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オリビアのこと

 ――魔法能力診断後の腹ごしらえが済み、あくびをしながら部屋に戻ると、さっそくオリビアが一年間のスケジュール表を配った。


「順を追って説明するから、気になったところはメモでも何でも取っておくと良い。おいチャーチル、寝るな」

「ふぁい……」

 

 そしてオリビアによる士官学校の制度説明が始まった。以下、彼女による説明を要約する。


 そもそも士官学校とは聖騎士団の中の少尉候補生を育成する場である。これは卒業できたらの話で、落第した者は下士官からのスタートになる。生徒数は一年から三年まで含めると約千人。この学校のルーティーンは、朝の七時起床、朝食後に学科(戦術論、サバイバル学、魔法武器工学、霊力概論etc……)、昼食後に肉体訓練(アップ代わりらしい)から聖騎士修練館にて立て続けに実戦訓練が始まる。夕食後は各自自由。大浴場で体を休めるもよし、修練が足りないと思うなら追加で練習してもよし。消灯は夜十一時。年に数回、定期的に『遠征』なるものが行われ、実際の戦場(重要度は低い)に集団で赴き、真の意味での実践を通して戦場における立ち回りを学ぶ。


「徴兵令を受けた貴族は当然お前達だけではない。他のルームに光の聖剣を扱う貴族達が百名ほど収容されている。彼らは光組、お前達は異光組と呼ばれることになるだろう」

「何が違うんだ?」

「まず、士官学校には様々な武器が用意されていて、お前達のよく知る聖剣以外にも弓や銃など、剣とは異なるタイプの精霊石を元にした武器が用意されている。どれも聖剣と同じで、魔力回路の組み替えで霊力を解放する仕組みだ。特定の回路組み替えを『術式』と呼ぶのは知っているだろう? 光組と異光組では術式がまるで違うから、霊力に関する学科のクラスが異なる」

「なるほどぉ、僕たちちょっと特別なんだねー」

「術式が違うと、どんな差が生まれるのですか」

「主に霊力の性質や解放量が違う。妖精ニンフの扱いも全く異なる」

「え、ニンフって取り扱いがあるのか?」

「無論だ。ニンフは有用なのだぞ。知らなかったなら学科で学び、実戦訓練で試してみると良い。ちなみに卒業試験ではニンフとの連携も試験官に見られているから気をつけろ」

「へぇー、そういうものか」


 貴族への徴兵令は半世紀ぶりだから、役人側としても試験的な運用とみなしているらしい。今の貴族が戦場でどの程度活躍できるのかを図り、その後の判断材料とするつもりだとか。一定の効果が見られたらお役御免でそれぞれの領土へ帰れるという話だ。


「卒業までに一年、そこから候補生として戦争に参加し、成果を上げ、役人が良しとするまでに半年。帰郷するまでには最短で一年半だな」

「……まさかこんなことになるなんてな。急すぎて未だに現実味がない」

「だよねぇ、なんでこんなに急なのかなぁ」

「一度領土に返したら、お前達貴族はなかなか王都に帰っては来ないだろう。あることないこと言い訳をして徴兵を拒否するに違いない」

「役人どもには貴族の怠慢さがバレていますね、ふふ」

「笑い事じゃないよ、リゼ」

「戦果次第では少尉の資格を得ることになるだろうし、一軍人として胸を張って家に帰れるかもしれないじゃないか。悲観するんじゃないぞ」

「いやいやいや、戦闘させられるなんて嫌ですよ」

「領土統治だけで良かったのになぁ」

「女としては、軍事参加経験なんて必要ありませんしね」


 三人はため息を漏らした。やるしかないのか、という憂鬱な空気だった。


「――説明は以上だ。何か質問はあるか」

「はい、僕、質問あるよ」

「なんだチャーチル」

「オリビアはどうやって士官学校に入学したの」

「私が獣人であることを気にしているのか」

「え、いや、まぁ……」

「昔の話だが、私の両親が戦争で華々しく散った。そのときの戦果のおかげで娘の私が市民権を得たのだ。奴隷ならば士官学校に志願できないが、私は王都住まいの一般人扱いだったからどうにかなった。親譲りの身体能力もあって、入学試験は容易だったよ。一学年に一人くらいは獣人がいるから、出会ったとしてもそう驚かないでやってくれ。本人達は気にしていたりするから」

「うぅ、なんかごめん」

「気にするな」

「オリビアも三年か」

「あぁ、もう士官学校の暮らしにも飽きた。早く戦場に行きたいよ」

「えぇっ! 戦場に行きたいって、どんな心理なの?」

「両親の敵が取りたいのだ」

「あぁ……それで騎士になろうと……」

「私たちの部屋のルームリーダーになったいきさつは?」

「前の部屋でちょっと揉めごとを起こしてな。出て行かざるを得なかった」

「揉めごと?」

「獣人蔑視はどこにでもある。スラムにいた頃は人に似ているからと逆の意味で差別されたものだがな」


 我が国の中で最大のスラムは王都の地下に存在する。奴隷が収容されていたり、売買されていたり、とにかく良い噂は聞かないし、貴族は基本的に寄りつかない。獣人や一部魔族などの知性が高い生物はバイヤーが狙っていたりして、ともすればどこかの屋敷の下働きをさせられていたりもする。


「オリビアも大変だなぁ」

「何を言う。これからはお前達の方がおそらく大変だぞ」

「確かに。戦闘経験がまともにないから、最初のうちは手も足もでないかもな」

「おどかさないでよセラフィムぅ!」

「私、女だけど、やっていけるかしら……」

「大丈夫、女には女のやり方がある。ルームリーダーは個別指導も兼ねているから、お前達の中で追加訓練をしたいというならいつでも付き合うぞ」

「おぉ、頼もしいな」

「私はこれから少々用事があるから、お前達は明日に備えて風呂でも入って早く寝た方が良い。魔法能力診断とやらで疲れているんだろう。ではな」


 そう言い残してオリビアは部屋を出て行った。夕食後は各自自由という話だが、さすがに疲れたので、おとなしく大浴場に行って疲れを癒やすことにした。


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