魔法学クラスの模擬戦
「フィアナ様。叔父上であられるハードライ様から先月の報告書が上がってきております。」
「ありがとう、フェリア。後で目を通させてもらうわ。」
リオと再会できた夜会から一晩が明けた。早朝、軽い荷物を置くために寮へと戻り登校した後、私は午前の授業を静かに受け終えた。
けれど、今日は新学期最初の日。
新しい学年のスタートの日という事は新入生が入ってくるという事だ。
今まで在学していた生徒たちは私の事を知っているからまだいい。
けれど、火傷や赤い瞳を隠すための飾りが学校生活というみんなが同じ制服を着る場ではひどく目立つからか、私は目立ちたくないのに新入生たちにひどく目立っていた。
「ねぇ、あの人なんで顔に飾りなんてつけてるの?アレでは視界が悪いんじゃなくて?」
「おい、知らないのか?あの人は顔半分、左側が焼けただれてて、それを飾りで隠しているっていう、あの有名なウェイルズ伯爵の一人娘だよ。」
「なんでも目の色も左右で違うんですって。しかも片目は魔族と同じ色なんだとか。」
「え?もしかして実は人間と魔族のハーフだとか!?」
「貴族の方たちの中では【化物】扱いされてるらしいぜ。見た目だけじゃなくて、なんでも、魔力量も化物じみてるとかでさ。」
「うわぁ……ますます怪しいよな。」
「なんでも、あの人の怒りを買ったら不幸に襲われるとか聞いたぜ?」
「あぁ、知ってる。二年に兄貴居るんだけど、実際にそれっぽいところ見たことあるらしいぜ。」
好き勝手に噂する新入生たち。
私の通う学校は【ウェリスタイン魔学学校】。
私の住む国で17になる年を迎えた魔力を持つ者は全員通わなければいけない学校だ。
でも、逆に言えば魔力がなければ通わなくてもいい学校だ。
魔力さえなければ通わなくて済むのに。
なんて思いながら私は小さくため息をついた。
(……でも、貴族の生まれは皆基本的には魔力持ち。ほぼ必ず通わなければいけない場所だもの……。)
魔力といっても、【魔法】というものを操れる人はそうそう居ない。
せめて魔力を武器などの物などにまとわせ、強化したりするくらいしかできない。
この学校の教育方針は言うところ、国の兵士育成機関というところだ。
一般人、貴族関係なく、男性の魔力を持つものには武術を。
女性にはより強い魔力持ちを生むために相応の教養を。
ようは貴族の女性でも、そうでない女性でも、将来の約束された魔力持ちの男性と婚姻を結んでもつり合いが取れるようにという事だ。
女性は志願すれば戦闘訓練は受けれるけれど、基本的には座学だ。
時折、【魔法】というものを扱えるほどの魔力持ちが入学するわけだけど、一応私もその時折入学する【魔法】を扱える魔力量の持ち主ならしい。
だけど、この見た目だ。
魔族とのハーフだ云々と噂されている以上、これ以上恐れられない様に魔法学の授業はとっていない。
魔法学を学ぶ場合、少人数制の特別クラスに配属される。
正直少人数制は魅力的だと思う。
でも、その少人数に恐れられる方が大人数に遠巻きにされるよりも堪えてしまいそうでそれもそれで怖い。
それに何よりその少人数の中にあのリオネル様がいるのだ。
できるだけ顔を合わせたくないお相手なわけだからそれも魔法学を専攻しない理由の一つというわけだ。
「はぁ……。」
すれ違う誰もが私を見て陰口をたたく。
一応、リオがくれた指輪は持っているけれど、一々助けてほしいと願うわけではない。
陰口なんて誰でも言ったりするわけで、直接的に言葉で暴力をふるってくる人の前以外では指輪を握ったりしない。
……だから、とめどなく聞こえてくる。
心無い声たちが。
「おい、フィアナ。」
「っ!!」
聞こえてくる言葉に気を落としながら下を向いて歩いていた私の耳に私の名を呼ぶ声が聞こえ、面を上げる。
「リ、リオネル様……。」
一昨日振りのリオネル様だ。
(……そうだわ。そういえば学校では出来るだけ近くに居ろって言われていたんだわ。)
リオネル様と婚約したのは昨年の12月の暮。
それこそ貴族の人たちは皆私たちの婚約を知っているけれど、一般の生徒は知らない人も居たりする。
見せつけておきたいのだろう。
自身たちがどういう仲なのか。
そして、どれだけ仲が良いかを。
