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徴兵令と異端の輝き

 最後の火魔法の検査で、最終対象者が無難な一芸を披露する。攻撃や実用性目的ではなく、一つの作品としての火魔法。作品名は……「ファイヤーツリー」とでもしておこうか。


 丁寧にコントロールされた炎が支柱から左右に細かく分離していき、まるで樹木のように枝を広げて浮かび上がる。梢からはパチパチと火の粉が吹いて、なかなかに美しい。


 検査官がそれを点検して、魔法実技の点数として評価し、用紙に加算していく。


「……はい、分かりました、ありがとうございます。以上で四大属性の魔法能力診断を終了します。続いて聖剣練度検査を行います」


「げっ、聖剣練度検査? そんなものがあるのか」


 王都ルカティの中心、王室を守る要塞としても知られるジークフリート城内部、魔法教練特別室に集められた我々貴族は、魔法能力診断とやらで神経をすり減らしたあとに、もう一つ新しい能力検査が今年から実施されることを知らされた。


 あとから入ってきた王都の役人が渋い声で説明する。


「――えー皆さんも知っていらっしゃることでしょうが、近年、我が国の経済状況はあまり思わしくない。これは様々な理由があるが、最も深刻な原因とされているのが、他国との戦争にかかる費用の問題だ」


 嘘つけよ、と、心の中でツッコミを入れた。絶対、例の宰相が悪い。


「詰まるところ、我が国は現在、軍事費用の削減に注力して、浮いた資金で経済を立て直すべく、法律の整備に追われる状況にある。しかしながら、他国との戦争にも負けてはいられない。目下、三大大国のうちの一つであるバジリスクとの戦線は押され気味で、長い目で見れば戦線の維持は非常に危ういとの報告を受けている。戦力の強化も国にとっては急務なのだ」


 わがままな奴めと思った次の瞬間、役人の口から恐ろしい話が始まった。


「軍事と経済を両立させることが国家レベルでどれほど困難なことかは周知の通りだ。そこで我々役人は様々な角度から協議し、一つの結論に至った」


 役人は部下から一枚の紙を受け取り、それを我々の方に向けた。


「これは王室からの勅令文書である。国の前途を左右する事態に対し、国王が直々に発令なさったものである。これから私が読み上げるが、諸君らはこれを国王のお言葉であるとみなして、心して聞くように」


 その勅令文書の内容を端的に言うと、徴兵令だった。もう少し具体的には、軍備縮小で弱体化しつつある王立聖騎士団の実戦部隊への人材補填を、貴族の中で選抜して行う、ということだ。


 貴族達は唖然とした。もちろんここに集められた貴族は上が伯爵、下が男爵で、侯爵以上の大貴族はそもそも呼び出されていない。あとで聞かされたことだが、何人かの伯爵貴族は徴兵令の事前情報を掴んでいて、今年だけ異常な額の献上金を納め、一時的に侯爵になって招集を回避していたらしい。


 貴族が貴族として威厳を保ち、国民から尊敬を得ていられるのは、国が危機に瀕したとき、徴兵令を受けて戦争に参加し戦うと王に誓いを立てているからこそだった。徴兵令には王室の承認が必要だから滅多なことでは発令されないが、法律としては古くから存在し、貴族という概念の根拠にもなっていた。


 徴兵令を拒否すれば貴族の位は剥奪される。つまり、徴兵令を受けた貴族がその体裁を守るには、騎士団に所属して、修練を積み、戦争に参加して、苦しい戦況を打開しないといけない。


「……やべぇ」


 他の多くの貴族が騒がしい中、俺は小声でそう言った。徴兵令といえど、徴兵検査で選抜から漏れてしまえばおとがめなしだから、いかに騎士としての素養がないか、つまり、聖剣を無能に振る舞うかで頭を悩ますべきだというのに、俺は頭が真っ白になっていた。


 俺の聖剣は茜色に輝いてしまう。


部屋に聖騎士団のメンバーが数人、選抜のためにのこのこと入ってきた。誰が聖剣の素養があるのかを見抜いて、即戦力になりそうな者はこの場で即刻引き抜いていくらしい、


 温室育ちの貴族達は動揺していた。


「どっ、どうすればよいのだこんなもの!」

「彼ら聖騎士が見ているとなると、下手を演じているのがバレてしまうではないかっ」

「貴族のたしなみとしての聖剣ではなかったのか? それより、バジリスクとの戦況がそんなに危ないなどとは、初耳だぞ!」

「説明が不十分すぎるぞ、小役人めが……」


 無論、バジリスクとの戦争はそこまで急務ではないだろう。説得のためのブラフだ。しかし聖騎士団のメンバーらの威嚇するような目つきが貴族達を押し黙らせる。顔や耳にかけて裂傷が走り、ある者は片腕が無い。歴戦の猛者をわざとチョイスしてきたのはあの役人のセンスだろうか? いいセンスしているじゃないか、もう貴族達が震え上がっている。


 貴族達は覚悟を決め、用意された聖剣を握り、指示されたとおりに魔力を注入した。ここでは初めて聖剣を触る者も少なからずいた。


「……おい、貴様、早くしないか」


 俺はきわめて憂鬱な表情で聖剣を見つめ、聖騎士団のメンバーの一人にせかされてやっと我に返った。はぁ、お前達が聖騎士団の歴史とかに疎ければ、何も目をつけられずに済むかもしれないのになぁ、そうだったらいいなぁ、と思っていた。


 やむを得ず魔力を注入する間際、背後で叫び声が上がった。


「うあぁああ! 何だこれは!」


 その者の聖剣は通常の光り方をしていなかった。ほんのり青みを帯びた白い光りの聖剣が群をなす中で、彼の聖剣は漆黒に染まっていたのだ。その者はどうも今日が聖剣に初めて触れた日のようで、彼は自分の聖剣が異端であることを知らなかったらしい。


「おい、ウルフス、連れて行け」

「承知っ!」


 がたいのいい聖騎士の一人が漆黒の聖剣を握る彼を連行していく。


「いっ、嫌だっ、どうして僕が戦争にかり出されなきゃいけないんだっ! どうして!」

「うるさい、静かにしろ!」


 彼は部屋の外の暗がりへ消え、そしてそのまま扉が閉ざされた。


「……おい、どうした、グズグズするな、セラフィム・ボナパルトよ」


 俺はハッとして、先ほどから俺をせかしてくる聖騎士団のリーダー格の男を見た。どうして聖騎士が俺の名前を知っているんだ。全く無名の、田舎貴族の俺の名を……


 リーダー格の男は終始不吉な笑みを浮かべて俺を見ていた。


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