを止めてまぶたを閉じた。


「……正解に近いな」


 そこから慎重に回路を微調節して、ようやくニンフを制御できる回路を発見した。そして、とある古文書の該当箇所を参照してニンフの加護を受けられるか実験した。ニンフは再び目を開き、俺の周囲を旋回して糸を紡ぎ、太陽色の衣を俺にまとわせた。


「きたっ、ビンゴだ!」


 俺はその古文書に記された術式をどんどん試していった。魔力回路の操作は人一倍得意だったから、いずれも習得が早く、完璧とはいえずとも形だけはニンフを用いた特殊術式のいくつかを組むことができるようになった。


「やったぞっ、これで爆発鎧武者の汚名返上だ! いやっほーーー!!」


 さんざん魔力回路の操作練習に明け暮れて、夢中ではしゃいでいると、帰りが遅い俺を心配してチャーチルとリゼが校舎をうろうろ捜し回っているのが二階のガラス窓の向こうに見えた。俺は声を上げ、二人に手を振った。チャーチルが気づいて、窓を開ける。


「セラフィムー! 何やってるのー!」

「とったどー!」

「何をですかー?」

「黄金伝説を知らないのかっ」

「え? 何だってー?」

「俺はハマグチだぁ!」

「違うよっ、セラフィム・ボナパルトでしょー!?」

「セラフィムったら、頭がおかしくなったのでしょうか?」

「う、うん、最近爆発しかしてなかったからね、ストレス溜まってたみたいだし、そろそろ気が変になってもおかしくないよ」

「早く迎えに行きましょう、心配だわ」

「そうしよう――」


 一階まで下りてきて、グラウンドで相対したとき、二人は俺が二重人格者であるがごとく慎重な態度で、「君の名は?」と聞いてきたので、某アニメ映画はこの異世界にもあるのかと若干驚いたものの、俺は気を取り直し、「ハマグチじゃない、ゼロ円生活もしない、俺は貴族のセラフィムさ」と答えておいた。二人はきょとんとして、俺が正気なのか正気じゃないのかはかりかねるみたいな感じだった。


 


 それからのことを話そう。俺たち三人は中間試験終わりでお疲れの異光組四人ダン・マッテオ・カイ・グレナダと合流し、ねぎらいの言葉をかけた。


「お疲れ様、凄かったなみんな」

「おうよ、こんなもん朝飯前だけどな。ふざけてブーメランで参戦してもどうにかなったぜ!」

「カイのおふざけは去年の冬の期末試験よりマシだよ、知ってる? カイはそのときヨーヨーで戦ったんだ」

「……笑止千万」

「草原のステージなんて隠れるところないから、弓使いのあたしとしては動きづらかったなぁ」

「俺はお前の【オーシャン・アロー】の分裂した矢が飛んできて動きづらかったぞ」

「隊形とか全然指示通りにならないよな、参謀っているのか?」

「ぼ、僕が映像から見る限り、隊形を崩してた原因はダンの放っていたライオンの術式だったと思うな。勝手気ままに動くし、なかなか消滅しないから、敵兵もそうだけど、自陣もライオンに踏みつけられてわやくちゃになってたイメージがある」

「あ、結局見てなかったけど、A軍とB軍、どっちが勝ったんだ?」

「B軍ですよ」


 するとB軍で活躍していたマッテオがリゼに向かってどや顔で「見てくれましたか」と言った。


「えぇ、マッテオが槍で敵を貫いているところから、オリビアに一撃されて宙を舞うところまで、ちゃんと見ていました」


 マッテオは照れた感じでモジモジしながら、「そ、そうですか……」と口ごもった。グレナダがマッテオの肩を持って、「何あんた、リゼに活躍アピールなんかしちゃって、さては狙ってる?」といい、マッテオが全力で黙秘した。


「照れてるけど、あんま褒められてないぞ。やられている恥ずかしいところまで見られてたらしいし」

「修練館の監視プログラムって、優秀だなぁ」

「いやいやダン、そういう話じゃねぇだろ。マッテオが発情期で、さらには貴族家の女性を狙うという犯罪についてだな」

「……は、犯罪ではない」

「逆玉の輿現象で一気に裕福になろうというのは犯罪ではなかろうか、どう思う、貴族のチャーチル」

「えぇ……? どうって、いいんじゃないかな、たまーにだけど、騎士と低位の貴族が結婚するとかいう話もあるし」

「け、っけ、けっこん……!」


 マッテオが鼻血を出してその場で卒倒し、彼は戦場ではないところで意識を失った。妄想が炸裂したマッテオの遺体を運んだのはダンで、彼は人がいいから、何も言わずにその役を引き受け、マッテオをかついで医務室に向かった。


「あんなふうに医務室送りになる奴、前代未聞だろ」

「ダンは優しいから、レイラには中間試験での名誉の負傷ということにしそうだな」

「負傷っていうか、鼻血出ただけだし」

「私のせいでしょうか……?」

「ちーがうちがーう、リゼは気にしなくっていいからねー」


 不意にチャーチルの腹が鳴った。


「あ、僕、おなかすいてきちゃった」

「なんで何もしてないお前が腹鳴らしてんだよ! 面白すぎか!」

「せっかくだから外に出て食べない? 食堂ばかりも飽きるでしょう」

「日も落ちてきたし、俺も腹が空いた気がするな。……よし、ダンには連絡しておいたから、あいつは後から来るとして、行きつけの店をはしごするぞー!」

「おー!」

「お、オー!?」


 士官学校の生徒はふつう、門番の許可なしでは外に出られない。しかし一部の不良生徒は城壁の抜け穴を知っていて、平日だろうが何だろうが、普通に城下町をうろうろしているという。俺たちはこれまでなかなかの真面目さを発揮して訓練に取り組んでいたから、実際にそこに連れて行ってもらうのはこれが初めてだった。



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