青春の一幕
『拝啓 季節は心地よいぬくもりを風とともに運び、陽気な天候に恵まれることが多いこの頃、我が夫、セラフィム・ボナパルト様におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、このたびは王立聖騎士団士官学校にご入学、誠におめでとうございます。しばらくお帰りにならないでどうしたことかと思っておりましたら、王都より書簡が届き、徴兵令にもとづく士官学校への編入生選抜の結果、我が平凡なる夫がなぜかなぜかなぜかどこぞの鬼軍曹様のご慧眼によって見出されたとの報告を受けました。伯爵以下二千人の貴族の中から約百名ほどしか選ばれない「名誉」なことだそうで。素晴らしいですね。以前より少しばかり聖剣の才がおありと伺っておりましたが、それほどだったとは。
領土については何ら問題ありません。書簡ついでにたいして欲しくもない50万ゴールドの援助金(あなたは役人から50万ゴールドの価値しかないと思われている!)をいただきまして、当主不在領土の最大の懸念である市民デモ抑制のための兵士をいくらか派遣しましょうかなどと親切丁寧にご提案いただきました。しかしあいにく我が民は街の救世主たる私をたいへん慕っておりますゆえ、丁重にお断りして、代わりに当主代行の権利書を発行していただき、一時的にボナパルト家の全権を掌握いたしました。あなた様がおサボりになった他領土の買収交渉については私が全部やっておきますから、あなた様は思う存分騎士の道を邁進なさってください。戦線で活躍すればお家に返してもらえるんですってね? いつでも好きなときに帰ってこられたら良いですわ。あなた様がお帰りになられた頃にはすでに街の発展が進んで、あなたの知るホロンはどこにもないかもしれませんが。
この手紙に返事はいりません。ですが最後に一つ約束をしてください。必ず無事で帰ってくること。 敬具
427R.H.
エリザ・ボナパルト
セラフィム・ボナパルト様』
――俺は読み終えて、彼女がそうとう怒っていることを察した。しかしなんだか嬉しくもあった。現世では嫁さんからメールや手紙をもらったことなどついぞなかったからだ。心配してくれているのか、けなしているのか判断がつきにくい(ほぼけなしている)内容ではあるが、もう家に帰ってくるなでくの坊! などといった帰宅拒否の文言は記されていないから安心した。そりゃそうさ、王の勅命だもんな、自分から家出したわけじゃないし、俺に非はない。いや、エリザのことだから、「どうにかこうにか誤魔化して落選すればよろしかったのに!」などと無茶なことを言いそうだ……
俺は50万ゴールドの男とののしられたのに、ニヤニヤしている気味の悪い自分を見つけて、さっさと寝ることにした。
――早朝、小鳥がチュンチュンほざいて、寝起きの悪い俺が目をこすりながら起床した。なんと迷惑な小鳥だ。目覚ましが鳴る前に俺を起こすとは。
オリビアはすでに部屋を出ていた。俺はぶつくさ言いながら小ブタ、……じゃない、チャーチルを揺すり起こす。
「おい、チャーチル、学科にいくぞ」
「うーん、ママぁ……むにゃむにゃ」
マザコンが発覚した。そして俺の声で上のリゼが目覚めた。
「……あら、セラフィム、早いのですね」
「まあな。昨日の飯と風呂が効いているのか、あれだけダメージを負ったのに、もう十分回復しているよ」
「そう、私はまだ少し足が痛む感じがするけれど」
「今日は無理せずにいこう、お互いに」
「そうですね」
身支度をして部屋をでる。三階にお住まいの三年生がぞろぞろと指定された学科の教室に向かっているのが見える。お勉強は退屈だが、しょうもない会社の単調な仕事よりは華がある。せっかく「学校」なんていう人生の青春期を謳歌するチャンスなんだから、頑張ってこなしますか。
