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近代化成功と彼なりの覚悟

 ――我が領土ホロンが近代化を完了させるまでに要した期間を発表しよう。たったの一年だ。普通、金と人力で近代化を目指すなら軽く二十年はかかっただろうが、それは電気がエネルギーの主役を担う世界の話だ。ここは異世界。魔法が主要エネルギーだ。


 俺の体感によれば魔力は電気の二十倍くらい効率が良いし、なにより融通が利いた。貴族の余計なプライドがこれっぽっちもない庶民派の俺は、他領土からどんどん魔法技術者を呼び寄せて、潤沢な魔法結晶をあてがい、


「さぁ、どれだけ結晶を消費してもかまわないから、巻きで頼むぞ。スピードが肝心だ」


 と言って発破をかけた。お察しの通り、魔力鉱脈は比較的スムーズに掘り当てられ、半年で20個ほど魔力プール(油田のようなもの)が完成した。上質な魔力の確保と安定供給がこのときすでに可能となっていた。


 そこからは異常に早かった。エリザの英断で金に糸目をつけずに人材に投資を続けた結果、恐ろしい速度で工場が建設されていき、各地で同時多発的に魔力動力の輸送機械が生産、出荷されていった。


 貿易のためにあらかじめ急ピッチで交通を整備していたおかげで輸送は大変効率が良く、海から運ばれたものは山を越えずにトンネルを通って行ったし、贅沢に魔力で育てた果実や野菜は大好評でばんばん隣の領土に売りつけたし、貿易の手を広げすぎないことで情報封鎖もある適度の効果を上げて、我がボナパルト家は子爵のまま急速に豊かになっていった。人材投資における金銭の問題は、経済の爆発的な活性化で補われていた。


 大都市ののろまな輸送体系とは対照をなすような、圧倒的ハイスピード物流が生み出す経済効果は、街並みに如実として現れた。工業・農業・商業が活発化し、外からの人の出入りも慌ただしくなって、知る人ぞ知る経済的秘境、尋常ならざる魔力供給量で無理矢理近代化へ爆進する、究極の成り上がり輸送基地と化していた。


 エリザはこれを我が物顔で城から眺めた。


「エスピオ山の魔力鉱脈は反則技でしたわね」

「まぁな。しかし一番の反則はお前の商才だぞ、エリザよ」

「ふふん」

「普通は金で経済を回して魔力で街のインフラを支えるけど、お前はその逆をやった。魔力で経済を回し、金で人材を集め、そやつらにインフラを整備させた。この規模のビジネスでセオリーに背くなんて、なかなかできたもんじゃない。余やクラウスなど、人材投資で金が底をつきかけるたびに寒気がして怯えたものだ」

「魔力はただのエネルギーではありません。上手くやれば金を生みます」

「なるほどなぁ……」


 エリザの指示で、採掘できた魔法結晶の一部を個人用の小型通信魔法結晶に加工していた。エリザはそれを貿易相手の領土にばらまくよう輸送関連会社に命令し、他領土の住民にティッシュのような感じで大量無料配布を実施していた。


 要するに、エリザがやったビジネスはアマゾンの小規模バージョンだった。小型通信魔法結晶に商品一覧の資料を送りつけ、個人レベルで商品の注文を承って、交易圏内であればいつでもどこでも輸送いたします、という、人材の数がものをいう輸送方式。これには前述の通り人手が必要で、なるだけよそから人をかき集めて金で雇わないといけなかった。


 俺は豊かになった街の風景を見下ろしながら、異世界でもアマゾン戦術は効果抜群だなぁと感心していた。


「魔法能力検診、と正式名称を改めたそうよ」

「何でも良いじゃないか、お役人さんは何を気にしているんだか」


 俺には一年に一度の王都招集が迫っていた。貴族としての権威を保つために、定期的に貴族の魔法の腕がなまっていないかチェックするという、誰が考えたのかよく分からない制度がある。もちろんこれもお役人が考えたのだろうが、真の目的はおそらくそのあとの経済収支報告会だろう。


「……やはりバレるだろうか」

「バレるなら盛大に、です。どうせ伯爵に戻されるのだったら、ついでに近隣の領土を買い叩いてらっしゃい」

「領土拡大か」

「資金なら十分貯まりましたから」


 エリザは経済収支報告会に集まってきた貴族達(特に近隣の領主)に直接接触を図り、領土を売ってもらえと言っている。交渉術はエリザに普段から教え込まれているから出来ないことはないだろうが、ちょっと自信がない。


「悪目立ちしないだろうか」

「大丈夫だと思いますよ。金銭と一緒に輸送サービスもセットで提示すれば、経済的に逼迫している貿易下手の領主はうなずかざるを得ないはずですし、それを他の貴族に知られるのはプライドが許さないでしょうから、口外もしないでしょう」

「逼迫させているのは誰かな」

「お黙り」


 資本主義の鬼、あるいは輸送ビジネス界の風雲児、とも言うべき彼女は、まだまだこの先を見据えているような目つきで自身が再建した街を眺めていた。魔力乱用の輸送事業はその後、徐々に通常のマネーによる管理形態へと移行していった。超短期間で街を発展させるための特別措置はもともと一年をリミットに設定していたのだった。


 そして俺とエリザは美しく整備された豊かな街の教会で結婚式を挙げた。持参金目当てで口説きましたとは、もう二度といえない状況だった。彼女はあまりにも優秀すぎたし、俺は感謝しきれないほどお世話になっていた。街は祝福ムード一色で、もはや覚悟しなければならなかった。


 俺はもうしばらく、セラフィム・ボナパルトとして生きよう。


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