優しいだけじゃ終わらない
午後一番の授業の終わりの鐘が鳴り響く中、私とリオは屋上から校舎に続く階段を下っていた。
「ありがとうリオ、あなたのおかげで体が楽になった気がするわ。」
眠ったおかげで視界がぼやけることがなくなった気がする。
これなら次の授業はちゃんと出席できるだろう。
「ま、良かったんじゃない?首のあとも綺麗に消えてるみたいだし?でもまぁ――――」
「??」
突然リオの表情が悪戯に歪む。
なにか悪い事を考えてるようなそんな表情。
(一体何を――――)
「あぁ!見つけましたよ、フェミリオル君!!!」
屋上から降りてくる私たちを見つけたのは魔法学クラスのファウスト先生。
いや、ファウスト先生だけじゃない。
「………。」
静かに私を睨みつけるリオネル様の姿もあった。
(ど、どうして………?――――ま、まさかっ!)
「フェミリオル君!!!魔法学の授業をサボって屋上で過ごすなんて、入学早々何をしているんですか!!」
(や、やっぱり……)
どうやらリオがサボったのはリオネル様と同じ授業、魔法学の授業ならしい。
(そういえば魔法学クラスは少人数制だから、先輩と後輩でペアを組んで、いろいろと面倒を見あったりするのよね?おそらくリオネル様とリオがペアで、さぼっているリオを探すためにリオネル様はファウスト先生と……。リオのさっきの笑み、こうなることが解っていたのね……!)
むしろ望んでいたと言っても過言ではないと思う。
(そんなに長い付き合いじゃないけれど、リオがただ優しいだなんておかしいと思った………。)
リオネル様のお顔を見る限り、先程リオに随分と挑発されたせいだと思う。
目を合わせるのもおぞましいほど睨みつけられている。
いや、目を逸らしていても突き刺さるような視線を和らげることなんてできない。
……後が怖い。
「ごめんなさい、先生。実は俺、広い校舎で迷っちゃって。そんな時フィー先輩と会って、道案内してもらうことになったんですけど――――」
「フィー………?」
「っ!!」
私とリオを睨みつけるリオネル様の眼光がただでさえ鋭いのに、さらに鋭さをましてしまう。
何故リオはこうもリオネル様の怒りを買うのが上手なのだろう……
(せっかくさっき、そこまで存じ上げないとご理解頂いたところなのにっ……)
まさかの愛称で呼んでいる仲だとばらすような行為をしてくれるなんて…
「で、道案内の途中で先輩に体調の不調が見えたんで、俺、保健室もわかんないし、取り敢えず屋上で介抱してたんですよ。」
「……なるほど、事情は分かりました。事情が事情なだけに今回はお小言言いませんが、次からはちゃんと出てくださいね?」
「はーい。」
ファウスト先生の言葉に素直に返答するリオ。
お小言はないといわれたからか、リオはファウスト先生の言葉を受けて階段を下り始める。
事は穏便に終わるかと思われた。
だけど――――
「待て。」
リオネル様がリオの肩をつかみ、歩みを止めさせた。
(穏便に終わるわけないわよね……。)
リオはもうリオネル様の精神をずいぶんと逆なでしたのだ。
事がそう穏やかに済むわけがない。
私かリオか。
どちらかに怒りがぶつけられることは考えるまでもないことだった。
「私の婚約者が迷惑をかけたようだね。感謝するよ、フェミリオル君。……しかし、彼女は私の婚約者だ。あまり人目につかないところで二人気になられては少しいらぬ心配をしなければならなくなる。……こういったことは以降、控えてもらえるかな?」
「……ふぅん。フィーに全く興味がないのかとも思ったけど、やっぱりそうじゃないんだ。」
(え……?)
一体リオは何を言っているのだろう。
まるでリオネル様が私に対しても興味がおありのように聞こえてくる。
そんなことはない。
現に向けられるのは蔑む瞳や嫌悪だけだ。
他の感情など向けられたことはない。
興味だなんて向けられたと感じたことはただの一度だってない。
「……フェミリオル君。私は君のために言っているんだ。入学早々、あらぬ噂を立てられては困るのではないかな?それに、興味ならもちろんあるとも。愛しい人への興味がないわけがないじゃないか。」
にこにこと笑みを浮かべながらリオに言葉を向けるリオネル様。
笑顔の裏に不快そうな感情が見える。
……そんなにも嫌だろうか。
私に興味があると口にすることが。
「ま、ご忠告は受け取っておくよ。先輩。」
リオはそういいながらリオの肩を掴むリオネル様の手を振り払った。
年上をなめたような口調と態度。
それらの態度に腹を立ててか、リオネル様は言いたいことだけ言って立ち去るリオの背中を睨むように見送っていた。
「ふむ……意外とフィアナさんんは罪作りな女性ですね。」
「え?」
「あぁいえ、意外とというのは決してフィアナさんに女性としての魅力が云々といっているわけではないんですよ!?」
私は何も言っていないのに一人私の反応に焦りを感じて言葉を紡ぐファウスト先生。
なるほど、それが本心か。と言いたくなる。
だけど、言われても仕方がない話だ。
女としての魅力どころか、化け物と呼ばれるほどに醜い顔をしている私に魅力だのなんだのあるわけがない。
「あ、あの、本当に違いますよ!えっと、その……すみません。意外とは失言でした。」
「は、はぁ……。」
モテないのは事実だし、モテるどころか恐れられている私に謝ることなんて何もないのに、なんて思ってしまう。
むしろ、謝られたことが意外過ぎて言葉を失ってしまう。
見てくれのことに対しての発言に謝罪されたのは初めてだ。
みんな言いたい放題行ってそれで終わり。
基本がそうだから少しだけ嬉しくなってしまう。
……やっぱりファウスト先生は素敵な先生だ。
「ファウスト先生。申し訳ありませんが私はフィアナの体調が心配ですのでフィアナを連れ、寮へと戻ろうと思います。」
「え?あ、はい。早退ですね。不調ということですし、僕が下校許可を出したと次の授業の先生にお伝えしておきますよ。えっと、リオネル君は次の授業は?」
「戦闘実技です。」
「はいはい。ということはラガート先生ですね。フィアナさんは?」
「あ……わ、私は……――――」
大丈夫。そういおうとしてちらりとリオネル様の顔を盗み見る。
いいから答えろ。
そう言っているような面持ちだ。
「……国学です。」
「ということはターニア先生ですね。はい!了解です!では、どうぞお大事に、フィアナさん。」
「……ありがとうございます。」
優しい表情を私に向けてくれるファウスト先生。
だけど、私を待ち受けているのはきっと穏やかな休息時間じゃない。
(今度こそ問いただされるにきまっているわ。リオとの関係。)
なんて言おう。
なんていえば波風が立たないだろう。
そんなことを考えながら私はリオネル様に連れられ、寮へと戻った。