踏ん切りがつかない想い
「フェミリオル様っ……もっと……。」
人があまり立ち入らない校舎裏にある森。
その森に立ち入った事を深く後悔するような場面に
私は出くわしてしまった。
そう、リオとひどく色っぽい女性がキスしている場面に。
(そ……そうよね……リオはモテるみたいだもの。彼女がいたって、何もおかしい事なんて――――)
自分はもう無関係の人間だ。
そう思うのに胸が痛い。
ショックで仕方がないのだ。
……自分から別れを切り出したくせに。
なんて私は勝手なのだろうか。
そう思いだしたら私はその場にいてもたってもいられなかった。
すぐにその場から離れ、別々でリオを探していたリオネル様と合流する為にあらかじめ決めていた学校の庭園にある東屋へ急いだ。
集合場所に行くとそこには既にリオネル様の姿があった。
「お……戻ったか、フィア――――――――ナっ!?」
集合場所へと戻ってきた私をみてリオネル様は驚きの声を上げた。
何故驚いているのだろうと驚かれている理由がわからない、そう思った瞬間だった。
(あ……あれ……?)
私の目から熱いものがとめどなく流れ落ちている事に
気づいた。
「お、おい!何があったというのだ!まさか、またあの一年に何かされたのかっ!?」
泣いている私を心配し、歩み寄ってきてくれるリオネル様。
そんなリオネル様に私は静かに首を横に振った。
リオは何も悪くない。
悪い悪くないという話になれば悪いのは他の誰でもなく私だ。
(……駄目。私、リオの事を忘れる事なんてっ……。)
本当にどこがいいのかと問いたくなる。
それでもひどく惹かれ、笑い合えた時はとても幸せな気持ちになる。
それはリオネル様と笑いあっている時とはどこか違って……。
「あ、あの、リオネル様。突然泣いてしまい、申し訳ありません。考え事をしたいので失礼してもよろしいでしょうか。」
「あ、あぁ……―――――いや、寮まで送ろう。何故泣いているのかは話さなくてもかまわん。ただ、送り届けたいのだ。構わないか?」
心配そうに声をかけてくれるリオネル様。
本当に心配してくださっているのが伝わってくる。
私はそんなリオネル様の申し出を首を静かに縦に振り受け入れた。
そして、リオネル様は女子寮まで私に何を聞くでもなく、ずっと心配そうに私を見つめながら送ってくださったのだった。
・
・
「ではフィアナ、何かあったらすぐに私の元へ来るんだぞ?いいな。」
「はい、リオネル様。」
女子寮の入口まで私を送ってくださったリオネル様は私の頭をなでながら優しげな声で私を気遣ってくれる。
その優しさに私の胸がひどく痛む。
こんなに優しい人が私の事を、私だけを見つめようとしてくれているのに私は別の方を向いてばかり。
裏切っているような、そんな気持ちになって仕方がない。
そんな思いを胸に抱きながら自室へと帰られていくリオネル様を見送ると私も自室へと向かい歩き始めた。
(私は……どうすればいいの……?)