……実際、それは嘘ではある訳だけど。
「どうした?ひどく落ち込んだ顔をしているな。また何者かに心無い言葉を言われたか?」
「い、いえ、大したことでは……。」
貴方がよく言うような言葉たちですよ。
なんて言えるわけがない。
大衆の前では仲のいい二人を演じなければいけないわけで、リオネル様も人の目があるとまだ瞳が柔らかい。
たいそう演技派な事だ。
「何かあれば言うのだぞ?私の愛しいフィアナ。」
「あ、ありがとうございます、リオネル様。」
リオネル様は私の肩をそっと抱く。
そんなリオネル様と私の姿を見て辺りの女子生徒は私を睨みつけてくる。
……リオネル様はひどく人気者だ。
それこそ、王族とその血縁者、そして私しか私と婚姻した者が王位継承だなんて馬鹿げた話は知らない。
何故こんなに醜い伯爵令嬢をお選びに?と、誰もが思っているのだ。
それこそ、リオネル様を慕うのは女性だけではない。
男子生徒からもよくそう言った声を聞く。
リオネル様のせいで余計に目立ってしまう事が本当に憂鬱でならない。
「……ところでフィアナ。今から時間はあるか?君に是非とも同行してもらいたい催しがあってね。」
「え……は、はい。」
「では校庭へ行こうか。これから魔法学クラスの配属になった新入生たちと軽く魔法を発動させる催しがあってね。君にも是非、魔法学クラス主席の私の実力を披露したくてね。」
「それは楽しみです、リオネル様。」
大衆を欺くために張り付けられた笑顔。
その笑顔の先の考えが私には透けて見えた。
逆らえばどうなるか教えてやる。
そんな事が言いたいのだろう。
(……夜会でお待たせしたこと、まだお許しいただけてないみたい。)
帰りの馬車で語り掛けられなかったから何もお咎め話かと思ったけれど、そうではないのかもしれない。
(謝罪の品でも用意しておかなくちゃ。愛する人への贈り物だのなんだの言って、周りの人へのアピールにでもなればリオネル様はお喜びになるだろうし。)
なんてことを考えながら私は私の肩を抱くリオネル様の手に居たいほど力強く抱かれながら校庭へと同行する。
怒っている事はもう明らかだった。
「えぇーでは、これより魔法学クラスの模擬戦を始めますね!……と、あれ?一年生が一人足りませんね……。」
魔法学クラスの担任、ファウスト先生がきょろきょろと辺りを見回す。
まだ学生とも思えるほどに幼い容姿の先生。
その先生の姿に私はひそかに癒しを感じていた。
話したことはそうないけれど、先生もまた私の顔を見て嫌な表情は向けてこない。
無関心なだけかもしれないけれど、そこがまた私にとってはありがたい話だった。
「す、すみません、リオネル君、エミリアさん、もう少し待ってください!!」
「えぇ、構いませんよ、ファウスト先生。」
にっこりと笑みを浮かべるリオネル様。
そんなリオネル様の笑みを見て辺りの女性たちは黄色い声を上げる。
……腹の中はきっと自信を待たせている事への怒りでいっぱいだろうに、だなんて思うのは私くらいだろう。
リオネル様はひどく短気だから。
「エミリア……早くお昼食べたいのに……。」
ぼぉっとした独特の雰囲気をお持ちのエミリア様。
いわゆる不思議ちゃんという存在だと思う。
そんなエミリア様は怒るでも何でもなく、ただお昼を早く食べたいという願望だけが見える。
そんな風に基本的にはぼぉっとしているエミリア様。
だけど……。
「あ……醜いお姫様。居たんだ……。」
「っ……。」
独特な口調だからなのだろうか。
言葉がひどく鋭い。
「エミリア、私の婚約者を悪く言わないでもらおうか。」
リオネル様が近くにいた私の肩を抱きよせ、私をかばうように言葉を発する。
そんな私とリオネル様を見てエミリア様はそっぽをむいた。
「……陰では自分だって醜いといっているくせに……。」
エミリア様は誰にも聞こえないほど小さな声でリオネル様に言い返す。
(お願い、火に油を注がないでください、エミリア様……。)
場の空気がどんどん悪くなる。
魔法学クラスの1年生はおそらく今年は3人なんだろう。
二人はもう校庭に来ている。
だからあと一人ということはそうい事なのだろうと思う。
どんな人なのだろうとかそういったことは気にならない。ただ―――
(お願い、最後の人、早く来て!!)
