霧に包まれた心
「うふふ……魔族らしい面持ち、ぞくぞくしちゃう。」
リオがひどく怒った様子だというのになぜか楽しそうな表情を崩さないバレンという女性。
そんな彼女の様子はもちろんリオにとって快いものではないだろう。
リオの表情は一層不快そうにゆがんでいく。
というか……
(リオの瞳、どうして赤いの?)
光の加減か何かなのだろうか。
普段はそんな色をしていないのに今の瞳の色はまるで私の片眼と同じ、魔族と同じ色だ……。
「おかしいと思ったんだよね。いつもいつも要らないことばかりしてくれるあんたが今日は代償貰ってやることやったらすぐサヨナラって……ねぇ、これどういう事?」
冷たい瞳でバレンさんを見つめながら冷たい声で淡々と話すリオ。
こんなリオ、見たことがない。
とても……怖い。
「あらあらフェミリオル様、お顔がとても怖すぎてフィアナ様がひどくおびえられていますわよ。」
「はっ……誰のせいだと思ってんの。」
一触即発。
そんな空気に私はただ息をのむことしかできない。
何故、なぜこんなことになったのだろう。
私はただ癒しを求めてこの泉に来ただけなのに……
「とりあえずフィーを返してくれない?そしたら楽に殺してあげるから。」
冗談。
そんなふうには取れない殺意をまとったリオの表情と声。
どうして、どうしてこんなことになったの……?
「あら、でもそんなこと言える権利はフェミリオル様にはないのではなくて?貴方様に会う前に私はこの子の事を見かけたのですが……この子はほかの男のもののように見えたわ。」
バレンさんは私の頬を撫でながら私に顔を近づける。
まるでこの状況を楽しんでいるかのようにリオを挑発しているように見えるこのバレンという女性の行動はどういう目的があるというのだろうか。
「……関係ないね。」
(え……。)
「愛だなんだなはよく理解できないけど、バレン、あんたのおかげで思い出せたことがあるんだよね。俺はフィーのものだ。だからフィーも俺のモノなんだよ。」
「っ!!」
(リ、リオ……いったい、何を言って……。)
リオは真剣な表情で自分は私のものだと宣言した。
それは別にからかってるわけでもなさそうな、ひどく真剣で真面目な声。
本気で言っているのだとわかると私の胸はひどく熱くなり、目から自然と涙があふれてくる。
(私のものだって言われたいなんて思ったことはない……。ただ、私が好きなようにリオにも好きになってほしい……そう思っていただけなのに……。)
【俺はフィーのもの】
そういわれた瞬間、ずっと待ち構えていたものを与えられたような気持になった。
(……駄目だ、私。リオネル様を選んだ方がきっと普通の幸せを手に入れられるってわかってる。わかってるけど――――――)
どれだけつらい思いをしたって構わない。
どれだけ涙を流すことになっても構わない。
私は、私は――――――
「リオの、傍にいたいっ……。」
他でもない、貴方の傍に。
「フィー…………。はっ……安心しなよ、フィー。」
【安心しなよ】
そういわれた瞬間のことだった。
私の体の下に突然紫色の靄が広がった。
そして―――――
「フィー、あんたがどれだけ俺から逃げたがったって俺はあんたを逃がすつもりはないからさ。」
靄の中に私の身体は吸い込まれ、気づけばリオにお姫様抱っこをされ、熱烈な告白を受けていた。
「リオ……わた……私っ……。」
リオの事を好きでいていいんだ。
そう思える告白に私はただただ嬉しくて涙があふれてくる。
本当はずっと、こうしてリオの近くにいたかった。
(本当は愛してくれなくたって構わないの。ただ、ただ傍にいたい。でも傍にいられなくなるような避けられたり、冷たい態度を取られるのはとても嫌……。私、私――――)
「私、弱いからっ……すぐ不安になって、楽なほうに逃げてしまうの……。あなたに嫌われたかもと思うと会うのが怖い。冷たい目を向けられると消えたくなるっ……傍にいたいのに、傍にいるのが怖くて嫌になるの……。だから、だから―――――」
ほんの少しだけでいい、私がどれだけあなたが好きなのか伝わって欲しい。
意地悪なリオもリオらしくて好きだ。
すねた顔もかわいくて好き。
リオに言われる我儘は多分嫌じゃない。
たとえそれが愛情じゃなくても、私を求め、私の顔にキスしてくれるあなたが好き……。
「私はあなたの全部が好きっ……。」
ずっと答えられなかった疑問に答えが出る。
答えが出た私はいつの間にか拘束が取れて自由になっていた腕を思い切り伸ばし、リオの顔を引き寄せキスをした。
リオもキスに応じてくれ、少しの間二人の唇は重なり続けた。
そしてゆっくりと離れていく。
「子供っぽいキス。」
お互いの唇が離れた瞬間、悪戯っぽい笑顔を浮かべながら悪態をついてくるリオ。
そんなリオの発言に私は顔を赤らめながら頬を膨らませた。
「仕方ないじゃない。私は貴方以外にこういうことをしたことがないのだから……。」
「へぇ~ならちゃんと俺が責任もって教えてあげないとだね。邪魔者はもう帰ったみたいだし、ゆっくりたっぷり教えてあげるよ。」
(え……邪魔者?)