どうすれば心穏やかに生きれるのだろう。
今までさんざん、いろんなことに悩んできた。
ようやく私を受け入れてくれる人が現れたというのに、
その人の優しさに素直に甘える事も出来ない。
私には贅沢すぎる方なのに、何故私は私を愛してもくれない人に焦がれ、胸を痛めているのだろう。
(……駄目……。どんどん心の中が暗くなっていく。)
まるで心に深い深い霧がたち込めているかのような、
そんな気分だ。
ひどく気持ち悪い。
(……久しぶりに行ってみようかしら……あの場所に。)
昨年の夏ごろ、休日に学園付近の森を散歩していたら見つけた素敵な泉。
平日は学園外への外出を禁じられているけれど、
実のところ、裏道も知っている。
人目を避けて行動してばかりいるからか、人目に付きにくい場所をよく知っているのだ。
(……行きましょう。あそこへ。)
悪い事だとは知っている。
でも、規則を破ってでも今、とても綺麗な泉が見たくて仕方ない。
それにあそこには野生の動物たちも多く生息している。
ただただ、癒されたい。
この深い霧の晴れない心の霧を晴らすために。
・
・
・
学園の敷地を出てしばらく進み、私は私のお気に入りの場所があるところまでやってきた。
随分と久しぶりで、ほんの少し道に戸惑いながら進んでいたけれど、ようやく目の前に泉が見えてきた。
茂みをかき分け泉の近くまでやってくると動物たちがたくさん見えた。
泉の近くで遊んでいた動物たちは私を見ると駆け寄ってきてくれた。
人には嫌われる私だけれど、幸い動物たちは割と好いてくれる。
動物たちは化物と呼ばれる私の救いの一つだった。
動物たちと触れ合いだしてしばらく、私の心は少し穏やかさを取り戻し始めた。
すると、私の心に余裕ができたからか私は自身がもう長らく水分を取っていない事に気づいた。
(そういえば前にこの泉の水を飲んだ時、とてもおいしいと思ったのよね。)
私は泉に近づき、手皿で泉の水を救い上げ、口に含む。
以前来た時と変わらない透き通った水はとてもおいしく感じられた。
もう一杯、そう思って水を救おうとしたその時だった。
「み~つけた♪」
水面に映っていた私の姿。
その隣に見た事のある女性の姿が映った。
驚き振り返った瞬間だった。
何が起きたか理解するよりも早く、私は女性に地面に押し倒されてしまっていた。
「あらあらぁ~、本当に女の子だわぁ!でも何故かしら。貴方なら私、全然OKよ。」
「っ!!」
突然背後に現れ、私を押し倒してきた女性は私の太ももをさすり上げるとその手を静かに、けれどいやらしくスカートの中に滑らしてくる。
「いやっ……!何をっ……!!」
私はすぐさま私のスカートの中に滑り込んでくる女性の手を止めるべく、必死にスカートを抑え込む。
そんな必死な私の反応を見て女性は面白いのか舌なめずりをしてから私のスカートの中に滑らせた手で今度は首筋をなぞり始めた。
それをまた防ごうとスカートから手を浮かせた瞬間だった。
「『ラターム・オルム』。」
女性は不思議な言葉、いや、呪文を口にした。
どういう意味か分からないその言葉を女性が口にした瞬間だった。
私の体がピクリと動かなくなった。
「ふふ、拘束完了。これで貴方は動けない。」
私を見下ろしながら楽しそうに笑みを浮かべる女性。
その女性の笑みが理解できない。
それに――――――
「貴方、さっきリオとキスしてた人ですよね。どうして私にこんなことをっ……?」
この人が私にちょっかいをかけてくる理由が全く持って思い当たらない。
他の人から感じるような敵意だって感じない。
私に抱いている感情が何なのかが見えないからか、逆にひどく恐怖を感じる。
「ご挨拶いたしますわ。私、バレン・エンジェ・ロスタリアですわ。さて……貴方は私を覚えておいで?」
バレンと名乗った女性はそっと私の首筋を指でなぞる。
指に込められた力加減の問題か、ひどくくすぐったいその指の運びに私は背筋がぞっとなった。
「も、申し訳ありませんが、私は貴方のようにスタイルの良い方は記憶にありません。貴方の様な方、一度お会いすれば忘れるはずもないですし、人違いかと。」
私に体を近づけてくるバレンという女性。
身体が近づくことで押し当てられるように当たる彼女の胸は恐ろしく大きく、でも柔らかい。
男性でなくてもこんな信じられない程のダイナマイトボディの女性、一度接したら忘れられるはずがない。
「ふふ、面白い事を言うのですね。私が貴方を間違えるわけがないわ。だって、貴方は私が唯一、交われなかった方ですもの。」
(……え?)
この人は一体何を言っているのだろう。
交われなかったというのは男女が行うアレの事だろうか。
だとしたらそれこそおかしい。
(お、女同士でしょ!?)
私に親しい女性なんてフェリアしかいない。
どう思い返してもこの女性にはあったことはおろか、見た事もないし、心当たりなんてない!
「ねぇ、そこまでにしといてくれない、バレン。」
(っ!!こ、この声は――――――)
聞き覚えのある声が聞こえ、はっとする。
すると私たちのすぐそばにはリオの姿があった。
「あまりさ、俺の事を舐めすぎてると殺すよ?」
低く冷たいリオの声。
その声に私は背筋を凍らせた。
冷ややかな赤い瞳になお恐怖は増幅される。
そんなリオの姿はまるで書物で見かけた事のあるおぞましい魔族の絵姿のようだった。