リオネル様の私の肩を抱く手がどんどん力強くなっていく。
痛くて私のつけているような張りぼてな笑顔が今にも崩れ落ちそうだ。
(お願い、早く――――)
「はぁ……何で昼休みにこんな面倒な催しするわけ?」
(……え?この声……――――)
聞き覚えのある声が少し離れた場所から聞こえてくる。
痛みに耐えるように閉じていた瞳を開き、その声の主を見た。
するとそこには見慣れた顔の人物がいた。
「あぁ、やっと来ましたね、フェミリオル君!!もう、指定した時間にちゃんと来てください!!」
(う、嘘……。)
見間違えるはずもない。
一昨日あったばかりのリオが真新しい制服を着て校庭に立っている。
新入生の魔法学クラスの配属生徒の3人のうちの一人は私の知るあのリオならしい。
「あれ……?あんた……。」
「っ!!」
リオが私に気づき、こちらをじっと見つめてくる。
馬鹿みたいと思うかもしれない。
でも、気づいてくれたことに少しだけ胸が高鳴る。
「……知り合いなのか?」
「っ!!い、いえ、あの……はい。」
リオネル様の問いかけに胸の高鳴りは一瞬で焦りへと変わる。
珍しく問いかけてくるリオネル様に何と返事をすればいいかわからず、私はとりあえず素直に答えた。
「ふっ……お前にも男の知り合いがいたとはな。」
「…………。」
何と答えればいいかわからず、私はそのまま黙り込む。
こんな言葉を投げかけられたのは初めてで、正直返答に困る。
「アイツをぼろぼろに負かせば少しは憂さ晴らしができそうだな。」
「っ!!」
周りには聞こえない声で話しかけてくるリオネル様。
待たされた苛立ちをどうやらリオにぶつけようという気らしい。
いや、確かに待たせたのはリオだから怒りの矛先は間違いではないかもしれない。
けれど仕方ないとみているわけにはいかなかった。
「お、おやめください!相手は新入生です!リオネル様の様に魔法の扱いに長けては――――」
「黙れ。」
「っ!!」
低く冷たい声が私の言葉を遮る。
その瞳は大衆の前だというのに冷ややかで、恐ろしいものだ。
(そ、そこまで怒らなくても……。)
待たされるのが嫌いなのは知っている。
でも、そこまで怒るほどではないと思う。
そうは思うもののこれ以上は体がすくんで何も言えない。
私はリオネル様が脱がれた上着を預かり、静かに後ろへと下がった。
「で、俺は誰とやればいいわけ?それとも選べるの?」
遅れてきたというのにデカい態度のリオ。
リオらしいというかなんというか……。
でも、その態度が逆にリオネル様の反感を買っているのだろう。
リオネル様の浮かべている表情は笑顔だけれど、本性を知っている私には怒っている事がひどく伝わってくる。
「あぁ、なんだったら全員対俺でも構わないよ?待たせちゃったし、早く終わらせられるように提案してあげるよ。」
(も、もうやめて、リオ!!)
