婚約者は暴力男
「くそっ!!くそっ!!!」
昼休みという事で一度寮へと戻る事が許可されているという事もあり、私とリオネル様はリオネル様の自室へやってきていた。
リオネル様は辺りにある物に当たり散らしている。
私はその様をただただ何も言わずに見ていた。
「おい、化物!お前はあいつの事を知っているんだろう!何なんだ、あいつは!!」
「……よく、存じ上げません。特別親しい仲ではありませんので。」
ここは面倒のない様にリオの言葉を借りて返答する。
正直に言えば友人なんてフェリアくらいの私からしてリオはもうすでに特別親しい仲だ。
でも、だからと言ってなんでも理解しているわけではない。
自分で親しい仲ではないといっておきながらも自分で選んだ言葉に切なくなった。
「嘘を……つくなっ!!」
「っ!!」
少し離れた場所で当たり散らしていたリオネル様が私に近づき、私の肩につかみかかってくる。
そのまま私は床へと押し倒され、頭を強く打つ。
「お前にとってあの男は特別親しい仲だろう!?化物であるお前が怯えではない瞳を見せていたところを俺は見たぞ!!」
リオネル様は私を責め立てるように怒号を浴びせながら私の首を絞めてくる。
私に興味などないくせに意外とよく見ているリオネル様。
どうしてそんなところにばかり気づいてしまうのだろう。
「お、おやめ……下さい……。」
息苦しくなり、やめてほしいと懇願する。
でも――――
「黙れ!!!」
私の首を締め上げてくる手の力はいっそう強まってしまう。
息苦しさと共に頭を打った衝撃でか意識がもうろうとしてくる。
「リ……さ……っ!」
どれだけ醜くても、どれだけ周りに蔑まれていても、私は死にたくなどない。
このままではいけない。
そう思いながらリオネル様に懇願する。
必死の思いでリオネル様の手首をつかむ。
すると、リオネル様は私の首から手を離してくれた。
「……ふん。」
首元から手を離してもらった私はひどくせき込んでしまう。
そんな私をリオネル様はただ見下ろすだけだった。
「……俺は先に戻る。息が整い次第お前も戻れ。」
「……は……い。」
リオネル様は私に背を向けて部屋から出ていく。
一人取り残された私はリオネル様が荒らされた部屋を軽く片付け、学校へと戻った。
(……頭、くらくらする……。)
頭をぶつけたせいか、首を絞められたせいかわからないけれど、視界がなんだかぼんやりしている気がする。
どこかで休みたい。
だけど、休んだらきっとリオネル様が怒るだろう。
人目のある場所から私を連れて去ったのだ。
その後の授業、私が欠席をしていてリオネル様が出席していては不審に思う人もいるだろう。
(でも……もう……――――)
全身から力が抜け、視界が真っ暗になる。
だけど……
(……あれ……?)
力なく倒れた私の体は固い床ではなく、別のものにぶつかる。
(一体、何に――――)
「あんたの婚約者、随分な暴力男なんだ。」
「っ!!」
朦朧とした意識の中、聞こえてくる聞き覚えのある声。
その声に反応し目を開くと、そこにはリオの姿があった。
「リ、リオ……どうして……。」
「どうして?はっ……さぁね。それは俺が聞きたいよ。さぼり場所探してうろついてたらふらふらのあんたと出くわすとかさ。……てか、首元隠さなくていいわけ?締め付けられた後あるけど?」
「っ!!」
鏡なんて見ていなかった私はリオに言われた言葉に肝を冷やす。
どれほど力強く締められたらこんな跡ができるのだろうと思うほどリオネル様の指の跡がしっかりと私の首に残っていた。
「ど、どうしましょう……!戻らないといけないのに、これじゃ……。」
今のまま教室に戻っていては不信感を抱かれることは間違いないだろう。
けれど隠すものなんて何も持っていない。
むしろ、下手な隠し方をすれば逆に目立つだろう。
どうすれば……
「助けてほしい?」
「え?」
「助けてほしいなら俺が助けてあげなくもないけど?例えばさ、この学校だだっ広いじゃん?俺が迷子になって助けてたーとか、貧血で倒れた俺をあんたが介抱してくれた―とかまぁ、適当なことを俺が言えばさ、あんたは暴力男に暴力振るわれたこと隠せるけど?」
リオは私の首元にそっと顔を寄せ、おそらく赤くなっているであろう場所に軽く噛みついてくる。
「リ、リオ……あの、ここ学校……。」
「逆に興奮しない?こういうとこでさ。」
「し、しないわよ、そんなの……。」
艶めいた言葉で問いかけられるけれど、流石に同意は出来ない。
そんな私の反応にリオは「つまらない」と言葉を吐き捨てて私から少し距離を取った。
「で、どうするの?俺とさぼるの?俺はどっちでもいいけど?」
悪戯に笑いかけてくるリオ。
まるで悪魔のささやきのようだ。
いけない事と分かっていながらもあらがえないような誘惑。
リオは本当に悪魔みたい。
(まぁでも、いけない事とはわかっていても今戻ったら確実にリオネル様のお怒りを買う事になるわね。)