思い当たる人を探そうと先ほどまでバレンさんがいたほうを見る。
しかし先程までそこにいたバレンさんの姿はもうどこにもなかった。
「フィーって誘い上手だよね。俺がフィーの泣き顔好きなの知っててあんなに熱烈に告白してくるんだからさ。」
「えっ!?いや、私はそんな、誘ったわけじゃ――――――」
人をなんだかいやらしい風に言わないでほしい。
なんかもう、ひどく恥ずかしくなってしまう。
「ねぇフィー?俺たちが再開した夜会でしたこと、覚えてる?」
「え……も、もちろん、忘れるわけがないわ……。」
あの日私はリオに肌をさらし、身を委ねた。
それは初めてのことですごくドキドキしたことを覚えている。
「今だから言うけどさ、あの日、本当は最後までやるつもりであんたに会いに行ったんだよね。」
「……え?」
(最……後……?)
言葉の意味が分からず目を見開いてしまう。
最後とはどういうことなのだろうか。
「でもさ、あまりにもあんたが男を知らなそうだったし、体にキスされただけでひどく感じて善がってるのを見たらなんかあれで十分って気持ちになったんだけど――――ねぇフィー?今日は最後までして、繋がろっか。」
「!?!?!?!?」
色っぽくあの日のことを話しながらゆっくりと私を地面に下ろし押し倒し、話しながらだというのにあの日と同じように慣れた手つきで私の制服を乱し始めるリオ。
そんなリオの話が私には少し理解ができていない。
「ちょ、ちょっと待って、リオ。だ、男女がするその、愛を確かめ合う行為はあの夜の行為とはまた違うの?」
てっきり私は肌と肌を重ねて抱き合ったり、その、あられもないところに口づけするという行為がそういう行為だと思っていた。
だから――――
「つ、繋がるって、何をどうするの?」
あの日以上のことをするとなるとちょっとだけ恥ずかしすぎて怖い。
「はっ……あんたって子供すぎ。でも、なんか悪くないね。子供なあんたを俺が大人にするのも。」
そういいながらリオは私の制服のリボンを口で引っ張ってほどき、不敵に笑う。
これから何をするかについて教えてくれる気がなさそうなリオに私は一瞬恐怖を覚える。
でも……
(恥ずかしいけどきっと大丈夫。リオとなら。)
そう思うと少しだけ身体から力が抜けた気がする。
今のリオはきっと私にひどいことをしない気がする。
そんな気がするだけだけど、きっと大丈夫。
そう覚悟を決めた瞬間だった。
「あぁーもう、なんでいいとこなのに邪魔が入るかな。」
(え……。)
苛立たし気に頭を掻きながら私の上に覆いかぶさっていたリオが上体を起こした。
一体邪魔とは何のことだろう。
そう思いながら苛立たし気に何かを見つめるリオと同じ方向へ視線を向けた。
「っ!!」
その瞬間、私の背筋はひどく凍る。
私の頭の中はリオの事だけでいっぱいで完全に頭の中から抜け落ちてしまっていた。
どうしてこうも忘れてリオと遊牝もうと思ってしまったのだろう。
「リオネル……様っ……。」
私には正式な婚約者がいるというのに……――――