心の中でリオの挑発に肝を冷やし、叫ぶ。
でもそれがリオに伝わる訳なんてない。
リオは挑発をやめるそぶりは全くなかった。
「ずいぶんな自信だな、新入生。フェミリオル……と、言ったかな?」
怒りを抑えながらもリオネル様がリオに近づき話しかける。
「……胡散臭い笑顔。」
「…………。」
リオはリオネル様に話しかけられ、鼻で笑いながら言葉を吐き捨てた。
そしてそんな言葉を受け、リオネル様は返事を返さず笑みだけを浮かべていた。
……が、プチンとリオネル様の何かが切れる音が聞こえた気がする。
リオの上から目線な態度は私は嫌いじゃないけれど、高貴な身分であらせられるリオネル様はひどく嫌う性格だ。
堪忍袋の緒が切れたらしい。
「フェミリオル君、私はリオネル・ロンズデイル。魔法学クラスの2年だ。先輩として言わせてもらうけれど、魔法学クラスは皆、魔法の扱いを学び、優れたものが多い。入学したての一年のフェミリオル君や、他の一年生二名の実力は知らないが、あまり私やエミリア君を舐めないほうがいい。私達が同時に君に向かって行けば、君は怪我をすることになるだろう。」
笑顔を浮かべながら優しく諭すように言葉を投げかけるリオネル様。
だけど、そんなリオネル様の言葉にリオは表情を変えはしない。
それどころか――――
「ふぅん。ご忠告ありがとう、先輩。だけど俺、絶対勝てる自信あるから心配いらないよ。ほら、やろうよ。」
「っ……。」
リオはリオネル様をさらに挑発する。
プライドが高い者同士、ぶつかり合わせてはいけない者同士がぶつかり合ってしまっている状況だ。
そう、いわゆる【混ぜるな危険】と言う奴だ。
「エミリア……リオネルだけが戦えばいいと思う……。リオネルは一対一を望んでる……。」
近くにいるファウスト先生に対してエミリア様が助言する。
けれど、ファウスト先生は首を傾げた。
「いえ、流石にそういう訳にはいかないんですよ。というか、これは二年生の魔法の扱いの技術を新一年生に見せるための催しですから、模擬戦を行うのはエミリアさんとリオネル君の両名で…………」
う~んと項垂れながら考え込むファウスト先生。
そして――――
「すみません、やはりこれは譲れませんね。」
先生から対戦許可はおりなかった。
(よ、よかった……。)
対戦許可が下りない事に対して私はほっとする。
だけど、そんな私とは対照的にリオネル様もリオも不服な顔をしている。
リオの実力は知らないけれど、リオネル様の魔法は本当にすごい。
学校始まって以来の実力者とまで言われているほどだ。
リオはそれを知らないのだろうけれど、そんな相手に喧嘩を売るなんて、本当、何を考えているか……。
「リオネル……らしいから先生困らせないで……。」
「……わかっているよ。残念だったね、フェミリオル君。」
残念だったね、といいつつ、自分が怒りをぶつけられなかったリオネル様の方が残念そうに見える。
……あの怒りのぶつけ先は私なんだろうなと、ひそかに思う。
そして、その後。リオネル様はエミリア様と魔法での模擬戦を開始した。
その間、始終リオネル様は憂さ晴らしでもするかのように攻撃的な魔法を何度もエミリア様に向かって放っていた。
それを受けてエミリア様も負けじと応戦する。
模擬戦だというのに二人の戦いはどんどんヒートアップしていく。
最終的に、一年生に魔法の扱いを見せる模擬戦というより、決闘でもしているかのように二人は本気で魔法で攻撃しあいだした。
二人ともプライドが高く、負けず嫌いな性格なせいだろう。
戦いは決着がつくことなく、ファウスト先生に「そこまで!」と一声かけられ、模擬戦は終了となった。
「お、お疲れ様です、リオネル様。」
とりあえず婚約者らしく、婚約者の戦いをねぎらうためリオネル様に駆け寄る。
そして私はそっと持っていたハンカチでリオネル様の汗をぬぐった。