「……屋上に行きましょう。」
「へぇ、さぼるんだ。」
「……それしか方法がないんだもの。悪い?」
「全然。」
何故か楽し気なリオを連れて私は屋上へと上がる。
でも、その間、私は気が気じゃなかった。
(……学校でしないわよね?まさか……。)
ちょっとだけ先ほどのリオの行動が気になってしまう。
だけど、まさか……と、思わずにはいられない。
そんな不安からか後ろを歩くリオをちらちら見てしまう。
「あぁ、安心してよ。いきなり階段で襲い掛かったりしないからさ。」
「っ!!」
考えが見透かされているのか、リオがにやにやと面白がって私に言葉を向けてくる。
なんだろう。
なんか、恥ずかしいし……悔しい……。
そんな思いを抱きながら歩いて少しすると私たちは目的地である屋上へとたどり着いた。
「へぇ、ベンチもあるんだ。しかも芝生もあるとかなんなの、ここの屋上。割とお金かけてるじゃん。」
新入生なのだから当たり前だけれど、まだ屋上に来たことがなかった様子のリオ。
辺りを見まわす様は少し可愛い。
リオは辺りを見回しながら屋上を少し歩くと、近くのベンチに腰を掛けた。
「ほら、あんたもぼおっとしてないで早く俺の隣に来なよ。」
「えぇ、すぐ行くわ。」
リオの座るベンチに腰掛け、ホッと一息つく。
座ったおかげか少しだけ体が楽になった気がする。
「……あんたさ、別にいいけど警戒心とかてんでないよね。何、この距離感。」
「え?」
距離感を指摘されて私とリオの距離感を見てみる。
私とリオの間は拳一つ分ぐらいのものだった。
「ご、ごめんなさい!近すぎたわよね!?」
いつもならこんなに詰めて座ったりはしない。
……相手がリオだからだろうか。
傍に、寄りそっていたいと思ってしまった。
でも、意識したらなんだか恥ずかしくて、私は離れられるだけリオから離れた。
「極端だね。」
「う、うぅ……。」
リオの言う通り、確かに近いか遠いかなんて極端かもしれない。
でも、意識したらなんだか気恥しくなってしまったのだ。
「はぁ……そっか……あんたは意識したらそんなに俺から離れたいほど俺が嫌いなんだ。な~んか悲しいなぁ。」
「えっ!?ち、ちがっ……!嫌いなんかじゃないわ!むしろ大好きよ!でも、恥ずかしくて――――」
「へぇ、大好きなんだ。」
「っ!!」
嫌いという言葉に急ぎ反論したせいで本心が駄々漏れてしまう。
それが思惑通りだったのか、リオはひどくニヤついた顔を見せてきた。
「い、意地悪っ……。」
「何?今知ったの?」
「っ……。」
気恥ずかしくなっている私を余裕な顔してからかってくるリオ。
やっぱりなんか、悔しい。
「まぁ?あんたが望むならさ、優しくしてあげてもいいよ?」
「え……。」
「あんたがその髪飾りをとったらね。」
「っ!!」
醜い顔を隠すための髪飾り。
それをとれだなんてリオはひどい。
「そ、それは嫌――――」
「優しくされたくないわけ?」
「っ……。」
嫌だといおうとする私の言葉を楽しそうに遮ってくるリオ。
優しくは……されたい。
「ほ、本当に、本当に優しくしてくれる?」
「仕方ないからしてあげるよ。自分で取ったらね。」
「……約束……だからね?」
リオに優しくされたいというそんな思いから私は髪飾りを外す。
するとリオが手を差し出してきた。
恐らく渡せという事なのだろうと思い、リオに髪飾りを手渡した次の瞬間だった。
「はい、よくできました。」
「っ!!」
リオは私の腕を軽く引っ張り、私の体を引き寄せると、今度は私の頭をやさしく自身に向かって抱き寄せてくる。
そして、気づけば私は不思議な格好になっていた。
「……あの、リオ、これは……?」
「は?わかんないわけ?膝枕だよ。膝枕。」
ちょっとだけ不機嫌そうにというか、どちらかといえば呆れたように説明してくれるリオ。
いや、流石にそれは私もわかる。
「わ、わかるけれど、どうして?」
私が知りたいのは膝枕をされている理由の方だ。
何故、突然膝枕なのだろう。
「どうしてもないでしょ。あんた、さっき倒れかけてたじゃん。だから特別に俺の膝を枕代わりにさせてあげるってこと。……固いとか文句は受け付けないから。」
「そ、そんなこと言ったりしないわ!……えっと、あの……。」
「何?こんな優しくされ方じゃ不満とか言うわけ?傲慢だね。」
「ち、ちがっ……!あ、あの……ありがとう。リオ。」
こんな風に気遣ってくれる人なんて数少ない。
しかも、学校という場所においては一人もいなかった。
だから今、とても胸があったかい。
学校でこんな風に誰かに気遣ってもらえることに嬉しさを感じずにはいられないのだ。
「ふん……とっとと寝れば?寝ないんだったら頭、地面に落とすけど?」
「そ、それはひどいわ、リオ……。」
だけど、きっとリオは本気でそんな事はしない。
リオはなんだかんだ言ってとても優しい人だ。
そんな優しいリオの膝の上で私は幸せなぬくもりを感じながら仮眠を取り始めたのだった。