親友フェリア
「フィアナ様。叔父上であられるハードライ様から先月の報告書が上がってきております。」
「ありがとう、フェリア。後で目を通させてもらうわ。」
リオと再会できた夜会から一晩が明けた。
いつもと変わらない広い屋敷に静かな朝。
……そんないつもの日常が私に寂しさを与えていた。
リオとの再会がまるで、夢の様で。
「……叔父様ったら毎回報告を下さらなくてもかまわないのに。」
「そうは参りません。このウェイルズ伯爵邸の今の主は仮にとはいえお嬢様です。旦那様の代行であられるお嬢様が領地についての最終的な決定の権利があられるのですから。」
きりっとした面持ちで私を嗜めてくるフェリア。
けれど、そうはいってもこの見た目のせいで領地の視察になんて出たことない私に領地の管理なんてできるはずがない。
お父様が療養中の今、私が代行という事になってはいるけれど、実際業務をして下さっているのは叔父様だ。
叔父様は私の事こそ嫌いだけれど、お父様の事は非常に敬愛されている。だから、何も心配はしていない。
……任せっきりにしたっていいと思う。
「でもフェリア?明日からまた学校生活が始まるわ。私は寄宿舎での生活になるし、本当に叔父様に報告は不要とお伝えして?私のような娘に、何もわかるはずもないし……。」
「……かしこまりました。では、私の方で確認して問題があればお嬢様にお伝えいたします。」
「う、う~ん……。」
(学業の負担になる。と、言いたかったわけではないのだけれど。)
真面目なフェリアの性格からくる発言なのだろうか。
そうにしろ、違うにしろ、私が叔父様に返す返答はいつだってGOサイン。
……本当にお飾りの領主代行だ。
「……学校……行きたくない……。」
「お、お嬢様!?……は、反抗期……ですか……?」
「ち、違うわよ……。」
真剣なまなざしで私を見つめ、何を言うのかと思えば反抗期だなんて言ってくるフェリア。
そんなフェリアに私は苦笑いを返した。
「わかっております。周囲の目でございましょう?」
「……えぇ。」
学校に行けばリオネル様と同じような方がたくさんいる。
むしろ、あれが普通だ。
学校が始まる前はどうしたって憂鬱になってしまう。
「正直、私としてもお嬢様を送り出したくはありません。寄宿舎にメイドはめったなことでなければ赴けませんから。お嬢様のいないこの邸で私は一体何をすれば……。」
「ほ、他の使用人たちといつも通り留守をお願いね?」
まるでやる事が何もないと言いたげなフェリア。
でも、そういう訳ではない。
留守中に私宛の荷物が届くかもしれないし、屋敷の手入れだってある。
お父様がいない今、屋敷は主不在になる訳だけれど、決して仕事はないわけではない。
「……明日は朝一ね。フェリア。皆に内緒で二人だけでお茶をしない?」
「お、お嬢様!何をおっしゃられるのですか!使用人と同じ席に着くなど――――」
「いいのよ。私の友人として、お願い。」
「……はぁ。今日だけですよ?」
友人として。
そういうとフェリアはため息をつきながらもお茶の用意に部屋を出ていく。
私の大切な三人のうちの一人、フェリア。
そして、お父様にリオ。
私の心を寄せられる相手がいない学校はまさに敵地。
フェリアとのお茶会は私にとって、戦の前の気合を入れる会となった。
そして、楽しい時間は過ぎ、夜は訪れ、朝日が顔を出し始めた頃、私は荷物をもって学校へと出立した。
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「フィアナ様……。」
フィアナを見送ったフェリアはフィアナの乗った馬車が見えなくなってもずっとその背中を見つめる様に馬車が消えていった方角を見続けていた。
「……夏には赤い満月が姿を現す。それまでに必ず間に合わせなければ……。」
切なげにフィアナを見送っていたフェリナの顔に力がこもる。
その表情はとても凛々しいものだった。
「私は前世の貴方様をお守りできなかった。けれど、必ず今度こそ貴方様を魔族どもから護って見せます。二度と、魔族如きに貴方様を私から奪わせない。――――――ファイ、そこにいますね。」
「はい、フェリア様。」
フェリアに呼ばれて姿を現したのはあどけない顔をした少年だった。
少年はフェリアに首を垂れ、ひざまずいている。
そして、そんな青年の服装はとても神秘的な服装で、その服装からただ者でないことがうかがえる。
「本当は私の代わりにフィアナ様を見守ってほしいといいたいけれど、それは規則でできません。故に、貴方には一度天界へと戻り、例の薬を探してください。」
「例のって、フィアナ様の火傷を治せるかもしれない薬ですか?しかし、あの薬の存在はおとぎ話のようなもの。さらに言えば、天界の薬を人間に使うだなんて、そんな事をしたら――――」
「ばれなければいいのですよ。そこは私が上手くやりましょう。……頼めますね、ファイ。」
「……はい。」
何を言っても淡々と言葉を返されるからか、ファイという少年はそれ以上は言葉を発さず、黙った。
そして、「それでは。」とフェリアに告げるとファイは姿を消した。
「……フィアナ様。貴方様はとても美しい。醜くなどありません。例えやけどの跡があり、忌々しい魔族と同じ瞳をしていたとしても。けれどもし貴方様が火傷という些細なものを気にされるのでしたら、このフェリアが消して差し上げましょう。魔族なんかとは違い、貴方様は醜くないことを証明するために。」
フェリアは美しい顔を狂ったように歪ませながら笑う。
フィアナが親友と思うフェリア。
その人物にどれだけ思われているかという事をフィアナはまだ、欠片も知ってはいなかったのだった。