教室の雰囲気
そして朝になり、指定された教室に入ると、そこにはざっと四十人ぐらいの生徒がいて、授業が始まるまでのあいだ雑談をしていた。
「うるさいですね」
「まあ、文官というより武官のノリだからさ。役人にもいろいろいたじゃないか」
「三年だともうちょっと落ち着いていてもいいんじゃないかなぁ」
「最年少のお子ちゃまが偉そうに言いますね」
「はぁっ! 関係ないでしょそんなのさぁ!」
廊下側最後尾から縦にワン・ツー・スリー。制服に縫い付けられた腕章は編入生であることを意味し(一般生に腕章はない、編入生は二種)、光組への編入なら腕章の色は白、異光組への編入なら赤。
席に着くとすぐに視線が刺さった。たった三人のみに用意された赤色の腕章。かなり目立っている。早く授業始まらないかなと思いながらしばらく周囲の視線をこらえていると、教官が革靴の硬い足音を響かせて(しかし奇妙なリズムの足取りで)教室に入ってきた。
「――はい、おはよう」
「はよー」
「うぃーす」
「J、三分遅刻じゃん」
教官は生徒たちからJと呼ばれていて、俺とチャーチルは「あ」と、昨日の大浴場でのダンの話を思い出していた。J。ジェームズ教官のJ。比較的温和な性格で、元はバリバリの剣士として戦場を駆け回った人だったが、足に重篤な怪我をして現役を引退。以来、足を軽く引きずるような歩き方がトレードマークになったという話だ。
「今日はね、あぁ、今日も、といった方が良いか。戦術論だ。前回の続きからするけども、資料が古いんでね、字がかすれちゃってるよ、たはは……。しかし集団戦術なんてのは実践で培うべきだし、今話してもすぐ忘れちゃうでしょう。君らは戦場にとっとと出てだね、っごほんっ……、失礼、えー、何の話だったかな。……あぁ、そうだ、君らね、卒業試験に落ちても肩を落としちゃいかんよ。下士官からでもバリバリ昇進する凄いのだっているんだから。かの英雄ゴーイングとかそうだよねぇ、彼は出世コースじゃなかったけど頑張っていた。魔力が扱えるだけ恵まれているよ。けれども、そこ、なんといったかな君」
生徒の一人が「ドリーでーす」と言うと、居眠りをしていたドリーという生徒の寝顔に向かってJは語り続けた。
「いいかいドリー、君みたいな寝坊助は絶対に落第するだろう、毎年平均して一割しか士官候補生にはなれないよ、君じゃあ駄目。まるで駄目。でも諦めるともっと駄目だ。軍人としての誇りを胸にだね、先に話したゴーイングの実践例から引用して、戦術論を今から語ろうと思うんだが、しかし寝ていては聞きもしない。……資料を配ります、前から送って」
クラス全体が笑った。その笑いで目が覚めたドリーは周囲に何が起こったか聞いていた。チャーチルは目をこすりながらニヤニヤして、リゼは相変わらず無表情でしゃんと座っていた。
チャイムが鳴って授業が終わり、かつてエリザに教わった内容だったなと、さして何も思わずぼーっと移動し始める生徒たちを見ていると、三人組の男子生徒がすれ違いざまに俺に向かって
「おい異光組、今日はボコってやっからな。覚悟しやがれ」
「ひ弱な貴族根性、たたき直してやるぜ」
「いぇーい、Yo・Yo、Foo!」
最後の奴だけ何が言いたかったのか意味不明だったが、とにかく喧嘩は実戦訓練の時に売るつもりらしい。それだけを言い残して次の学科授業が行われる教室へ移動していった。
「……ふん、望むところだ」
俺たち三人は次もこの教室だったので、座りながら休み時間を漫然と過ごした。チャーチルはさっきの授業がよく理解できなかったらしく、あれはどういう戦況なの、これはどうして良い陣形だといえるの、などなど、いろいろ聞いてきた。リゼはああ見えて結構好奇心旺盛で、アホに面白い嘘を吹き込みまくっていた。余計に混乱するチャーチルは滑稽だった。
「――おっす」
ダンと、もう一人、金髪ロン毛のすかした男が入ってきた。
「ダン、Jの授業はあくびが出そうだよ」
「お、初っぱなからJだったのか、そうだよな、睡眠効果すらあるだろう」
「セラフィム、こちらの方は?」
「あぁ、紹介するよ、彼はダン。俺たちと同じ異光組の人間だ」
「どうも」
「では、そちらの方は」
金髪ロン毛野郎は何も言わずリゼのとなりに座り、ひとこと、マッテオ、と言った。
「こいつ無口だけど、悪い奴じゃないんだ。よろしくしてやってくれよな」
「マッテオかぁ、よろしくぅ」
「……」
チャーチルにそう言われて、マッテオは何も答えず軽くうなずいただけだった。必要最小限のコミュニケーションはなかなかシュールなものがある。チャーチルは苦笑いしている。
「お、グレナダとカイだ。お前らもこっち来いよ」
グレナダは女生徒で、赤い癖毛が特徴的な、目つきの悪い奴だった。
「なによダン、……あー、例の編入生ね」
「おー、グレナダ好みのイケメンがいるじゃないか」
カイは背の低い男子生徒で、制服を着ておらず、胸に波瀾万丈と書かれた文字Tシャツを着ていた。後で聞いた話だが、彼は実戦訓練の時しか制服を着ないのだという。胸に骸骨のシルバーネックレスをつけ、どこかチャラくて、なんともいえないファッションセンスで面白い。本当に聖騎士を目指しているのか怪しいくらいだ。
「あ、それもしかして僕のこと?」
「ちげーよデブ。俺が言ってるのはこっちの白馬に乗った王子様っぽい奴」
「デブって言うな! これから痩せるんだよ!」
内心で、三十五歳のおっさんなんだけどな、と皮肉を言った。見た目がイケているというのは(大変なことも多いが)、改めて得だと知った。異世界転生万歳、Foo。
「たしかに、かっこいー。でも貴族だし、どうせ婚約者とかいたりするんでしょ。ってか、指輪はめてるし。既婚なのね」
「ああ、正妻が一人いる」
「いいねぇー、良いご身分だ。正妻が一人、だってよ、おいグレナダ、側室なら良いらしいぞ」
「そんなこと言ってないでしょ! 失礼よ、……ねぇ?」
「ははは……」
リゼの視線がきつい気がする。こういう話は女貴族だとシビアに受け取るらしい。
「次は魔法工学だからな、また暇かも」
「そうか、で、あと何人来る」
「残念。この学科は三年専用だから、もう誰も来ねぇ」
「三年は異光組が七人か。たしかに教室がすかすかでさみしいね」
「だろ? 基本この七人がメインだから、仲良くしようぜ。お、そろそろ時間だ」
――そんなこんなで授業をこなしながら、ついに日が昇ってきて、昼食休憩になった。




