医務官レイラ
案内されたのは士官学校の寮「アポロン」だった。巨大な城を囲う何重もの城壁の間には多くの建築物が内包されていて、アポロンはその一つだった。城壁が高すぎてそれほど大きく見えないが、軍人の卵が寝食を共にする場所としてはなかなかの大きさだ。訓練場とは別になっているみたいで、寮はほとんど衣食住のために使われるそうだ。生徒数が相当多いのだろう。
「こういうときは先に書類やら何やら、書き物をしないといけないと思っていたが」
「王の勅令には誰の許可もいらない。お前の他にも数名の貴族がここに連れてこられるだろうが、そいつらの処遇は我々騎士団に一任されているし、国に報告するのはまた別の人間がやってくれる」
軍曹はそう言って寮の見取り図を手渡してきて、それに添えて明日の簡単な予定を言い残し、残りの仕事を片付けてくるとして去って行った。
「……えぇ、扱い雑いな」
寮内は人が見当たらなかった。訓練で外に出ているのだろう。
俺はとりあえず最初に行くべきだと指示された士官学校の事務室に出向いた。
二、三回ノックすると中から返事が返ってきた。扉を開けると、小さな会議室のような部屋が広がっていて、コの字型に並べられた机と椅子が見えた。そしてそこで一人、椅子に座って書類を眺める女性がいた。
「――失礼する」
「お、第一号。さては剣を抜いた瞬間に摘発されたな!」
やたらテンションの高い女だった。肌が白く、緑色の長髪を後ろでおさげにして束ね、耳が長く尖っていた。間違いない、エルフだ。
「えーと、あ、これね。はいはい、セラフィム・ボナパルトくん、十七歳、若いねー、子爵位で、なになに、最近結婚したんだ。うらやまー」
「あの、あなたは?」
「あたし? あたしはレイラ。この学校の医務官をやってる。見ての通りエルフですよん。いつも一階の医務室でズタボロの生徒を回復魔法で良い感じに治療してるから、訓練で痛い目見たら遠慮無く来なさいね。よろしくぅ」
早口でさらっと自己紹介され、そ、そうか。としか返事ができない。訓練でズタボロにされることがあるらしいが、そのたびに彼女にお世話になるのだろうか。あー、もう帰りたい。
「それは何だ?」
「ん、これはねぇ、君の個人情報がたっぷり詰まった機密文書♡」
「役人に発行してもらったんだな」
「そそ。他にもね、もとから目をつけられてた貴族達のやつが送られてきてねぇ。たぶんこのあとパクられて来るはずなんだけど。君が一番乗りだったね」
「見つかるのが早すぎたかな」
「何色?」
「うーむ、茜色と言ったらいいかな。緋色でも良いし、とにかく、ちょっと明るい感じの赤なのだ」
「へぇーーっっ! そんな子初めて! 茜色? 青でも黄色でも紫でもなくて? え、ホントに? うそ、今度見せてよ、ね、ね」
「ああ、構わないが……」
俺は貴族の威厳ある態度を忘れて、タジタジだった。王都では子爵など平民とほぼ変わらない。王宮の中ではさらにそうだ。軍部に属する人間などはかなりフランクに話してくる。体育会系のノリだ。
「――はっ。取り乱したわ、ごめんなさい。あれよね、制服とか生活用品とか取りに来たのよね、きっと」
「そうだ」
「おっけい、かもん」
彼女のかけ声に呼応するように紙袋が出現した。転移魔法だ。
「はぁい、生徒証とかもぜーんぶ一式入ってるから、今日はもう部屋に入って休んじゃいなさい。明日は朝早いから早く寝なさいよねー」
「えぇ、ご忠告どうも」
強く背を叩かれて、ガッツポーズで頑張れ! と言われ、部屋から追い出された。早く寝ろと言ったり唐突に頑張れと言ったり、情報量の多い人だ。この怪我人が多い学校のヒーラーらしいが、そんな風には見えないぞ。
見取り図の指定された場所に行ってみると、自分の寝床の部屋にたどり着く前にどこからか声がして、気になってそちらへ行ってみることにした。
三階から窓の下をのぞき見ると、武道館のような形状の併設された建築物が目に入った。あそこで生徒達が訓練に励んでいるのか。ものすごい爆音がときどき聞こえてくるが、建物は大丈夫なのだろうか?
士官学校がどのようなところなのかピンとこないまま、しかし他に行くところもないので、そのまま三階の廊下を進み、305号室に入った。まだ誰もいない。
二段ベッドが二つあり、その奥に勉強机が二つ。丸テーブルが一つ。タンスは大きめのものが一つ。シャワールームとトイレが完備されていて、なんだかホテルの一室のような印象だった。
向かって左の二段ベッドの上に鞄と衣服、生活用品などが置かれている。先客が一人いるみたいだったが、荷物の持ち主は外に出てしまっているらしい。誰だろう。
しばらく右の二段ベッドの下でくつろぎ、空間魔法で携帯していた本を呼び出して読みふけり、暇をつぶしていた。すでに夜の七時を回っていて、そろそろ飯が食べたいと思う頃、ノックする音があって、返事をしてやると、新たな入居者が部屋の戸を恐る恐る開いた。