「――えー、この地域でとれる魔法結晶はたいへん有用であってー、とくに聖槍との相性が抜群だと言われておりぃ……くーっ……」
「突然寝るなジジイ!」
「っていうか、試験範囲教えろタコ!」
「そうだそうだ!」
別館一階の大教室には、この授業を取っているのべ五百人の生徒が出席していた。二階にもそのくらいいるが、違う授業が行われている。そして俺たちは一階で一般生徒たちに混じって、飛び交う怒号をBGMとして耳にしていた。青春どころではなかった。
最年長の教官ハロルドには突発性居眠り症候群の疑いがかけられている。立ちながらにしてうなだれ、奇跡的なバランスで入眠することができる面白いジジイである。これは魔法結晶学と言って、戦場で産出される魔法結晶の有用性と効果、利用方法などを学ぶ授業だが、その前の霊力マネジメント論のメンロー教官はワイルドな見た目と怠惰なメンタルの持ち主で、この授業が終わったら街に繰り出してムフフと意味不明なことを昼間から喋り、酒が入っているのか顔を真っ赤にしてフラフラと自分をマネジメントできないまま教鞭を執っていた。軍人の天下り先として有名な士官学校にはふざけた輩が教官という職をあてがわれて、こんな風に給料泥棒の極みを演じることがままある。
《――キーンコーンカーンコーン》
「――はっ、……チャイムじゃないか、ははっ、ではな諸君、さようなら」
「ざけんなぁああ!」
配られた資料用紙が宙を舞う。生徒たち怒りの人力紙吹雪である。清掃員のおっさんが激怒してやめさせようとするも、これから昼休憩なのを良いことに、大勢の生徒(とくに今年卒業の三年生)が全てを放棄して食堂へダッシュした。腕っ節はたくましいが、勉学は苦手な者が多い士官学校では、脳筋思考でこのようなヤンキー的暴挙がたびたび起こる。あぁ恐ろしや。
カイは見慣れた光景にほくそ笑んでいて、ダンは優男のようににこやかにし、マッテオは無言無表情の平常運転、チャーチルはあくびをし、リゼはしゃんとお上品に座って、グレナダは頬杖をつき退屈そうだった。
「まーた中途半端なところで終わったよあのバーコード禿げジジイ。本当に授業するつもりあんのか?」
「試験範囲どうなるんだろ」
「どうせカイは【スティール】の魔法で解答用紙パクるくせに、何を心配してるのよ」
「それがさ、【千里眼】使える光組のキースに金積んで頼んでみると、まだ解答作ってないことが発覚したんだ、のんきなもんだぜ」
「パクってんのばれて対策とられてるとか」
「ひどいな」
「男どもはそーやってだんだん馬鹿になってくのよ、ねぇリゼ、あたしたちはちゃんと勉強しましょうねぇ?」
「当然です。私は犯罪に手を染めたりしません」
「犯罪だなんて、大げさだなぁ」
「一応国家試験ですよ。そこで不正を働くとは、立派な犯罪です」
「これだから女ってやつは……、おい、マッテオ、何か言ってやれ」
「……因果応報」
「はぁ?」
「犯罪者には天誅が下るであろう……」
「おー、マッテオが寝返った。ってかなんで顔赤いの」
「……(口を引き結び黙秘権を行使)」
「あ、だんまりタイムだ」
「チャーチル、授業終わったぞ」
「んあっ? そうなのぉ?」
平民出身でも、魔法を高いレベルで扱える彼らにはあらためて驚かされる。会話の中にも平然と高等魔法の名称が出てきて、そのたびに貴族階級の俺としては自虐的に笑ってしまう。高等魔法が貴族の特権だなんて真っ赤な嘘だ。やれるやつはやれるんだな。
そんなこんなで俺たちは席を外し、一般生徒の食堂への流れに紛れて、空腹を満たしに昼食をとりに行った。そして腹ごなしを済ませると、小休憩を挟んで、俺たちはまた実戦訓練に駆り出されてゆくのだった。




