リオネルの考え
ファウスト先生と別れてしばらく、私とリオネル様は女子寮の廊下を歩いていた。
(てっきり、リオネル様のお部屋に連れていかれるのかと思ったわ……。)
また先程のように怒りをぶつけられるのかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。
少し意外というか、驚いてしまう。
「……おい。」
「は、はい!!」
リオネル様に突然声をかけられ急ぎ返答する。
私の少し前を歩くリオネル様は振り返ることなく話し始めた。
「先程お前はフェミリオルと特別な仲ではないといったな。だが、愛称で呼ぶような仲がよく知りもしない相手か?」
「そ、それは……。」
「もう一度聞く、フェミリオルとはどういう関係だ。」
「…………。」
先程の言葉に嘘はない。
だけど、同じ言葉を繰り返してもきっと嘘をついていると思われかねない。
だとしたら……
「……8年前に一度、彼に会いました。でも、その当時の事を覚えているのは私だけで、彼は覚えていませんでした。再会したのはつい最近で、彼にとってはそれが初めての対面になったはずです。……特別といえるような仲ではないと、彼自身も言っていましたし……。」
嘘偽りのない真実をリオネル様に語る。
だけど、その再会がいつなのかとか、私は向こうをどう思っているのかとか、不要な言葉は漏らさないよう言葉を選んだ。
その言葉に対し、どんな言葉が返ってくるだろうか。
私は不安な気持ちから肩身を狭くしながら言葉を待った。
「……はっ……。特別な仲ではない者があんな態度をとるものか!!物好きな奴だ。お前のような娘を好くとはな。」
「…………え?」
「……その様子だと気づいていないようだな。あの生意気な一年は自分の方がお前と親しいとアピールするために愛称で呼んだのだ。わざわざな。ふんっ、こざかしい。」
イラつかれながらも静かな足音で歩くリオネル様。
その足は少し足早になってしまうというのに、私はリオネル様の口からこぼれた言葉に驚き、足を止めずにはいられない。
(……自分の方が……私と……?)
てっきり、リオネル様の怒りを買いたいのかと思っていた。
でも、そうでなかったというのだろうか。
……いや、そもそもなぜ好き好んで怒りを買いたがるのかという話にはなってしまうけれど、リオの挑発的な態度の数々。
少しの間共に居ただけで彼が人を挑発するのが好きなことはなんとなくわかる。
……理由はわからないけれど。
だから、だからこそ――――
(もし、本当にリオネル様の言う通りなら……すごく嬉しい。)
「おい、ぼさっとするな!早く来い!!」
「は、はい……!」
いつの間にやら開いていた距離が気に障ったのか、大きな声をあげてリオネル様が私を呼ぶ。
私は急ぎリオネル様に近づいた。
するとリオネル様は私が近くに来たのを確認すると、そっけなく視線を私から前へと戻し、歩き始めた。
「しかし、あの生意気な態度は一度懲らしめてやる必要がある。先輩に対する口の利き方がなっていない!!なんだ、あの上からの物言いは!お前もお前だ!!あんな奴のどこがいい!!!」
「え、えっと……それは――――――」
「本当に答えようとするな!どうでもいい。」
「は……はい……。」
(なんて理不尽なのかしら……。)
聞かれたから答えようとしたらこの扱い。
いや、正直、答えなければいけないの?と思ったけれど、この扱いはちょっとひどい。
……この扱いは今に始まった事ではないけれど。
「……だが、この問いには答えろ。体調の不調は事実か?それとも嘘か?」
「え……。」
「答えろ。」
「は、はい!!え、えっと、じ、事実です。倒れかけたところをリ――――フェミリオルに助けられました。」
こちらを向かずに歩きながら問いかけてくるリオネル様。
そんなリオネル様の声はあくまで私がそう感じるだけだけれど、面白くないと思われているような、そんな声だ。
(でも、そう思われても仕方がないわよね。だって、リオと二人きりでいるところを誰かに見られたら、変な噂が立ちかねないもの。)
まぁ、普通に私とリオが恋仲という噂は誰もが「ありえない」と思うだろう。
醜い私を好くもの好きなんてリオネル様くらいといわれているのをよく耳にするからだ。
だから、どちらかというと私が気が多い女だのなんだの噂され、周りの人がリオネル様に婚約の解消を助言されるようになるとか、そういう事が起こり得ると思う。
そうなればリオネル様も煩わしい思いをすることになる。
軽率な私の行為はそれはそれは面白くないものだったのだろう。
なんてことを思っているとリオネル様は再び足を止められ、私へと振り向かれた。
「……その不調は俺のせいか?それとも元からか?」
「え……。」
「答えろ。」
「…………えっと……。」
別に今朝は体調に不調はなかった。
意識がもうろうとしていたのは首を絞められたことによる一時的なものだと思う。
となれば、リオネル様のせいという事なのだろうけれど……
「……素直に言えばいいものを。お前は解りやすい。俺のせいなのだな。」
「……申し訳ありません。」
「謝る理由が解らん。お前は…………形式上だけでも私の妻になる女だ。簡単に謝るな。」
「は、はい……。」
予想とは違う反応が返ってきたからだろうか。
なんとなく変な気持ちになってくる。
というか、リオネル様はどうして自分が悪いのかだなんて気にされたのだろう。
いつもは暴行を私に加えてもまるで気にされなかったのに……。
「……お前は、あの男が男として好きなのか?」
「なっ……!!」
「……好きなのだな。」
「…………はい。」
そこまでわかりやすいだろうか。
反応一つで見破られてしまうだなんて。
少し、恥ずかしい。
「……あいつとはもう会うな。」
「っ!!」
冷たい声でリオネル様はこちらに振り向くこともなく私にとってはとても残酷な言葉を投げかけてきた。
でも……
(……それは、そうよね……。)
いくら私たちの間に愛はないといっても私たちは婚約者。
それも、私は形式上だけでも次期国王の妻となる。
……ほかの男性に思いを寄せていることを良いと思われるはずがない。
会うなと言われたって、仕方がない。
「……人目のある場所で二人きりで会う事は許さん。……だが、人目につかぬ所なら好きにしろ。」
「…………え?」
「私も外で子を作るといっているのだ。お前にだけ他の者となれ合うななど言えるわけがないだろう。……それとも何か?お前は俺がそう言う奴だとでも思っていたのか?」
「い、いえ、そ、そういう訳ではっ……!」
ただ、言われたことに対して言われても仕方がないことだとは思った。
それだけだ。
でも、全くそう思わなかったかと聞かれれば……――――
(……私はリオネル様を、誤解しているのかもしれない。)
「……お前も女らしい顔をするのだな。」
「え……?」
「なんでもない。」
これ以上話す事はないといわんばかりに再び歩き始めるリオネル様。
私も今度はリオネル様から離れない様にすぐそばを歩く。
(……嬉しい。)
リオを好きでい続けてもいい。
まさかそれをリオネル様から言っていただけるとは思わなかった。
「リオネル様。ありがとうございます。」
「……ふん、言ったはずだ。結婚し、王位さえ手に入れば何も問題ない。俺にとってお前は王位を得るために必要な道具。それ以下でもそれ以上でもないというだけの事だ。」
ひどくぶっきらぼうに言葉を吐き捨てるリオネル様。
だけど、そんなリオネル様の言葉に私は喜びを感じずにはいられない。
リオネル様に隠すことなく、堂々とリオを思っていていい。
そんな事を思える日が来るだなんて思わなかった。
普通に、常識的に考えて許されることではない。
無いけれど、リオネル様にお許しいただけたことを私は喜ばずにはいられなかった。