「ふんっ……。」
決着がつかなかったからか、すっきりしていないのだという事がよくわかる。
リオネル様は学校始まって以来の魔法の実力者とは確かに言われている。
だけど、それと同様ではなくとも、エミリア様も天性の戦闘の才を持つといわれ、噂れている方だ。
魔法はいくらリオネル様の方が素晴らしいといえど、その魔法技術の差を埋める程に戦術的にはエミリア様の方が秀でているという感じだ。
「ねぇ、今のが先輩たちの本気なわけ?」
「……何?」
がっかりそうな口調で言葉を紡ぎ、しらけたかのような表情でリオネル様に話しかけるリオ。
そんなリオに対し、大衆の前だというのにリオネル様は不機嫌な顔になる。
その眼光はとても鋭く、私はその瞳に睨みつけられては身動きが取れなくなってしまうほどにリオネル様の不機嫌な際の瞳は怖い。
なのに、そんなリオネル様を見て何故かリオは楽しそうな表情を浮かべていた。
「あの程度で俺と渡り合えるだなんて思ってるんだ。思い上がりもいいところってのが素直な感想かな。」
「……随分腕に自信があるようだが、あまり大きなことを言わないほうがいい。周りの期待を変に煽っては後程恥をかくだけだよ、フェミリオル君。」
「大きなこと?事実を言ってるだけだけど?」
怒りをこらえて取り繕った笑みを浮かべて冷静を装いながらリオに忠告をするリオネル様。
だけどリオはそんなリオネル様の言葉を鼻で笑い、言葉を返した。
そんなリオの態度にリオネル様の怒りはどんどん蓄積されていくのが見える。
本当にリオはなんてことを……。
「……では、君と対戦できる日を楽しみにしているよ。その時に是非ともそのご自慢の腕を見せて頂くことにしよう。」
そういうとリオネル様は私が持っていたリオネル様の上着を受け取り、私の肩を抱いた。
来た時動揺、力強く私の肩を握りながら。
「催しも終わった事だ。そろそろ二人きりの時間を過ごすとしようか……。行こう、フィアナ。」
「……はい、リオネル様。」
リオネル様の気をこれ以上逆なでしないよう、私はただただリオネル様に従い、歩き出す。
……愛しいリオに振りかえる事もなく、掴まれている腕に痛みを感じながらただただリオネル様の隣を歩いた。
いつもと変わらない広い屋敷に静かな朝。
……そんないつもの日常が私に寂しさを与えていた。
リオとの再会がまるで、夢の様で。
「……叔父様ったら毎回報告を下さらなくてもかまわないのに。」
「そうは参りません。このウェイルズ伯爵邸の今の主は仮にとはいえお嬢様です。旦那様の代行であられるお嬢様が領地についての最終的な決定の権利があられるのですから。」
きりっとした面持ちで私を嗜めてくるフェリア。
けれど、そうはいってもこの見た目のせいで領地の視察になんて出たことない私に領地の管理なんてできるはずがない。
お父様が療養中の今、私が代行という事になってはいるけれど、実際業務をして下さっているのは叔父様だ。
叔父様は私の事こそ嫌いだけれど、お父様の事は非常に敬愛されている。だから、何も心配はしていない。
……任せっきりにしたっていいと思う。
「でもフェリア?明日からまた学校生活が始まるわ。私は寄宿舎での生活になるし、本当に叔父様に報告は不要とお伝えして?私のような娘に、何もわかるはずもないし……。」
「……かしこまりました。では、私の方で確認して問題があればお嬢様にお伝えいたします。」
「う、う~ん……。」
(学業の負担になる。と、言いたかったわけではないのだけれど。)
真面目なフェリアの性格からくる発言なのだろうか。
そうにしろ、違うにしろ、私が叔父様に返す返答はいつだってGOサイン。
……本当にお飾りの領主代行だ。
「……学校……行きたくない……。」
「お、お嬢様!?……は、反抗期……ですか……?」
「ち、違うわよ……。」
真剣なまなざしで私を見つめ、何を言うのかと思えば反抗期だなんて言ってくるフェリア。
そんなフェリアに私は苦笑いを返した。
「わかっております。周囲の目でございましょう?」
「……えぇ。」
学校に行けばリオネル様と同じような方がたくさんいる。
むしろ、あれが普通だ。
学校が始まる前はどうしたって憂鬱になってしまう。
「正直、私としてもお嬢様を送り出したくはありません。寄宿舎にメイドはめったなことでなければ赴けませんから。お嬢様のいないこの邸で私は一体何をすれば……。」
「ほ、他の使用人たちといつも通り留守をお願いね?」
まるでやる事が何もないと言いたげなフェリア。
でも、そういう訳ではない。
留守中に私宛の荷物が届くかもしれないし、屋敷の手入れだってある。
お父様がいない今、屋敷は主不在になる訳だけれど、決して仕事はないわけではない。
「……明日は朝一ね。フェリア。皆に内緒で二人だけでお茶をしない?」
「お、お嬢様!何をおっしゃられるのですか!使用人と同じ席に着くなど――――」
「いいのよ。私の友人として、お願い。」
「……はぁ。今日だけですよ?」
友人として。
そういうとフェリアはため息をつきながらもお茶の用意に部屋を出ていく。
私の大切な三人のうちの一人、フェリア。
そして、お父様にリオ。
私の心を寄せられる相手がいない学校はまさに敵地。
フェリアとのお茶会は私にとって、戦の前の気合を入れる会となった。
そして、楽しい時間は過ぎ、夜は訪れ、朝日が顔を出し始めた頃、私は荷物をもって学校へと出立した。
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「フィアナ様……。」
フィアナを見送ったフェリアはフィアナの乗った馬車が見えなくなってもずっとその背中を見つめる様に馬車が消えていった方角を見続けていた。
「……夏には赤い満月が姿を現す。それまでに必ず間に合わせなければ……。」
切なげにフィアナを見送っていたフェリナの顔に力がこもる。
その表情はとても凛々しいものだった。
「私は前世の貴方様をお守りできなかった。けれど、必ず今度こそ貴方様を魔族どもから護って見せます。二度と、魔族如きに貴方様を私から奪わせない。――――――ファイ、そこにいますね。」
「はい、フェリア様。」
フェリアに呼ばれて姿を現したのはあどけない顔をした少年だった。
少年はフェリアに首を垂れ、ひざまずいている。
そして、そんな青年の服装はとても神秘的な服装で、その服装からただ者でないことがうかがえる。
「本当は私の代わりにフィアナ様を見守ってほしいといいたいけれど、それは規則でできません。故に、貴方には一度天界へと戻り、例の薬を探してください。」
「例のって、フィアナ様の火傷を治せるかもしれない薬ですか?しかし、あの薬の存在はおとぎ話のようなもの。さらに言えば、天界の薬を人間に使うだなんて、そんな事をしたら――――」
「ばれなければいいのですよ。そこは私が上手くやりましょう。……頼めますね、ファイ。」
「……はい。」
何を言っても淡々と言葉を返されるからか、ファイという少年はそれ以上は言葉を発さず、黙った。
そして、「それでは。」とフェリアに告げるとファイは姿を消した。
「……フィアナ様。貴方様はとても美しい。醜くなどありません。例えやけどの跡があり、忌々しい魔族と同じ瞳をしていたとしても。けれどもし貴方様が火傷という些細なものを気にされるのでしたら、このフェリアが消して差し上げましょう。魔族なんかとは違い、貴方様は醜くないことを証明するために。」
フェリアは美しい顔を狂ったように歪ませながら笑う。
フィアナが親友と思うフェリア。
その人物にどれだけ思われているかという事をフィアナはまだ、欠片も知ってはいなかったのだった。